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【声明】国際刑事裁判所を守ることは、被害者の正義と日本の責任を守ることです(いのちの党 2026年8月27日) 米国政府が、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長およびアブドゥライ・セエ上級裁判弁護士を制裁対象としたことに、強く抗議します。 ICCは、今回の措置は、ローマ規程に基づき職務を遂行する裁判官・検察官・職員への攻撃であると批判しています。こうした司法関係者への制裁は、単なる外交上の対立ではありません。それは、司法機関が国家の政治的圧力から独立して判断できるかどうかに関わる、国際法秩序の根本的な問題です。 ICCは、ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪という、国際社会全体に関わる重大犯罪について、個人の刑事責任を問うために設立された常設の国際司法機関です。国が真正に捜査・訴追する意思または能力を欠く場合に、補完的に刑事責任を追及する「最後の手段」としての裁判所です。 日本はICCの締約国で、2007年からその活動に参加してきました。日本はこれまでICCに判事を送り出し、最大の分担金拠出国として財政面でも支えてきました。したがって、日本政府はICCを支持すると述べるだけでなく、国際司法が政治的報復によって機能不全に陥らないよう、具体的な責任を果たさなければなりません。 しかし高市首相はこの制裁に対して米国政府を非難せず「大変残念」とコメントするにとどめています。 元首相や大臣経験者も参加する「人権外交を超党派で考える議員連盟」は、「『残念』は感想であって意思ではない。求められているのは日本の意思」と日本政府の対応を批判しています。日米同盟を重視することと、法の支配を守ることは二者択一ではありません。「法の支配に沈黙する(日米)同盟は、いずれその基盤である価値を失う」と同議員連盟の声明で指摘する通りです。日本政府は、米国と同盟国であるからこそ、米国の制裁に抗議したうえで即時撤回を求め、ICCへの断固支持の立場を明確にすべきです。 米国の主張には、法と事実に基づく検証を求める 米国政府は、ICCが米国など非締約国の政府当局者を対象に捜査・訴追することを問題視し、ICCを「腐敗し、政治化された裁判所」などと批判しています。 ICCの管轄権や個別事件の判断について、各国が法的な異議を申し立てること自体は否定されるべきではありません。しかし、異議があるなら、公開された法的手続、証拠に基づく反論、外交的協議によって争うべきです。司法関係者個人への制裁によって裁判所の活動を妨げることは、正当な批判の範囲を超えています。 また、ICCに腐敗や政治化の問題があるというなら、米国政府は具体的な事実と証拠を示すべきです。日本政府も、米国の主張を黙って受け入れるのではなく、その根拠を確認し、事実に反する主張であれば明確に反論しなければなりません。 同時に、日本が最大の分担金拠出国としてICCを支えている以上、ICCの資金の使途、監査、職員の倫理、組織運営の公正さについて、国民に説明する責任があります。ICCを守ることは、問題点を隠すことではありません。透明性と説明責任を高めることによって、国際司法への信頼を強固にすることです。 「日本人だから」ではなく、司法の独立のために 赤根所長を守るべき理由は、赤根氏が日本人だからではありません。国籍、民族、宗教、政治的立場にかかわらず、司法関係者が法に基づいて職務を遂行したことを理由に脅迫や報復を受けてはならないからです。 赤根氏とともに制裁対象となったセエ氏も、国際司法の職務を担う一人です。二人を守ることは、特定の国の利益を守ることではなく、国際犯罪の被害者が国籍や権力関係によって正義から排除されない原則を守ることです。 強い国の関係者が捜査対象になったときだけ司法機関を攻撃することが許されれば、国際司法は権力者の同意がある場合にしか機能しない制度になってしまいます。