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Claude Security 插件正式公測!這不只是又一個掃描工具,而是把「資安研究員級」的能力直接塞進 Claude Code 終端。 它會像真人一樣讀懂你的架構、追蹤跨檔案資料流、建立威脅模型,再用多代理互相驗證,找出傳統靜態掃描器常漏掉的複雜邏輯漏洞與認證繞過。掃完還能直接產出符合你程式風格的修補建議,人審完就能套用。 這代表什麼?AI 正在把高階資安「左移」到每一位開發者的日常工作流。不用再等資安團隊排程、不用把程式碼丟上雲端,提交前就能自己把關。在 AI 加速攻擊的時代,這等於給防禦端裝上同等級的火力。真正讓「安全寫程式」變成預設,而不是事後補救。 👉🏻推薦實戰流程 1. 輸入 /claude-security → 選 Scan codebase(或 Scan changes) 2. 選擇掃描深度(Medium 通常就夠用,High / Max 更深入但較貴) 3. 等掃描完成(會產生 CLAUDE-SECURITY-時間戳/ 資料夾) 4. 看報告(CLAUDE-SECURITY-RESULTS.md) 5. 再輸入 /claude-security → 選 Suggest patches 6. 選擇要修的 finding(例如 F1、F2) 7. 用 git apply 套用產生的 .patch 檔,自己 review 後再 commit 👉🏻小技巧 • 大專案建議先只掃重點目錄,不要一次掃整個 repo • 掃描是非確定性的,同一段程式碼跑兩次結果可能略有不同 • 修補永遠不會自動套用,一定要人審核 這樣就可以直接在終端裡把「資安掃描 + 修補建議」變成日常工作流的一部分了!
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オーストラリア政府招請による超党派代表団による訪問の最終日は、西オーストラリア州パース。オーストラリア海軍が次期フリーゲート艦として採用を決定している海上自衛隊護衛艦「もがみ」型を4艦目以降について建造を行う予定のヘンダーソン造船所とそれを担う企業であるAUSTALを訪問。日の丸も掲げて歓迎をしていただきました。 この地区に連邦政府が新拠点を整備して建造が行われる予定。オーストラリアの国境警備隊が使用する船舶等の建造現場も視察させてもらいましたが、いずれにしても案件の性質上、詳細を投稿することができませんが、まさに日豪の防衛協力のシンボル的な取組であり、大変有意義でした。 日本企業も含めたサプライチェーンのあり方や、関与するスタッフのセキュリティクリアランスの考え方なども意見交換。 西オーストラリアは、まさに日本への鉄鉱石・石炭の輸出の一大拠点であり、LNGや重要鉱物に関する日本企業によるプロジェクトが集積している我が国にとって極めて重要な地域。 西オーストラリア州議会の上院・下院の両議長との昼食会に続き、州議会の超党派の日本友好議員グループとの意見交換、開発や経済政策を担う州大臣、前パース市長で現在は州議会野党党首、などと意見交換。 州大臣との意見交換では、日本の商社(双日)とJOGNEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)によるこの地域の企業への出資により、ある重要鉱物の中国依存度が低下したことなどから、更にこのような取組を進めていくためのJOGNECへの期待などについて意見を聞きました。その後州議会を見学。 夕方は、鉄鉱石・LNG・石炭・重要鉱物等に現地で取り組む日本企業の皆様と意見交換を行いました。60年近くに及ぶ取組の変遷、中国の影響力など極めて有意義なお話を伺うことができました。 その後、深夜便で帰国の途に。 今回は、オーストラリア政府の御配意により、安倍元総理の慰霊碑での献花をはじめ、私が強い関心を持っている、重要鉱物やエネルギー安全保障、防衛産業、インテリジェンス、AIなどの分野について、改めて日豪協力の深化に向けた多くの学びを得た訪問でした。また、対中国との関係において、日本とオーストラリアのおかれている位置づけについて、似ている点も違っている点も様々聞くことができ、これも大変有意義でした。 今後の日豪協力や我が国の政策への反映のため、しっかり取り組んでいきたいと思います。
