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舞台ブレーメン本日もお稽古でした🐓 舞台だけどリアルに極限まで寄せたお芝居で もはやお芝居ではないです(?) どこまで出来るかもっと探るぜ✊ チケットはこちら🎫 そして差し入れシステムが導入されました…! お心遣いありがとうございます😭
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初期曲ツアー全部終わったから言えるんだけど、初期衝動のままにライブ中のその時の感情をどこまでその場で音に変換出来るか試したかったので、東京ファイナル最後にお披露目した最新曲以外は、あえて全箇所個人的な練習は全くせずに臨みました🥁 それでも割と自分の感情を音に表現できてた気はする!
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おはよ☆手を繋ぎ、心を繋ぎ、険しく大変な道をいくつも乗り越えてきたでしょう。『Seven』♬何だって 出来るようになれるよ時の中で だから 信じた手と手をつないで歩いてく🎶信じたその手をつないで、どこまでも行きたいですね。行こう。さぁ、君の最高の元気いっぱいで行ってらっしゃい☆
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クラシック音楽に関わっていると、細かいことを気にし過ぎに見えることがある。 確かに、外から見ればそう見えるのかもしれない。 一つの音の入り方、母音の処理、旋律の向かい方、同じフレーズが二度出てきた時の変化、伴奏との関係、作品が書かれた時代の感覚まで見ていくのだから、気にしない人からすれば面倒な世界に見えるだろう。 しかし、それは自分のステイタスを高く見せるためにやっているわけではない。 作品の中に書かれているものを、出来るだけ雑に扱わないようにしているのである。 作曲家がなぜその音をそこに置いたのか、その旋律がどこへ進もうとしているのか、言葉が音楽の中でどう扱われているのかを考えずに演奏すれば、音は並んでいても作品へ近づいたことにはならない。 だから、クラシック音楽家には細部を見る力が必要になる。 ただし、その細部を見る力が、他人を見下すための道具になってしまうこともある。 「これが分からない人には分からない」 「この世界に入ってこられない人は浅い」 そういう態度になった瞬間、作品への敬意だったはずのものが、ただの選民意識に変わってしまう。 本来、厳しく向けるべきなのは外側ではなく、自分自身の演奏に対してである。 楽譜をどこまで読めているのか、言葉をどこまで音楽の中で扱えているのか、共演者の音をどこまで聴けているのか。 そうしたことを自分の演奏の中で問い続けるからこそ、細部を見る意味がある。 そして、その細部を聴き手に説明として押し付けるのではなく、音楽として届かせることが出来ているのかまで含めて考えなければならない。 私は、そこまで含めて音楽家の仕事なのだと思っている。
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【#矢部達哉# さん】 NHKの #クラシックTV# にて、 「The Legend」という、新しいシリーズを始めさせて頂きました。 その、第1回のゲストに矢部さんにお越し頂きました。 「レジェンド」というのは、「伝説的」という意味で、当然、音楽家として優れているという事もそうだが、ただプロとして活動していたのでは到底経験出来ない事を見聞きして経験なさってきたとか、特別な音楽家の事を表現している。 矢部さんは「レジェンド」のおひとり目としてスタジオにお越しになられた時に、開口一番、「肩叩きにあったようで…」と照れ隠しに謙遜なされた。 しかし、これはとても深いお言葉で、「そんな自分なんか」というような気品あふれる謙遜と共に、「まだまだ成長していきたい」という表明でもある。 瞬時にして、そしてとても簡潔なお言葉で、そういった色んな意味を孕んだお言葉が出てくるという人間力を、始まりから強く感じた。 番組の最後に「クープランの様式によるルイ13世の歌とパヴァーヌ(クライスラー)」を共演する事が叶ったのだが、このセッションが、まさにその最初のお言葉のように、簡潔で、清潔で、迷いがなく、誠実なものであった。 