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ゲーム『ひめひび Another Princess Days ~White or Black~』 本日発売です🎉 OP曲『Secret Eden』を歌唱させていただいています! 任天堂Switchさんのゲームニュース #乙女ゲーム部# でも特集されています✨ よろしくお願い致します! 公式HP↓ #ひめひびAWB# #TAKUYO#
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舞台『乙女ゲームの破滅フラグしかない 悪役令嬢に転生してしまった... THE STAGE』全公演終了いたしました! 応援、本当にありがとうございました! カタリナ、楽しかったです! さようならFORTUNE LOVERの世界! ありがとう #はめステ# !!!!!🤝🏻
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舞台「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった...THE STAGE」幕を開けました! 1公演目はジオルドルート、2公演目はキースルートでした⚔️ 劇場に足を運んでくださった皆様、ありがとうございました! 明日はアランルートでお待ちしております🌳 #はめステ# #はめふら#
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私的おすすめ乙女ゲームをまとめました
人生初乙女ゲーム!!🫣💗 配信開始!! #Mildom#
帰宅して爆睡して4時くらいから起きて乙女ゲームとかシチュCDの主題歌聞いて懐かしさで死んでますおはよう
先日、10年振りの薄桜鬼ほぼクリアしたので、随想録に当たるところやっていきます……🥹久しぶりッ!永遠に土方さん推しだけど、伊庭さんがちょっとぐっときてるよ… 苺華は、薄桜鬼、うたプリ、ブラコン、スタスカあたりの乙女ゲーム村出身だよ
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お茶犬と絶チルとツバサクロニクル選べなかったのは悲しいけど結構これだけ見ると乙女なのでは? #My9Games# #私を構成する9つのゲーム#
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なぜ、スクエニから『ヴァルキリープロファイル』のような名作が生まれにくくなったのか?おそらく、作りたいものを、会社の構造の中で最後まで守り切るのが難しくなったのだろう。ヴァルキリープロファイルは企画書だけを見れば、かなり危うい。主人公は戦乙女。仲間は基本的に死者。明るい冒険譚ではなく、死に際の記憶を拾っていく物語。エンディング分岐も分かりやすくない。システムも独特。戦闘も横スクロール探索も、当時としてはかなり異質だった。 今の社内会議に出したら、まず聞かれる。 「このゲームのターゲットは誰ですか」 「初見ユーザーは離脱しませんか」 「海外展開の訴求軸は何ですか」 「シリーズ化できますか」 「ライブサービス化できますか」 「動画配信で映えますか」 「既存IPと比べて投資回収の見込みはありますか」 この質問は、間違っていない。 会社である以上、売上も利益も必要。 開発者の生活もある。株主もいる。広告費も、人件費も、外注費も、ローカライズ費も、すべて昔とは比べものにならないほど重くなった。 だが、ここに落とし穴がある。 名作は、正しい質問だけでは生まれない。 ヴァルキリープロファイルの本質は、市場がまだ言語化できていなかった欲望を、先に形にしてしまったことにある。 人は、死者の物語をゲームで追体験したかったのか。 北欧神話と日本的な情念が混ざったRPGを求めていたのか。 悲劇的なエインフェリアたちの人生を見届け、神界へ送る体験を欲していたのか。 発売前のアンケートで聞いても、おそらく誰もそんな答えは書かない。 けれど、出された瞬間に分かる。 「ああ、自分はこれを待っていたのか」と。 これが名作である。 今のスクエニが苦しんでいるのは、才能不足ではない。むしろ才能はある。絵を描ける人、音を作れる人、物語を作れる人、システムを組める人、世界に通用する映像を作れる人はいる。 しかし、スクエニは、強いIPを持ちすぎている。 ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、キングダム ハーツ、ニーア、サガ、聖剣伝説、スターオーシャン、そしてヴァルキリープロファイル。 これは財産であると同時に、重荷でもある。 なぜなら、社内のリソース配分を考えるとき、完全新作や中規模RPGより、既存IPの方が説明しやすいからだ。 「FFです」 「DQです」 「過去作のリメイクです」 「有名IPの派生です」 この方が、通しやすい。海外にも説明しやすい。販売計画も立てやすい。広告も打ちやすい。 社員の立場で言えば、失敗は怖い。 新規IPで失敗すれば、「なぜ既存IPを活用しなかったのか」と言われる。作風で失敗すれば、「もっとユーザーに寄せるべきだった」と言われる。中規模タイトルで利益が薄ければ、「その人員を大型タイトルに回すべきだった」と言われる。 すると、企画は自然と安全側に寄る。 不親切な構造は親切になる。 暗い物語は少し明るくなる。 難しいシステムは単純化される。 分かる人にだけわかる演出は、全員に伝わる説明へ変えられる。 そうやって完成するものは、悪いゲームではない。 だが、心の奥に傷を残すゲームではなくなる。 ヴァルキリープロファイルが今も語られるのは、完成度だけではない。あの作品には、今の大企業が嫌がる要素がたくさん入っていたからだ。 暗い。 難しい。 説明不足。 万人向けではない。 けれど、そのすべてが作品の本質だった。 昔のスクウェアとエニックスには、その中間地帯があった。 今、その中間地帯がない。 大作は重すぎる。小作は軽すぎる。スマホは継続運営が重い。リメイクは原作への責任が重い。結果として、純粋な変な新作が生まれる余白が少ない。 本当は、スクエニほど変なゲームを作れる会社はない。 神話、死生観、宗教、哲学、機械、魔法、召喚獣、王国、終末、輪廻、記憶、罪、赦し。 こういう重たいテーマを、エンタメとして成立させてきた会社だ。 だからファンは今でも期待している。 「スクエニなら、またやってくれるんじゃないか」と。 だが社員側から見ると、その期待はありがたくもあり、怖くもある。 ファンは昔のスクエニを覚えている。 会社は今の市場を見ている。 開発者は、その間で板挟みになる。 『ヴァルキリープロファイル』のような名作が今なかなか生まれない理由は、クリエイターが情熱を失ったからではない。 むしろ、情熱はある。 『ヴァルキリープロファイル』は、親切な作品ではなかった。だが、誠実な作品だった。死者に対して。物語に対して。プレイヤーの孤独に対して。 スクエニが取り戻すべきなのは、 「これは売れるか分からない。でも、これを作らなければ、うちがうちでなくなる」 そう言える企画を守る覚悟である。 名作は、管理から生まれない。 名作は、管理された狂気から生まれる。 スクエニには、まだその血が残っている。
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乙女のおかずを読んでくれるみんな 愛していますよ