事故の翌朝、施設の前に三種類の人間が集まった。最初の種類は、白衣の研究者だった。胸の名札は「地熱保全・観測班」。先頭の女は三十代で、名は箕輪といった。箕輪は柵の外の地面にしゃがみ、白い粉を容器に入れて、入れながら舌の裏を押さえた。押さえたことに、本人はまだ気づいていない。「配管の腐食ではない」と箕輪は同僚に言った。「金属が溶けた痕跡と、生物膜の痕跡が同じ継ぎ目にある。膜は熱で死なない。死なないものを、うちの予算項目は持っていない」
二番目の種類は、碑の文を一つで読みたがる集団だった。
現代の衣で、現代の言葉を使う。
使う言葉の底に、古い役職が残っている。彼らは自分たちを「還熱会」と呼んだ。
会の読み手は、夜にクレアの店へ来た客本人だった。客の名は瀬戸。瀬戸は施設の正門でビラを配りながら、配る手を一度止めた。止めた理由は、ビラの文言が頭の中で二つに割れたからだ。
一つは「底は一つ」。
一つは、夢で聞いた再会の手順。
三番目は、名を出さない集団だった。
黒い作業着、施設の許可証、許可証の番号だけが市の台帳にない。彼らは粉を踏まず、モニターの残骸を写真に撮り、撮ったあとに高校生のほうを見た。見た時間は短い。短いあいだに、高校生の舌の裏の重さを数えていた。
クレアは店の窓から、その三つを見ていた。
見ている横で、小学生がパンの袋を抱えている。小学生の名は青葉。青葉は夜から咳が止まらない。咳は空へ向かず、人のいるほうへ折れる。折れる先に、今日は魔物がいた。
魔物は、施設の排水溝から出た。
大きさは犬ほどで、形は殻と膜が喧嘩したまま固まっている。背に厚い甲板、腹に人の肌のような薄膜。薄膜は近くの顔を借りたがる。借りそこねて、青葉の目の位置だけを再現した。再現した目で、青葉を見た。
「還りたい」と魔物は言った。声は青葉の咳に似ている。
箕輪が容器を落とした。落ちた容器の粉が、魔物の腹に貼りつく。貼りついた瞬間、魔物の甲板が一度鳴った。
鳴りは産みたがる音で、腹の膜はそれと別に、散らばった細胞の位置を探していた。
探した先に、瀬戸と、高校生と、黒い作業着の一人とがいる。三人の喉が、同時に塩を思い出して重くなった。
「撃つな」と黒い作業着の男が言った。男は銃ではなく、細い針のケースを持っている。
「殻を割ると子が散る。膜を焼くと、焼け残った細胞が別の血を探す。両方やるな、がうちの手順だ」
「うち、とは」と箕輪が聞いた。
男は答えなかった。答えの代わりに、針を魔物の甲板と膜の境へ刺した。刺した場所から、モニターが昨夜返した二文字が、肉色の表面に浮いた。浮いた字を、還熱会の誰かが読んだ。
読んだ瞬間、瀬戸が膝をついた。
祭の夜と同じ姿勢だ。瀬戸は一つで読む役を、もう保てなかった。
「集まってる」と瀬戸は言った。「この街の底だけじゃない。味を知った喉が、互いに位置を覚えはじめている。
それと、下の殻は、この事故を産卵の咳だと思っている」
高校生がクレアの店の戸を開けた。高校生の名は黒川。黒川は青葉の手を引き、魔物から距離を取りながら言った。
「店に、粉の匂いが移動してます。移動先を、あの黒い人たちが地図にしてる」
窓の外で、魔物がもう一匹、排水溝から肩を出した。二匹目は顔を借りない。
借りないかわりに、空の薄い一角を向いていた。向いた甲板の隙間から、赤い前の光が漏れている。光は神ではない。
先に落ちたものと、後から落ちたものとが、同じ都市の配管で、ようやく手足を持ちはじめた証だった。
箕輪は容器を拾い直し、録音を始めた。
「観測記録。未同定生物。呼称は現場仮名でいい。殻側を、、、、残滓、膜側を、、、、残滓とする。二つは競合していない。競合の前に、同じ夜を選んでいる」
還熱会はビラを捨て、碑の方角へ下がりはじめた。黒い作業着は針をしまい、青葉の咳の回数をメモした。メモの端に、小さい字がある。クレアには読めない。読めるのは、自分の舌の裏だけだった。味はもう、店の中だけに収まっていなかった。
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