登録して招待リンクを共有すると、動画再生報酬と紹介報酬を獲得できます。

検索結果 あなたも誰かのサンタクロース
あなたも誰かのサンタクロース コミュニティ
1つのキーワードが1つのコミュニティです。
コミュニティ作成
アカウント
見つかりません
あなたも誰かのサンタクロース を含む検索結果
📚️新品の本を贈ることで、誰でもサンタになれる #ブックサンタ# が今年もスタート! #拡散歓迎🎄# 全国のパートナー書店と公式オンライン書店、クラウドファンディングから参加(サンタ)できます🎅 あなたの選んだ本を、大変な境遇にいる子ども達(0〜18歳)に届けます📚✨ 秋分の日〜クリスマスまで開催中! 📕今年のブックサンタのポイント✨ ✅参加する書店は1,851店舗 全国的な書店閉店の影響を受け、参加店舗数は初めて減少に。それでも、ブックサンタの活動に共感し、一緒に子どもたちに夢を届けたいという想いが広がり、参加法人数は過去最多になりました。 ✅新登場!「活動応援しおり」 今年は、子ども達の手書きの感想をデザインにした「オリジナルしおり」を販売します。このしおりの売上は、活動資金だけでなく、書店からNPOへの送料を負担してくださっている参加書店への応援にも繋がります。活動と書店の応援ができるしおり、ぜひ手に取ってみてください。 ✅寄付冊数は累計40万冊を突破📚️ これまで多くの方に共感いただき、過去8年で累計40万冊以上の本が寄付されています。しかし、まだまだ本を必要としている子どもたちはいます。 そこで、より多くの子ども達に本を届けるために⋯✨️ ✅公式オンライン書店を強化! 「子ども達にニーズがある本」を確実に届けられるよう、オンライン書店での取り扱い作品を1,000冊に増やしました。「どんな本が喜ばれるの?」と悩む方にとって公式おすすめのラインナップでもあります。 ✅本の寄付だけなく、活動資金のご支援も募集中! 年々増加する寄付冊数に、運営資金が追いついていないのが現状です。本を子ども達に届けるための送料や倉庫費用、人件費など、安定的な活動継続には資金が必要です。公式サイトからの一年を通したご支援も、どうぞご検討ください。 子どもたちに本が届くまで→ クリスマスや誕生日は、子ども達が胸を弾ませる大切な日。 でも、そのお祝いが難しい子ども達がいます。 贈る皆さんも子ども達を想いながら、本を選ぶことで幸せを感じられるかもしれません。 あなたも、誰かのサンタさんになりませんか?🎅 📚受付場所&期間 📕全国のパートナー書店:9月23日〜12月25日 📗 公式オンライン書店:9月23日〜12月26日 📘クラウドファンディング:10月14日〜12月26日 🎅主催者&公式HP ▼ブックサンタ公式サイト ▼よくある質問 ▼運営団体:認定NPO法人チャリティーサンタ チャリティーサンタのミッションは、子ども達に「愛された記憶」を残すこと。ブックサンタ以外にも様々なプロジェクトに挑戦中です! 🎅子育て家庭をサンタになって訪問する #サンタ活動# 🎂お誕生日ケーキを届ける #シェアケーキ# 🎥長期休暇の思い出づくり #シェアシネマ# 🐻ネパールのお母さん達を支援する #Santa# Mother’s Dream #あなたも誰かのサンタクロース#
もっと見る
M!LKが歌う“あなたも誰かのアイドル”という主張 / 「マチアプリンセス」が描く令和恋愛あるある(音楽ナタリー) #Vaundy#
【光は、答えの姿をしていない】 どうしたらいいか分からない夜を越えて、それでも今日ここにいるあなたへ。 人生には、 どちらへ行けばいいのか 分からなくなる時がある。 進んだ方がいいのか? 立ち止まった方がいいのか? 手放すべきなのか? もう少し信じてみるべきなのか? 誰かに聞いても、 本を読んでも、 いくら考えても、 答えだけが 見つからない。 そんな時、私たちは、 「早く答えを出さなきゃ」 って、 自分を追い詰めてしまう。 でもね。 きっと光は、 いつも「答え」という姿で やって来るわけじゃない。 今日、 ほんの少しだけ眠れたこと。 