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👽映画『我々は宇宙人』公式👽 本編カットの制作プロセスを大公開! 今回は、カブトムシを捕まえようとする2人のカット。 是非ご覧ください🎬 (監督コメント) 今作では、子どもならではの独特な動きを、大人になった自分たちが想像だけで演出するのではなく、実際に子どもたちに演技していただき、その動きをよく観察したうえで作画に落とし込むことが必要でした。そうでなければ、一見すると無駄にも思えるような、子どもたち特有の細かな動きまでは描けないと考えたからです。 まず、翼と暁太郎、それぞれのキャラクターに近い雰囲気を持つ小学生と出会うために、オーディションを行いました。そこで出会った子役の皆さんとは、2年間で10回以上にわたって撮影を行いました。時には、自分自身が学校での空気感を掴みたいという思いから、一度だけ実際の学校を貸し切って撮影したこともあります。 撮影では、こちらから細かく動きを決めるのではなく、演技していただきたい内容を大まかに説明し、その中で自由に動いてもらうことを大切にしていました。また、物語の設定上、キャラクター同士の親密さを自然に表現したいこともあり、翼と暁太郎については、同じ事務所に所属する、実際に仲の良いペアの出演者に依頼しました。 このカットでは、スタッフでカブトムシのシールのようなものを作り、柱の少し高い位置に貼りました。そして二人には、 ・二人でそのカブトムシを取りたいこと ・暁太郎が翼に「この木はすごい木なんだ」と教えること この二つだけを伝えました。 その状態でカメラを長回しし、二人の間にどんなコミュニケーションが生まれるのかを観察していました。 撮影を始めてしばらくすると、翼役の子が少し背伸びをしてカブトムシを取ろうとします。その拍子にぐらっとした翼役の子の手を、暁太郎役の子がごく自然に握り、そのまま木の説明を始めました。 それを見た時、「自分の頭の中だけでは、この瞬間は生まれなかったかもしれない」と思いました。でも振り返ってみると、子どもの頃は、友達の手を取ったり、身体に触れたりすることがもっと当たり前だった事を思い出しました。その自然な仕草がとても印象に残り、「この瞬間は必ずこのカットに描こう」と決めました。 こうして、このカットの人物の動きが形になっていきました。 さらに、このカットを支えているのが背景と虫たちです。背景美術の森元君は、ゴールデンウィークをほぼこの一枚の背景に費やしました。虫のセル画は、虫に詳しい淳三さんと僕の二人で描いています。実は、このカットだけで20種類以上の虫が登場しています。 木漏れ日についても、単純に光の素材をマスクで重ねるのではなく、木の筒状の立体感に光が定着して見えるよう、一本一本の幹の回り込みに合わせて専用の光素材を描きました。 子どもたちの何気ない仕草から得た発見と、それを画面として成立させるためのスタッフ一人ひとりの仕事。 その積み重ねによって、このカットは完成しました。 #我々は宇宙人#
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編集長コラム・伴侶が封じた詩 私が知る祖父は、穏やかでお茶目な人だった。 絵を描くこと、山を歩くことが好き。横浜の祖父母の家に遊びに行くと、大学生の私に「ほら、これ素敵だろ」と、山で拾ってきた石ころをくれた。太極拳の道場では、師匠の指導を無視。独自の舞を繰り出して楽しむ。そんな人だ。 祖父が亡くなった後、祖母から昔語りを聞くようになった。そこには、私の知らない祖父がいた。 祖母は祖父よりも20歳近く年下。満鉄の理事をしていた父、後にイエール大学で博士号を取る兄ら「エリートの家族」で育ったが、20歳そこそこで祖父と出会う。祖母いわく「脱線した」。祖父には、戦前に別れた妻との間にもうけた息子がいて、祖母の親は「苦労する」と反対した。 それでも、「好きになっちゃったんだから仕方がない」。祖母は家を出て、結婚を強行した。 祖母にとって、驚きの連続だった。 同居する祖父の妹が、進駐軍の将校たちを相手に横浜でクラブを営み、家計を支えていた。その妹は、戦時中は上海でクラブのママをしながら、日本軍のスパイとして情報を集めていた。祖母には「お客の米軍の将校に、私がスパイだったことがバレたら大変だから、ヒヤヒヤする」と言った。 大体、祖父が戦前に何をやっていたかがよく分からない。どうやら思想を取り締まる「特高警察」に目をつけられていたらしい。祖父の叔母が、横浜の港から恋人とソ連に亡命した際、祖父が連絡役を務めたことがきっかけだった。 逮捕、勾留された経験もあり、その時のことを祖父は短歌にしている。 