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ダブル生誕100周年記念🎊 マイルス・デイビスの作品から、ジョン・コルトレーンが大活躍する名演を5曲ピックアップ! マイルス×コルトレーンのコラボをより深く味わうnote記事が公開。 🔗 (TEXT:原田和典) #マイルス・デイビス100周年# #ジョン・コルトレーン100周年#
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ジョン・コルトレーンは今月生誕100周年を迎えました。マイルスと同じ年(1926年)に生まれたんですね。それに因んで今月はコルトレーンとマイルスが共演したアルバムを続けてご紹介します。今日はこの大名盤、コルトレーン、マイルス、ビル・エヴァンスの3人が揃った唯一のスタジオ・アルバムです。 アルバム紹介:『カインド・オブ・ブルー』 “なにをさしおいても、ジャズは『カインド・オブ・ブルー』”みたいな空気になってきたのは1990年代、アメリカでこのアルバムのピッチが改められてゴールドCDとして登場し、さらにアシュリー・カーン著のドキュメント本『カインド・オブ・ブルーの真実』が出回りだしたあたりから、というのが私の実感です。五十回聴くと良さが身体にじわじわ染みこんできて、百回聴くと百一回目がすぐに欲しくなるスルメタイプの作品だと思いますが、加えてこのアルバム、コストパフォーマンスが本当にいいんです。アコースティック・ジャズという分野における、参加メンバー全員の美点が、とても自然な音響の中に、無理なく表れているといえばいいのでしょうか。こんなに刺激的なバッキングを管楽器の背後で行うビル・エヴァンスは(当たり前ですが)彼のピアノ・トリオ作品では聴けませんし、炸裂直前でスパッと吹き止めるようなジョン・コルトレーンも美しく、マイルスのトランペットはオープンもミュートも珠玉の響きです。 ♫ So What (アルバム『Kind Of Blue』収録) (TEXT:原田和典@KazzHarada ) #マイルス・デイビス100周年 #MilesDavis# #JohnColtrane#
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ジョン・コルトレーンは今月生誕100周年を迎えました。マイルスと同じ年に生まれたんですね。それに因んで今月はコルトレーンとマイルスが共演したアルバムを続けてご紹介します。今日は熱い演奏が繰り広げられるこのライブ盤です。 アルバム紹介:『ジャズ・アット・ザ・プラザ』 マイルス・デイヴィスのリーダーシップのもと、求道的なジョン・コルトレーン、豪放磊落なキャノンボール・アダレイ、耽美的なビル・エヴァンスという、それぞれ猛烈にキャラクターの濃い面々が一丸となって創造に取り組んでいた時期のライヴ・レコーディングです。場所はニューヨークを代表する高級ホテル「ザ・プラザ」の宴会場。デューク・エリントン楽団、ビリー・ホリデイ、ジミー・ラッシングらとステージをわけあったそうですから、この日のマイルス・バンドは“若手気鋭代表”“最新のジャズ代表”的ポジションだったと思われます。当時の十八番というべきレパートリーが4曲収められていますが、とくにお勧めしたいのは「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。マイルスとエヴァンスが共演した同曲の、公式では唯一の記録でもあり、演奏の素晴らしさはもちろん、貴重性においても特筆されます。この6年後にマイルスが録音した同曲(ピアノはハービー・ハンコック)と聴き比べるのも一興でしょう。 ♫ My Funny Valentine (アルバム『Jazz At The Plaza』収録) (TEXT:原田和典@KazzHarada ) #マイルス・デイビス100周年 #MilesDavis# #JohnColtrane#
