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正木伸城
@nobushiromasaki
イベントプロデューサー・マーケター・経営者|他、約20の事業に取締役や顧問として参画|常に3冊持ち歩く活字好き|仏教思想研究家|哲学愛好家|『監獄の誕生』が座右書|うつ病→精神病棟→36歳から本格的に社会人デビュー →3社を経て現職|著書は共著あわせて3冊既刊|献本書評も受けつけています|取材・仕事の依頼はDMにて📩
参加 September 2018
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「社会」という概念は昔からあった訳じゃない。「社会を変えたいんです」と語った時に現代なら意味が成り立つけれど、少し前まで人類にとっては「社会を変える」という発想を持つ事も「社会」を対象化する事も困難だった。その際に議論の対象になったのは国家像や法、制度で、それらを総合するような表現や言い回しは現代の「社会」とかなり違っていた。 もちろん、人類ははるか昔から集団を形成して共同生活を営んできた。それを「社会」と呼ぶことは可能だ。ただそれは、社会という概念が機能するようになった現代の視点で過去を照らし直すからできることであって、その時代に生きていた人たちが自分たちの社会を論じたり、「私たちの社会」を自覚できたわけでは恐らくない。というか、概念が育っていないので当時の人にとって「私たちの社会」は認識できないというか、存在しないとすらいえると思う。 国家も人権も、約束や責任や愛やお金も、すべては虚構だ。ぼくらはそれらをある種「実態のあるもの」として扱っているし、信じてもいる。が、たとえば民主主義の基礎セオリーとして信じられている「自立した個々人を根底的な基盤とし、その合意によって成立する」という考えに根拠がないように、国家や人権にも根底的な根拠はない。とりあえずそういう設定でみんなが生きているというだけである。 王政や共和制、帝政がどんどん入れ替わる中で、人々の共通認識や世論的なもの、運動は少しずつ動いていった。で、やがてそれらは丹念に読み解かれ、関連づけられるようになった。集団としての人々の振る舞いに目が向けられるようになり、その挙動と力学を体系的に明らかにしていく人も増えた。その過程で「社会」という概念が育ってきた。 で、ここからがおもしろい。実は「社会」概念の“育成史”は、単線的ではないという。 たとえば「社会」概念は、時に物神化された。社会自体が独立して価値があるもののように捉えられた(今もそう捉えられている場面は多い)。本来、社会はそれ自体で独立していないし、分解すればその実態は人間であり関係性である。ところが、その人間が不在であるかのようにして社会が論じられることが結構あった。そうして、「社会」概念は硬直化した。 その中で、別の動きがでてくる。 哲学者ベルクソンにおける「社会」概念の展開がそれだ。彼は、力動的かつ創造的な生命のエネルギーを足がかりに社会を捉えた。個々の生命活動や相互作用だけではない、ダイナミックな生々しい変化や関係性の流れが時に社会を進展させ、時に社会を停滞させていくと彼は論じた。この時、それまで硬直化させられていた「社会」概念が再び時々刻々と変化するものへ、いわば「もの」から「なまもの」へと捉え直された。 この変遷史を知ることは、実はとても大事である。 ぼくらは今でも社会を実態的に捉え、「なまもの」というよりは「もの」として論じてしまいがちだ。「世代」観念と結びつけた社会論はその典型だとぼくは思っていて、「◯◯世代にはこういう傾向がある」みたいな話を前傾化させ過ぎると、◯◯世代という以前にもっと確かに存在として捉えられるはずの「個々の人間」が見えなくなってしまう。「ゆとり世代はさあ」みたいな雑な議論が、そんな感じで展開されたりする。で、人間のなまものさを置き去りにしたシステム論が大手を振るえるようになってしまう。 これは、社会を論じる際の落とし穴だ。 そういうことにならないために、変遷史を知ることは有益である。 『「社会」の誕生』 著者:菊谷和宏 発行:講談社@kodansha_g
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