そのような制度では、戦争犯罪や人道に対する犯罪の責任を追及することが難しくなり、被害者が救済を得る可能性は大きく損なわれます。 日本政府に求めること いのちの党は、日本政府に対し、次の対応を求めます。 1.米国政府に対し、ICC関係者への制裁を直ちに撤回するよう正式に申し入れること。 2.ICCの裁判官、検察官、職員、弁護士、協力者に対する威嚇、制裁、妨害に反対する日本の立場を、明確な政府声明として発表すること。 3.ICC締約国と連携し、ICCの独立性、公正性、継続的な活動を守るための共同声明と具体的な支援策を主導すること。 日本は2025年2月にICCに加盟する79の国・地域が発出した、米国の制裁措置に対する共同声明には参加しませんでした。今後はこうした局面で曖昧な姿勢を改めるべきです。 4.ICCの活動に対する財政的・人的支援を強化するとともに、拠出金の使途、監査、組織運営について国会と国民に説明すること。 5.米国政府が示す「腐敗」や「政治化」の主張について、具体的な根拠の提示を求め、事実認定と法的評価を公開すること。 6.ICCの管轄権や個別事件に異議がある場合には、制裁や威嚇ではなく、ローマ規程に基づく司法手続と外交的対話によって解決するよう、関係国に働きかけること。 結び いのちの党は、ICCを批判してはならないと考えているのではありません。国際司法機関であるからこそ、透明性、公正性、説明責任を不断に高めなければならないと考えています。 しかし、制度への批判と、司法関係者への報復や裁判所の機能停止を狙う圧力とは明確に区別されなければなりません。日本がICCへの資金と人的貢献を通じて国際司法を支えてきたのであれば、危機に直面した今、その独立性を守るために行動する責任があります。 「いのちを守る政治」とは、日本人の命だけを守る政治ではありません。国籍や立場を問わず、重大な犯罪の被害者が正義を求められる国際秩序を守る政治です。 私たちは、ICCの独立性、司法関係者の安全、そして被害者の尊厳を守るため、日本政府が明確で具体的な行動を取ることを求めます。 2026年8月27日 いのちの党 #いのちの党# #いのち#
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「最も緊密な同盟国」「支援迷わず」グラス駐日米大使 在日米軍2基地から熊本へ飲用水 米国による支援物資の第1弾として、米軍の輸送機が9日、熊本県に飲用水約16トンを届けた。在日米大使館によると、横田基地と岩国基地から空輸した。
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「日米同盟ともに強化」小泉進次郎氏、米中「同盟」演出の日に強調 対中象徴の米司令官と 小泉進次郎防衛相は25日夜、Xに米ハワイの真珠湾を米インド太平洋軍のパパロ司令官と巡った経緯を振り返りながら「日米同盟をともに強化していく」と書き込んだ。
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日米首脳会談、22日にNYで開催 米高官「習氏の訪米前、重要だ」 米政府高官は日米首脳会談の開催を巡り、「日本は極めて重要な同盟国であり、地域のパートナーだ」と記者団に説明。
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6月29日、内倉統幕長はジョスト在日米軍司令官とともに、現在実施中の米国主催多国間共同訓練ヴァリアントシールド2026を視察しました。両者は海上自衛隊鹿屋航空基地において、米陸軍ミサイルシステム タイフォン及びハイマースの展開状況を確認し、これらのアセットを運用する第3マルチドメインタスクフォースより説明を受けました。タイフォンの自衛隊施設への展開は今回が初めてです。高い機動性を有する米軍のアセットを自衛隊施設に一時展開させ日米間で共同訓練を積み重ねることは、米軍の機動展開能力及び日米の即応性や相互運用性を向上させ、日米同盟の抑止力・対処力を一層強化させることに繋がります。統合幕僚監部は引き続き、こうした日米間の共同訓練等を通じて、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた取組を推進し、同盟の能力を向上させていきます。#ヴァリアント・シールド26# #VS26# #JSDF# #MDTF# #TYPHON# #HIMARS#