誰かの言葉に、 一瞬だけ心が緩んだこと。 窓から入った風が、 少しだけ気持ちよかったこと。 そして、 苦しいままでも、 今ここで ひとつ呼吸をしていること。 そんな小さなものの中にも、 光は静かに宿っている。 人生を変えるほど 眩しくなくていい。 未来を信じられるほど 強くなくてもいい。 暗闇の中で、 「もう少しだけ、ここにいようかな」 そう思える程度の光でいい。 私も時々、 何が正しいのか分からなくなる。 先が見えなくなって、 自分の選んできた道さえ 信じられなくなることがある。 それでも、 息を吐いて、 また吸って。 その繰り返しの中で、 「ああ、まだここにいる」 と思う。 それだけの日があっても いいんじゃないかな。 迷っているあなたは、 止まっているわけじゃない。 泣いているあなたも、 壊れているわけじゃない。 今はただ、 心が次の一歩を見つけるまで、 静かな場所で 呼吸している途中なのだと思う。 だから今日、 答えが見つからなくてもいい。 明日のことまで 分からなくていい。 まずは、 この一呼吸ぶんだけ 生きてみよう。 光は、 いつも眩しい形で 来るとは限らない。 あなたが今、 静かに吐いたその息も、 きっと、 まだ消えていない ひとつの光だから✨ 🌿今、答えが見つからずに迷っている人へ。 何を言えばいいか分からなければ、 「✨」だけ置いていってください。 見つけたら私からも、 小さな光をひとつ返します。 答えは出さなくていい。 少しだけ、 ここで一緒に迷っていよう。 ∞breath
もっと見る
「みんなが良いというものが、本当に自分にとっても『良いもの』だと思いますか?」 先日、大学で講義をさせていただく機会があり、学生さんたちにそんなお話をしました。 私たちって、知らず知らずのうちに「流行り」や「みんなが選んでいるから」という理由で価値を決めてしまいがちですよね。 たとえばネットで買い物をするときや、お店を探すとき。「失敗したくないから」と、星の数や見知らぬ誰かのレビューばかり気にして決めていませんか? もちろん、みんなの意見や平均点も参考にすればいい。大事な情報です。でも、多数決や平均がすべてではありません。 当たり前のことを言いますが、誰かの「星5つ」が、あなたにとっても「星5つ」とは限らない。逆に、世間の評価はイマイチでも、自分の心が「なんかこれ好きだな」と動いたなら、それこそがあなたにとっての最高の正解なんです。 それにね、自分で選んでだとして、たとえ失敗したとしても、それでいいんです。誰かの評価に乗っかるより、自分で選んで転んだ経験の方が、何倍も人生を面白くしてくれますから。 周りのレビューや世間の平均点に、自分の軸まであけ渡す必要はありません。今日も誰かの評価ではなく、自分の心のセンサーを信じて。自分のペースで、ぼちぼち進んでいきましょう。 おはようございます! 2026年7月26日(日)朝5:13の空。
もっと見る
まどか 「あなたも…誰かを守るために戦ってるの?」 千束 「うん。そっちもでしょ?顔見ればわかるよ」 鹿目まどか(魔法少女まどか☆マギカ) 錦木千束(リコリス・リコイル)
もっと見る
はるか彼方前の議事録を遡ったら、ミッドナイトジュンクラブがミッドナイトジュンクラブという名前になる前のメモが出てきた。候補は4つ。当時はどれもいいなあと思いながら名前を考えたけれど、今思うと、やっぱりこれしかなかった!と思う。 ミッドナイトジュンクラブ。 本屋で朝を迎えるという企画は、丸善ジュンク堂書店で働くわたしたちにとって、かなり馴染みがあるものだった。 #丸善ジュンク堂に住んでみる# があったからだ。 おおよそ一年に一回、(エアはもうちょいある)毎回ちがう店舗で行われるそのお泊まり企画に、わたしも当選したいと本気で思っていたりした。 とはいえ、それはあくまでも本好きとして参加したい!と思うからのことで、自分が準備をするとなったら全然話は別です、としか言うまい。 今年、ジュンク堂書店は創業50周年を迎える。 50周年に向けていろんな企画が動く中、「ジュンク堂らしさってなんだろう」と考える機会が何度もあった。 