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今年はジョン・コルトレーンとマイルス・デイビスが二人とも生誕100周年を迎えました。それに因んで今月はコルトレーンとマイルスが共演したアルバムを続けてご紹介します。今日はコルトレーンが参加した最後のスタジオ・アルバムです。 アルバム紹介:『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』 自らの愛妻をアルバム・ジャケットに登場させたジャズメンには既にサックス奏者のエディ・チャンブリーがいましたが(アルバム『ドゥードリン』、モデルは歌手のダイナ・ワシントン)、本作ほど“迫った”作品は前代未聞でしょう。モデルは元ダンサーのフランシス・テイラー。しかもアルバム・タイトルが『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(いつか王子様が)、つまりディズニーのファンタジー映画「白雪姫」の挿入曲をそのまま表題に持ってきたところからも、濃厚な愛情が感じられます。マイルスは妻を白雪姫に、自分を王子様に見立てていたのかもしれません。マイルスはかわいらしいメロディをミュート・トランペットで軽やかに表現し、録音のために呼び戻された元メンバーのジョン・コルトレーンも堂々たるサックス・プレイを繰り広げています。マーカス・ミラーのいとこにあたるウィントン・ケリーが奏でる、歯切れ良いピアノ・タッチにも聴きほれずにはいられません。 ♫ Someday My prince Will Come (アルバム『Someday My prince Will Come』収録) (TEXT:原田和典@KazzHarada ) #マイルス・デイビス100周年 #MilesDavis# #JohnColtrane#
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9月23日はジョン・コルトレーンの誕生日(1926年)。マイルスと同じく今年は生誕100周年に当たります。それに因んで今月はコルトレーンとマイルスが共演したアルバムを続けてご紹介します。今日はコルトレーンが吹きまくるこのライブ盤です。 アルバム紹介:『アット・ニューポート1958』 コーチェラやフジロックなどあまたある野外フェスの先駆のひとつがニューポート・ジャズ祭です。マイルスは55年開催の第2回に飛び入りの形で登場、58年にはついに自身のバンドを率いて昼の部のトリをとりました。当アルバムは司会者の紹介から始まりますが、ほぼマイルスと同等に観客を沸かせているのはキャノンボール・アダレイ。“砲弾”というジャズメンらしからぬ芸名と巨体がアピールしたのでしょう。いっぽうジョン・コルトレーンやビル・エヴァンスへの拍手はさほど多くはなく、それが58年当時のひとつの現実だったのだということが伝わります。演目は野外フェス映えするものを集めた感じで、ジミー・コブのドラムもひたすら張り切っていますし、とにかくメンバー全員、ガンガンと突っ走っていきます。なかでもコルトレーンは音数の限界に挑戦するような速吹きをおこなっていて、この演奏を現地で体験した記者が“アングリー・ヤング・テナー”と評したのもわかろうというものです。 ♫「Au-Leu-Cha」(アルバム『At Newport 1958』収録) (TEXT:原田和典 @KazzHarada ) #マイルス・デイビス100周年 #MilesDavis# #JohnColtrane#
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マイルス、コルトレーン、モンク ジョン・コルトレーンはマイルスの『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』をレコーディングした後、一度クインテットを離れます。この頃のコルトレーンは自分をまだまだ未熟だと感じており、リーダーの指示に沿って演奏するのが当たり前だと考えていたようです。一方でマイルスは自由な演奏を求めていましたが、それがコルトレーンにはうまく伝わらなかった。マイルスはいつも無口で音楽について話すこともなく、どうしたら良いのかがわからなかったと、コルトレーンは当時のことを語っています。 1957年クインテットを離れたコルトレーンは、セロニアス・モンクのバンドに誘われ、アルバムに参加、ジャズクラブ「ファイブ・スポット」でのライブで共演します。モンクは日々コルトレーンに音楽理論や奏法を教え、彼はそれをライブで実践していく。モンクは度々ライブ中にピアノを離れ、ステージで踊ったり、酒を飲んだりしていたそう。その間コルトレーンは自由に即興演奏が出来る。モンクの振る舞いは奇妙に映るかもしれませんが、コルトレーンに独創的な演奏を身に着けさせる教育の意味もあったんでしょうね。ライブは連日大盛況、期間はどんどん延長され6か月もの長期間に渡りました。