ポートレートとは、ただ美しく写すためのものでも、
撮る側の承認欲求を満たすだけのものでもない。
本来のポートレートは、
カメラを通して“人と人が向き合う行為”なのだと思う。
撮影の現場では、
技術より先に、その人をどれだけ見ようとするかが問われる。
どんな言葉に笑うのか。
どんな瞬間に視線が揺れるのか。
沈黙の時に、何を考えているのか。
そういう小さな気配を感じ取ろうとすることで、
写真は単なる記録ではなく、
相手の内面に触れていくものへと変わっていく。
だからポートレートは、
「撮る側」と「撮られる側」という一方通行の関係では成立しない。
互いに少しずつ心を開き、
空気を共有し、
時間を重ねることで、
ようやく1枚の写真の中に“その人らしさ”が宿る。
そして不思議なことに、
深く相手を見ようとすると、
同時に自分自身の感情や葛藤までも見えてくる。
人を撮っているようで、
自分自身を映しているのかもしれない。
だからポートレートは、
完成した写真だけに価値があるのではなく、
そこへ至る会話や空気、歩いた時間、笑った瞬間、沈黙までも含めて作品になる。
人を消費する趣味ではなく、
人と深く関わることを楽しむ趣味。
それが、ポートレートという表現の本質なのだと思う。
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