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このオンライン署名に賛同をお願いします!「「国旗等損壊罪」を廃案にしよう!」 @change_jpより ・・・私も賛同しました。ワンクリックで(お金は出さなかったけど、エヘヘ。それでも賛同してシェアできるみたい(^^♪)この法律が通ったら次は戦争に反対する人は逮捕?
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東京新聞が一面に「国旗損壊罪アートは憂う」と題して芸術家・中垣克彦さんを。12年前に中垣さんに感動した私は東京都美術館に行って、ツーショット。22年にはアベ国葬反対集会でも写真を。昨年は戦争に反対する「奇妙な果実」と題した造形作品を観に行ってお茶しました。法律できたら二人は逮捕? まさに戦争前夜ですね。
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【声明】 改憲のハードルを下げるためだけの国民投票法改正に反対 (れいわ新選組 2026年6月19日) 本日、自民党など4党提出の国民投票法改正案(日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案)が衆議院本会議で賛成多数で可決された。 この法案は、憲法の国民主権を壊し、政府が好き勝手にルールを決め、戦争ビジネスに突き進むための扉を開けるものだ。その意味では本国会最大の悪法の一つが可決されたといえる。それにもかかわらず、国会の中も外も静かすぎる。 今回の改正は、国民投票法が抱える重大な欠陥を放置したまま体裁だけ整えて、「準備は整った」と改憲発議を強行するためのものでしかない。 国民投票法は2007年に成立したが、法制定時から深刻な欠陥が指摘されてきた。現在の国民投票法では、大量のCMにより、資金力のある勢力が有利に運動を進めることができてしまう。 現行法の欠陥の第一は、放送CM規制がほぼないという点だ。投票2週間前から、改憲に「賛成」・「反対」を呼びかけるCMを禁止するのみで、有名タレントが賛否の意見を表明するだけの意見広告なら制限がない。 第二は、インターネットやSNS上の有料広告に対する規制が全くないこと。 第三は国民投票運動に対する資金規制もないこと。つまり現行法では、お金のある側がテレビCM・ネット広告を垂れ流し、組織的な拡散を行って世論操作を目論むことも可能。 第四に最低投票率の定めもないこと。投票率が低く投票権者全体では少数者の賛同しかなくても、改憲が成立してしまう。 どれも本来真っ先に議論されるべき課題だが、法制定から約20年たった今も、結論は得られていない。2021年に国民投票法が改正された際は、3年以内にCM規制や資金規制等の措置を講じることが附則に定められた。しかし今回の改正案には一切盛り込まれなかった。 なぜか? 穴だらけの国民投票法のままのほうが、資金力のある組織にとって都合がいいから。国民投票法改正を推進する議員らは、改正案を「速やかに成立させることは国会の責任」などと述べているが、「来年春までの改憲発議」という高市総理の目標に間に合わせるための拙速な下準備でしかないことは明らか。 この者たちは緊急事態条項創設を糸口に、改憲を目論んでいる。緊急事態条項とは、「緊急事態」を大義名分に選挙を先送りし、国民の審判を経ない政権に権限を集中させるもの。戦時体制をしく準備であり、戦争ビジネスに突き進む土台となる。 現行法の欠陥を意図的に放置し、自らに有利な仕組みでの改憲を急ぐという与党の意図は明らかだが、野党は「必要な手続き整備だ」とアシストした。 かつて野党は「安倍政権下での改憲議論は許さない」と衆参での憲法審査会の開催に抵抗していたはず。軍事経済を推進する高市政権下なら、改憲に向けた準備は認めるというのか。 れいわ新選組は残念ながら衆議院憲法審査会に席がない。抵抗しない野党のアシストの結果、衆議院憲法審査会ではわずか1日で法案質疑を終え、賛成多数で通してしまった。 