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クレア
@kureakurea01
政治、経済、日常等、オールジャンルでX運用・食・仕事・人間関係に潜む、まだ名前のない違和感を拾う社説執筆者。社説/短文/小説/歌/絵|言葉にできなかった感情を、誰かに届く物語へ。教育的クリエイターを目指してます。
参加 September 2023
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ある取材で、廃校になった小学校を訪れたのは、雪の匂いがする夕方だった。音楽室の扉を開けると、そこには古いピアノが一台、取り残されていた。木目はひび割れ、鍵盤には厚い埃が積もり、中央の白鍵が一本だけ折れていた。それでも私は、そっと蓋を開けた。「まだ、歌いたい?」問いかけても、返事はない。代わりに廊下の向こうで、床板が小さく鳴った。振り向くと、黒髪の少女が扉の陰からこちらを見ていた。 「あなた、このピアノを知っているの?」 少女は少し迷ってから、うなずいた。 「お母さんが子どもの頃、弾いていたんだって。でも、学校がなくなったから、もう誰も来ないの」 その言葉が、妙に胸へ残った。 人も建物も楽器も、壊れたから終わるのではない。 誰にも必要とされなくなったと思った時、静かに終わってしまうのだ。 翌日、私は道具を持って戻った。 少女と二人で埃を払い、固く絞った布で鍵盤を拭いた。夜になるとランタンを灯し、凍える指に息を吹きかけながら、折れた白鍵を少しずつ修復した。 「クレアさん、直ったら弾いてくれる?」 「いいえ。最初に弾くのは、あなたよ」 少女は慌てて首を振った。 「私、弾けないよ」 「最初から弾ける人なんていないわ。最初の一音は、上手に弾くためにあるんじゃない。続きを始めるためにあるの」 春の初め、修復したピアノの前に少女を座らせた。 噂を聞いた村の人々が、一人、また一人と音楽室へ集まってきた。少女の手は震えていた。私はその小さな背中に手を添えた。 やがて、一本の指が鍵盤を押した。 決して美しい音ではなかった。少し濁り、少し震えていた。 それでも、その一音を聞いた老人が涙を流した。 「校歌だ……」 誰かが続きを口ずさみ、別の誰かが重ねた。閉ざされていた音楽室に、何十年も眠っていた歌声が戻ってきた。 少女は泣きながら、何度も鍵盤を押した。 その日から、廃校には再び人が集まるようになった。子どもがピアノを弾き、老人たちが歌い、窓辺には季節の花が飾られた。 私は、役目を終えた古い白鍵に桜色のリボンを結び、今も大切に持っている。 あのピアノを直したのは、私ではない。 「もう一度、音を聞きたい」と願った少女と、忘れたふりをしていた村の人々だ。 壊れたものを救うのは、完璧な修理ではない。もう一度、その続きを信じてくれる誰かなのである。 ※特定を防ぐために、内容は大幅に変えています。え?これあれのこと?って思っても、勘違いですので、ご安心ください。
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