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私たちが日々生きている中で、ふと「自分たちの声は届いているのだろうか」「透明な存在として扱われていないだろうか」と感じてしまう瞬間がある。 必死に声を上げてくれる議員の存在に救われつつも、世間を覆う排外的な空気や、マジョリティの理屈だけで進んでいく現実の政治の冷たさに、どこか絶望に近い諦めを抱いてしまう。 だからこそ、社会の仕組みを動かす側に「自分の小さな営みや尊厳を確かに見つめられている」と感じさせてくれる言葉を、私たちは渇望していたのだと思う。 『#銀河の一票# 』の中に詰まっていたセリフたちは、まさに現実の政治がこぼし落とし、時に見落とそうとする一人ひとりの心を、公の言葉として掬い上げてくれた。これからも「いち市民」として、抗っていけそうだ。ありがとうございました!
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/ 6月28日(日)は #杉並区長選挙# #杉並区議会議員補欠選挙# です! \ 私たちの一票で 杉並区の未来を築きましょう✨ 詳細はこちらからご覧いただけます👇
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期日前投票に行ってきました🗳 政策を調べて、自分なりに考えて投票しました!! #衆院選2021# #私たちの選挙# #私たちの一票#
『Are you ready?池上彰の参院選直前SP』 社会科見学で 国会議事堂の中に入れていただきました。 詳しく解説をしていただき 大変ためになりました!! みなさんもぜひみてください! #参院選2022# #私たちの選挙# #私たちの一票#
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✩ ⋆—— 最終回 振り返り ——⋆ ✩ 「私たちは一人一人が輝く星で  銀河があんなにきれいなのは  一つ一つの星がきれいだから。」 「たった一人のあなたが放つ  たったひとつの尊い光…」 ˗ˏˋ˗ˏˋ ☆ 銀河の一票 ☆ ˊˎ˗ˊˎ˗ 最終回『#銀河の一票』配信中# ▷ ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ Blu-ray&DVD予約受付中 ▷
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「夢中で楽しくてきれいなまま、最後まで」 それが許されないから、私たちが変える。うん。変えようね。 #銀河の一票#
【選挙のご報告と心からの感謝を込めて】 Xでつながる皆さま、いつも温かい応援を本当にありがとうございます。 この度、初めての選挙という未知の挑戦を終えました。 右も左もわからない無名の新人であった私に、13,142名もの方々が大切な一票を投じ、想いを託してくださいました。この数字の重みを今、静かに、そして深く噛み締めています。皆さまからいただいた期待と真心は、私のこれからの人生における大きな財産であり、最高の原動力です。 選挙戦を通じて、地域の高齢者の方々、そして未来を担う子どもたちを取り巻く現状や切実な声を、この肌で直接感じてまいりました。「この社会の課題に対して、自分はこれからどう貢献していくべきか」――その答えを模索していた私に、ある大切な友人が、奇跡のようなメッセージを贈ってくれました。 「13,142という数字は、『いざ医師に』と読み解ける。この結果をステップにして、実際に内側から日本の医療を、高齢者や子どもたちを見てほしい。その目線が必ず役に立つから」 この言葉をいただいたとき、ハッとさせられると同時に、胸が熱くなりました。今の私にとって、これ以上ないほど前向きで、これから進むべき暗闇をパッと照らしてくれる最高の道標(みちしるべ)をいただいた気持ちです。 地域の皆さまの声を聴き、そしてこの不思議な数字の巡り合わせに背中を押され、私の決意はより強固なものとなりました。私がこれまで培ってきた経験、そして医療というバックグラウンド。これらを最大限に活かし、内側から日本の医療や社会の仕組みをしっかりと見つめ、動かしていくこと。それこそが、私の役割であり、13,142名の方々への恩返しになると確信しています。 今回の結果をひとつの区切りではなく、次の大きなチャレンジへの大切な第一歩として捉え、私はこれからも想いにまっすぐ、前を向いて進んでまいります。 まずは少しだけ心身を休めつつ、また新たな一歩を踏み出す準備を始めます。 最後まで共に走り、支えてくださった皆さま、本当にありがとうございました。 これからも変わらぬご指導と、温かいお付き合いをどうぞよろしくお願いいたします。 宮下 隼也(みやした じゅんや)
