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詩の絵文庫
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詩の絵文庫
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河瀬詩の"うたっけ!"
@sitakke_uta
2024.12.20 12:35
河瀬詩の"うたっけ!"#
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# ご視聴ありがとうございました! KAWASE UTA AWARD 2024 皆様ノミネートいただき、ありがとうございました🎊 そして、クリスマスプレゼントショーは皆様当てられたでしょうか。 うたなじみのみんなの絵もドンドン投稿してくださいね…? 🎼#
うたっけ🐾
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パム
@pom_starrail
2026.08.09 04:00
✨ 星穹展示館 | 夏の風物詩 Vol.4 夏気分いっぱいの絵を持ってきたのじゃ🌊 siki さんと SB_Lamaさん 素敵な作品に感謝じゃ! #
スターレイル
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パム
@pom_starrail
2026.08.07 04:00
✨ 星穹展示館 | 夏の風物詩 Vol.3 夏気分いっぱいの絵を持ってきたのじゃ🌊 Tem/テム さんと 斬(giri) さん 素敵な作品に感謝じゃ! #
スターレイル
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パム
@pom_starrail
2026.08.06 04:00
✨ 星穹展示館 | 夏の風物詩 Vol.2 夏気分いっぱいの絵を持ってきたのじゃ⛱️ gumo さんと Maanu4893 さん 素敵な作品に感謝じゃ! #
スターレイル
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パム
@pom_starrail
2026.08.05 04:00
✨ 星穹展示館 | 夏の風物詩 Vol.1 夏気分いっぱいの絵を持ってきたのじゃ☀️ トマナツ さんと シェリ-さん 素敵な作品に感謝じゃ! #
スターレイル
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TOKYO FM 80.0
@tokyofm
2026.08.14 10:30
🕗20:00~ 「 #
川谷絵音
# の約30分我慢してくれませんか👂」 ほぼ1年周期で行なっている夏の風物詩⁉️ 事前確認一切なし逆電コーナー【えの電📞】 ガチンコ企画なので 繋がることもあれば繋がらないことも… 果たして今回は❓ #
30我慢
# でポストしてね🙏 #
TOKYOFM
# #
radiko
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Tansa/風穴をあけるニュース
@Tansa_jp
2026.08.08 07:47
編集長コラム・伴侶が封じた詩 私が知る祖父は、穏やかでお茶目な人だった。 絵を描くこと、山を歩くことが好き。横浜の祖父母の家に遊びに行くと、大学生の私に「ほら、これ素敵だろ」と、山で拾ってきた石ころをくれた。太極拳の道場では、師匠の指導を無視。独自の舞を繰り出して楽しむ。そんな人だ。 祖父が亡くなった後、祖母から昔語りを聞くようになった。そこには、私の知らない祖父がいた。 祖母は祖父よりも20歳近く年下。満鉄の理事をしていた父、後にイエール大学で博士号を取る兄ら「エリートの家族」で育ったが、20歳そこそこで祖父と出会う。祖母いわく「脱線した」。祖父には、戦前に別れた妻との間にもうけた息子がいて、祖母の親は「苦労する」と反対した。 それでも、「好きになっちゃったんだから仕方がない」。祖母は家を出て、結婚を強行した。 祖母にとって、驚きの連続だった。 同居する祖父の妹が、進駐軍の将校たちを相手に横浜でクラブを営み、家計を支えていた。その妹は、戦時中は上海でクラブのママをしながら、日本軍のスパイとして情報を集めていた。祖母には「お客の米軍の将校に、私がスパイだったことがバレたら大変だから、ヒヤヒヤする」と言った。 大体、祖父が戦前に何をやっていたかがよく分からない。どうやら思想を取り締まる「特高警察」に目をつけられていたらしい。祖父の叔母が、横浜の港から恋人とソ連に亡命した際、祖父が連絡役を務めたことがきっかけだった。 逮捕、勾留された経験もあり、その時のことを祖父は短歌にしている。 あやまちしとは思はねど鉄窓のある室に入れられればかなし 負けるかと歯噛みしあれど鉄の扉に鍵かける音が身に沁みにけり 吾が智慧に思ひあまりて堪えるなしつめたき壁に指触れてみる 指触ればしみじみ寒し留置場の壁隣りの室におんなの声する 吾がためにひとりの母は髪切りて二月の夜半をお百度踏み給ふ 天地のめぐみをうけしうしし世にここだ鉄窓を仰ぎつなくも 耐えてきし男の涙こらへられず母にだきつきて声をあげて泣く ▽「総てが自分の滅びる姿を賭けている」 戦後も祖父は、権力に対する反抗心を持ち続け、出版の仕事を手掛けていた。