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高市総理「日米は和解を果たし今は非常に強い絆で結ばれた同盟国として信頼し合える関係」習近平発言踏まえ → 習近平氏は「米中が共に戦い日本に反撃」と発言 高市首相は25日、官邸で記者団の質問に答えました。
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安倍さんの最大の功績は、米国議会での演説によって日米の戦争を歴史上の出来事に昇華させ、現在の日米同盟の重要性と意義を訴えたことだ。安倍さんはこれを「希望の同盟」と言い表した。その後、オバマ大統領の広島訪問と、自身のパールハーバー訪問が実現する。それ以降、米大統領が発する対日戦勝記念日の声明からは、日本を「敵」として非難する言葉が消え去った。日本人は広島・長崎を忘れないだろうし、アメリカ人はパールハーバーを忘れない。しかし、そのむき出しの感情からは、何も前進できない。安倍さんは、日米の最後の棘を抜いたのだ。
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【声明】81回目の敗戦の日を迎えて(いのちの党 2026年8月15日) すべてのいのちが守られる社会のために 2026年8月15日、私たちは81回目の敗戦の日を迎えました。 戦争によって命を奪われたすべてのみなさまに、深い哀悼の意を表します。また、ご遺族のみなさまに、心よりお見舞いを申し上げます。 戦争で失われるのは、統計に表される数だけではありません。家族と過ごす時間、学ぶ機会、働く場、住み慣れた地域、医療や介護を受ける安心、そして未来そのものが奪われます。 とりわけ、障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、子ども、妊産婦、病気を抱える人、生活に困難を抱える人、外国にルーツを持つ人など、避難や支援へのアクセスが難しい人々ほど、戦争と災害の被害を深く受けます。 私たちは、重度障害のある国会議員を擁する政党として、政治が見落としがちな人々の声を、政治の中心に置きます。 戦争の記憶を、いのちを守る政治へ 第二次世界大戦では、日本の軍人・軍属と民間人を合わせ、約310万人が犠牲になったとされてきました。近年では、約376万人にのぼるとの推計も示されています。アジア太平洋地域でも、1千万人から2千万人もの命が奪われました。 政治指導者が国策を誤り、外に敵を求める空気を広げ、植民地支配と侵略戦争を拡大した結果です。日本の国民もまた、命や暮らし、自由を奪われ、戦争に動員されました。 戦争の時代には、障害のある人や病気を抱える人、子ども、高齢者など、支援を必要とする人々の命と尊厳が後回しにされがちです。「役に立つか」「効率的か」という物差しによって、人の命の価値に差をつける考え方が広がれば、社会は深く傷つきます。 この歴史を振り返るのは、過去を責め続けるためではありません。同じ過ちを繰り返さず、誰も置き去りにしない政治につなげるためです。 脅威を冷静に見極める 高市政権は「戦後最も厳しい安全保障環境」と説明し、軍備の拡大を進めています。 しかし、ミサイルを増やし、米軍との一体化を深めることが、そのまま地域の安全につながるとは限りません。一方の軍備拡大が相手の警戒を招き、さらなる軍拡へと連鎖する「安全保障のジレンマ」もあります。 1950年代末の米国では、ソ連が米国を大きく上回る数の大陸間弾道ミサイルを保有しているという「ミサイル・ギャップ論」が広がりました。