登録して招待リンクを共有すると、動画再生報酬と紹介報酬を獲得できます。

検索結果 何を聞かされているのか不思議
何を聞かされているのか不思議 コミュニティ
1つのキーワードが1つのコミュニティです。
コミュニティ作成
アカウント
見つかりません
何を聞かされているのか不思議 を含む検索結果
右もひどりもどちらでもあなた任せ。#坂口愛美# アナも登場でラジオで #人生ゲーム# をやっちゃう #卒アルラジオ# です。#肘と顎をつけられる?CAの# #秋元真夏# さんも見てみたいけどまだ無職。 #何を聞かされているのか不思議# #愛美ついに結婚# #来週続きやります#
もっと見る
毎日充実しているが、結構疲れはある。明日は昼に羽野さんとお互いのソロライヴで対バンなのだが、午前中に2人でワークショップをやることになった。どのような方が集まるかは聞かされているが、何を求められているのかは謎。
もっと見る
私の、平和への思いの原点の一つは、沖縄の慶良間諸島の座間味島です。 世界有数の人気ダイビングスポットでもある座間味島は、1945年3月26日、太平洋戦争でもっとも最初に米軍が上陸した島です。 1991年の夏、私は大学生協の主催する「オキナワの旅」という企画で、米軍上陸のその場に居合わせ生き残った、島民の方のお話しを仲間といっしょに聴くという、稀有な機会を得ることができました。 参加したのは、島民の方と、愛知岐阜三重の三県の大学に通う大学生20人あまり、そして生協の職員さんだったと思います。 その日は、空は青く晴れ渡り、海と空がつながっているような、まさに沖縄らしい絶景の穏やかな日で、私たちはピクニック気分で山に登ってゆきました。 みんなで、山頂にある、展望台のベンチや、まわりの草原に腰掛けて、耳を傾ける中で、島民の方は、淡々と当時の様子を語ってくださいました。 その場はまさに、米軍の上陸作戦の直前に島民の皆さんが米艦隊を眺めていた場所だったのです。 「島民はみな、島に駐留していた日本兵に『米軍が上陸したら、男はみんな殺される。女子どもは凌辱される』と、聞かされ続けてきました。」 「その日、米軍がいよいよ上陸してくるらしい、と聞いた私たちは、この場所に登って来ました。展望台から観た海は、真っ黒な米艦船に埋め尽くされているように見えました。展望台に集まった島民は『これはもうだめだ』と囁いたりしていました」 「米軍が上陸して2日間、私たちは山の中をさまよって逃げ続けていました。どこに行っても米兵の姿が見え、どこにも逃げるところはありませんでした」 「最初に、わたしの隣りにいた近所のおじいが、叫びながら小学校あがる前の孫に、突然包丁を突き立てて、その生命を絶ちました。その後はもう…地獄のような光景でした…」「刃物のない人は、手で首をね締めるしかなくて…」 私は、このあとの詳しい描写は、覚えてません。 話聴いてるみんなも、ただただ、涙流すことしかできなくて。 お話しを聴いたあとは、みんな口数少なく、山を降りてゆきました。 美しい海と山、穏やかな気候、そして何より当時の経験を、感情をほとんど交えず、淡々と話すお父さん… 鮮烈なお話しとそのギャップに「戦争というものは」と、深く心に刻まれた経験なのでした。 座間味島やお隣の渡嘉敷島でのこの戦闘で生命を落とした島民は、日本兵の3倍、400人弱にのぼります。 座間味島はじめ、沖縄に駐留していた日本軍は、沖縄でどういうどういう役割を果たしたか。 すでにが語られているこのことを、ここでは語ることはいたしません。 けれども私は、軍隊というものが、決してその国の国民のことを守る存在では居続けないこと、そして戦争というものはどんな理由があっても、始めることそのものが重大な罪であることを、刻んでいます。 戦後生まれの私たちは、そして戦後生の政治家たちは、私たちの先人が歩んできた、日本の歴史を、ちゃんと学んでこれているでしょうか? そしてそれに、向き合い続けているでしょうか。 6月20日の豊橋空襲を「語り継ぐ」ことも、その大事な断片の一つとしてて、私は大切に引継ぎたいと考えているのです。