モンクとの活動によっていわば開眼した彼は、自身のリーダー・アルバム『ブルー・トレーン』『ソウルトレーン』をリリースし大ヒット、人気を博すようになります。 このファイブ・スポットでのライブをマイルスは何度か見に行っており、その成長ぶりを見守っていたようです。そして1957年12月に再びマイルスはコルトレーンにクインテットに戻ってくるように連絡します。 トレーンに電話して、戻ってほしいと伝えた。奴は一言「OK」と答えた。この時オレは、本当にものすごい何かが起こると確信した。そしてそれは本当に起こったんだ。完璧なまでにな。 アルバム『マイルストーンズ』では、セロニアス・モンクの「ストレイト・ノー・チャイサー」を演奏しています。マイルスとモンク、二人の師の薫陶を受けたコルトレーンのソロを聴いてください。 ♫ Straight No Chaser(アルバム『Milestones』収録) 参考文献:「マイルス・デイヴィス自伝」マイルス・デイヴィス/クインシー・トゥループ著 中山康樹 訳 (株)シンコーミュージック・エンタテイメント刊 #マイルス・デイビス100周年 #MilesDavis# #JohnColtrane#
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『カインド・オブ・ブルー』はジャズの歴史の中でも一、二を争う名盤として発売以来絶大な人気を誇っています。その評価と人気の要因の一つには、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスの3人が揃った唯一のスタジオ・アルバムだということも挙げられると思います。 コルトレーンが参加した“第一期黄金クインテット”にキャノンボール・アダレイ(a-sax)が加わって『マイルストーンズ』を録音した後、ピアノのレッド・ガーランドが脱退してしまいます。そこで白羽の矢が立ったのがビル・エヴァンス。しばらくライブ活動やセッションを行いますが、エヴァンスはいろいろあって抜けてしまいます。その後釜にはウィントン・ケリーが据えられたものの、『カインド・オブ・ブルー』のレコーディングにはエヴァンスが呼び戻されます。マイルスが求めていたモード奏法を実現するのに必要不可欠だったから、と言われています。 このアルバムの後でコルトレーンも袂を分かつ事になり、その後この3人の天才ミュージシャンが揃って演奏する事はありませんでした。3人はそれぞれの音楽を追求していくことで、ジャズの歴史に大きな足跡を残します。彼らが『カインド・オブ・ブルー』で作り上げた音楽は、控えめに見てもその後の彼らの起点となっているのではないでしょうか。 ♫So What(『Kind Of Blue』収録)  #マイルス・デイビス100周年#
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二つの「リトル・メロネー」 マイルスは1955年10月26日の『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』セッションと、1958年3月4日の『マイルストーンズ』セッションで、同じ曲をレコーディングしています。ジャッキー・マクリーン作の「リトル・メロネー」。 この2つのセッションの間に、ジョン・コルトレーンはマイルスのクインテットを離れ、セロニアス・モンクの元で音楽理論と奏法を学びオリジナリティを身につけていきます。この二つのバージョンを聴き比べると、コルトレーンが如何に成長したかが手に取るように判ります。1955年バージョンのコルトレーンは、セッション初日ということもあり、歌心が感じられるソロではありますがクインテットに馴染もうと遠慮しているように思われます。一方1958年バージョンでは既にコルトレーンの個性が確立され、独立したミュージシャンとして立派にマイルスと渡り合っています。またこの2バージョンはマイルスの音楽がこの3年間でどの様に変化していったかも表しているように思われます。 「リトル・メロネー」は結局上記のどちらのアルバムには収録されず、後にアルバム『1958マイルス』に2バージョンが収録されました。ぜひ聴き比べてみて下さい。 ♫ Little Melonae(アルバム『Round About Midnight』収録)※左側 1955年録音 ♫ Little Melonae(アルバム『Round About Midnight』収録)※右側 1958年録音
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