れいわ新選組は、今後も憲法を一字一句変えてはいけない、と主張するわけではない。しかし、まず現行憲法を守ることが先である、今ある憲法を守らない者たちによる改憲発議を認めるな、と訴えてきた。 しかも今、国民の多くが求めているのは改憲などではない。4月の世論調査では優先的に処理してほしい課題のトップは物価対策、次いで年金・医療・介護。憲法改正は全選択肢のうち最下位で11%。 30年続く不況とコロナ、相次ぐ戦争による物価高で、破綻寸前の家計や中小企業は増えている。政府と国会が一刻も早く前にすすめなければいけない最優先課題は、徹底した国民経済への投資であり、具体的には消費税廃止や現金給付、社会保険料の減免だ。 この後、参議院憲法審査会に国民投票法の議論は移るが、良識の府と呼ばれる参議院の「良識」が問われている。れいわ新選組は参議院において、最後まで抵抗し続ける。 2026年6月19日 れいわ新選組 #れいわ新選組# #国会#
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編集長コラム・伴侶が封じた詩 私が知る祖父は、穏やかでお茶目な人だった。 絵を描くこと、山を歩くことが好き。横浜の祖父母の家に遊びに行くと、大学生の私に「ほら、これ素敵だろ」と、山で拾ってきた石ころをくれた。太極拳の道場では、師匠の指導を無視。独自の舞を繰り出して楽しむ。そんな人だ。 祖父が亡くなった後、祖母から昔語りを聞くようになった。そこには、私の知らない祖父がいた。 祖母は祖父よりも20歳近く年下。満鉄の理事をしていた父、後にイエール大学で博士号を取る兄ら「エリートの家族」で育ったが、20歳そこそこで祖父と出会う。祖母いわく「脱線した」。祖父には、戦前に別れた妻との間にもうけた息子がいて、祖母の親は「苦労する」と反対した。 それでも、「好きになっちゃったんだから仕方がない」。祖母は家を出て、結婚を強行した。 祖母にとって、驚きの連続だった。 同居する祖父の妹が、進駐軍の将校たちを相手に横浜でクラブを営み、家計を支えていた。その妹は、戦時中は上海でクラブのママをしながら、日本軍のスパイとして情報を集めていた。祖母には「お客の米軍の将校に、私がスパイだったことがバレたら大変だから、ヒヤヒヤする」と言った。 大体、祖父が戦前に何をやっていたかがよく分からない。どうやら思想を取り締まる「特高警察」に目をつけられていたらしい。祖父の叔母が、横浜の港から恋人とソ連に亡命した際、祖父が連絡役を務めたことがきっかけだった。 逮捕、勾留された経験もあり、その時のことを祖父は短歌にしている。 あやまちしとは思はねど鉄窓のある室に入れられればかなし 負けるかと歯噛みしあれど鉄の扉に鍵かける音が身に沁みにけり 吾が智慧に思ひあまりて堪えるなしつめたき壁に指触れてみる 指触ればしみじみ寒し留置場の壁隣りの室におんなの声する 吾がためにひとりの母は髪切りて二月の夜半をお百度踏み給ふ 天地のめぐみをうけしうしし世にここだ鉄窓を仰ぎつなくも 耐えてきし男の涙こらへられず母にだきつきて声をあげて泣く ▽「総てが自分の滅びる姿を賭けている」 戦後も祖父は、権力に対する反抗心を持ち続け、出版の仕事を手掛けていた。作家相手に「信念を曲げてまでカネになる作品を書いて恥ずかしくないのか」とけんかばかり。「信念を曲げるくらいなら飢え死にした方がましだ」とまで言った。 だが祖母は構わなかった。むしろ、そういうところに惚れていた。自分が洋裁の仕事で家計を支えるから、嫌な思いをしてまで働かなくてもいいと伝えた。実際、祖母が一家の食い扶持を稼ぎ続けた。私が「おじいちゃんは恵まれ過ぎだな」と羨ましがると、祖母は「金銭的な支えがあるより、心の支えがあった方がいい」と言っていた。 ただ祖母は、共に人生を歩むのに当たり、一つだけ条件を出した。 それは、詩を書くのはやめるということだった。 祖父は詩作をライフワークとしており、戦後も自分が編集・発行人となって『第一書』という詩集を、詩人仲間と共に出版していた。