楽器を演奏するというのは、とてつもなく多くの注意点を一度に考えている。 その上で、"相手の演奏"をどこまで聴けるかがアンサンブルの質に大きく関わってくる。 自分の演奏を上質なものにしなくてはならない上に、相手の演奏と呼応しなくてはならない。 これは、本当に難しい事なのだ。 人によって、どれくらい相手の演奏を聴くかの度合いは異なる。 "聴けるか"という、スキル的なところもあるが、聴けたとしても、それをどれくらい"気にするか"はその人の主義にもよる。 矢部さんは、恐ろしく、まさに、恐ろしく、相手の演奏をお聴きになる方だった。 それは、畏れさえ覚えるほどだった。 全てをモニターされているのではないか、と思うほど、私の演奏の特徴を些細な部分まで全て聴き取って、さらに、それをご自身の演奏にも反映なさっていった。 人間は、まったく同じ演奏は出来ない。 方向性は同じでも、本当に小さな変化というのは起きてしまう。 矢部さんが出した音の次の私の音が、リハーサルと0.1秒違っただけで、そこには「新たな解釈」が必要となる。 ニュアンスが変わるからだ。 これを無視する事もできる。 ソリストに多いが、 オーケストラ相手でも、あえて無視して、強引に自分の演奏に戻そうとする事も出来る(場合によってはそれはそれでカッコ良かったりもする)。 しかし、矢部さんは、 絶対にそれをしなかった。 私の出した信号を裏切る事がただの一度もなかったのだ。 右手だろうが左手だろうが、和音の一部だろうが、どんな信号にも必ず反応した。 それは、目配せするとか、息を合わせるというような、大雑把な"合わせ"ではなかった。 お互いが、音楽の流れのもとに、辻褄を合わせていくような作業。 目の前に、音楽というパラレルワールドが広がり、その次元で会話をしているような感覚だった。 鳥肌が止まらなかった。 そして、あの、子供の頃からの憧れのおひとりだった、ヴァイオリニスト「矢部達哉」と自分が対等に会話して下さっている事への法悦のような悦びを覚えずにはいられなかった。 命令は絶対にしない。 こう演奏したいと一緒に思えるように話し合うようなセッション。 この周波数での会話こそが、音楽家として、一番の悦びであると思う。 それを改めてご教授頂いた。 まさにレジェンダリーな矢部達哉さん。 心より感謝しております。 第1回のレジェンドが矢部さんで、本当に幸いです。 番組は次の木曜日までNHK +にてご覧になられますので、ぜひ‼︎ クラシックTV 「The Legend 矢部達哉」
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さくらさんと一緒に活動をしていた時の記憶が、私のアイドル活動でのお守りのような存在です〜。 いつでもどこでも光り輝いていてかっこよくて可愛くて永遠に憧れの先輩🌸 またお会い出来る日まで頑張ります😌🤍 @le_sserafim_jp @le_sserafim #LE_SSERAFIM# #르세라핌# #SAKURA# #사쿠라# #CDTVライブライブ# #TBS# #FRUITSZIPPER# #ふるっぱー# #月足天音#
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自信がある人ほど、確認を怠らない。 これは、舞台に長く関わってきて強く感じることである。 本当に実力のある人は、「自分なら大丈夫」と言いながら準備を省くことが少ない。 むしろ、自分がどこで崩れやすいのかを知っているからこそ、本番前の確認を丁寧に行う。 声の状態、身体の反応、言葉の立ち上がり、音楽の流れ。 そうしたものを、毎回同じようでいて、毎回少し違うものとして見ている。 一方で、自信があるように見えて、実は確認を嫌がる人もいる。 そういう人は、確認することを不安の表れだと思っているのかもしれない。 しかし私は、そうは思わない。 確認とは、自信がないからするものではない。 自分の仕事を偶然に任せないためにするものなのである。 年齢を重ねれば、身体も声も変わる。 経験を積めば、慣れも出る。 昨日まで出来ていたことが、今日も同じように出来るとは限らない。 だからこそ、本当に自信がある人は、自分を過信しない。 自分の仕事を最後まで粗末に扱わないこと。 それが大切なのだと思う。
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