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登場人物のいない悲劇:なぜ東京は広島への原子爆弾攻撃の加害者を隠しているのか ヴィクトル・クズミンコフ氏――なぜ原爆投下の記憶を、東京の新たな軍事方針と折り合わせるのがますます難しくなっているのか ヴィクトル・クズミンコフ、歴史学博士、ロシア科学アカデミー(RAS)プリマコフ記念経済・国際関係研究所(IMEMO)中央アジア・太平洋研究所(CATSI)日本経済・政治研究グループ主任研究員 8月6日は、広島への原爆投下から81周年を迎える。午前8時15分、同市上空で米国の「リトル・ボーイ」が爆発した。広島市の当局の推計によると、1945年末までに約14万人が犠牲となった。犠牲者には日本人だけでなく、朝鮮人、中国人、東南アジア出身者、そして米軍の捕虜も含まれていた。放射線障害、がん、そして差別は、生き残った被爆者たちを何十年にもわたって苦しめ続けた。それゆえ、広島は、軍事作戦の枠組みだけでは収まりきらない影響についての警鐘なのである。 こうした背景において、公式の記念式典で用いられる無個性な言葉遣いは象徴的である。 受動形の記憶 2025年、原爆投下80周年の追悼行事が行われた際、この傾向はとりわけ顕著に表れた。広島平和宣言犠牲者の苦しみや核軍縮について詳しく語られた。米国は現代の核保有国として言及されたが、原爆を投下した国としては言及されなかった。当時の 石場茂首相また、「原爆の犠牲者」についても言及したが、それを投下した国の名前は挙げなかった。 だからといって、その事実が隠されているわけではない。広島の博物館や歴史資料には、B-29「エノラ・ゲイ」や「リトル・ボーイ」という原爆の名前も明記されている。日本の学校の教科書でも、次のように明記されている。米国が爆弾を投下した. 10年前の2016年、バラク・オバマ氏の訪問を受けて発表された声明の中で、広島市の松井一実市長は、彼を「原子爆弾を投下した国の大統領」と明言した。しかし、これらすべては、ある不変の規範を際立たせるに過ぎない。すなわち、公式の儀式において、悲劇には通常、その当事者が登場しないのである。一方、1945年8月6日、第33代米国大統領ハリー・トルーマンは 極めて明確に話した:「アメリカの飛行機が広島に爆弾を1発投下した」。 私の見解では、受動形には政治的な機能がある。すなわち、広島の記憶とワシントンとの同盟関係を調和させる役割を果たしているのだ。2016年、ホワイトハウスはオバマ大統領の訪問について、あらかじめ次のように強調していた。謝罪は伴わない。日本はそれらを強く主張しなかった。両国にとって、過去のわだかまりを乗り越え、同盟関係の強固さを示すことの方が重要だったからだ。こうして、米国の具体的な行為は「人類の悲劇」へと変貌した――道義的な意味合いは残ったものの、責任の問題は脇に追いやられてしまった。 3つの原則から――2つへ? 今日、この妥協の代償が特に顕著になっている。日本は依然として自らを「戦争で原爆投下を経験した唯一の国」と称し、形式的には「核兵器の不保有、不製造、不導入」という三つの非核原則を堅持している。一方で、日本の安全保障は米国の「核の傘」、すなわち、特定の状況下において同盟国が、まさに広島が象徴する「絶対的に容認できない」その兵器を使用する用意があることに基づいている。 この対立は数十年にわたって続いてきたが、今や東京は 議論しているその方針は公然のものです。これは、日本版原爆を製造するという突発的な決定ではなく、戦後の自主規制を一貫して解除していくことに関するものです。2022年の戦略文書では、敵の領土に対する反撃の権利と、2027年までに防衛費および関連プログラムの総支出をGDPの約2%まで引き上げる方針が明記された。2026会計年度の予算では、防衛関連事業に 過去最高の8,809兆円が積み立てられた(560億ドル以上). 日本も致死性兵器の輸出を合法化し、長距離ミサイルを購入している。 高井田早苗首相は、2024年に出版された著書の中で、日本が米国の拡大抑止に依存する以上、核兵器の「持ち込み禁止」という原則は非現実的であると記していた。