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土取利行 Toshi Tsuchitori(故・桃山晴衣+立光学舎)
@drumythm
土取利行(ピーター・ブルック劇団音楽監督・演奏家、縄文鼓・銅鐸・サヌカイト奏者。M・グレイヴス、D・ベイリー等と共演。添田唖蝉坊・知道演歌。故・桃山晴衣(大叔父に吉住慈恭、四世・宮薗千寿唯一の内弟子。孤高の三味線弾唄い・語り奏者。「梁塵秘抄」を現代に蘇らせた)。二人の拠点、「立光学舎」(りゅうこうがくしゃ)。
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盟友、トルコのネイ奏者の巨匠でP・ブルックの『マハーバーラタ』でも共演してきたクツィ・エルグネルからグルジェフの作曲をアレンジしたCDが届いた。このグルジェフの曲を彼と日本でも演奏できればと思う。 映画ピーター・ブルック『注目すべき人々との出会い』
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これも桃山晴衣の父鹿島大治氏の蔵書。タゴールと交流していた岡倉天心の全集と岡倉一雄著『父天心』(昭和14年刊)本書に珍しい天心作の扇に書かれた小唄が掲載されている。
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ピーター・ブルック「マハーバーラタ」の音楽を任されなかったらタゴールもシャンティニケタンも知ることはなかっただろう。ことの始まりはいずれ記そうと思うが、桃山晴衣と出会った時、彼女の父鹿島大治氏もタゴールを尊敬していて英語の全集やヨネ・ノグチの著作なども持っていたことを知り驚いた。
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「タゴールの訣別の手紙」 1937年の日中戦争本格化で、タゴールは親交のあった日本の詩人野口米次郎から日本の方針を支持するよう手紙(公開状)を受けた。タゴールは野口の主張に対し「他者の権利と幸福を犠牲にする正義や愛国心は、文明を滅ぼす」と精神的な決別を宣言した。
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タゴールが晩年を過ごしたシャンティニケタンの住居シャモリ(土の家)にて。1982年8月。
エスラジの巨匠ラナディル・ロイ氏を訪ねて1982年8月にシャンティニケタン訪問。写真はラナディル氏とアルパナ夫人。 Ranadir Roy play esraj : Raga Jaijawanti Alpana Roy :Rabindra Sangeet Dujane Dekha Holo(オムニバスアルバムの一曲目)
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1982年8月タゴール・ソングを教えてもらっていたシャルミラ・ロイの紹介で、エスラジの名手ラナディル・ロイをシャンティニケタンに訪ねた。彼はタゴールソングの伴奏楽器エスラジを、北インド古典音楽のソロ楽器に引き上げた改革者。1989年46歳で夭逝。彼が演奏してくれたソロを少し紹介しておく。
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こんにちは 本日は定休日です。(火水定休) 明日以降、ご来店お待ちしております ☆『螺旋の腕 : オーガニック・ダンス・パーカッション』土取利行 著  筑摩書房 発行☆
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半世紀、49年前の写真がFBに送られてきた。1976年にパリで居候をさせてもらっていた建築家の石田さんからのもので、休日にパリのヴァンセンヌの森で仲間たちと新体道の練習をしていた時のもの。スティーヴ・レイシー夫人のイレーヌも参加していた。タイムマシーンを開けたような驚きだ!
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今朝、待宵草(マツヨイグサ)の黄色い花に出会った。夕方に咲いて朝には萎んでしまう可憐な花。明日も咲いているだろうか。
ピーター・ブルックの『マハーバーラタ』の音楽を任され、私が選択したのはシャルミラ・ロイの指導を経て取り入れた「タゴールソング」の数々でした。彼女から教わった歌を演劇では私が歌い、映画ではシャルミラが歌っています。
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一休さんの思いを繋ぎ、2年がかりで手作りする「一休寺納豆」。一休寺で夏だけ味わえる「冷やし善哉」が美味(おとなの週末) #Yahooニュース#
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1941年8月7日ラビンドラナート・タゴールの命日。 1982年8月、シャンティニケタンのタゴール学園に滞在中、タゴールの命日の翌日、シャンティニケタンと隣のシュリニケタンで植樹祭が行われ、タゴールソングとタゴールダンスで、雨季の始まりを祝った。VTRは土取利行の撮影と録音による当時の小記録。
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1941年8月7日ラビンドラナート・タゴールの命日。 1982年8月、シャンティニケタンのタゴール学園に滞在。P・ブルック『マハーバーラタ』の音楽監督・演奏家として公演で用いるエスラジやタゴールソングの学習が目的だった。ちょうど雨季に入る頃でタゴールの命日と植樹祭が重なっていた。
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今日も酷暑。昼間の畑仕事、庭の草刈りは止めて、三味線と一休道歌の練習。