自分への思い込みに気づくと、自分へのまなざしが変わる。
私は、
価値がないと思って生きてきた。
私は、
愛されていないと思って生きてきた。
俺は、
間違えたらいけないと思って生きてきた。
僕は、
役割がないと愛されないと思って生きてきた。
人は、
そんな思い込みを、
いつしか事実だと思って生きている。
だから、
人の顔色をうかがう。
頑張りすぎる。
失敗を恐れる。
頼ることができない。
休むことに罪悪感を覚える。
でもある日、
人生の中で、ばらばらだった点と点がつながることがある。
例えば、
「中学時代、担任の先生に認められたことだけが、ずっと自分の支えだった。」
そう気づいた人は、
初めて、
「認められることが、生きる理由になっていたんだ。」
と理解する。
ある人は、
母親の顔色を見続けて育ったことを思い出し、
「だから私は、人の気持ちを優先しないと愛されないと思っていたんだ。」
と気づく。
またある人は、
失敗するたびに父親から厳しく責められた記憶がつながり、
「俺は、間違えたらいけないと思って生きてきたんだ。」
と言葉にする。
すると、
思わず、
「ああ、そうだった。」
という言葉がこぼれる。
私は、
俺は、
僕は、
わたしは、
価値がない人だったんじゃない。
価値がないと思って生きてきたんだ。
愛されていなかったんじゃない。
愛されていないと思って生きてきたんだ。
役割がないと愛されなかったんじゃない。
役割がないと愛されないと思って生きてきたんだ。
その瞬間、
自分への思い込みに気づく。
そのとき、
自分へのまなざしが変わる。
責めるまなざしから、
理解するまなざしへ。
「どうして、こんな自分なんだ。」
ではなく、
「あの環境で生き抜くために、必要だったんだね。」
そう思えたとき、
過去の、
うまくできなかった自分ではない自分が見えてくる。
自分が、どうやって生き抜いてきたのかが見えてくる。
すると、
自分へのまなざしが変わる。
そして、
自分へのまなざしが変わると、
人は、ようやく自分を生き始める。
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