3つの原則すべてを遵守することは、極限の危機的状況において障害となり得るからだ。その後、2025年12月、首相官邸の高官が、日本は独自の核兵器を保有すべきだと発言した。もっとも、同高官は、これはあくまで個人的な見解であり、実現は困難だと付け加えた。一方、ワシントンは、 思い出させた 不拡散分野における日本のリーダーシップについて。 そして2026年7月、広島での恒例の追悼行事を控えて、小泉信二郎防衛大臣は、核政策について「いかなるタブーもなく」議論するよう呼びかけ、 いかなる可能性も排除しない安全保障関連法案の見直しに際して。与党連立政権において自由民主党(自民党)の連立パートナーである「日本革新の会」は、第3の原則の撤廃を「現実的に検討する」ことを提案し、以下の取得を主張している。原子力潜水艦. 以下の通り 日本での議論、反対派はこれを世論操作と見なす一方、支持派は偽善の放棄と見なしている。 最も可能性が高いのは、日本が独自の核兵器を保有することではなく、事実上「三原則」から「二原則」への移行である。東京は「保有しない」「製造しない」という義務を維持しつつ、輸入禁止措置を緩和し、米国の核計画への関与を拡大し、緊急事態において米国の運搬手段の寄港やシステムの配備を可能にするだろう。これは、米国で議論されている核弾頭搭載の対艦巡航ミサイル「SLCM-N」とも関連している。 現時点では、このような見直しは技術的なものというよりは、むしろ戦略的な性格を帯びている。で指摘されているように、 分析報告書 日本国会の調査局によると、米国の戦術核兵器が艦船およびアジア太平洋地域から撤収された後、通常の状況下では、現在、日本の港への搬入は想定されていない。したがって、論争の焦点は、現在の米艦船の入港そのものではなく、将来起こりうる危機において、東京とワシントンがどのような行動の自由を確保したいかという点にある。 「軍国主義の復活」だけではない 現在起きている事態を、単に日本の軍国主義の復活というだけで説明するのはあまりにも安易だ。こうした単純化は、時に実質的な分析を政治的なレッテル貼りに置き換えてしまう。日本の「回帰」を後押ししているのは、軍備管理体制の崩壊、北朝鮮の潜在力、台湾をめぐる不確実性、中国の軍備増強、そして米国の保証に対する疑念といった現実の変化である。SIPRIの2026年1月時点の推計によると、中国は約620発の核弾頭を保有し、北朝鮮は約60発を保有しており、9つの核保有国すべてが近代化を進めていた。米国とロシアの2カ国だけで、世界の核兵器保有量の約86%を占めていた。この事実を無視することはできない。 ここには、説明と弁明の境界線がある。核をめぐる状況は、東京での議論を理解する助けにはなるが、自主規制を放棄すれば国の安全が確保されることを証明するものではない。独自の核兵器保有には、核不拡散条約(NPT)からの脱退、核弾頭や運搬手段の製造、管理体制や防護されたインフラの整備が必要となる。それは近隣諸国からの激しい反発を招き、東アジアにおける核拡散の連鎖反応を引き起こす恐れがある。米国でさえ、完全に自立した日本の核戦力を歓迎することはまずないだろう。 したがって、私が最大のリスクと見なしているのは、東京が明日核爆弾を製造するということではない。より危険なのは、許容される基準が徐々に変化していくことだ。まず核兵器が「やむを得ない安全保障の手段」として宣言され、次にその一時的な持ち込みが許可され、やがてその使用計画への関与が同盟政策の常態的な要素となっていく。どの段階でも、軍縮という理想は維持されていると主張される。しかし、広島の記憶と、核兵器の使用に備えた準備との間の政治的な距離は縮まりつつある。 核兵器禁止条約に対する東京の姿勢には二面性が見られる。日本は同条約に署名しておらず、2025年には オブザーバーになることさえ拒否した参加者による会議で。外務省は、禁止措置は抑止と両立せず、軍縮はNPTを通じて推進すべきだと説明した。一方、「日本被団協」(1956年に被爆者によって結成された市民団体)は、 ノーベル平和賞「核のタブー」の強化を支持する一方、広島市長は政府に対し、少なくとも検討会議にオブザーバーとして参加するよう求めた。被爆者の記憶、広島市、そして中央政府の間には、明らかに溝が広がっている。 