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🌟まもなく開催!🌟 「詩を作る教室 ~講義と講評」 詩人の野村喜和夫さん@kiwao51  日時:2026/8/24, 9/28(月)19:00~20:30 オンライン開催、見逃し配信アリ 詩人として第一線を走り続けながらも、詩を書きたい人への惜しみない指導も長年続けている野村先生。 まったく初めての方も大歓迎です。ポツポツと詩を書いてみませんか。 #詩 ##詩を書きたい#
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とまり木文化局 #3# ゲスト: 奥山紗英さん 双子・どうしてスキップするのですか・物語と詩 etc. 【Apple Podcast】 【Spotify】 【今回のゲスト】 詩人の奥山紗英さん(@pinknoyama ) 1999年鹿児島県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。大学の授業をきっかけに詩を書き始め、「ユリイカ」への投稿を始める。第一詩集に『双子』(七月堂)。2024年、詩篇「光を型抜き」で第2回西脇純三郎賞新人賞、「破片ちゃん」で2023年度南日本文学賞を受賞。2025年6月~12月まで南日本新聞「南点」にてコラムを連載。現在、東京都在住。 ◽ ホームページ 【関連書籍】※ブックスパーチでも取り扱いしています。 『双子』奥山紗英  『どうしてスキップするのですか』奥山紗英  【今回のトピック】 自己紹介の詩/創作の転換点/大江健三郎/双子/創作のモチベーション/詩の脳とコラムの脳/ZINE/詩に使う言葉と感覚/環境が創作活動に与える影響/どうしてスキップするのですか/朗読と即興性/拠点を変える意味と創作
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編集長コラム・伴侶が封じた詩 私が知る祖父は、穏やかでお茶目な人だった。 絵を描くこと、山を歩くことが好き。横浜の祖父母の家に遊びに行くと、大学生の私に「ほら、これ素敵だろ」と、山で拾ってきた石ころをくれた。太極拳の道場では、師匠の指導を無視。独自の舞を繰り出して楽しむ。そんな人だ。 祖父が亡くなった後、祖母から昔語りを聞くようになった。そこには、私の知らない祖父がいた。 祖母は祖父よりも20歳近く年下。満鉄の理事をしていた父、後にイエール大学で博士号を取る兄ら「エリートの家族」で育ったが、20歳そこそこで祖父と出会う。祖母いわく「脱線した」。祖父には、戦前に別れた妻との間にもうけた息子がいて、祖母の親は「苦労する」と反対した。 それでも、「好きになっちゃったんだから仕方がない」。祖母は家を出て、結婚を強行した。 祖母にとって、驚きの連続だった。 同居する祖父の妹が、進駐軍の将校たちを相手に横浜でクラブを営み、家計を支えていた。その妹は、戦時中は上海でクラブのママをしながら、日本軍のスパイとして情報を集めていた。祖母には「お客の米軍の将校に、私がスパイだったことがバレたら大変だから、ヒヤヒヤする」と言った。 大体、祖父が戦前に何をやっていたかがよく分からない。どうやら思想を取り締まる「特高警察」に目をつけられていたらしい。祖父の叔母が、横浜の港から恋人とソ連に亡命した際、祖父が連絡役を務めたことがきっかけだった。 逮捕、勾留された経験もあり、その時のことを祖父は短歌にしている。 あやまちしとは思はねど鉄窓のある室に入れられればかなし 負けるかと歯噛みしあれど鉄の扉に鍵かける音が身に沁みにけり 吾が智慧に思ひあまりて堪えるなしつめたき壁に指触れてみる 指触ればしみじみ寒し留置場の壁隣りの室におんなの声する 吾がためにひとりの母は髪切りて二月の夜半をお百度踏み給ふ 天地のめぐみをうけしうしし世にここだ鉄窓を仰ぎつなくも 耐えてきし男の涙こらへられず母にだきつきて声をあげて泣く ▽「総てが自分の滅びる姿を賭けている」 戦後も祖父は、権力に対する反抗心を持ち続け、出版の仕事を手掛けていた。作家相手に「信念を曲げてまでカネになる作品を書いて恥ずかしくないのか」とけんかばかり。「信念を曲げるくらいなら飢え死にした方がましだ」とまで言った。 