あやまちしとは思はねど鉄窓のある室に入れられればかなし 負けるかと歯噛みしあれど鉄の扉に鍵かける音が身に沁みにけり 吾が智慧に思ひあまりて堪えるなしつめたき壁に指触れてみる 指触ればしみじみ寒し留置場の壁隣りの室におんなの声する 吾がためにひとりの母は髪切りて二月の夜半をお百度踏み給ふ 天地のめぐみをうけしうしし世にここだ鉄窓を仰ぎつなくも 耐えてきし男の涙こらへられず母にだきつきて声をあげて泣く ▽「総てが自分の滅びる姿を賭けている」 戦後も祖父は、権力に対する反抗心を持ち続け、出版の仕事を手掛けていた。作家相手に「信念を曲げてまでカネになる作品を書いて恥ずかしくないのか」とけんかばかり。「信念を曲げるくらいなら飢え死にした方がましだ」とまで言った。 だが祖母は構わなかった。むしろ、そういうところに惚れていた。自分が洋裁の仕事で家計を支えるから、嫌な思いをしてまで働かなくてもいいと伝えた。実際、祖母が一家の食い扶持を稼ぎ続けた。私が「おじいちゃんは恵まれ過ぎだな」と羨ましがると、祖母は「金銭的な支えがあるより、心の支えがあった方がいい」と言っていた。 ただ祖母は、共に人生を歩むのに当たり、一つだけ条件を出した。 それは、詩を書くのはやめるということだった。 祖父は詩作をライフワークとしており、戦後も自分が編集・発行人となって『第一書』という詩集を、詩人仲間と共に出版していた。1951年の『第一書』では、「火花の匂い」という詩を発表している。 無慈悲な倦怠と悔恨家たちのために 腐った階段を降りる救世者 酔いどれた最高の地図の前で 人間の乾いた心は火のように息苦しく 白鳥の背に乗った明徹な像は ふたたびこの湖上には還らない 貧しい者は貧しさのまま 傷は傷のまま 権力は王座に眠ったまま 白い紙の鏡はうつろな眼の中で 力学の陰惨な壁に汚される 痛ましい渇望と拙棄と灰の底で 冷酷な火薬に嘯き ああ 総てが自分の滅びる姿を賭けている 祖母は祖父の詩に「気が滅入る」と感じた。自分と暮らすならば、詩を書くのだけはやめてほしいと願った。 伴侶からの願いを受け入れ、祖父は詩作を封じた。 ▽「お前との暮らしがあるだけだ」 1枚の写真がある。祖父母が羽田空港で写した写真だ。戦後しばらくは同居していた祖父の妹は、クラブに来ていた進駐軍の米国人と結婚して渡米。祖父母の家に遊びに来ていた妹が、米国へ戻る際に羽田空港まで見送った。その際に撮影した祖父母のツーショットだ。写真には祖父の言葉が添えられている。 「愛という言葉は知らない。お前との暮らしがあるだけだ」 祖父が亡くなった直後には、祖母の元に手紙が届いた。祖母は「お化けかと思った」とおどけていたが、ふたりが筑波万博へ出かけた際、10年後に届く手紙として祖父が祖母あてに投函したものだった。手紙は「僕はもうこの世にいないだろう。淋しくないかい」で始まり、「僕は君と一緒になれて本当に幸せだった。ありがとう」と感謝の言葉が綴られていた。 詩作を封じ、愛する人との暮らしを第一に人生を送る。覚悟ある祖父の決断であり、それを最後まで貫いたのは立派だと思う。 しかし同時に、「今の時代を祖父があの世から見たらどう感じるだろう」と思う。政治権力は好き勝手に振る舞い、弱い立場の人が苦しんでいる。戦争の足音が近づいている。権力に抗する表現活動をやめたことを、祖父は後悔していないだろうか。 1949年1月に発行された『第一書』の編集後記で、祖父はこう綴っている。 「前途には希望的な何ものをも見いだし得ないが、この絶望は、人類そのものへの絶望ではない。人為的なからくりに対する憤怒であり、闘魂である。広島、長崎のむごさは、人間に共通する原罪であり、悲哀である。反省である」 「僕らは個の平和を求め得られないことを知っている。僕らの可能は、全人類への信頼と愛情である。戦争がどこで起ころうがそれは僕らを放ってはおかないであろう」 祖母は生前、私に「おじいちゃんに似ている」と言っていた。 だが私は、ペンを手放さない。書き続ける。
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あたしが取材した国語教師は、一枚の古いレポートを机にしまっていた。大学時代、彼は文章を書くことが苦手だった。三週間かけてレポートを書いたが、教授から返ってきたのは可と書かれた成績表だけだった。どこが悪かったのか。どこか一行でも良かったのか。それさえ分からず、彼は小説家になる夢を諦めた。卒業から二十年後、その教授が亡くなった。遺品整理をしていた家族から、返却されなかったレポートが届いた。 余白は赤い文字で埋め尽くされていた。 「この視点は面白い」 「君にしか書けない記憶だ」 「続きを読みたい」 最後には、こう記されていた。 