専門書の取り揃えや、ジャンルの豊富さ、ぎちぎちに詰まった背の高い棚。そういうイメージはもちろんあるけれど、わたしにとってのジュンク堂は、ちょっと文化祭みたいなところがある。 それぞれ好きなものも得意なことも違う人たちがいて、「これやりたい」と言う人がいたら、「じゃあやってみよう」と誰かが乗ってくる。 手作り感があって、ちょっと無茶で、でも妙に本気。わたしは中途入社で社歴も浅いからか、入る前に思っていた「書店員」のイメージとは全然違うなあ、とよく思っていた。 イメージと違うと思っていたとは言え。 「ジュンク堂書店50周年を記念して、住んでみるツアー番外編をやろうぜ」という話がでたときは、えっなんかの冗談?と思った。 アイデア出しも冗談みたいで、まるで深夜の大喜利大会。 理工書のコーナーで鳥の図鑑について語り合いながら、鳥を店内に飛ばしてバードウォッチングするとか。 書店員もお客様もみんなエプロンを着用して、本物の書店員をあぶり出す「書店員人狼」をやるとか。 書店中に謎解きを仕掛けてダンジョンみたいにしたい、50周年にちなんで50歳の人を集めてその数を競いたい、希少な古本を持ち込んでもらってハンマープライスで欲しい本を奪いあいたい、休憩コーナーに人間椅子を置いてみたい、超好きなあの作家に来てもらってこんな話を聞きたい。 本をこよなく愛する書店員たちは欲にまみれた大喜利を積み重ね、「朝まで本屋にいる」という話は、どんどん大ごとになっていった。 最初は「何をしたら面白いかな」だったはずなのに、いつの間にか「鳥を店内に放す場合、何か許可は必要なのか」という、人生で一度も想定していなかった問題について考えている。もしうちの店で殺人事件が起こるとしたらだれが被害者なのかとか、本屋で安全にプロレスをするにはどうするかとか、そんなめちゃくちゃなことばかり。 めちゃくちゃなことに真剣に取り組みすぎて、喧嘩をしたこともあった。 毎日ほんとうにヘトヘトになりながら話し合いと準備を積み重ねて、気がついたら夏になった。お前らといるのが、あんまり楽しくて、さ。 昨日、みんなでいろんなものを準備してはしりまわっていたら、なんか文化祭みたいだねえと言われた。 文化祭みたいなドタバタのなかで、「冗談?」と思っていた企画(のうちのいくつかが)今夜、本当におこなわれる。 8月22日、夜9時まであとすこし。 夜は短し、歩けよ書店員! あなたも一緒に夜の果てへの旅へ! 冗談みたいな日は続く。 #ミッドナイトジュンクラブ#
もっと見る
この著者は、心理の世界の言語化がとても上手だと思った。「他人を攻撃せずにはいられない人」の内面への指摘や、攻撃を受けやすい人の特徴、攻撃を受けているのに気づかない人の心理などを描いた言葉に、ハッとさせられる。長いけど、めちゃくちゃ読んで欲しい。Xでよく見かける人たちの心理構造への理解の解像度も上がると思う。以下、引用。👉 「攻撃欲が強い人が欲しているのは、破壊である。他の誰かがうまくいっているのが許せない。それゆえ、他人の幸福や成功に耐えられず、強い怒りや敵意に突き動かされて、とにかく壊そうとする。  そこに利害がからんでいる場合もある。自分自身の願望や利益しか頭にない彼らは、自分が望むものを手に入れるうえでの邪魔者に対して、攻撃の刃を向ける。たとえば、あるポストに自分が就くために、ライバルを陰で中傷したり、足を引っ張ったりして、蹴落とそうとするような場合が典型例だろう。自分の行動がどれだけ混乱を巻き起こしたり、迷惑をかけたりするか、などということには決して目を向けようとしないわけである。  このようなエゴイストはなるべくなら近くにいてほしくないものだが、意図がわかりやすいため、実は対処もしやすい。厄介なのは、自分の利益がからんでいるわけでもないのに、あなたを打ちのめし、あなたがやっていることを台なしにし、ときには、あなたの人格そのものまで破壊しようとするようなタイプである。  しかも彼らは、悪意を隠して攻撃する。もしくは自分自身の悪意に気づいておらず、無自覚のまま、非常に残酷なことをやってのける場合もある。