この議論は、軍関係者や政治勢力、防衛産業が大規模なミサイル開発や予算を求める根拠となりました。しかし、後にソ連の能力は大幅に過大評価されていたことが明らかになりました。 脅威の評価が軍事予算や産業上の利益と結びつけば、実際の危険を冷静に検証するより、軍備拡大を正当化する議論が先行するおそれがあります。客観的な情報と幅広い議論に基づき、外交と対話の可能性を最後まで大切にすることが必要です。 防衛産業の利益より、いのちを守る判断を 政府は、防衛産業を経済成長を牽引するリーディング産業と位置づけ、「安全保障と経済成長の好循環」を掲げています。 しかし、安全保障政策を企業の利益や経済成長と結びつけることには慎重でなければなりません。装備の生産や輸出を増やすことが政策の目標となれば、人々の命を守るために何が必要かという視点が後退するおそれがあります。 アイゼンハワー元米大統領が「軍産複合体」に警鐘を鳴らしたように、軍事組織と産業界の結びつきが政策判断を左右することがあります。防衛政策は、企業の利益ではなく、命と平和を守る目的から、必要性、効果、費用、外交への影響を検証すべきです。 政府と企業の関係にも、透明性、公正性、外部からの監視が必要です。 主権を守り、地域を戦場にしない 同盟国であっても、自国の基地、空港、港湾、領空を他国の軍事行動に使わせるかどうかは、本来、日本が判断すべきことです。 しかし、日米地位協定のもとで、日本側が米軍の施設・区域の運用に十分関与できない場面があります。米国で外国軍に認められない権限が日本国内の米軍には認められているとすれば、対等で互恵的な同盟関係とはいえません。 さらに、朝鮮国連軍地位協定などによって、朝鮮半島で有事が起きた場合、日本の基地が後方拠点として利用される可能性があります。日本が戦争の意思決定に参加していなくても、基地から軍事行動が行われれば、日本が報復の対象となるおそれがあります。日本の基地や地域が、他国の戦争に連動する「自動報復装置」のような役割を担わされる危険です。 日米地位協定と朝鮮国連軍地位協定を、国会と国民の前で検証し、見直す必要があります。自国の領土、空、港、道路が、いつ、誰のために使われるのかを日本が実効的に判断できることは、主権と民主主義の基本です。 沖縄をはじめとする南西諸島では、ミサイル部隊の配備や自衛隊の増員、日米共同訓練などが進められています。九州をはじめ、全国でも、演習場、港湾、空港、道路が軍事運用に組み込まれる可能性があります。 地域のインフラが部隊や物資の移動に使われれば、住民の暮らしは軍事計画と重なります。避難する人々と部隊の移動が、限られた道路、港、空港に集中することも考えられます。地域の利用目的、危険の度合い、避難方法、事故や攻撃時の責任について、住民への十分な説明が必要です。 沖縄がかつて「捨て石」とされ、多くの住民が犠牲になった歴史を忘れてはなりません。「命どぅ宝」という言葉のとおり、安全保障の出発点は、軍事施設の都合ではなく、一人ひとりの命と尊厳です。 避難計画だけでは、いのちは守れません 戦争や武力衝突の際、誰もが同じように移動できるわけではありません。人工呼吸器や透析、薬、介助を必要とする人にとって、停電、断水、道路の寸断、医療や福祉サービスの停止は、直ちに命に関わります。子どもたちも、家族や住まい、学校を失い、長く深い傷を負います。 政府は、有事を想定したシェルターの整備や避難計画を進めています。必要な備えを否定するものではありません。しかし、「誰を、どこへ、どのように避難させるか」という計画だけで、戦争から人々の命を守れると考えることには、根本的な限界があります。 障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、乳幼児、妊産婦、病気を抱える人にとって、移動そのものが大きな負担であり、ときには命の危険を伴います。限られた道路、港、空港に、避難する人々と部隊・物資の移動が集中する状況で、誰も取り残さない避難を実現することは、容易ではありません。 シェルターも、場所を用意するだけでは命を守れません。