「評価は可。しかし、才能は評価の外にある」 教授は添削を終えた直後に倒れ、返せないまま入院していたのだ。 教師になった彼は、それから生徒の作文を一枚残らず返すようになった。赤点の作文にも、必ず良かった箇所を一つ書いた。 定年の日、不登校だった教え子から手紙が届いた。 「先生が『続きを読みたい』と書いてくれたので、私は自分の人生にも続きがあると思えました」 あたしは思う。 人は低い評価だけで夢を諦めるのではない。 自分の努力を、誰も見ていなかったと思ったときに諦めるのだ。 添削とは、間違いを直すことではない。 あなたを読んだという証拠を返すことである。 ※特定されないように、事実を大幅に変えてます。これあのことだよね?って言われても、人違いなのでご安心ください。
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アリーナツアーBOSSDOM 閉幕しました! 自分にとって大きな挑戦、ターニングポイントでもありましたが、 何よりめっちゃくちゃ楽しかった笑。 とにかく遊び尽くそうぜって事を大事に、今の自分の人生のムードそのまま詰め込んだツアーに出来ました。 ぶっちゃけ今日本って経済も元気無いし芸能もぐちゃってるし、嫌なムードがどこか漂っているとは思っていて。 マジで本気でひっくり返す…っていうか、本気で楽しくしたいんだよな。 抽象的なソレではなく、具体的に日本を元気にしたいと思うよ。 それはきっと、俺が、そして"俺達が"本気出したら何とかなっちゃう事だとも本気で思うし。 "時代を変える"なんて、きっとそんな大層な事ではなくて、 誰かの本気がドミノ倒しみたいに拡がった先で、勝手に変わってる物だと思うから、 まだまだ本気で生きてみたいよ。 待ち望んでくれてた皆も、 フラッと来てくれた皆も、 あの会場達で何にも変え難い本気を俺にくれたり、俺から受け取ってくれたり、どう考えても最高じゃないか。 エンターテイメントは衣食住には敵わないけれど、体だけじゃなくて心にも栄養が無いとさ、このハードな人生楽しめないし、 俺は君にもらったエネルギーでどこまでも飛べるし、何倍にでもして何回でもお返しするよ。 さぁ、ゴミ箱に捨てられてきた夢を後生大事に抱き抱え、まずはここまで来たぜ! ここから、まだどこまででも行けるし、行っちまおう! 次はRAGツアー96-99をフリーライブの形でやるよ!いい夢見よう! 全ての方々に愛と感謝とリスペクトを持って、精進して参ります。BOSSDOMありがとうございました!! 配信もあるから楽しみにしといてよ!! photo by ハタサトシ @SatoshiHata #BOSSDOM# #SKYHI#
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外見が変わっても 中身が変わらない 君たちは素晴らしいよ 人間も見習って そうなりたいもんだよ そうならなきゃならないと #カルビーさん# #ありがとう# #もうこのままでもいいんじゃないか?#
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昨日の豪雨は物凄かったですね☔⚡ 新宿は先ほど強い夕立ちが降りましたが、 今は雨も上がりました。 もうこのまま降りませんように🙏 今夜のバイト君達は、 🌴ヨッピ 🌴ユン 足元に気をつけてお立ち寄りください! 🈺19:00-24:30
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朗読劇「10年後の君へ」 配信開始まであと9時間。 和人のお父さん、前田康介役の #朝枝知紘# さん。#RISUPRODUCE# さんの作品で何度かご一緒させていただき、俳優としてはもちろん、1人の人間としてとても魅力的で興味深い人だなと最初から思っていました。キャスティングコールをするずっと前の段階から、康介と言う役はほとんど朝枝さんに当て書きしています。彼のイキザマから、たくさんのヒントをもらってつくった役だったので、朝枝さんが受けてくれた時にこの作品の成功はほぼ決まったようなものでした。私の中で。笑 自身も主宰として団体を持つ朝枝さん。脚本・演出・出演の大変さを知っている先輩がそばにいてくれるのは本当に心強かった。お芝居以外のところでも、たくさん助けていただきました。 今回、私調べ(笑)で母のママ友人気投票で1位を獲得した朝枝さん。笑 ぜひご堪能ください。 【配信映像購入はこちらから!】 #10年後の君へ# #10年後配信映像# #Karent#
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