しばしば、『あなたのためを思って』とか、『こういう理由があってやっているんだよ』とかいった言い方で接してくるが、その善良で優しそうな仮面の下に何らかの悪意を隠し持っている」 「自分の近くにいる人の攻撃欲を見抜くことはとても難しい。 『いやいや、化けの皮なんてすぐにはがれる』とお思いになるかもしれない。でも実際には、自分が攻撃を受けていることに気づかないままでいる人はとても多い。  他の人がターゲットになっている場合は、比較的簡単に見破ることができる。気づきにくいのは、自分自身がターゲットにされているケースである。先ほど紹介した女性の事例からもわかるように、自分が痛い目に遭うまでは、はっきり認識するのが難しく、時間がかかることが多いのだ。  しかも厄介なことに、攻撃欲のある人は、攻撃していることを周囲に気づかれないように隠蔽することが多い。先の女性も、『先輩は、私の憧れです』などという歯が浮くようなおべんちゃらを真に受け、安心して愚痴をこぼしたり、新しい企画について相談したりしていた結果、気づいたときにはもう手遅れだったわけである。  このように、相手を直接攻撃するわけではなく、遠回しに打ちのめそうというタイプから身を守ることは、なかなか難しい。そういう人は虚実とり混ぜて語るし、誠実そうにふるまっていたかと思うと突然計算高さをのぞかせる。こうした二面性もあるので、一体どういう人なのかわかりにくく、周囲がころっとだまされることになりやすい」 「攻撃欲の強い人は、世間で一般に『善』として受け入れられているようなことをよく引き合いに出す。  正直でなければならないとか、寛大でなければならないといった、それが適切かどうか、日頃は誰も疑ってみないような考え方を持ち出すことが多い。子供の頃からしつけや教育の中で教え込まれてきた支柱であり、おとなしく従順な人ほど、こういうことがきちんと守られなければ社会は成り立ちえないと信じ込んでいる。(中略)  そこにつけ込んで、自分に都合のいいようにねじ曲げて解釈するのが、攻撃欲の強い人である。もし、あなたが何かを頼まれて断ったら、『友達が困っているのに助けないなんて、冷たい』といった言葉を吐いて、罪悪感を覚えさせるように仕向けるわけである。(中略)  相手に罪悪感を抱かせるうえで何よりも有効なのは、自分が被害者のふりをすることである。そうすれば、自分の責任は全て否認できるのだから。そのため、何か具合の悪いことがあっても、悪いのは常に他の誰かであり、自分はあくまでも被害者なのだという印象を周囲に与えようとする。  ターゲットにされやすいのが、誰かが困っているとすぐに同情して、助けてあげたい、慰めてあげたい、守ってあげたいなどと思うような人なのは、決して偶然ではない。こんなふうに優しい人は、少しでも責められると、悪いのは自分なのかと罪悪感を抱きやすいので、攻撃対象としてうってつけなのである。  そのうえ、攻撃欲の強い人は逃げるのもうまい。もし、あなたが、『私が一体何をしたというのだろう? なぜ私がこんなに責められなければならないのだろう?』と疑問を感じて質問しても、巧妙に話をそらせたり、論点をすり替えたりする。ときには、別のことであなたを攻撃して、あなたの心の中にさらなる混乱の種をまくかもしれない。  だいたい、質問にはちゃんと答えず、はぐらかす達人である。そのため、あなたが、自分には落ち度がないのに責められることが納得できず問いかけても、のれんに腕押しだ。あなたは、痕跡を残さずに殴られ続けているような気になるかもしれない。  要するに、攻撃していることを隠蔽しながら攻撃するのが常套手段である。もし、わかりやすいやり方で直接攻撃するようなことをすれば、反撃されるかもしれない。説明を求められるかもしれない。場合によっては、相手が防御したり、逃げ道を見つけたりするかもしれない。そうさせないために、自分は責めているわけでも、攻撃しているわけでもないと否認しながら、ターゲットを身動きできない状態に追い込んでいくわけである」 「ターゲットを孤立させるのも、攻撃欲の強い人の常套手段である。  