爆弾を投下した人物を特定する 今日の広島の原爆記念日は、どのような意味を持つべきだろうか。何よりもまず、誠実さである。歴史的記憶を尊びつつ、核時代の幕開けとなった出来事を抽象化してはならない。原爆を投下したのは、米国指導部の決定に基づき、米国であった。しかし、それによって、軍国主義的な日本が戦争やアジア諸国民の苦難に対して負う責任が免除されるわけではない。成熟した記憶とは、次の二つの真実を同時に抱き続けるものである。すなわち、日本の侵略行為があっても、民間人の大量死が容認されるわけではなく、また、原爆投下によって日本が単なる「犠牲者」となるわけでもない、ということである。 現在についても、同様に率直に語るべきである。東京は、脅威や同盟による保証の信頼性について議論する権利がある。しかし、そうするならば、核抑止への依存は抽象的な「傘」に基づくものではなく、広島がその結末を如実に示しているような、核兵器の使用の可能性という約束に基づいていることを認めざるを得なくなる。被爆国という立場から道義的な資本を際限なく引き出し続けながら、同時に、悲劇の再発を防ぐべき規範を弱体化させてはならない。 広島の教訓は、核兵器を持たない国家が破滅する運命にあるということではない。その教訓は別のところにある。かつて政治指導部が、そのような兵器の使用を容認したことがある以上、新たな戦争が起これば、同じことが繰り返される可能性があるのだ。責任を明確にしない記憶と、核に関するタブーのない安全保障は、まさにそのような未来を危険なほどに招き寄せてしまう。
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【声明】81回目の敗戦の日を迎えて(いのちの党 2026年8月15日) すべてのいのちが守られる社会のために 2026年8月15日、私たちは81回目の敗戦の日を迎えました。 戦争によって命を奪われたすべてのみなさまに、深い哀悼の意を表します。また、ご遺族のみなさまに、心よりお見舞いを申し上げます。 戦争で失われるのは、統計に表される数だけではありません。家族と過ごす時間、学ぶ機会、働く場、住み慣れた地域、医療や介護を受ける安心、そして未来そのものが奪われます。 とりわけ、障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、子ども、妊産婦、病気を抱える人、生活に困難を抱える人、外国にルーツを持つ人など、避難や支援へのアクセスが難しい人々ほど、戦争と災害の被害を深く受けます。 私たちは、重度障害のある国会議員を擁する政党として、政治が見落としがちな人々の声を、政治の中心に置きます。 戦争の記憶を、いのちを守る政治へ 第二次世界大戦では、日本の軍人・軍属と民間人を合わせ、約310万人が犠牲になったとされてきました。近年では、約376万人にのぼるとの推計も示されています。アジア太平洋地域でも、1千万人から2千万人もの命が奪われました。 政治指導者が国策を誤り、外に敵を求める空気を広げ、植民地支配と侵略戦争を拡大した結果です。日本の国民もまた、命や暮らし、自由を奪われ、戦争に動員されました。 戦争の時代には、障害のある人や病気を抱える人、子ども、高齢者など、支援を必要とする人々の命と尊厳が後回しにされがちです。「役に立つか」「効率的か」という物差しによって、人の命の価値に差をつける考え方が広がれば、社会は深く傷つきます。 この歴史を振り返るのは、過去を責め続けるためではありません。同じ過ちを繰り返さず、誰も置き去りにしない政治につなげるためです。 脅威を冷静に見極める 高市政権は「戦後最も厳しい安全保障環境」と説明し、軍備の拡大を進めています。 しかし、ミサイルを増やし、米軍との一体化を深めることが、そのまま地域の安全につながるとは限りません。一方の軍備拡大が相手の警戒を招き、さらなる軍拡へと連鎖する「安全保障のジレンマ」もあります。 1950年代末の米国では、ソ連が米国を大きく上回る数の大陸間弾道ミサイルを保有しているという「ミサイル・ギャップ論」が広がりました。この議論は、軍関係者や政治勢力、防衛産業が大規模なミサイル開発や予算を求める根拠となりました。しかし、後にソ連の能力は大幅に過大評価されていたことが明らかになりました。 