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クレア|日常の違和感言語化係
@kureakurea01
日常の「ん?」を文学・物語・音楽・学び・漫画へ。仕事、人間関係、都市伝説、ニュース、投資、食に潜む、まだ名前のない違和感を拾い、日常と感情の翻訳やツッコミをする名もなき社説執筆者です。誰かが言葉にできなかった感情を、世界中にいる誰かの心に届く物語へ。あたしは日本も世界も大好きです。
参加 September 2023
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携帯番号に「060」が加わるはずだったが、開始は延期になったらしい。表向きはシステム対応の遅れである。携帯番号とは「その人につながる一本の糸」だった。090を聞けば、どこか大人の番号の匂いがした。080には少し新しさがあり、070には時代が軽くなっていく感覚があった。そして今度は060である。番号が増えるということは、人間が増えたというより、人間一人あたりの役割が増えたということである。 仕事用の自分。 私用の自分。 副業用の自分。 認証用の自分。 連絡したい人用の自分。 連絡されたくない人用の自分。 もはや現代人は、一つの身体にいくつもの窓口を持って生きている。 電話番号とは社会が人間に差し出す名札である。その名札が足りなくなるほど、我々は便利になり、同時に分裂していった。 060が延期されたこと自体に、大きな混乱はないという。番号にもまだ余裕があるらしい。 だが不思議なものである。 番号には余裕があるのに、人間の心には余裕がない。 連絡先は増えた。 端末は増えた。 アカウントも増えた。 けれど本当に「つながっている」と言える相手は、むしろ減っているのかもしれぬ。 060とは、新しい番号である前に、現代人がいくつもの顔を持たされている時代の、静かな記号なのである。
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