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Tran Van Quyen(チャン・バン.クエン)
@vplusasia
日本で長く暮らすベトナム人。日本文化も歴史も大好き。 でも、「好き」と「黙る」は別の話。 歴史・社会・政治を多角的に見る視点で発信中。 ベトナム語・日本語・英語対応。 フォローはご自由に。反論は冷静に。
Joined August 2010
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「ベトナムは日本兵700人のおかげで独立できた」 という主張をよく見かけることがあります。 それに対するベトナム側の怒りを表した英語の投稿がありましたので、日本語に翻訳して紹介します。 以下は翻訳文 こんな怒りの言葉を書くのは、本当に久しぶりだ。 しかも、その相手が、かつて憧れ、いつか訪れてみたいと思っていた国になるとは思わなかった。 だが、私の兄は違った。 彼はその国で傷つき、「嘘に満ちた地獄」を見た人間だった。 だからこそ、「同じ思いをしてほしくない」と、私がその国へ行くことを止めたのである。 最近、日本の一部の右派ネットユーザーによるベトナムへの攻撃が目に余る。 しかも韓国との外交問題にまで、なぜかベトナムが引き合いに出される。 日本と韓国の問題なのに、なぜ関係のないベトナムを持ち出すのか。 なぜ自国の名誉を守るための盾として、ベトナムを利用しようとするのか。 正直に言えば、その発想自体が理解できない。 さらに驚かされるのは、 「ベトナムは日本兵700人のおかげで独立できた」 などと自信満々に語る人間までいることだ。 それは歴史への無知ではない。 歴史を矮小化するための意図的な歪曲である。 まず聞きたい。 その700人は天皇の命令で残ったのか。 それとも自らの意思で残ったのか。 彼らは日本政府の命令でベトミンと共に戦ったのか。 それとも個人的な判断だったのか。 あるいは、中国国民党軍による武装解除を前に、敗戦国としての屈辱を避けたかっただけではないのか。 そして何より、 本気でベトナム人が日本人から戦い方を教わらなければ独立できなかったと思っているのか。 第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、多くのベトナム人がフランス軍や軍需産業に動員された。 そして終戦後、その経験や技術を持つ人々の一部が祖国へ戻り、独立運動や軍隊建設の中核を担った。 その中には、フランスが手放したくなかった天才もいた。 彼は高額な待遇を捨て、ホー・チ・ミン主席と共に帰国した。 後に少将・教授となり、 「ベトミン軍の兵器の王」 と呼ばれたチャン・ダイ・ギアである。 彼は自らの手で兵器を開発し、手製バズーカから対戦車兵器、さらには戦術研究に至るまで、若きベトミン軍を支えた。 それらは、日本軍から与えられたものではない。 植民地支配と世界大戦という激動の時代の中で、ベトナム人自身が積み重ねてきた知識と経験の結晶だった。 私は、日本兵700人の存在そのものを否定するつもりはない。 彼らが歴史の一部だったことも否定しない。 しかし、その一部だけを切り取り、 「だからベトナムは独立できた」 と語るのは、歴史に対する冒涜である。 ベトナムの独立は、一民族が流した膨大な血と犠牲、そして何世代にもわたる努力によって勝ち取られたものだ。 700人の元日本兵は、その歴史の中の一つの要素に過ぎない。 彼らがベトナム独立の全てを代表することなど決してない。 どうか、その程度のことは理解してほしい。 歴史を語るのであれば、せめて歴史に対する最低限の敬意を持ってから語ってほしいものだ。
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