だが祖母は構わなかった。むしろ、そういうところに惚れていた。自分が洋裁の仕事で家計を支えるから、嫌な思いをしてまで働かなくてもいいと伝えた。実際、祖母が一家の食い扶持を稼ぎ続けた。私が「おじいちゃんは恵まれ過ぎだな」と羨ましがると、祖母は「金銭的な支えがあるより、心の支えがあった方がいい」と言っていた。 ただ祖母は、共に人生を歩むのに当たり、一つだけ条件を出した。 それは、詩を書くのはやめるということだった。 祖父は詩作をライフワークとしており、戦後も自分が編集・発行人となって『第一書』という詩集を、詩人仲間と共に出版していた。1951年の『第一書』では、「火花の匂い」という詩を発表している。 無慈悲な倦怠と悔恨家たちのために 腐った階段を降りる救世者 酔いどれた最高の地図の前で 人間の乾いた心は火のように息苦しく 白鳥の背に乗った明徹な像は ふたたびこの湖上には還らない 貧しい者は貧しさのまま 傷は傷のまま 権力は王座に眠ったまま 白い紙の鏡はうつろな眼の中で 力学の陰惨な壁に汚される 痛ましい渇望と拙棄と灰の底で 冷酷な火薬に嘯き ああ 総てが自分の滅びる姿を賭けている 祖母は祖父の詩に「気が滅入る」と感じた。自分と暮らすならば、詩を書くのだけはやめてほしいと願った。 伴侶からの願いを受け入れ、祖父は詩作を封じた。 ▽「お前との暮らしがあるだけだ」 1枚の写真がある。祖父母が羽田空港で写した写真だ。戦後しばらくは同居していた祖父の妹は、クラブに来ていた進駐軍の米国人と結婚して渡米。祖父母の家に遊びに来ていた妹が、米国へ戻る際に羽田空港まで見送った。その際に撮影した祖父母のツーショットだ。写真には祖父の言葉が添えられている。 「愛という言葉は知らない。お前との暮らしがあるだけだ」 祖父が亡くなった直後には、祖母の元に手紙が届いた。祖母は「お化けかと思った」とおどけていたが、ふたりが筑波万博へ出かけた際、10年後に届く手紙として祖父が祖母あてに投函したものだった。手紙は「僕はもうこの世にいないだろう。淋しくないかい」で始まり、「僕は君と一緒になれて本当に幸せだった。ありがとう」と感謝の言葉が綴られていた。 詩作を封じ、愛する人との暮らしを第一に人生を送る。覚悟ある祖父の決断であり、それを最後まで貫いたのは立派だと思う。 しかし同時に、「今の時代を祖父があの世から見たらどう感じるだろう」と思う。政治権力は好き勝手に振る舞い、弱い立場の人が苦しんでいる。戦争の足音が近づいている。権力に抗する表現活動をやめたことを、祖父は後悔していないだろうか。 1949年1月に発行された『第一書』の編集後記で、祖父はこう綴っている。 「前途には希望的な何ものをも見いだし得ないが、この絶望は、人類そのものへの絶望ではない。人為的なからくりに対する憤怒であり、闘魂である。広島、長崎のむごさは、人間に共通する原罪であり、悲哀である。反省である」 「僕らは個の平和を求め得られないことを知っている。僕らの可能は、全人類への信頼と愛情である。戦争がどこで起ころうがそれは僕らを放ってはおかないであろう」 祖母は生前、私に「おじいちゃんに似ている」と言っていた。 だが私は、ペンを手放さない。書き続ける。
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「あの頃の夏」をテーマに書きました🌻 #うたの詩# 第5回目です🫧
『茨木のり子全日記 Ⅰ 1949-1952/1955-1962』(茨木のり子著@katsura books) 毎日新聞7/25 詩人・茨木のり子が二十七年にわたり書き続けた日記を公開する全三巻の第一巻。医師・三浦安信と結婚した1949年から、詩集『対話』『見えない配達夫』を刊行し、東伏見に家を建てる1962年までの日々が、詩人仲間との交流、ラジオドラマの仕事、夕食、映画や演劇、本、世相へのまなざしとともに綴られる。凛とした詩の背後にあった生活の手触りと創作の息づかいを知る、没後二十年の貴重な記録。
