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正木伸城
@nobushiromasaki
イベントプロデューサー・マーケター・経営者|他、約20の事業に取締役や顧問として参画|常に3冊持ち歩く活字好き|仏教思想研究家|哲学愛好家|『監獄の誕生』が座右書|うつ病→精神病棟→36歳から本格的に社会人デビュー →3社を経て現職|著書は共著あわせて3冊既刊|献本書評も受けつけています|取材・仕事の依頼はDMにて📩
Joined September 2018
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2022年発刊の本。日本には精神科の病床が約32万床あるという。これは世界の精神科病床のおよそ5分の1にあたる。人口比で見れば、経済協力開発機構(=OECD、先進国が集まる国際機関)の加盟国の中で日本は突出して多い。本書は、そうなった経緯と、日本の精神医療の閉じられた内側に分け入った調査報道である。タイトルの「収容所列島」は、ソルジェニーツィンのかの有名な記録文学を踏まえている。 本書が突きつける事実の一つが、入院期間の長さだ。日本の精神科の平均在院日数は、他の先進国が数週間から数十日単位であるのに対し、桁が違う。かつては300日を超えることもよくあったし、何年、何十年も病院の中で暮らし続ける人もいる。医学的にはもう入院の必要がないのに、退院後に地域で暮らす受け皿がないために病院に留め置かれる場合もある。これを「社会的入院」と呼ぶ。病気だから入院しているのではない。社会に居場所がないから入院させられているのだ。 ぼくがこの本を読みながら何度も立ち止まったのは、身体拘束をめぐる記述だった。ベッドに手足を縛りつけられ、身動きが取れないまま過ごす。その拘束を受けている患者の数は、特にこの十数年で大きく増えた時期があった。安全のため、治療のため、という説明はつく。だが、本書が描くのは、その「〜のため」という言葉の内側で人としての尊厳がどれほど削られていくかという現実だった。海外から来て日本の病院で亡くなった青年のケースも報じられ、身体拘束のあり方は国際的にも問われた。 恐ろしいのは、社会的な二重基準である。もしこれが刑務所の話だったら、ぼくらは人権を問題にするだろう。もしこれが高齢者施設の虐待だったら、ニュースは大きく報じるだろう。でも、ことが精神医療の話となると、「病気なんだから仕方ない」「専門家が判断しているのだろう」と考えて思考を止めてしまう。その無関心こそが、この巨大な収容の構造を静かに支えてきた。 ぼくも精神病棟に長らく入院していたし、障害者支援を20年以上続けているので、その事情をなんとなく感じていた。 では、なぜ日本はこうなったのか。 本書は歴史をさかのぼる。かつて欧米が精神科病院を減らし、患者を地域で支える方向へ大きく舵を切った時期に、日本は逆に民間の精神科病院を次々と増やす政策をとった。病床は増え続け、いったん膨らんだ構造は、経営の論理とも結びついて簡単には縮まなくなった。病院にとって「埋まっている病床」は収入源でもある。退院を積極的に進める動機が構造的に弱い。ここには、悪意ある個人がいるというより、誰も望んでいないのに膨張していくシステムそのものの問題がある。 その上で本書がすぐれているのは、この構造を告発しながらも、現場の医師や看護師を単純な悪役にしないところだ。限られた人員と予算のなかで、多くの職員は必死に患者と向き合っている。問題は個人の資質ではなく、そういう個人の善意すら飲み込んでしまう制度設計のほうにある。だからこそ、根が深い。 32万床という数字の向こうに、一人ひとりの名前を持った人生がある。そのことを忘れずにいることだけは、ぼくにも引き受けられる。最低限の責任なのだと思う。 『ルポ・収容所列島 ニッポンの精神医療を問う』風間直樹・井艸恵美・辻麻梨子著、東洋経済新報社
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