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私が見た時は コミュニティ
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やりました! マネージャーがやってくれました🎉 みなさんありがとうございます✨ #私が見た時は# #777783だった# #惜しい# #次は自分の目で# #888888を見たいです#
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@pipipi_br 私が見た時にはもうこれになってた笑笑笑
闇バイトをやろうとしている方々。 実は私、30年以上前、闇バイトに関わったことがあります。 当時、大学生の時給は800~900円くらいだったのですが、「電話回線の簡単な点検作業で時給1500円」だったので応募しました。 詳細を説明すると長くなりますが、簡単に言うと、「NTTのシステムのバグを利用して公衆電話をハッキングする」という仕事…いや、犯罪でした。 いちおう法学部の学生だった私は、一通り説明を聞いて、機材を与えられて考えてみると、これは偽計業務妨害罪に当たるのではないかと考え、大学の図書館で過去の判例を調べると、マジックホン事件というのが出てきた上、刑事訴訟法の教授に相談すると、電子計算機使用詐欺にも抵触するのではないかとわかりました。 ところが、ここからが問題だった。 時代は平成初期。パソコンを持っている人は少なく、まだポケベルの時代。 NTTのシステムバグを、NTTの人に通報しても、警察の人に通報しても、理解してもらえない。 そもそも、首謀者とどこで出会ったのかを問われ、パソコン通信とかNIFTY-Serveと言っても通じない。 NTTも警察も動かないから、横浜地検に告発状を提出したら、やっと話が警察につながり、捜査することになった。 当時、神奈川県警は私の自宅を訪れて、パソコン通信に接続している様子を見る。私をNTTの実験室に呼んで架電実験を行う。 神奈川大学の先輩に当たる巡査部長が自前のノートパソコンを警察署内に持ち込んで再現実験をするなど、手さぐりの捜査を行った。 当時、私は21歳。首謀者は電子計算機使用詐欺で逮捕された。今なら分かりやすい闇バイトなら簡単に裁判は進むが、裁判官も検事も素人。唯一、被告人の弁護人だけがNTT案件に強いとされる弁護士だった。 刑事裁判は長引き、私は検察側証人として証人尋問を受け、結果は有罪。 当時、電子計算機使用詐欺といえば、銀行の端末を利用して女性が金を引き出して男に貢ぐ犯罪というイメージがあったが、公衆電話からハッキングしてダイヤルQ2事業者に架電させて金を得る行為を同罪で有罪にしたのは日本初だった。 読売新聞が密着取材をしてくれて大きく報道。この事件の詳細は三才ブックスの「裏パソコン通信の本」に掲載されることになった。 その後、大学院に進学した私は、横浜地検に捜査資料の閲覧を求めた。本来はダメだけど、「複写はしない」、「修士論文に使うだけ」、「電磁的記憶媒体の証拠の取り扱いについてのみ」ということを約束して閲覧を許された。 で、何が言いたいか。 私はこの事件で得た「電磁的記憶媒体」、つまり当時のフロッピーディスクに落としたNIFTY-Serveのログの証拠調べ方法についての修士論文を書いたのです。 当時、この証拠調べ方法は、A説・B説・C説があり、有名な民訴学者がA説とB説で論争を繰り広げていたのですが、私はC説が正しいのではないかということで、指導教授と対立してしまい、ものすごく悩んでいました。私はC説を主張していた、元裁判官の夏井高人教授に直接メールを送って「私はどうしてもAB説が信じられず、C説が正しいような気がする」、「現に横浜地検はこういう証拠を出していた」と相談したところ、「そんな事件があったのか~い」と驚かれたのでした。 で、いつもの学歴話になる。 私、この一件で、新しい技術について、理系の人はよくわかっていても、文系の人はついていけないことが多く、それは大学教授であっても、裁判官であっても同じってこと。 私が必死に「あれはああいう犯罪で」と説明しても、NTTも警察も問題だとは思わず、後から「うさん臭いビジネスに加担するおまえが悪い」と説教してくる大人たちがいたのです。 で、私は思う。 ここに出てきた登場人物の中で、犯罪ではないかと気付いたのは、まだ神奈川大学の学生だった俺じゃないか。NTTも警察も裁判官も検事も、私が口で説明しても、何の疑問も持たなかったじゃないか。 まともに話ができたのは、神奈川大学の先輩に当たる知能犯係のH警部補だけだったじゃないか。 警察・検察・裁判所が動いて、判決ができてから、教授のみなさんが「あれは詐欺事件」みたいに、後づけで研究対象にするのを見て、学歴ってアテにならないんじゃねーの?…と思った次第です。 長文ごめん。 ちなみに、この一連の事件で、一番金をくれたのは、三才ブックス。原稿料が良かった。10万チョイ。 次が裁判所。検察側の証人尋問30分で3800円。 読売新聞の記者は、2回くらいランチをおごってくれた。 神奈川県警はお茶とアイスクリーム。 NTTはノベルティグッズ。 でもまぁ、お金ではないけれど、大学院の修士論文のネタという意味では、100万くらいの価値はあったと勝手に査定する。 元祖「闇バイト」の私。詐欺の片棒をかつがされたものの、結局お金は貰っていないし、騙されていることがわかってすぐに通報したので、被疑者にはならなくて済みました。ただし、調書に「重要参考人・松本肇」と書かれたのを見た時はドキっとしたよ。 ちなみにその被告人。未決拘留は10月。詐欺事件については初犯だったため、懲役1年6月、執行猶予3年の刑でした。 長文ごめん。
