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さとし@読書脳
@satoshi_readers
読書とドラマを偏愛するアカウント。ミステリ&ホラー多めだが、本当は雑食系。小説や映像作品から心に響く言葉をクリップする【語彙採集】【読了ポスト】【積読ポスト】が日課です。 心が豊かになる大人のエンタメ、話題のドラマ考察を発信中。 ぜひ一緒に作品の魅力を語り合いましょう/作家さんからレビュー頼まれたら死んでもいい📚
参加 July 2020
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【語彙収集】 #アガサ・クリスティ # 「知れる」という表現はいかにも悩ましい。 最近出逢った一文は、アガサ・クリスティ作品の翻訳に登場する「わたしたちの態度ですぐにそれと知れたことだろう」だ。私の感覚では、この「知れた」は現代の「知ることができた」という意味ではなく、「分かった」「判明した」「自然に明らかになった」に近い。古典文法でいう自発の「~れる」の流れを感じる。 例えば 「故郷が偲ばれる」 「昔のことが思い出される」 のように、人が意図して行うというより、自然とそうなる感覚。 実際、近代文学には 「正体が知れた」 「素性が知れた」 「居所が知れた」 といった表現が頻繁に登場する。これらは「知ることができた」というより、「明らかになった」「判明した」と言い換えた方がしっくりくる。 ところが近年、学生の文章やアンケートで 「授業で新しい知識を知れた」 「この授業で多くのことを知れた」 という表現をよく目にする。 私は長らくこれに違和感を覚えてきた。なぜなら、「知識を知れた」という表現は「正体が知れた」とは異なり、「知ることができた」という可能表現として用いられているように見えるからだ。しかし、この違和感について周囲に尋ねると意外な反応が返ってくる。 学生は「普通に使う」と言う。 若い教員も「特に気にならない」と言う。 ベテランの国語教員からは、「大丈夫です。十分通用する表現ですよ」という意見をいただく。 そこで改めて調べてみると、「知れる」は必ずしも誤用ではなく、辞書にも ・知られる ・明らかになる ・知ることができる といった意味が掲載されていた。 どうやら「知れる」は本来、「判明する」「明らかになる」という意味を持ちながら、時代の流れの中で「知ることができる」という可能表現としても使われるようになったようだ。 そう考えると、この問題は単純な正誤の話ではない。 むしろ、「知れる」という言葉の意味領域が広がった結果、世代によって受け取り方が異なっている現象なのだろう。 私自身は今でも、 「正体が知れた」 「理由が知れた」 には違和感がなく 「知識を知れた」 「歴史を知れた」 には少し引っかかる。 だが、それを直ちに誤りだと断じることもできない。 結局のところ、「知れる」をめぐる違和感は、日本語の変化そのものを見ているのかもしれない。読書を続けていると、古い表現に慣れ親しむ一方で、新しい表現との距離も感じるようになる。「知れる」は、その世代差と言葉の変化が交差する、なかなか興味深い日本語なのではないだろうか。嗚呼、悩ましい。
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