脅威の評価が軍事予算や産業上の利益と結びつけば、実際の危険を冷静に検証するより、軍備拡大を正当化する議論が先行するおそれがあります。客観的な情報と幅広い議論に基づき、外交と対話の可能性を最後まで大切にすることが必要です。 防衛産業の利益より、いのちを守る判断を 政府は、防衛産業を経済成長を牽引するリーディング産業と位置づけ、「安全保障と経済成長の好循環」を掲げています。 しかし、安全保障政策を企業の利益や経済成長と結びつけることには慎重でなければなりません。装備の生産や輸出を増やすことが政策の目標となれば、人々の命を守るために何が必要かという視点が後退するおそれがあります。 アイゼンハワー元米大統領が「軍産複合体」に警鐘を鳴らしたように、軍事組織と産業界の結びつきが政策判断を左右することがあります。防衛政策は、企業の利益ではなく、命と平和を守る目的から、必要性、効果、費用、外交への影響を検証すべきです。 政府と企業の関係にも、透明性、公正性、外部からの監視が必要です。 主権を守り、地域を戦場にしない 同盟国であっても、自国の基地、空港、港湾、領空を他国の軍事行動に使わせるかどうかは、本来、日本が判断すべきことです。 しかし、日米地位協定のもとで、日本側が米軍の施設・区域の運用に十分関与できない場面があります。米国で外国軍に認められない権限が日本国内の米軍には認められているとすれば、対等で互恵的な同盟関係とはいえません。 さらに、朝鮮国連軍地位協定などによって、朝鮮半島で有事が起きた場合、日本の基地が後方拠点として利用される可能性があります。日本が戦争の意思決定に参加していなくても、基地から軍事行動が行われれば、日本が報復の対象となるおそれがあります。日本の基地や地域が、他国の戦争に連動する「自動報復装置」のような役割を担わされる危険です。 日米地位協定と朝鮮国連軍地位協定を、国会と国民の前で検証し、見直す必要があります。自国の領土、空、港、道路が、いつ、誰のために使われるのかを日本が実効的に判断できることは、主権と民主主義の基本です。 沖縄をはじめとする南西諸島では、ミサイル部隊の配備や自衛隊の増員、日米共同訓練などが進められています。九州をはじめ、全国でも、演習場、港湾、空港、道路が軍事運用に組み込まれる可能性があります。 地域のインフラが部隊や物資の移動に使われれば、住民の暮らしは軍事計画と重なります。避難する人々と部隊の移動が、限られた道路、港、空港に集中することも考えられます。地域の利用目的、危険の度合い、避難方法、事故や攻撃時の責任について、住民への十分な説明が必要です。 沖縄がかつて「捨て石」とされ、多くの住民が犠牲になった歴史を忘れてはなりません。「命どぅ宝」という言葉のとおり、安全保障の出発点は、軍事施設の都合ではなく、一人ひとりの命と尊厳です。 避難計画だけでは、いのちは守れません 戦争や武力衝突の際、誰もが同じように移動できるわけではありません。人工呼吸器や透析、薬、介助を必要とする人にとって、停電、断水、道路の寸断、医療や福祉サービスの停止は、直ちに命に関わります。子どもたちも、家族や住まい、学校を失い、長く深い傷を負います。 政府は、有事を想定したシェルターの整備や避難計画を進めています。必要な備えを否定するものではありません。しかし、「誰を、どこへ、どのように避難させるか」という計画だけで、戦争から人々の命を守れると考えることには、根本的な限界があります。 障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、乳幼児、妊産婦、病気を抱える人にとって、移動そのものが大きな負担であり、ときには命の危険を伴います。限られた道路、港、空港に、避難する人々と部隊・物資の移動が集中する状況で、誰も取り残さない避難を実現することは、容易ではありません。 シェルターも、場所を用意するだけでは命を守れません。電力、酸素、医薬品、食料、水、医療、介助、意思疎通の支援、衛生環境が継続して確保されなければ、そこは安心して生きられる場所にはなりません。 だからこそ、政府が「避難計画があるから大丈夫」として、軍事施設の配備や地域の軍事利用を進めることには、慎重でなければなりません。避難計画は、軍備拡大や地域の軍事化を正当化するためのものではありません。