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正木伸城
@nobushiromasaki
イベントプロデューサー・マーケター・経営者|他、約20の事業に取締役や顧問として参画|常に3冊持ち歩く活字好き|仏教思想研究家|哲学愛好家|『監獄の誕生』が座右書|うつ病→精神病棟→36歳から本格的に社会人デビュー →3社を経て現職|著書は共著あわせて3冊既刊|献本書評も受けつけています|取材・仕事の依頼はDMにて📩
Joined September 2018
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人間関係は、白黒ハッキリしたものよりも「あの人は好かないけど言ってることは正しい」とか「この主張だけは肯定できる」「信頼できるけどこの一点は許せない」みたいな割り切れなさが大多数を占めている。なのに、その複雑さを捨て去って、敵か・味方かみたいな単純な関係で人と人を捉えるなら、それは社会を分断する方向に働くだろう。合意も何も、生まれようがない。👉 たとえば『なめらかな社会とその敵』では、「公敵なき社会」が構想される。なめらかな社会とは、敵か味方か、善か悪か、お前はどちら側かみたいな二項対立をなるべく減らし、複雑な現実を複雑なまま、関係性のなだらかな連続性をもきちんと含み込んで捉えていこうとする側面を持つ社会のことだ。 その実現のために、同書ではシュミットの「友−敵論」が批判的に検討される。もちろん、著者の精密な手さばきをもってしても敵/味方の観念を完全に排除することはできない。 ただ、敵か味方かみたいな関係のありようは、それこそ相互の関係値や環境、時と場合によって変化し得るし、敵というラベルを貼るにしても「それがどの程度なのか」「敵と見なす度合いや範囲、種別はどうか」といった視点を導入することによって、敵化することの暴力性が幾分か変わってくる。白か・黒か的な発想の暴力性が、それによって緩和される可能性もある。そしてこれは、「みんなでぶっ潰しても構わない敵=公敵」をなるべく生まない、公敵を必要悪にしない知恵としても重要である。 そういった見立てが民主主義的な社会を構想するのに大切だ。 こういう発想、もっと広まってほしい。
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