還熱の夜、施設のモニターが二つに割れた。保全の画面では、配管は一本の線として処理されている。処理の下に、消したはずの線が残っていた。一つは上へ伸び、空の薄いところを目指している。一つは横へ折れ、見学通路の人の位置と重なる。重なった瞬間、通路の灯が赤の前の色になった。音はない。あるのは、舌の裏が一斉に重くなる感覚だけだった。
クレアは店を閉め、施設の柵まで走った。
柵の外に、昼の客がいる。ポスターを折ったまま、喉を押さえて立っていた。隣に高校生、その後ろに、パンフレットを丸めた小学生。三人は話し合っていない。話し合っていないのに、同じ方向を向いている。空と、地と、互いの喉と。
「呼ばれてる気がする」と高校生が言った。「名前じゃなくて、味で」
小学生が頷く。頷いた拍が、三人で揃った。揃ったことを、客が怖がった。
「僕は明日、一つに戻したい。戻らないと、夢が現実の手順になる」
手順は、すでに現実の側で動いていた。施設の底から、白い粉が配管の継ぎ目を伝ってくる。粉は塩に似て、塩より古い。
古い粉が空気に触れたとき、クレアの夢が、三人の夢と重なった。
殻。厚い。内側で何かが産みたがっている。外側で、散らばった欠片が、血の位置を覚えている。覚える反射は喧嘩しない。
同じ夜を選ぶ。一つは空へ子を撒きたがり、一つは離れた細胞を一箇所へ集めたがる。
高校生が、その感触に名前を当てた。当てたのではない。底のモニターが、ノイズのあいだに一度だけ文字を返したのだ。
保全の用語ではない。施設が掘るより前から、地層に折り畳まれていた記録だ。
画面の左に、卵を温めるものの名。 画面の右に、細胞を集めるものの名。
読めた者は、柵の外の四人だけだった。
読めたあとに、文字はノイズへ戻る。
戻っても、味は戻らない。小学生が咳をした。咳は空へ向かず、客のほうへ折れた。
客の目が、一瞬だけ自分の喉と空とを同時に見た。見たあとの顔は、祭の夜に膝をついた読み手に似ていた。
「集まろうとしてる」と客が言った。「散らばったものが、再会したがってる。それと、下のものは、もう産む季節だと思ってる」
クレアは白い粉に触れなかった。
触れなくても、舌の裏が返事をする。返事の内容は単純だ。この都市の芯は、二つを分けるには細すぎる。細いまま、上の手順と横の手順が同じ夜に重なっている。
施設のサイレンが鳴った。
鳴った理由は、公式には配管の異常だ。異常の中身を、柵の外では別の言葉で聞いていた。空の薄い一角が、ビルの灯よりさらに薄くなる。
薄くなった場所へ、底の熱が糸を引く。
糸の表面に、細胞の膜が乾いている。膜は擬態をやめていた。騙す相手が、もう夢の中にしかいない。
「店に戻る」とクレアは言った。「ここは、一つとして処理される。処理される前に、味を広げないで」
三人は頷いた。頷いても、拍は揃ったままだ。揃った拍が、都市の何人かの喉で同時に塩を思い出している。思い出している者は、まだ自分が選ばれたと思っていない。
思っていないことが、記録の条件だった時代は、もう終わりかけていた。
終わりかけの空で、殻の欠片が一度だけ光った。
光は神の還りではない。
先に落ちたものと、後から落ちたものとが、現代の配管の下で、ようやく互いの名を地表へ返した夜だった。
返した名を、ニュースは地熱の事故と呼ぶ。呼ばれているあいだに、再会と産卵は、同じ時刻を選び終えていた。
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