いち音楽好きとして、どうしても言いたい。
今の左派が、悪意や敵意に満ちた言動ばかりを繰り返している時点で、「これは本来の左派とは違うんじゃないか?」と気づかない方が、どうかしていると思う😮💨
かつて忌野清志郎さんが、何と戦っていたのかを思い出してほしい。
原発を題材にしたアルバム『COVERS』が、親会社への忖度によって発売中止になった時。
そして、FM局が曲の放送を自粛した時。
清志郎さんが猛烈に噛みついた相手は、単純な「国家権力」だけではなかったはず。
彼が本当に軽蔑し、怒りをぶつけたのは、
「波風を立てまい」と自主規制に走る、マスメディアや巨大企業の事なかれ主義。
だったんじゃないでしょうか。
だからこそ、今の時代に本当に批判すべきなのは、高市さん個人や高市政権そのものではなく、むしろ――
・横並びで同じニュースを繰り返し、本質的な議論を避けるマスメディアの姿勢
・SNS上の薄っぺらな正義感や、気に入らない相手をすぐに社会から排除しようとするキャンセルカルチャー
・特定のイデオロギーに染まり、自分の頭で考えることをやめてしまう風潮
こうしたものではないでしょうか。
僕は、清志郎さんが今も生きていたら、こうした風潮とは決して相容れなかったんじゃないかと思っています。
彼は単純に「反権力」を叫ぶだけではなかった。
権力者や政治家はもちろん、マスメディアや世の中の空気、さらには自分たちの側にいる人間に対してすら、おかしいと思えば容赦なくツッコミを入れていた。
だからこそ、清志郎さんなら、今の社会に蔓延する「病理」そのものに、あの独特のユーモアと、強烈なロックンロールをぶつけていたんじゃないでしょうか。
それは、特定の思想を掲げるというより、もっと根源的な「衝動」だったのだと思う。
だから、清志郎さんの生き方や音楽を、特定の思想のために都合よく利用する必要なんてない。
「反権力=左派」でもない。
自分の頭で考えること。
誰かの思想を盲目的に信じないこと。
そして、権力だろうがマスメディアだろうが、右だろうが左だろうが、自分と同じ側にいる人間だろうが、おかしいと思えば「おかしい」と言うこと。
忌野清志郎さんのロックって、そういうものだったんじゃないですかね?😌🎸
ま、簡単に言えば
今の時代なら、清志郎さんは
「偏向報道」
ってタイトルの曲を歌ってたんじゃないかと思うんだよ😁🎸
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