最も支援を必要とする人々の命と尊厳を守るために、当事者の参加のもとで検証されるべきものです。 政府が掲げる「継戦能力」も、武器や弾薬の量だけでは測れません。国民が飢えず、医療や介護を受け、住まいと地域のつながりを保ちながら生きていけることこそ、社会を守る力です。 戦争を前提に避難の方法を考えるだけでなく、戦争そのものを避ける外交と、誰もが安心して暮らせる社会をつくることが政治の責任です。 自由に語り、分断を広げない 戦争に向かう時代には、政府への批判が抑えられ、異なる意見を言いにくくなることがあります。 1940年、斎藤隆夫議員は日中戦争を批判する演説を行い、その多くが議事録から削除され、除名されました。この歴史を繰り返してはなりません。 安全保障を理由に、国民の自由や権利、表現活動を狭めることにも慎重であるべきです。国家情報会議設置法による国民監視の強化や、国旗損壊罪の新設が、国家への批判や少数者への差別を強めることも懸念されます。 異なる立場の人とも対話し、事実に基づいて自由に議論できる社会を守ることは、民主主義の基盤であると同時に、戦争を遠ざける力でもあります。恐怖や同調圧力に流されず、誤りを指摘し、政策を見直し、互いの尊厳を守ることができる社会こそ、戦争への道を抑えることができます。 すべてのいのちを政治の中心に 日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」と決意しています。 戦争は自然に起こるものではなく、政治の判断によって起こります。だからこそ、戦争を避けるために外交を尽くし、国際的な信頼を積み重ねることが政治の責任です。 81回目の敗戦の日にあたり、私たちは、戦争で失われた一つひとつの命に思いを寄せます。 脅威を冷静に検証し、防衛産業と政策判断の結びつきに透明性を求めます。日米地位協定などを見直し、日本が自らの領土や基地の使われ方を判断できる主権を確立します。 軍備の拡大だけに頼らず、対話と外交、食料、医療、介護、教育、住まいへの支援によって、平和と安心を築いていきます。 すべての命と尊厳が大切にされる社会を、みなさんとともにつくっていきます。 2026年8月15日 いのちの党 #いのちの党# #いのち#
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(FTプレゼント記事):スコット・ベッセントによる円買い介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げる Scott Bessent’s yen intervention signals new era of US ‘currency activism’ 「スコット・ベッセントによる円買い介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げる 日本円を支える試みは、米国が自国の利益に反する市場取引を阻止する意思を示した」 ロンドン:イアン・スミス 東京:デービッド・ケオハン ニューヨーク:ケイト・デュギッド ワシントン:クレア・ジョーンズ 記事全体のポイント この記事でFTが最も強調している論点は、単に「円買い介入が行われた」という事実ではありません。記事全体を通して提示されているのは、米国の通貨政策そのものが変質しつつあるという見方。 そのポイントを整理すると、次の五点になる。 ベッセント財務長官は従来の財務長官とは異なり、ヘッジファンド出身のトレーダーとして為替市場へ積極的に介入する発想を持っている。 米国は「自由市場に任せる」のではなく、自国の国益を守るためには為替市場にも積極介入する姿勢へ転換しつつある。 今回の最大の目的は円そのものではなく、日本による米国債売却を防ぎ、米国長期金利の上昇を抑えることだった可能性が高い。 介入そのものは根本解決ではなく、「日銀が政策対応を行うまでの時間稼ぎ」にすぎないという見方が専門家の間では支配的である。 それでも市場心理には大きな影響を与え、「ベッセントが再び介入するかもしれない」という新たなリスク認識を市場参加者に植え付けた点に、今回の介入の最大の意味がある。 