1951年の『第一書』では、「火花の匂い」という詩を発表している。 無慈悲な倦怠と悔恨家たちのために 腐った階段を降りる救世者 酔いどれた最高の地図の前で 人間の乾いた心は火のように息苦しく 白鳥の背に乗った明徹な像は ふたたびこの湖上には還らない 貧しい者は貧しさのまま 傷は傷のまま 権力は王座に眠ったまま 白い紙の鏡はうつろな眼の中で 力学の陰惨な壁に汚される 痛ましい渇望と拙棄と灰の底で 冷酷な火薬に嘯き ああ 総てが自分の滅びる姿を賭けている 祖母は祖父の詩に「気が滅入る」と感じた。自分と暮らすならば、詩を書くのだけはやめてほしいと願った。 伴侶からの願いを受け入れ、祖父は詩作を封じた。 ▽「お前との暮らしがあるだけだ」 1枚の写真がある。祖父母が羽田空港で写した写真だ。戦後しばらくは同居していた祖父の妹は、クラブに来ていた進駐軍の米国人と結婚して渡米。祖父母の家に遊びに来ていた妹が、米国へ戻る際に羽田空港まで見送った。その際に撮影した祖父母のツーショットだ。写真には祖父の言葉が添えられている。 「愛という言葉は知らない。お前との暮らしがあるだけだ」 祖父が亡くなった直後には、祖母の元に手紙が届いた。祖母は「お化けかと思った」とおどけていたが、ふたりが筑波万博へ出かけた際、10年後に届く手紙として祖父が祖母あてに投函したものだった。手紙は「僕はもうこの世にいないだろう。淋しくないかい」で始まり、「僕は君と一緒になれて本当に幸せだった。ありがとう」と感謝の言葉が綴られていた。 詩作を封じ、愛する人との暮らしを第一に人生を送る。覚悟ある祖父の決断であり、それを最後まで貫いたのは立派だと思う。 しかし同時に、「今の時代を祖父があの世から見たらどう感じるだろう」と思う。政治権力は好き勝手に振る舞い、弱い立場の人が苦しんでいる。戦争の足音が近づいている。権力に抗する表現活動をやめたことを、祖父は後悔していないだろうか。 1949年1月に発行された『第一書』の編集後記で、祖父はこう綴っている。 「前途には希望的な何ものをも見いだし得ないが、この絶望は、人類そのものへの絶望ではない。人為的なからくりに対する憤怒であり、闘魂である。広島、長崎のむごさは、人間に共通する原罪であり、悲哀である。反省である」 「僕らは個の平和を求め得られないことを知っている。僕らの可能は、全人類への信頼と愛情である。戦争がどこで起ころうがそれは僕らを放ってはおかないであろう」 祖母は生前、私に「おじいちゃんに似ている」と言っていた。 だが私は、ペンを手放さない。書き続ける。
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明日のしんぶん赤旗で、陸上自衛隊のオスプレイ低空飛行訓練をどこで行おうとしているか、国交省から取り寄せた資料をもとに明らかにします。 「世界一危険」と政府が認める米軍普天間基地を、自衛隊オスプレイが使用したのはなぜか。2度と使用しないと明言すべき、と質問。 小泉防衛大臣は質問に答えず、「辺野古新基地に反対するのは無責任」と日本共産党への批判を延々と述べただけ。 反論の時間がないことを承知上で、こうしたやり方はあまりに不誠実。 無法な戦争を繰り返す米国に付き従うことの危険。 クラッチが滑るという不具合を解決できないまま、オスプレイの低空飛行訓練を展開する危険。 引き続き追及していく決意に燃えています。 米軍普天間基地への陸上自衛隊オスプレイの展開について 2026.7.14【国会質問】 @YouTubeより
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「戦争する国」つくる法案に徹底的に「反対」の意思表示を 四条烏丸、西院でスタンディング 国会正門前行動に連帯 | 京都民報Web
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【あと2日】【カウントダウン】 7.18日本共産党104周年記念講演まで、あと2日! かつて、すべての政党が侵略戦争に賛成するなかで、命がけで「戦争反対」の旗を掲げ続けた政党。だから戦前も戦後も、同じ名前のままです。 #日本共産党# #相模原市緑区#
