『超中学受験論』でご一緒した共著者の矢萩邦彦さん(知窓学舎塾長)のライブ行ってきたぜ。あついぜ。
中学の先生に伝えたんです。「学校には行けないんですけど、最近元気になって、フリースクールに通えるようになったんですよ」と。
そうしたら先生は、あまり面白くなさそうで。「じゃあ、もう学校は居場所じゃないってことなんですね」と言われて。
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【不登校から医学部へ】
起立性調節障害で不登校になった中学2年の息子の成績は「オール1」
失意に暮れる中、完全な昼夜逆転の息子を「夜遊び」に連れ出したことで、親子の心境に思わぬ変化が起きる!
@toshimasaota
当事者のお母さんにインタビューしました↓↓
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学校に通わずに、高卒認定をとって、大学受験勉強に専念するという戦略。拙著『中学受験「必笑法」』で思考実験として以下のように書いたことが、韓国では現実のこととなっている模様。
「もしいい大学に行くことが至上目標であるのなら、いっそ学校なんて最初から通わず、大学受験対策に特化した塾や予備校に通い詰めたほうが効率がいいでしょう。そこで中高6年間、毎日入試対策ばかりしていれば、大抵の大学には合格できるはずです。しかしそんなことをして何の意味があるのでしょうか。そう考えてみると、いい大学への進学を目的として中学受験をすることや学校を選ぶことがいかにナンセンスであるかがわかるのではないか」
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中学受験における「偏差値」や「合格可能性」や「過去問の出来」には、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の「指輪」のような魔力があります。それが親の心に潜んでいた魔物を呼び起こします。
魔物は親を乗っ取り、親の心と思考を支配します。魔物に憑依された親は指輪を渇望し、一度手に入れると無敵モードになり、失いそうになるとなりふり構わず取り返そうとします。
(11月刊予定拙著原稿より)
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中2で不登校になり、壮大な紆余曲折を経て、医学部合格への道を切り開いた元野球少年。(第2回)。
「努力していない」という言葉に、まず納得できませんでした。テストでそこそこの点をとっても、それは反映されない。本人はめちゃくちゃ努力してテストを受けに行って、家でも問題を解いたのに、「努力が足りない」と言われる。
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第一志望校の入試本番前日に、入試問題をこっそり見せてもらえると言われたら、あなたはそれを見るでしょうか。子どもに見せるでしょうか。ちょっと真剣に考えてみてください。
答えがYESなら、あなたはすでに中学受験のダークサイドに堕ちてしまっている可能性が高い。
誘惑はわかります。でもそれは単なるズルです。子どもにズルを教えるために中学受験をしているのでしょうか。そんなはずはありません。目的のためには手段を選ばない姿勢を身につけさせたいのでしょうか。そんなはずもありません。
本来の学力では入れなかった学校に仮にズルをして合格しても、入学後に苦しむのは子どもです。またもし、合格するに十分な高い学力をすでにもっているのにズルをしたのなら、その合格が自分の実力なのかズルのせいなのかわからなくしてしまう意味でなおさら罪深い。いずれにしても、子どもはずっと後ろめたさを感じながらその学校に通わなければなりません。そんなの、不幸以外の何物でもありません。
(11月刊予定拙著原稿より)
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学校とは、箱の中に教育コンテンツを流し込めばできあがるものではありません。そこでさまざまな化学反応が起こり、時間をかけて熟成して、はじめて学校らしきものになっていきます。大豆と麹を混ぜるだけではすぐには味噌にならないのと同じです。(11月刊予定拙著原稿より)
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夏の畑で子どもたちがスイカ泥棒をしていました。当時の子どもたちにとっては遊びの延長です。しかしある畑でスイカをとろうとしたら、ガキ大将に怒られたそうです。「そこの家は貧乏だからとってはダメだ」と。
学校でいくら道徳の授業をやってもこの切実な実感は学べません。
もちろんスイカ泥棒は違法行為です。しかし法を犯す遊びのなかで、子どもたちは人間としての大前提である情を学んでいたのです。合法的に弱者から搾取する現代の社会システムと当時の子どもたちと、どちらがまっとうでしょうか。
(10月刊拙著原稿より)
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【漫画】フリースクールという選択《第3話》
終わらない、不登校の息子の居場所探し。
「また息子に合わなかったらどうしよう」不安を抱いて訪れた4つ目のフリースクールで、息子は…?