FTはこの変化を、見出しにもある "a new era of US currency activism(米国による通貨アクティビズムの新時代)" という言葉で総括している。これは、従来の「市場重視・強いドル政策」を掲げてきた米国から、国益を優先して為替市場へ積極的に介入する米国への転換を象徴する表現として用いられている。 (以下 記事本文) ワシントンと東京が、およそ30年ぶりとなる協調介入によって日本円を押し上げた際、その米国側を指揮した人物は、大規模な為替取引を手掛けてきたことで知られる人物だった。 今回の金曜日の介入を主導したのはスコット・ベッセント財務長官である。彼はかつてトレーダーとして活動し、1992年には英ポンドへの空売り、2013年には円への投機で名を上げた。いずれもジョージ・ソロスの投資会社で働いていた時代の実績である。 ドナルド・トランプ政権の財務長官となって以降、ベッセントは金融市場に対して従来よりも積極的に介入する姿勢を強めている。 今回、米国が他国通貨を支えるために歴史的な介入を行ったことは、市場関係者を驚かせた。その理由の一つは、円安が協調介入を必要とするような混乱的な急落ではなく、比較的緩やかに進行していたからである。 さらに市場を驚かせたのは、介入にドルではなくユーロを売却して円を購入するという方法が採られたことであった。 この取引は、昨年アルゼンチン・ペソ支援に乗り出した後、ベッセント率いる財務省が外国為替市場への関与をさらに深める意思を示したものと受け止められている。 ある米国の大手機関投資家はこう語る。 「これはソフトパワーのためでもなければ、世界全体の公益のためでもない。では、米国はいったい何をしようとしているのか。」 ベッセントの異例の行動の背景には、日本銀行の政策金利が現在1%にとどまり、インフレ圧力に十分対応できるほど速いペースで引き上げられていないとの投資家の懸念が高まっていたことがある。 世界の主要国では金利が日本よりはるかに高いため、この状況が今後も円安圧力となり続ける可能性がある。 ベッセント財務長官自身も介入を隠そうとはしなかった。金曜日の閣議では、カメラマンが彼の手書きメモを撮影しており、そこには 「日本円(JPY)を50億〜100億ドル購入」 と書かれていた。 今回の日米協調介入によって、円相場は今月初めの1ドル=164円近辺(1986年以来の円安水準)から158円前後まで急反発した。ただし、多くのトレーダーやアナリストは、この反発は短期間で終わる可能性があると警告している。 ピーターソン国際経済研究所所長で日本経済の専門家アダム・ポーゼンは皮肉を込めてこう述べた。 「1992年にイングランド銀行を打ち負かしたソロスやスタンレー・ドラッケンミラーのもとで働いていた人物が、為替介入だけで通貨を長期的に守れるかのように振る舞っているというのは、本当に驚くべき皮肉だ。」 投資家たちは、今回のワシントンの介入が主要通貨市場に新たな不確実性を持ち込み、各国政府がより積極的に市場へ関与する新しい時代の幕開けとなったと受け止めている。今回の措置は、米国が自国の利益に反する取引をためらわず阻止する意思を示したものだからである。 INGのグローバル市場責任者クリス・ターナーは次のように述べる。 「米財務省の登場は、市場に『新しい保安官がやって来た』ことを意味する。円売りを仕掛ける投機筋に対して警告を発したのである。」 そして彼は、今回の出来事は 「為替市場への積極介入(FX activism)の時代への回帰」 を意味すると評した。 米財務省はコメントを控えた。 なぜ日米は介入したのか 両国には、それぞれ介入する十分な理由があった。 日本政府は、円安に加えて日本国債(JGB)が大きく売られ、市場の動きが行き過ぎたものになりつつあることを懸念していた。 一方、米国側では、日本が円を支えるために米国債を売却すれば、米国債市場への売り圧力がさらに強まる兆候が現れていた。 トランプ大統領は「米国は常に日本の味方である」と述べたが、市場関係者の多くは、真の狙いは、日本が保有する米国債を売却することを思いとどまらせることにあったと見ている。 日本は外国政府の中で最大の米国債保有国だからである。 さらに米政府高官は以前から、ドル高がアメリカの輸出企業に悪影響を及ぼしていることも問題視していた。 