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【ブログ更新!】区民が主役。岸本さとこ大決起集会を開催しました 6月7日(日)19時から、セシオン杉並にて「岸本さとこ大決起集会」を開催しました。 雨の降る日曜日の夜にもかかわらず、会場は超満員。ロビーにも入りきれないほどの方が来てくださいました。 会場に入れなかったみなさま、本当に申し訳ありませんでした。雨の中、足を運んでくださったすべてのみなさまに、心からお礼を申し上げます。 集会は、8名の区民によるリレートークからスタートしました。小学生の保護者、訪問介護のケアワーカー、まちの塗装屋さん、若手建築家など様々な立場から、この4年間の杉並区政について語っていただきました。 その言葉の中には、子どもの権利、介護の現場、気候変動、地域経済、ジェンダー平等、まちづくり、多文化共生など、杉並が向き合うさまざまな課題がありました。 私は、この時間こそが集会の大きな価値だったと思っています。政治家が語るだけでは見えてこない現実があります。地域で暮らし、働き、子育てや介護を担う人たちの声こそが、よりよい政策をつくるための出発点です。 私のスピーチでは、4年前の話からはじめました。 187票差という僅差での当選。区長選挙の投票率は37.5%で、6割以上の人が選挙に行っていませんでした。だからこそ私は、この結果に奢ることなく、謙虚に受け止めようと思いました。支持してくださった方への責任を果たしながら、より大きな信頼を一歩一歩積み重ねていく。その思いで区政に向き合ってきました。 道は険しかったです。今も険しいです。それでも、辛いことより楽しいことの方が多く、うれしいことの方がずっと多い4年間でした。 また、私が掲げている「杉並から選挙をアップデート!」についてもお話ししました。私は、選挙をお金や動員の力ではなく、市民一人ひとりの参加と共感によってつくるものにしたいと考えています。 そのため、YouTube広告をはじめとするSNS広告は使いません。皆さんと共に、共感から広げていく、一人ひとりの力を信じているからです。その代わり、政策をできるだけわかりやすく伝えます。SNSやYouTubeで発信し、それを広げていただく。友人に伝えていただく。その一つひとつの行動が力になります。お金の力ではなく、共感の力で広がる選挙を、杉並からつくっていきたいと思っています。 昨日の集会で、あらためて強く感じたことがあります。それは、この4年間で積み重ねてきたものは、政策や事業だけではなかったということです。区民のみなさんとの信頼です。 私は、選挙と選挙のあいだの民主主義を大切にしてきました。選挙はゴールではありません。より良い社会をみんなでつくっていくための通過点です。 参加者の方から、「岸本さんよりも区民の方がお話ししている時間が多いのではと思うくらい、対話にあふれた、岸本さんらしいやさしい会でした」 という感想をいただきました。 私は、その言葉をとてもうれしく受け止めています。政治家が主役の選挙ではなく、区民が主役の選挙。お金や組織の力ではなく、一人ひとりの共感と参加によって広がる選挙。そして選挙が終わった後も、みんなで地域の未来をつくっていく民主主義。そんな選挙を、みなさんと一緒につくっていきたいと思います。 これはきれいごとではありません。 私は、きれいなことだと思っています。 昨日会場に来てくださったみなさま、そして日頃から支えてくださっているみなさまに、心から感謝します。 集会の様子は、近日中に動画の一部を共有する予定です。ぜひご覧ください。 引き続き、よろしくお願いいたします。 杉並区長 岸本さとこ(岸本聡子) #杉並区長# #岸本さとこ# #岸本聡子# #岸本さとこ大決起集会#
