1年前から準備していた仕事が、共鳴してくださる皆様のお力を得て、素晴らしい形に結実し、自分で勝手にアンバサダーとなった身としては笑、素晴らしい日本公開初日になりました。とはいえ、僕も話し足りない要諦がいくつもありますので、最も重要と思われることのトレーラーをここに置き、本編は有料ブロマガに譲ります(大変な長文になるので 菊地成孔)
それは「マックス&アビー組の<活動>」と「ディジー・ギレスピーの大統領選(不)出馬」について、詳細に知れば知るほど、彼らがアクティヴィストとしてはインチキ程度にはポンコツ、というより、そもそも音楽家が純粋にポリティカルなリージョンでアクティヴィストになることの限界性を示している。ということです。
音楽と政治は、相互鏡面的に、重合体(ポリマー)の素材としてしか存在しえず、その事を端的に示したまま、世界を困惑と陶酔に誘ったのがゴダールの「社共時代(ジガ・ベルトフ集団期)」以降、亡くなるまでの作品に凝縮されています。
重合液は我々に、伸縮 / 吸着性素材(タイツやスパンデックスの元になる繊維)という恩恵、そして様々な料理のドレス(ソースではない)となる液体をもたらしました。
我々が、原油やダイアモンド、ウラン、といった、あらゆる地下埋蔵物を黄金とし、戦争や虐殺までして欲しがっている物たちは、精錬という過程を経ないと、手にすることはできません。
それはあらゆる食材と同じで、「獲ったもの」を、「切って、皿に並べ」ないと料理にならない事と「似て」います。
我々が「切って並べた食材」を美しくドレスアップする時、ドレスを思いっきり「シェイク」しないといけない。
その時に発生するリズムこそが、時間を前に進めるすべての契機になります。音楽と政治も、リズミックなシェイクが必要であり、それはサウザン・アイランドをリズミックに振る我々の時間その物です。この事が内部で座り切っていない限り、我々は政治と音楽の重合とその恩恵を知ることはできないでしょう。
リズムがオレのビジネスだ。
Rhythm is my business.
Le rythme, c'est mon métier.
Iṣẹ́ mi ni Rhythm.