電力、酸素、医薬品、食料、水、医療、介助、意思疎通の支援、衛生環境が継続して確保されなければ、そこは安心して生きられる場所にはなりません。 だからこそ、政府が「避難計画があるから大丈夫」として、軍事施設の配備や地域の軍事利用を進めることには、慎重でなければなりません。避難計画は、軍備拡大や地域の軍事化を正当化するためのものではありません。最も支援を必要とする人々の命と尊厳を守るために、当事者の参加のもとで検証されるべきものです。 政府が掲げる「継戦能力」も、武器や弾薬の量だけでは測れません。国民が飢えず、医療や介護を受け、住まいと地域のつながりを保ちながら生きていけることこそ、社会を守る力です。 戦争を前提に避難の方法を考えるだけでなく、戦争そのものを避ける外交と、誰もが安心して暮らせる社会をつくることが政治の責任です。 自由に語り、分断を広げない 戦争に向かう時代には、政府への批判が抑えられ、異なる意見を言いにくくなることがあります。 1940年、斎藤隆夫議員は日中戦争を批判する演説を行い、その多くが議事録から削除され、除名されました。この歴史を繰り返してはなりません。 安全保障を理由に、国民の自由や権利、表現活動を狭めることにも慎重であるべきです。国家情報会議設置法による国民監視の強化や、国旗損壊罪の新設が、国家への批判や少数者への差別を強めることも懸念されます。 異なる立場の人とも対話し、事実に基づいて自由に議論できる社会を守ることは、民主主義の基盤であると同時に、戦争を遠ざける力でもあります。恐怖や同調圧力に流されず、誤りを指摘し、政策を見直し、互いの尊厳を守ることができる社会こそ、戦争への道を抑えることができます。 すべてのいのちを政治の中心に 日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」と決意しています。 戦争は自然に起こるものではなく、政治の判断によって起こります。だからこそ、戦争を避けるために外交を尽くし、国際的な信頼を積み重ねることが政治の責任です。 81回目の敗戦の日にあたり、私たちは、戦争で失われた一つひとつの命に思いを寄せます。 脅威を冷静に検証し、防衛産業と政策判断の結びつきに透明性を求めます。日米地位協定などを見直し、日本が自らの領土や基地の使われ方を判断できる主権を確立します。 軍備の拡大だけに頼らず、対話と外交、食料、医療、介護、教育、住まいへの支援によって、平和と安心を築いていきます。 すべての命と尊厳が大切にされる社会を、みなさんとともにつくっていきます。 2026年8月15日 いのちの党 #いのちの党# #いのち#
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「イスラエルか、それとも祖国か」:米軍最高幹部が国防総省の上層部に厳しい警告を発する 米国は、イスラエルの保護を優先する一方で、迎撃ミサイルの備蓄を大幅に削減し、中国と戦う能力を危うくしている ある報道によると、欧州駐留の米国最高位の将軍が今週、国防総省に対し、イランによるミサイル攻撃の可能性からイスラエルを守るのに十分な海軍部隊を擁していないと伝えた。ワシントン・ポスト8月1日です。 米欧州軍(EUCOM)のアレクサス・グリンケウィッチ司令官は、国防総省の高官らに対し、もう1隻の海軍駆逐艦が配備されなければ、米国の「本土」の防衛とイスラエルの防衛のどちらかを選ばざるを得なくなる、と書面で通知した。 グリンケウィッチ氏の警告は、ドナルド・トランプ米大統領がイランに対する戦争をエスカレートさせ続けている中で発せられたものである。 米海軍は、イラン・イスラム共和国によるホルムズ海峡の封鎖を受けて、イランの港湾を封鎖する責任を担うなど、この戦争遂行において多大な負担を負ってきた。 東地中海に展開する米海軍の駆逐艦は、かねてよりイスラエルの防衛戦略の一環となっている。これらの艦艇には、イランの弾道ミサイルやドローンに対抗できるレーダーシステムやミサイル迎撃システムが搭載されている。 