作家相手に「信念を曲げてまでカネになる作品を書いて恥ずかしくないのか」とけんかばかり。「信念を曲げるくらいなら飢え死にした方がましだ」とまで言った。 だが祖母は構わなかった。むしろ、そういうところに惚れていた。自分が洋裁の仕事で家計を支えるから、嫌な思いをしてまで働かなくてもいいと伝えた。実際、祖母が一家の食い扶持を稼ぎ続けた。私が「おじいちゃんは恵まれ過ぎだな」と羨ましがると、祖母は「金銭的な支えがあるより、心の支えがあった方がいい」と言っていた。 ただ祖母は、共に人生を歩むのに当たり、一つだけ条件を出した。 それは、詩を書くのはやめるということだった。 祖父は詩作をライフワークとしており、戦後も自分が編集・発行人となって『第一書』という詩集を、詩人仲間と共に出版していた。1951年の『第一書』では、「火花の匂い」という詩を発表している。 無慈悲な倦怠と悔恨家たちのために 腐った階段を降りる救世者 酔いどれた最高の地図の前で 人間の乾いた心は火のように息苦しく 白鳥の背に乗った明徹な像は ふたたびこの湖上には還らない 貧しい者は貧しさのまま 傷は傷のまま 権力は王座に眠ったまま 白い紙の鏡はうつろな眼の中で 力学の陰惨な壁に汚される 痛ましい渇望と拙棄と灰の底で 冷酷な火薬に嘯き ああ 総てが自分の滅びる姿を賭けている 祖母は祖父の詩に「気が滅入る」と感じた。自分と暮らすならば、詩を書くのだけはやめてほしいと願った。 伴侶からの願いを受け入れ、祖父は詩作を封じた。 ▽「お前との暮らしがあるだけだ」 1枚の写真がある。祖父母が羽田空港で写した写真だ。戦後しばらくは同居していた祖父の妹は、クラブに来ていた進駐軍の米国人と結婚して渡米。祖父母の家に遊びに来ていた妹が、米国へ戻る際に羽田空港まで見送った。その際に撮影した祖父母のツーショットだ。写真には祖父の言葉が添えられている。 「愛という言葉は知らない。お前との暮らしがあるだけだ」 祖父が亡くなった直後には、祖母の元に手紙が届いた。祖母は「お化けかと思った」とおどけていたが、ふたりが筑波万博へ出かけた際、10年後に届く手紙として祖父が祖母あてに投函したものだった。手紙は「僕はもうこの世にいないだろう。淋しくないかい」で始まり、「僕は君と一緒になれて本当に幸せだった。ありがとう」と感謝の言葉が綴られていた。 詩作を封じ、愛する人との暮らしを第一に人生を送る。覚悟ある祖父の決断であり、それを最後まで貫いたのは立派だと思う。 しかし同時に、「今の時代を祖父があの世から見たらどう感じるだろう」と思う。政治権力は好き勝手に振る舞い、弱い立場の人が苦しんでいる。戦争の足音が近づいている。権力に抗する表現活動をやめたことを、祖父は後悔していないだろうか。 1949年1月に発行された『第一書』の編集後記で、祖父はこう綴っている。 「前途には希望的な何ものをも見いだし得ないが、この絶望は、人類そのものへの絶望ではない。人為的なからくりに対する憤怒であり、闘魂である。広島、長崎のむごさは、人間に共通する原罪であり、悲哀である。反省である」 「僕らは個の平和を求め得られないことを知っている。僕らの可能は、全人類への信頼と愛情である。戦争がどこで起ころうがそれは僕らを放ってはおかないであろう」 祖母は生前、私に「おじいちゃんに似ている」と言っていた。 だが私は、ペンを手放さない。書き続ける。
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大門実紀史(だいもんみきし)
@mikishidaimon
2026.06.10 22:37
6月7日、広島市で、絵本『朗読詩 ひろしまの子』(詩・四國五郎、絵・長谷川義史、BL出版)のトークイベントがありました。 四國五郎さん(1924年-2014年)は名作『おこりじぞう』を描き残した詩画人で、長谷川義史さんは今大人気の絵本作家です。イベントでは、長谷川さんと四國五郎さんの長男光さんが、平和と絵本についてお話されました。 長谷川さんの『ひろしまの子』の朗読は、悲しみを抑制した語り口で、かえって参加者の涙をさそいました。絵本完成までの「苦闘」のお話を聞いて、あらためて長谷川さんの誠実なお人柄を感じました。 光さんは、『ひろしまの子』、『おこりじぞう』に描かれた原爆で亡くなった子どもたちの瞳が見つめるもの、私たちに問いかけていることを、反戦平和の思いをこめながら熱く語られました。いまそこに五郎さんがおられるように思いました。 四國五郎さんは3歳下の最愛の弟さんを原爆で失いました。『反戦平和の詩画人−四國五郎』(四國光著、藤原書店)のなかに、五郎さんの詩「弟への鎮魂歌」が載っていて、次の一節がありました。 弟よ 人間の死にはさまざまあるが きみの頬のうえにしたたるのが おふくろの涙だと知って死ねたのを せめてしあわせと思ってくれ
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