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あくまでもボクすかぢ(SCA自)個人史的なエロゲ史観なのですが、00年代初頭の美少女ゲームって、わりかし主人公が頼りないものが多く、ヒット作なんかもそういうのが多かった様な気がします。 エヴァンゲリオンの後遺症というか、とりあえず主人公も重いトラウマ抱えている的な、ゼロ年代初期のエロゲ隆盛時代はなんかそういう影がある主人公がとても多かった。 実際、批評家なんかもそういうのを後押ししていて、『Fate/stay night』が出たあたりで、あれを認める儀式的な言葉として「決断主義」みたいな用語まで使わないといけない状態にあった様な感じ。 その流れが変わったのが、丸戸史明さんとるーすぼーいさん健速さんそして衣笠彰梧さんあたりが活躍した時期で、主人公がちゃんとカッコイイ、主人公の芯がある的なものがメインストリーム的に売れてくれた。 ボクは長らくエロゲの主人公をどう扱えばよいのか分からず(『終ノ空』にしろ『二重影』にしろ『モエかん』にしろ主人公は基本的に芯がしっかりしている)、正直なところ迷走していたのですが、この辺りのシナリオライターさんが活躍した事で、『素晴らしき日々』における悠木皆守みたいな主人公や草薙直哉みたいな主人公を心なく描ける様になった感じです。 主人公が弱い部分みせてもよいですし、人間らしい葛藤があってもいいのですが、あえて不安定な人間にするのは、ちょっと肌に合わないのですよね。 やはり皆守にはヒーローであって欲しいし、直哉にはヒーローである事によっていろいろなものを失う姿をみせてほしかった。 あと『素晴らしき日々』あたりでは、エロゲにおける日常パートをどうかけばいいのか分からず、ゼロ年代初頭から中期のものは変なギャグが入っているので、それを真似たのですが、評価も微妙で、自分でも微妙だと思ったりしています。 その日常パートの書き方に関しては、『ひまなつ』の時に紺野アスタさんやさいろーさんの書き方、というかキャラクターに対する向き合い方で勉強させてもらった形です。 日常パートもちゃんと描けると思える様になったのは『サクラノ詩』の後半の最終章から『サクラノ刻』にかけてで、要は日常パートはなんのためにあるのかと言えば「ヒロインをただ可愛く描写するためだけに日常パートはある」という美少女ゲームとして当たり前の事実をやっと分かったからなのですよね。 刻における心鈴√は特にそのあたりを意識して、はじめてちゃんと描けたんじゃないかという感じです。 そんな流れなので、個人的には『サクラノ詩Re Graphic_』の稟After√『The Happy Princess and Other Tales』なんかは、ちゃんと日常的なイチャイチャシーンをちゃんと描けているんじゃないかと思ったりしています。 など、実は、ごく最近でもまだまだ学ぶ事が多く、まぁ、出来てない事が多いし、今後もまだまだシナリオは良く出来るんじゃないかと思ったりする次第でございます。 という事で、今も「かわいいキャラ」と「面白いストーリー性」に関して、新しい研究は欠かさないのです。
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詩をめぐる最高の批評であり、そして片山敏彦の告白 🆕片山敏彦『ドイツ詩集』を読む(第1期)(全6回) ――彼方の世界に自己への道を見出す 〈zoom〉 〈音声講座〉 『ドイツ詩集』という書名は、多くの人をすぐに魅了するものではないかもしれません。しかし、その内容は掛け値なしで素晴らしいものです。片山敏彦にとって「ドイツ」は精神の故郷のような場所です。そこに生まれた詩を彼が丁寧に翻訳しながら、紹介しています。ただ、その文章は、詩をめぐる最高の批評であり、そして片山敏彦の告白でもあるのです。(講師:若松英輔) お申込みお待ちしております😊
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詩を引用してる時だけは本音が言えるんかなって思った
FC限定番組「河瀬詩を祝ってみた。」 企画もたくさんだったんですが、なんと最後に麻倉ももさんからメッセージとサイン入りCDを頂きました…!😭 ほんとにほんとに嬉しいです😭 「ピンキーフック」カバーさせていただきました…! アーカイブで何回も聞いて貰えると嬉しいです。 #ナナニジハウス#
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今までとは違う詩を一緒に紡ぎましょう♪