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本日午後、参院内閣委員会において、歯止めなき国民監視法案である『国家情報会議法案』が与党などの賛成多数で可決されました。  反対したのは立憲民主党、日本共産党、れいわ新選組。衆議院で中道は賛成したのに、参議院で真摯な検討を重ね、キッパリ反対の決断をされた立憲民主党に心から敬意を表します。  国会に寄せられた「反対して!!」のFAXはうちの部屋だけでも今まで1500を超えました。しかもそのほとんどが、組織されたものではなく、SNSで危険性を知った一人ひとりの市民の生の声です。  にもかかわらず、法案に賛成する一部の議員は「FAXが大量に来て迷惑だ」、「法案に対する理解が浅いから不安がっているだけ」、「戦争につながるなんて大げさだ」などと、上から目線、おごった態度でFAXを送信した人たちを見下す発言をしました。  政治家は、たとえ立場がちがっても、国民のありのままの不安、声をいったん謙虚に受けとめるべきではないのか。  話はそれからだ。
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きのうは北九州市で経済の話をしました。  小倉駅に着くと、いつも思いだすのが、小倉を舞台にした映画『無法松の一生』とその脚本を書いた伊丹万作さんのことです。伊丹さんは『戦争責任者の問題』という現代にもつうじるメッセージも書き残しておられます。  荒くれ者の人力車夫「無法松」こと松五郎は、軍人の夫を亡くした吉岡夫人とその息子のことを長年にわたり献身的に世話をしました。  歳をとった松五郎は、あるとき、ずっと抑えてきた夫人への想いを告白しようとしますが、いつもと変わらぬ清楚な夫人の姿に、恋情を抱いた自分を恥じ、「奥さんすまん、わしの心はきたない」と言って飛び出し、二度と夫人と会わず、酒に溺れて死んでいきます。    この映画の初演は太平洋戦争が激化する昭和18年。戦意高揚を図るべき時勢に、亡くなった軍人の妻に車夫が恋をする話など許されぬと情報局から厳しい検閲をうけ、いくつかのシーンがカットされます。  脚本を書いた伊丹さんはあえて軍国主義の風潮に抗して、国家のためでなく人のために尽くす松五郎、軍人の妻に恋をしてしまう人間的な松五郎を描きたかったのではないでしょうか。その後も伊丹さんの脚本は情報局の事前審査で大幅に修正させられたり、却下されたりしています。  当時の情報局は、戦争に向けた世論形成、プロパガンダと思想取締の強化を目的につくられた内閣直属の情報機関で、敗戦後の1945年末に廃止されました。  約80年後の先月、国民監視のための国家情報局設置法案が国会で賛成多数(共産、立憲民主、れいわ、社民などは反対)で可決されました。まさに「新しい戦前」に向かっている気がしてなりません。  伊丹さんは敗戦の翌年、『戦争責任者の問題』を発表し、戦犯だけに戦争責任を押し付け自分たちはだまされていたで済まそうとする国民世論に疑問を投げかけています。 「『だまされていた』という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない」 「『だまされていた』といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。----二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない」 「この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである」 「新しい戦前」にしないために、いま必要なことを私たちに問いかけていると思います。
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