オールスプリング・グローバル・インベストメンツのマルチアセット・ポートフォリオマネージャー、ルシャブ・アミンはこう説明する。 「政権はドル安を望んでいる。そして、各国の投資家が自国通貨を守るために米国債を大量に売却する事態も避けたいのである。」 彼によれば、ドルに対して他通貨を売ろうとする投資家は、「ベッセント買い(Bessent bid)」を警戒するようになっているという。つまり、「必要ならベッセント財務長官が市場に介入してくるかもしれない」という警戒感が市場に生まれたのである。 「強いドル政策」との矛盾 もっとも、ベッセント自身はこれまで一貫して 「米国は強いドル政策を支持する」 と発言してきた。これは長年にわたる米国政府の公式方針を踏襲したものである。 一方、日本政府は月曜日、FRB(米連邦準備制度)のレポ・ファシリティを利用する計画を明らかにした。 アナリストによれば、この制度を使えば、日本は米国債を売却することなくドル資金を借り入れることが可能になる。 これまで各国中央銀行は、自国通貨を支える際に米国債を売却することが多かった。しかし米国政府は、長期金利が2007年以来の高水準となっている現在、自国債への需要が減少する兆候に極めて神経質になっている。 実際、イラン戦争の開始時には、外国中央銀行はFRBに預けていた米国債保有額を2012年以来最低の水準まで減らしていた。 さらに別の懸念も存在する。 もし日本国債の売りが続いて利回りが一段と上昇すれば、日本国内の投資家も米国債を売却し、日本へ資金を戻す動きが強まる可能性があるのである。 ウェリントン・マネジメントのブリジ・クーラナは、ベッセントの考え方を次のように説明している。 「ベッセントは、米国債利回りが高いのは、日本国債利回りが高いからだと考えている。だから円を支えれば、日本の金利が低下し、その結果として米国債利回りも低下するという発想なのだ。」 RBCブルーベイ・アセット・マネジメントの債券部門最高投資責任者マーク・ダウディングは、円安について次のように述べている。 「円安は日本国債市場の安定を損ない、世界の長期金利を押し上げる要因となりかねない。米国はそのことに非常に敏感になっている。」 「利益を得る」という発想も 今回の介入には、米国が利益を得る可能性もあった。 トランプ大統領自身が記者団に対し、「financial benefit(経済的利益)」も今回の動機の一つであると述べている。 ハーバード大学教授で元IMFチーフエコノミストのケネス・ロゴフは次のように評価した。 「非常に巧妙だった。アルゼンチン支援でベッセントが行った救済策を思い起こさせる。あれは大成功だった。」 しかし同時に、ロゴフは限界も強調する。 「米財務省が莫大な円を長期間保有する覚悟――それは極めて急進的な政策転換になるが――を持たない限り、今回の介入は日本銀行に少し時間を与えるための応急処置(bandage)にすぎない。」 円安の根本原因は解決していない アナリストたちは、今回の介入だけでは円安を生み出している構造的な要因は解決できないと指摘している。 その要因とは、 原油価格の上昇 大規模な政府支出計画をめぐる不透明感 日本銀行の利上げペースが依然として遅いこと などである。 東京のステート・ストリート銀行シニア債券ストラテジスト、マサヒコ・ルー氏はこう述べる。 「介入は時間を買っているだけだということは、誰もが分かっている。本当に重い仕事(the real heavy lifting)は、日本銀行と日本の財政政策が担わなければならない。」 ここでいう heavy lifting は、「最も困難で本質的な仕事」「根本問題を解決する役割」という意味で使われている。 米国にとってのリスク もちろん米国側にもリスクがある。 もし今回の協調介入が失敗すれば、投機筋は再び円を標的にするだけでなく、米国債市場そのものも攻撃対象にする可能性がある。 資産運用会社PGIMのチーフ・グローバル・エコノミスト、ダリープ・シン氏は次のように警告する。 「もし介入が機能しなければ、(米国長期国債市場への)波及効果は極めて大きなものになるだろう。覚悟しておくべきだ(So strap in.)。」
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