EUCOMは、地中海方面からイスラエルを防衛するとともに、NATO加盟国へのロシアによる地上侵攻を阻止する責任を負っている。 米海軍は、スペインのロタから5隻の駆逐艦を配備しており、今年後半には6隻目が配備される見込みだ。長期にわたる任務のため、これらの艦艇は整備上の課題に直面している。 また、米国ではミサイル迎撃弾の不足も生じており、その製造には多額の費用がかかり、補充も困難である。 戦争初期に行われた国防総省の評価によると、米軍は「イランの弾道ミサイルからイスラエルを守るという重責を担ってきた」ことが示された。 ワシントンは、イランによるミサイルやドローン攻撃からイスラエルを守るため、THAAD(高高度防衛ミサイル)や海軍用迎撃ミサイルなど、自国の防衛兵器を、イスラエルが保有する迎撃ミサイルの備蓄量よりも多く投入してきた。 米国のパトリオットミサイルの在庫数は現在1,000発を下回り、THAADの在庫数は約250基となっているが、 によると戦略国際問題研究所(CSIS)へ。 6月中旬にワシントンとテヘランが覚書(MoU)と停戦合意に署名して以来、イスラエルはイランとの戦争には参加していない。 トランプ氏は3週間前、イランへの攻撃を再開した。 先週、イスラエルのベザレル・スモトリッチ財務相は は言ったイスラエルは、戦闘には加わらず、米国や湾岸諸国の同盟国に、テルアビブに代わって戦争を戦わせることに満足していた。 「イスラエルにはこのキャンペーンに参加する意向はない。現状が我々にとって最善なのだ」とスモトリッチ氏は火曜日に述べた。 一方、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は先週、ホワイトハウスを訪問し、ロビー活動を行った トランプ氏は、イランに対して陸上封鎖を課すことで、戦争を激化させる方針だ。 金曜日のCBSニュースの報道によると、ワシントンとテルアビブは、イランの重要なエネルギーインフラを標的とすることで、侵略戦争を大幅にエスカレートさせる計画を立てているという。
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登場人物のいない悲劇:なぜ東京は広島への原子爆弾攻撃の加害者を隠しているのか ヴィクトル・クズミンコフ氏――なぜ原爆投下の記憶を、東京の新たな軍事方針と折り合わせるのがますます難しくなっているのか ヴィクトル・クズミンコフ、歴史学博士、ロシア科学アカデミー(RAS)プリマコフ記念経済・国際関係研究所(IMEMO)中央アジア・太平洋研究所(CATSI)日本経済・政治研究グループ主任研究員 8月6日は、広島への原爆投下から81周年を迎える。午前8時15分、同市上空で米国の「リトル・ボーイ」が爆発した。広島市の当局の推計によると、1945年末までに約14万人が犠牲となった。犠牲者には日本人だけでなく、朝鮮人、中国人、東南アジア出身者、そして米軍の捕虜も含まれていた。放射線障害、がん、そして差別は、生き残った被爆者たちを何十年にもわたって苦しめ続けた。それゆえ、広島は、軍事作戦の枠組みだけでは収まりきらない影響についての警鐘なのである。 こうした背景において、公式の記念式典で用いられる無個性な言葉遣いは象徴的である。 受動形の記憶 2025年、原爆投下80周年の追悼行事が行われた際、この傾向はとりわけ顕著に表れた。広島平和宣言犠牲者の苦しみや核軍縮について詳しく語られた。米国は現代の核保有国として言及されたが、原爆を投下した国としては言及されなかった。当時の 石場茂首相また、「原爆の犠牲者」についても言及したが、それを投下した国の名前は挙げなかった。 だからといって、その事実が隠されているわけではない。広島の博物館や歴史資料には、B-29「エノラ・ゲイ」や「リトル・ボーイ」という原爆の名前も明記されている。日本の学校の教科書でも、次のように明記されている。米国が爆弾を投下した. 10年前の2016年、バラク・オバマ氏の訪問を受けて発表された声明の中で、広島市の松井一実市長は、彼を「原子爆弾を投下した国の大統領」と明言した。