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私がスマホを見てにやけている時は大体、まろこと福田花音ちゃんからラインが来た時です。
昨日は本当に遅くまで、皆さまありがとうございました! たくさんの方がお待ち下さっている中で、中には自分も終電が過ぎてしまうのに他の方に譲って下さる方もいて…本当にたくさんの人の優しさに支えられてイベントが成り立っていることを感じました。 初めましての方ももちろん沢山いらしたのですが私にとっては馴染みのあるお顔の方が多くて、この人たちの笑顔があったから10年間楽しくイベントを続けることが出来たし、この人たちの笑顔が見たかったからどんな時でもイベントを続けたいという強い気持ちを持つことが出来ていたなと考えながら皆様のお顔を目に焼き付けておりました。 …これで終わりじゃないのだけどね笑 コロナ化からスタートした船プレさん、はじめは大変なこともたくさんあったと思います。 時に厳しいことを言ったりもするけど、私が知っている中で誰よりもファンの方の顔と名前を覚えてくれていて、誰よりも女優さんが快適にイベントをするためにはということを考えてくれている船田さんの優しさは、出会った頃からずっと変わらないですね。 デビューの時のラムタラ会議で見たチェキさばきもさらに進化して今や5台を一人で回せる船田さん。。すごすぎます。 これからも大好きな船プレが、皆さんと女優さんの架け橋となってくれることを心より願っております💗 たくさんのイベントを本当にありがとうございました!!!!
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先日親戚が私に内緒で見にきてくれてて、見つけたとき嬉しくて、ライブ中にも見てくれてることが何より嬉しくてこんな気持ちになってるのが初めてだったから、家族にライブを見てもらえた時嬉しいの感情とかいろんな気持ちになって自分がどうなっちゃうんだろうと思うくらい嬉しかった、、、。 家族には大きいステージを自信持って立てるまでは見せられないと言い続けてまだ一度も見せてないので、早くその姿を家族に届けたいなって改めて感じた日だった💭 親戚が見にきてくれたことがとっても嬉しかったんだぁ☺️❤️‍🔥
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ちなみにこの感情は私の中でたまに現れてて、ある日公演前にふと音響さんを見た時に、「あれ、〇〇さん私が入った時からいるな。知り合って12年経つんだ。なのにあんまり知らないな」と思ってなんだか切なくなり急に「今日の髪型何がいいと思いますか?」と質問して弄り半分の回答を鵜呑みにした日👇🏻
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今週のナイトスクープ3本目は… 「亡き母がくれたぬいぐるみを蘇らせて」 大阪府の女性(38)から。大阪に住む38歳、一児の母である私には、昔からとても大切にしているぬいぐるみがある。その名も「うさぎのうーちゃん」。私が生まれた時、今は亡き母がプレゼントしてくれた。赤ちゃんの頃から毎日一緒に寝て、修学旅行にも、新婚旅行にも、陣痛の時も、闘病中の手術室にも、どんな時も「うーちゃん」はそばにいてくれた。そんな「うーちゃん」は年々くたびれ、見て目が変わり、今ではうさぎと判別がつかなくなってしまい、初めて見た人は驚くほどの姿になってしまった。中には「気色悪い」と言う人さえいる。この可愛さが伝わらないのが悔しい。こんなに可愛いのに…。そこで、「うさぎのうーちゃん」を元気だったあの頃の姿に蘇らせてもらえないだろうか。無理ばかりで申し訳ないが、「うーちゃん」の匂いは絶対にこのままでお願いします、というもの。実際の「うーちゃん」は首が伸びきり、目や鼻の位置は歪み、内臓も透けており、思った以上の超難題で…。
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母が30年間父を「課長」と呼んでいる。 父は一度も課長になったことがない。 私が物心ついた時からずっとそうだった。 「課長。お風呂沸いたよ。」 「課長。ご飯できたよ。」 父は普通に返事をする。 一度だけ友達の前で母がそれをやった。 友達は私の父を本物の課長だと思った。 「お父さんって偉い人なんだね。」 訂正できなかった。 父は万年平社員だった。 去年父が定年退職した。 退職の日も母は玄関で言った。 「課長。お疲れ様でした。」 父はその日だけ返事をしなかった。 代わりに泣いていた。 父が泣くのを見たのは初めてだった。 母に理由を聞いた。 母は、
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