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2026年7月26日夕方に #半畳の宇宙『リチャード三世』を観ました。会場は高田馬場近くのBaBaBa。ネタバレがあります。 BaBaBaには初めて足を運んだ。元は印刷工場だという。高い天井、適度な間口と深い奥行きを持った空間。高めの舞台はその細長さに沿ってしつらえられている。入って左側に2段に高く組まれ床面と合わせて3段となる客席。場内は白で統一されている。 5人の俳優たち、衣装の基調も白。ただ白一色ということではない。そのなかに玉座を想起させるような背もたれ椅子の黒が際立つ。 リチャード三世の筋書きはぼんやりと知る程度だったが、前日の付け焼刃が功を奏してその概要は頭に入っていた。いくつかの名セリフの知識も得ていた。それらのことが助けとなり、メリハリをもって90分に編まれた舞台の歩みを自らの知識と共振させて追うことができた。 さらにはシーンやエピソードのあいだをつなぐ俳優たちの研がれ作りこまれた所作に引き入れられる。その所作は時に人物それぞれの一瞬の描き出しとなる一方で、時に一つずつの工程に作業を加え、それを次の作業に渡していく機械の動きのようにも感じられる。それはシェイクスピアの編む史劇の工場で定められた登場人物たちの運命の工程が進んでいくようにも思える。抗うこともできずその歩みに翻弄されていく人のありように繋がれてしまう。転じて演劇はそうして戯曲に定められた工程を歩んでいくものなのだとも感じる。 美しくタフで冷徹な舞台だと思う。ひとりずつの俳優の一瞬も見飽きない。そのなかで舞台は様々な表現の寓意や顛末の語り口に満ち、やがて作り手が紡ぎだす戯曲が内包する普遍へと形作られていくことに息をのんだ。
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2026年6月11日夜に #半畳の宇宙『##ハムレット×AI』を観ました。# 日本福音ルーテル蒲田教会にて。 会場は教会の聖堂、その祭壇の前のスペースを斜めに切って白いシートが敷かれ舞台が設えられている。小道具で大きなものといえば白い脚立と背もたれのついた白い椅子が一脚ずつ。小道具としてはスマホだのリコーダーだの小物が記憶に残る。 半畳の宇宙は山の手事情社からの団体ということで、その冒頭からかつて見たメソッドや語り口もふんだんに取り入れつつ、観る側を物語に導いていく。 ハムレットは何度か見ているのだが、物語をすべてということではなく、その一部というか枝葉が省かれていることが多くて、ましてや4人の俳優で演じるとなればそれの完全版を演じるなど無理な話、フォーティンブラスもローゼングランツ&ギルデンスターンあたりも出てはこない。でも、そのことが今回の語り口に重なると、物語の骨格の剥ぎ出しとなりその姿が見事に浮かび上がる。山の手事情社的な演じ方だからこその一つずつのシーンを演じ上げる強さもあるし「×AI」を関して切り出す新しさもあるし、一方でその切れ味に編み込まれた遊び心もある。また、描き方のなかで脚立や背もたれ椅子の使い方も生きる。骨格標本のようなハムレットの物語がライブ感を持ち、歩み、その顛末になることに圧倒される。気が付けば時間を忘れて見入った90分強であった。 衣装や音の使い方も洒脱、ノイズの使い方などもうまい。原典からのせりふの切り出しがしっかりと物語全体の血の流れとして機能していることにも関心、演出とそれを演じる俳優たちの力量を感じる。ダイジェスト版といえばそうなのだけれど、単にハムレットの良いところをさらったというだけではなく、「×AI」も物語にライブ感を与えるための良き潤滑剤となって、半畳の宇宙版のならではの筋肉をしっかりと感じることができたハムレットであった。
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