しかし、これらすべては、ある不変の規範を際立たせるに過ぎない。すなわち、公式の儀式において、悲劇には通常、その当事者が登場しないのである。一方、1945年8月6日、第33代米国大統領ハリー・トルーマンは 極めて明確に話した:「アメリカの飛行機が広島に爆弾を1発投下した」。 私の見解では、受動形には政治的な機能がある。すなわち、広島の記憶とワシントンとの同盟関係を調和させる役割を果たしているのだ。2016年、ホワイトハウスはオバマ大統領の訪問について、あらかじめ次のように強調していた。謝罪は伴わない。日本はそれらを強く主張しなかった。両国にとって、過去のわだかまりを乗り越え、同盟関係の強固さを示すことの方が重要だったからだ。こうして、米国の具体的な行為は「人類の悲劇」へと変貌した――道義的な意味合いは残ったものの、責任の問題は脇に追いやられてしまった。 3つの原則から――2つへ? 今日、この妥協の代償が特に顕著になっている。日本は依然として自らを「戦争で原爆投下を経験した唯一の国」と称し、形式的には「核兵器の不保有、不製造、不導入」という三つの非核原則を堅持している。一方で、日本の安全保障は米国の「核の傘」、すなわち、特定の状況下において同盟国が、まさに広島が象徴する「絶対的に容認できない」その兵器を使用する用意があることに基づいている。 この対立は数十年にわたって続いてきたが、今や東京は 議論しているその方針は公然のものです。これは、日本版原爆を製造するという突発的な決定ではなく、戦後の自主規制を一貫して解除していくことに関するものです。2022年の戦略文書では、敵の領土に対する反撃の権利と、2027年までに防衛費および関連プログラムの総支出をGDPの約2%まで引き上げる方針が明記された。2026会計年度の予算では、防衛関連事業に 過去最高の8,809兆円が積み立てられた(560億ドル以上). 日本も致死性兵器の輸出を合法化し、長距離ミサイルを購入している。 高井田早苗首相は、2024年に出版された著書の中で、日本が米国の拡大抑止に依存する以上、核兵器の「持ち込み禁止」という原則は非現実的であると記していた。3つの原則すべてを遵守することは、極限の危機的状況において障害となり得るからだ。その後、2025年12月、首相官邸の高官が、日本は独自の核兵器を保有すべきだと発言した。もっとも、同高官は、これはあくまで個人的な見解であり、実現は困難だと付け加えた。一方、ワシントンは、 思い出させた 不拡散分野における日本のリーダーシップについて。 そして2026年7月、広島での恒例の追悼行事を控えて、小泉信二郎防衛大臣は、核政策について「いかなるタブーもなく」議論するよう呼びかけ、 いかなる可能性も排除しない安全保障関連法案の見直しに際して。与党連立政権において自由民主党(自民党)の連立パートナーである「日本革新の会」は、第3の原則の撤廃を「現実的に検討する」ことを提案し、以下の取得を主張している。原子力潜水艦. 以下の通り 日本での議論、反対派はこれを世論操作と見なす一方、支持派は偽善の放棄と見なしている。 最も可能性が高いのは、日本が独自の核兵器を保有することではなく、事実上「三原則」から「二原則」への移行である。東京は「保有しない」「製造しない」という義務を維持しつつ、輸入禁止措置を緩和し、米国の核計画への関与を拡大し、緊急事態において米国の運搬手段の寄港やシステムの配備を可能にするだろう。これは、米国で議論されている核弾頭搭載の対艦巡航ミサイル「SLCM-N」とも関連している。 現時点では、このような見直しは技術的なものというよりは、むしろ戦略的な性格を帯びている。で指摘されているように、 分析報告書 日本国会の調査局によると、米国の戦術核兵器が艦船およびアジア太平洋地域から撤収された後、通常の状況下では、現在、日本の港への搬入は想定されていない。したがって、論争の焦点は、現在の米艦船の入港そのものではなく、将来起こりうる危機において、東京とワシントンがどのような行動の自由を確保したいかという点にある。 