もっと見る
『50%の人生リスタート』 何か♡を期待してお洒落したのに、カン検事(キムスンロク)から衝撃の事実を聞かされちゃうジェスン(オジョンセ)可哀想なのに可愛い😓 #오십프로#
もっと見る
本日ファミリー劇場 19時30分〜放送 #ネ申テレビ# 🕊 何も聞かされてなくて現場に行ったら 明日4時間三輪車をこぐ世界大会出るよって。 色んな意味で思い出に残るロケでした。笑 本当に頑張ったので是非みてほしいです!🥶🥹🙏🏻
もっと見る
記者会見で、記者がバカな質問をしたり、既に説明済のことを何度も聞いたり、質問時間なのに記者自身の御高説を長々と聞かされたり、まるで自分たち記者がエラいかのような傲慢な姿勢だったりするとイライラしますよね。 どこかで「記者はあえて無知を演じて、素朴な疑問をぶつける役割もあるんだ」みたいな言い訳を見たことがありますが、その無知を演じるという立場に甘えて勉強してないだけじゃないですか。実にクソ。 さて、イオン社長の会見内容を全部チェックしたわけですが、今回もまあ記者連中が酷かったですね。 まず大前提としてイオンモール熊本では、震度7の大地震の直後、約3,000人の来店客を短時間で、かつパニックも起こさずに無事避難を成功させてるわけですよ。これは普段からの防災訓練や避難誘導体制がきちんと機能した証左でしょう。ところが会見で記者たちは、 「ガス漏れによる爆発をどう考えるのか?」 「想定外、予見出来なかったっていうのはそれでいいんですかね?」 「一旦避難した人に、中へ戻っていいというアナウンスがあったのでは?」 みたいに、原因究明前にも関わらず、あたかもイオンモール側に過失があることが前提かのような質問を繰り返すばかり。何の時間なんだこれは。 社長は「そのようなアナウンスは一切ない」「予見できれば対策を打ちたい」「消防による原因究明を待つしかない」と一貫して答え続けてましたが、それでも同じような質問が続き、ついにはマイクを握り直して強い口調で否定する場面までありました。もうこんな会見から社長を開放して、本業に専念させてあげてよ。さらには、 「熊本では、LPガスというのは飲食店の調理や空調設備に使うのか?」 「イオン社員と専門店従業員で避難対応に差があったのでは?」 のような「そこでそれ聞く?」と横転するような質問や、全員が来店客の命を守るために必死だったはずの危機時にまで「プロパー社員とテナントの格差」みたいな構図を作ろうとせんばかりの質問もあり、実に胸糞悪かったですね。私がイオン社長なら、もうこの時点でオールドメディアの広告全部引き上げて、自前メディア立ち上げてるとこだわ。 しかしそこは社長がハッキリと否定し、従業員を誇りに思う言葉を述べてくれたので救われた気持ちになりました。そして「復旧費用や経営への影響は?」と問われると、「今はそんなことを考える余裕はありません。まずは人命救助です」と答えた姿勢には、トップとしての覚悟を感じましたよ。 そりゃまあ、企業の責任を検証することは報道の役割のひとつでしょうよ。でもまだ救助活動が続き、原因究明も終わってない今の段階で必要なのは、経営陣の失言を引き出すことでも、あたかも人災かのようなストーリーにハメ込んで犯人捜しをすることでもありません。次の犠牲者を出さないために、事実を積み上げることでしょう。 その事実から結論を導くことこそが「報道」じゃないですか。あなた方が出したい結論に合わせて事実を探し始めた瞬間、それはもう報道じゃなくて「活動」なんですよ。 今回の会見もまた、イオンの危機管理対応以上に、我が国の記者会見のあり方そのものを根本から考えさせられる内容でしたね。
もっと見る
何をやってもうまくいかない人の特徴・ワースト3
??? 何を言ってるんだこの人は。
何を言ってるか分からないと思うのですが、撮影で全力ダッシュしたところ思いっきり顔面から転けてしまい到底24歳とは思えない小学生のような生傷をつくってしまいました
もっと見る