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あの佐々岡
@anosasaoka
猫13匹→🌈→5匹🐈終身飼育|なんでもやる系福祉職歴15年|どっかの会社の偉い人|週5で筋トレ民💪 |時々家が爆発する元漫画家💣💥|
参加 June 2010
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『みいちゃんと山田さん』漫画業界と福祉業界、両方に携わった経験のある人間としてアニメ化についての私の考えです。 まず漫画業界側から見れば、既刊6巻で累計280万部を突破した作品がアニメ化の候補に挙がるのは商業的に極めて自然な流れです。これほどの販売実績がある作品を出版社や出資側が簡単に見送るとは考えにくいでしょう。 アニメ化されれば、原作の再販だけでなく、配信、商品化、タイアップ、海外展開などさまざまな事業へ広げられます。 要するに非常に大きな「お金の匂い」がする作品です。 そうです、数字を見て投資を判断する人と、作品の内容や社会的影響に責任を負いながら、実際に映像を完成させる人は同じでは無いのです。 しかし、売れるから企画が動くことと、どう作っても許されることはまったく別の話です。 次に福祉従事者としての立場から考えます。 津久井やまゆり園事件から10年となる2026年7月26日にアニメ化が発表されました。これが意図的だったのか、単なる確認不足だったのかは分かりません。 慎重に制作しようと考えていたのであれば「この日に発表してよいのか」という意見が、企画や広報の段階で一度は出て然るべきでした。 障害や認知上の困難を想起させる人物を描く作品のアニメ化を発表した以上、意図の有無にかかわらず、制作側のリスク管理能力が問われるのは当然です。 障害や生活上の困難を扱う作品を世に出すということはそれだけ多方面への配慮を求められるということです。福祉従事者から見ればそれは特別に厳しい要求ではなく、業務上の常識に近い。 『みいちゃんと山田さん』は私には福祉の事例記録を漫画として読んでいるような感覚を抱かせる作品です。 もちろん、漫画作品と実際の支援記録は別物です。 福祉の事例記録には本人や家族の生活、依存、加害と被害、支援の限界など、一般の人が読めば好奇の目を向けかねない内容が時に赤裸々に書かれています。 それが許されるのは今後の対人援助にどう生かすのか、困難な事例にどのような支援が可能なのかを検討するという明確な目的があるからです。 支援者はそこに記録された人を見世物にしないこと、安易に断罪しないこと、簡単な正解を当てはめないことを徹底的に学びます。 記録を読む資格とは他人の人生をのぞき見る権利ではなく、その人生を粗末に扱わない責任なのだと思います。 だからこそ、福祉従事者の中にこうした物語が大衆向けの娯楽として広く消費されることへ、生理的な嫌悪や不安を抱く人がいることも理解できます。 作品が狭いサブカルチャーの中で読まれているだけならここまで大きな議論にはならなかったかもしれません。 しかし映像化されるとなれば、作品を目にする層も作品から派生する言葉やキャラクターの扱われ方も大きく変わります。規模が変われば求められる責任も変わります。 一方で私は「批判が起きるからアニメ化してはいけない」とまで言うつもりはありません。 作品が描く現実と向き合い、批判も引き受ける覚悟があるのであれば制作する意味はあると思います。 しかし、その覚悟は言葉だけでは測れません。 年齢区分、コンテンツへの注意表示、宣伝表現、キャラクターの商品化、放送後に予想される当事者への揶揄や二次被害への対応まで、制作全体に表れるものです。 適切な年齢区分が設けられた作品について「子どもが見たらどうする」とだけ批判するのは違います。保護者や視聴者側にも作品を選ぶ責任があります。 それでも、年齢区分を設ければ制作側の責任が終わるわけでもありません。 現時点ではスタッフやキャストなども後日発表とされており、どのような体制で制作され、どのような視聴区分や注意表示が設けられるのかはまだ明らかになっていません。 作品には作者なりの意図と考えがあるのだと思います。 だからこそ今回の批判を単なる「表現規制」として退けるのではなく、何が不安視されているのかを制作側が受け止め体制を見直していることを願います。 売れるから作る。嫌なら見るな。 その二つだけではこの作品を扱うにはあまりにも議論として粗雑です。 問われているのはアニメ化してよいか悪いかだけではありません。 これほど脆く、複雑な人生を描いた物語を、誰かの尊厳を削る見世物にせず娯楽として世の中へ届けられるのか。 問われている批判の大半は〝表現の自由を行使するなら、その表現が大規模に流通した後に起きることをどこまで引き受けるのか〟です。 作品の価値を守ることと、その作品によって現実の誰かが傷つけられないようにすること。その両方を引き受けるのが映像化する側の責任だと思います。
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