「軍国主義の復活」だけではない 現在起きている事態を、単に日本の軍国主義の復活というだけで説明するのはあまりにも安易だ。こうした単純化は、時に実質的な分析を政治的なレッテル貼りに置き換えてしまう。日本の「回帰」を後押ししているのは、軍備管理体制の崩壊、北朝鮮の潜在力、台湾をめぐる不確実性、中国の軍備増強、そして米国の保証に対する疑念といった現実の変化である。SIPRIの2026年1月時点の推計によると、中国は約620発の核弾頭を保有し、北朝鮮は約60発を保有しており、9つの核保有国すべてが近代化を進めていた。米国とロシアの2カ国だけで、世界の核兵器保有量の約86%を占めていた。この事実を無視することはできない。 ここには、説明と弁明の境界線がある。核をめぐる状況は、東京での議論を理解する助けにはなるが、自主規制を放棄すれば国の安全が確保されることを証明するものではない。独自の核兵器保有には、核不拡散条約(NPT)からの脱退、核弾頭や運搬手段の製造、管理体制や防護されたインフラの整備が必要となる。それは近隣諸国からの激しい反発を招き、東アジアにおける核拡散の連鎖反応を引き起こす恐れがある。米国でさえ、完全に自立した日本の核戦力を歓迎することはまずないだろう。 したがって、私が最大のリスクと見なしているのは、東京が明日核爆弾を製造するということではない。より危険なのは、許容される基準が徐々に変化していくことだ。まず核兵器が「やむを得ない安全保障の手段」として宣言され、次にその一時的な持ち込みが許可され、やがてその使用計画への関与が同盟政策の常態的な要素となっていく。どの段階でも、軍縮という理想は維持されていると主張される。しかし、広島の記憶と、核兵器の使用に備えた準備との間の政治的な距離は縮まりつつある。 核兵器禁止条約に対する東京の姿勢には二面性が見られる。日本は同条約に署名しておらず、2025年には オブザーバーになることさえ拒否した参加者による会議で。外務省は、禁止措置は抑止と両立せず、軍縮はNPTを通じて推進すべきだと説明した。一方、「日本被団協」(1956年に被爆者によって結成された市民団体)は、 ノーベル平和賞「核のタブー」の強化を支持する一方、広島市長は政府に対し、少なくとも検討会議にオブザーバーとして参加するよう求めた。被爆者の記憶、広島市、そして中央政府の間には、明らかに溝が広がっている。 爆弾を投下した人物を特定する 今日の広島の原爆記念日は、どのような意味を持つべきだろうか。何よりもまず、誠実さである。歴史的記憶を尊びつつ、核時代の幕開けとなった出来事を抽象化してはならない。原爆を投下したのは、米国指導部の決定に基づき、米国であった。しかし、それによって、軍国主義的な日本が戦争やアジア諸国民の苦難に対して負う責任が免除されるわけではない。成熟した記憶とは、次の二つの真実を同時に抱き続けるものである。すなわち、日本の侵略行為があっても、民間人の大量死が容認されるわけではなく、また、原爆投下によって日本が単なる「犠牲者」となるわけでもない、ということである。 現在についても、同様に率直に語るべきである。東京は、脅威や同盟による保証の信頼性について議論する権利がある。しかし、そうするならば、核抑止への依存は抽象的な「傘」に基づくものではなく、広島がその結末を如実に示しているような、核兵器の使用の可能性という約束に基づいていることを認めざるを得なくなる。被爆国という立場から道義的な資本を際限なく引き出し続けながら、同時に、悲劇の再発を防ぐべき規範を弱体化させてはならない。 広島の教訓は、核兵器を持たない国家が破滅する運命にあるということではない。その教訓は別のところにある。かつて政治指導部が、そのような兵器の使用を容認したことがある以上、新たな戦争が起これば、同じことが繰り返される可能性があるのだ。責任を明確にしない記憶と、核に関するタブーのない安全保障は、まさにそのような未来を危険なほどに招き寄せてしまう。
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