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【あなたの1票で、岸本さとこを2期目へ押し上げてください】 杉並区長の岸本さとこです。 杉並区の未来を決める、大切な選挙が始まっています。 お一人おひとりの声を、ぜひ投票箱へ届けてください! 私は現職の区長ですが、いまも自分をチャレンジャーだと思っています。 挑戦しているのは、これまでの古い政治のあり方です。 一部の人たちだけで決める政治から、区民とともに考え、決める政治へ。 その転換に、挑み続けてきました。 私にはしがらみはありません。あるのはただ一つ、 区民の声に向き合い続けるという責任だけです。 この4年間、区民の声に向き合い、対話を重ねながら、制度をつくり、計画を進め、区政を着実に前へ進めてきました。 しかし、まだ道半ばです。 いま、世界では戦争がやまず、平和は遠のき、 暮らしや将来への不安は増しています。 だからこそ自治体は、暮らしを守る最前線でなければなりません。 私は、地域の居場所づくりと支え合いを通じて、 「ここにいたい」「ここにいれば安心」そう思える杉並をつくっていきます。 時計の針を戻すわけにはいきません。 区民とともに進めてきたこの区政を、さらに前へ。 #杉並区長選挙#
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私の、平和への思いの原点の一つは、沖縄の慶良間諸島の座間味島です。 世界有数の人気ダイビングスポットでもある座間味島は、1945年3月26日、太平洋戦争でもっとも最初に米軍が上陸した島です。 1991年の夏、私は大学生協の主催する「オキナワの旅」という企画で、米軍上陸のその場に居合わせ生き残った、島民の方のお話しを仲間といっしょに聴くという、稀有な機会を得ることができました。 参加したのは、島民の方と、愛知岐阜三重の三県の大学に通う大学生20人あまり、そして生協の職員さんだったと思います。 その日は、空は青く晴れ渡り、海と空がつながっているような、まさに沖縄らしい絶景の穏やかな日で、私たちはピクニック気分で山に登ってゆきました。 みんなで、山頂にある、展望台のベンチや、まわりの草原に腰掛けて、耳を傾ける中で、島民の方は、淡々と当時の様子を語ってくださいました。 その場はまさに、米軍の上陸作戦の直前に島民の皆さんが米艦隊を眺めていた場所だったのです。 「島民はみな、島に駐留していた日本兵に『米軍が上陸したら、男はみんな殺される。女子どもは凌辱される』と、聞かされ続けてきました。」 「その日、米軍がいよいよ上陸してくるらしい、と聞いた私たちは、この場所に登って来ました。展望台から観た海は、真っ黒な米艦船に埋め尽くされているように見えました。展望台に集まった島民は『これはもうだめだ』と囁いたりしていました」 「米軍が上陸して2日間、私たちは山の中をさまよって逃げ続けていました。どこに行っても米兵の姿が見え、どこにも逃げるところはありませんでした」 「最初に、わたしの隣りにいた近所のおじいが、叫びながら小学校あがる前の孫に、突然包丁を突き立てて、その生命を絶ちました。その後はもう…地獄のような光景でした…」「刃物のない人は、手で首をね締めるしかなくて…」 私は、このあとの詳しい描写は、覚えてません。 話聴いてるみんなも、ただただ、涙流すことしかできなくて。 お話しを聴いたあとは、みんな口数少なく、山を降りてゆきました。 美しい海と山、穏やかな気候、そして何より当時の経験を、感情をほとんど交えず、淡々と話すお父さん… 鮮烈なお話しとそのギャップに「戦争というものは」と、深く心に刻まれた経験なのでした。 座間味島やお隣の渡嘉敷島でのこの戦闘で生命を落とした島民は、日本兵の3倍、400人弱にのぼります。 座間味島はじめ、沖縄に駐留していた日本軍は、沖縄でどういうどういう役割を果たしたか。 すでにが語られているこのことを、ここでは語ることはいたしません。 けれども私は、軍隊というものが、決してその国の国民のことを守る存在では居続けないこと、そして戦争というものはどんな理由があっても、始めることそのものが重大な罪であることを、刻んでいます。 戦後生まれの私たちは、そして戦後生の政治家たちは、私たちの先人が歩んできた、日本の歴史を、ちゃんと学んでこれているでしょうか? そしてそれに、向き合い続けているでしょうか。 6月20日の豊橋空襲を「語り継ぐ」ことも、その大事な断片の一つとしてて、私は大切に引継ぎたいと考えているのです。
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