私は、ボランティアで小さな集まりのような場を続けている。
うまく言葉にならないことを抱えた人たちが来る場所だ。
長く続ける中で、
いつのまにか、
「場を壊さないこと」
をとても大切にするようになっていた。
誰かが孤立しないように。
空気が攻撃的にならないように。苦しさが強い人が、さらに追い込まれないように。
場に入るたび、意識的にも、無意識的にも、全体を見ていた。
緊張している人はいないか。我慢して頷いてる人はいないか。
長い間、
「自分が支え続けないと、場は崩れる」
と思っていた。
でも最近、
少し感覚が変わった。
ある日、
誰かの言葉に対して、
別の誰かが自然に言葉を返した。
「ここにいてよかった」
という空気が、
場の中から自然に立ち上がっていた。
自分が何か言わなくても、
いつのまにか場が循環するようになっていた。
そこにいる人たち自身が、少しずつ安心を学び、互いを扱うという文化が育っているような気がした。
安心できる場では、
人は少しずつ、
他人を裁かなくなる。
正しさか間違いかの結論を急がなくなる。そうするしかなかったんだ、と白でも無い黒でもないものを理解しきらず、受け入れるようになる。
そして、
自分の言葉を取り戻し始める。
誰かの話を最後まで遮らず聞くことや、
沈黙を怖がりすぎないことや、
自然に「よかったね」と言えることの積み重ねで生まれたこの場が文化だとしたら、
わたしがいなくなっても、
残るだろうか
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