従事している仕事や活動をけなしたり、せっかく築いた人間関係にけちをつけたりして、徐々に他の人とのつながりを断ち切るように仕向けていく。そのために脅すこともあれば、いさかいの種をまくこともあるが、いずれにせよ、周囲との関係に亀裂を入れようとする。  これは、ターゲットが他の人との交流によって考えを変えたり、支えてもらったりするようになるのを防ぐためである。そんなことになれば、影響力を行使しにくくなるので、シャットアウトするわけである。  というのも、攻撃欲の強い人は、自分がその場を支配できないとか、影響力を行使できないという状況に直面すると、強い不安にさいなまれるからである。そこで、そういう事態を極力避けるために、自分の思い通りに操作できるよう策を弄することになる。  ターゲットの家族、友人、同僚、さらには仕事や趣味にまでけちをつける。ターゲットが好意的な判断を下しているものでも、批判したり、けなしたりして、締め出そうとする。『あんな親だと、うまくいかないのは全て親のせいにできるよね』『なぜ、あなたがあんなことに貴重な時間を使うのか、わからない』といった言い方で、ターゲットが周囲の人々に対して疑惑や不信感を抱くように仕向けるのである。  このように孤立させようとするのは、自分のあずかり知らぬところで、ターゲットが能力を発揮したり楽しみを見出したりすることに耐えられないからでもある」 「ある人が攻撃欲の強い人だということに気づいたら、最良の解決策は、できるだけ避けるということである。  たとえば、同じ職場で働いている場合、勤務の時間帯を変更するとか、向こうがよく行く場所には足を向けないようにするとかして、なるべく顔を合わせないようにする。場合によっては、異動や転勤を申し出るという選択肢だってあるかもしれない。  そこまでするかと思われるかもしれないが、私の外来に通っていた会社員の女性は、背後を通り過ぎる際に『死ね』とつぶやいたり、すれ違いざまに『邪魔』と叫んだりする先輩に悩まされて眠れなくなり、しばらく休職した後、自ら希望して別の支店に転勤した。  転勤後、受診した際に、『支店が変わって、本当に良かった。ずっと胸につかえていたものが、やっと取れたような気がします。会社に行っても、あの人の顔を見ずにすむのかと思うと、伸び伸びと仕事ができます。ときどき、研修会や会議などで会うこともありますが、もう私とは関係ありませんから』と語った。ちなみに、例の先輩はその後、新たに配属された女性社員をターゲットにして同じような嫌がらせを繰り返したため、パワハラ委員会に告発されたということである」 『他人を攻撃せずにはいられない人』 著者:片田珠美 発行:PHP研究所 @PHP_Business
もっと見る
NOVA. companyプロデュース 舞台『泡沫の空に光を飛ばした』 全21日間、全公演終了。 この作品には、 たくさんの人の人生が込められています。 後悔したこと。 誰かを愛したこと。 失ったこと。 赦せなかったこと。 きっと誰もが抱えている痛みです。 この作品を、 特別な誰かの物語ではなく、 あなたの物語として届けたいと思って紡いでいきました。 3週間。 劇場でこの物語を受け取ってくださった皆さまへ。 本当にありがとうございました。 NOVA. companyは、 これからも人の弱さを否定しない物語を作り続けます。 次の物語で、劇場で、 またお会いできたら嬉しいです。 そして本日をもちましてネタバレ解禁とさせていただきます。 泡組・空組・光組、 どのチームをご覧いただいた方も、 ぜひ #泡沫に光# を付けて感想をお聞かせください。 皆さまの言葉が、 この作品の続きを生きていく力になります。 #泡沫に光#
もっと見る
『パペットスンスン』をガチ批評します。 『パペットスンスン』はただの癒やし作品ではありません。これは、不器用な存在たちの生活を愛する作品です。 スンスンを批評する人間は、おそらく誰もいない。 だからこそ、ガチで語ります。 長文です。読みづらい方は動画でどうぞ。 正直に言います。 『パペットスンスン』は、何が面白いのか説明しづらい作品である。 大冒険があるわけではない。 泣かせにくる大きなストーリーがあるわけでもない。 敵と戦うわけでもない。 あらすじだけ聞いたら「で、何が面白いの」となる人もいるはずである。 しかし、気づいたら見てしまう。 気づいたら好きになっている。 そして気づいたら、 スンスンの何気ない一言や動きが、妙に頭に残っている。 この現象は、かなり不思議である。 『パペットスンスン』は、 パペットの国「トゥーホック」に住む6才の男の子・スンスンが、親友のノンノンや、おじいちゃんのゾンゾンたちと送る、何気ない日常を描いた作品である。 SNSで広がり、2025年にはフジテレビ系『めざましテレビ』内でショートムービーとしての放送も始まった。 しかし私は、 この作品を単なる癒やし系キャラクターコンテンツだとは思っていない。 『パペットスンスン』は、 現代人の不器用さを、かなり優しく描いている作品である。 スンスンは、すごく不器用である。 ちょっとズレている。会話が噛み合わないこともある。 考えすぎる。変なところで悩む。 それでも本人はいたって真面目。 ここが面白い。 普通のキャラクター作品は、 キャラクターの魅力を分かりやすく大きく見せる。 すごく優しい。すごく面白い。すごく強い。 しかしスンスンは違う。 特別ではない。 むしろ、どこにでもいそうな不器用な存在である。 だから見ていて安心する。 そして、少しだけ胸が痛くなる。 例えばスンスンたちの会話。 ものすごく大きな事件が起きるわけではない。 糸でんわで遊ぶ。ありがとうを伝えようとする。 秘密基地にいる。キャベツ畑にいる。 そういう、本当に小さな出来事ばかりである。 しかし、その小ささがいい。 現実の人間関係も、実はそういうものの積み重ねだからである。 言葉にできない違和感。ちょっとした気まずさ。 妙な間。変な勘違い。 相手を傷つけたいわけではないのに、うまく伝わらない感じ。 『パペットスンスン』には、そういう日常の空気がある。 そして私は、 この作品最大の魅力は「誰も悪くない」ところだと思っている。 最近の作品には、敵がいる。悪役がいる。対立がある。 しかしスンスンの世界には、基本的にそれがない。 誰かが強い悪意を持っているわけではない。 ただ少し不器用な存在たちが、 少しずつ噛み合ったり、噛み合わなかったりしている。 しかし現実は、本当はこちらの方が多い。 人間関係が苦しくなるときは、 必ずしも悪人がいるからではない。 お互い悪くないのに、うまく言葉が届かない。 相手の気持ちが分からない。 自分の気持ちもうまく説明できない。 そういうズレが積み重なって、少しだけ寂しくなる。 『パペットスンスン』は、その寂しさを責めない作品である。 そこが本当に優しい。 ただし、優しいだけではない。 この作品を見ていると、 「人と一緒に生きるって難しいな」と思う。 しかし同時に、 「それでも誰かと関わるのって悪くないな」とも思う。 ここが『パペットスンスン』のすごいところである。 もちろん弱点もある。 正直、人を選ぶ作品である。 ドラマチックな展開を求める人、 分かりやすい笑いを求める人、 物語の起伏を求める人には、かなり退屈に見えるはずである。何も起きないと感じる人もいる。 しかし逆に言えば、 この作品を好きになる人は、 日常の小さな感情を大事にする人である。 大きな感動ではなく、小さな違和感や、ちょっとした優しさに反応できる人。 そういう人に、この作品は深く刺さる。 だから私は『パペットスンスン』を、 ただの癒やし作品だとは思っていない。 これは、不器用な存在たちの生活を愛する作品である。 派手ではない。大きな感動もない。 それでも気づけば、ずっと見てしまう。 それはきっと、 スンスンの中に少しだけ自分を見ているからである。 私たちはスンスンを見ているようで、本当は、 自分自身の不器用さや、言葉にできない寂しさを見ているのかもしれない。 あなたは『パペットスンスン』のどこが好きですか。 コメントで教えてください。
もっと見る