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中学受験でわが子に合った学校とのご縁を引き寄せるマッチング思考の前提の一つめは、いきなり逆説的ですが、「わが子に合った学校なんてない」です。二つめは「私学の美学は語られないところに表れる」です。三つめは「決断の良し悪しは決断したあとの生き方が決める」です。(11月刊拙著原稿より)
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どの学校で中高の六年間をすごすかで、まわりに見える風景は変わるかもしれないけれど、でも最終的にはその子はその子にしか育ちません。当たり前です。通う学校によって人生が変わっちゃうなんて、“受験大国日本”でこそねつ造され、いまだに多くのひとが信じている神話です。
ですから、学校を選ぶときに「ここで選択を間違えたら子どもの人生変わっちゃうかも……。私の責任重大!」みたいに思わなくていい。たぶんどこの学校行っても、お子さんはお子さんにしか育たないので。
(11月刊拙著原稿)
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そういう編集者さんにはぜひ『日本語作文の技術』(本多勝一)を読んでほしい。
改行が少ない原稿を海苔と呼んで否定している編集者のツイートが流れてきたけど、改行が多すぎる原稿のほうが読みにくいという価値観もある。
中2で不登校になり、起立性調節障害の診断を受け、昼夜逆転。フリースクールに通ったり、定時制高校夜間部に通ったり……。
壮大な紆余曲折を経験しながら、最終的に幼いころに憧れた医学の道を歩むことに決めた元野球少年と、そんな彼を支えた母親の実話を紹介します。
(第1回)
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「これからはグローバル。世界のどこへ行っても通用する人間にならなければいけない」と言われているにもかかわらず、狭い日本の一部地域に密集する中高一貫校のなかで「こっちの学校はいいけれど、この学校じゃダメ」だなんて言っているようでは、それこそ先が思いやられるというものです。
将来どこに行っても生きていけるひとに育ってほしいなら、どんな学校に行っても
やっていける一三歳を育てるのが中学受験生の親の最も重要な目標になるはずです。
(11月刊予定拙著原稿より)
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おおたが語る中学受験は理想論だとか綺麗事だとか言われることもあります。現実はそんなに甘くないと。
しかし、さまざまな塾や学校の先生たちと対話を重ねてきた私に言わせれば、中学受験にあたかも賢いテクニックがあるかのような言説のほうが綺麗事です。
教育虐待や、親子関係の破綻や、第一志望に合格してもバーンアウトしてしまう事例などもさんざん取材してきた私にとっては、そちらのほうが現実です。
子どもをうまくコントロールして、要領よく成績を上げようなんて発想のほうが甘くて危険な考え方です。
(11月刊予定拙著原稿より)
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人間は弱い生き物ですから、一人で生きていくことなんてできません。いろんな違いをもった人間が群れて、それぞれの得意を出し合って、人情で分かちがたくつながって、はじめて一つの有機体として「生きる力」が得られるわけで、一人の人間の中に「生きる力」をインストールできると考えること自体、歪んだ人間観です。(10月刊予定拙著原稿より)
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いまのwebメディアの状況って、現代の人間社会の構図をそのまま映し出しているようにも感じます。
たとえば新聞や雑誌に掲載されている1本1本の記事単独では商品価値はあまりなくて、それが1つの媒体に編まれていることで全体として価値をもちますよね。
1つ1つは無力だけど組み合わせられることで1+1以上の価値が発揮される。人間社会も同じですよね。
そういうメンバーシップの一部として、私の立ち位置から見えることを、私の持ち場で起きていることを、書く。
いろいろな立場や持ち場から書かれたものと合わさって、複雑で多面的な世の中のいまを描き、伝える。
それがメディアであり、私の中での「書く」であって、自分の世界の中だけで特定の顧客に向かってものを書くというモチベーションがあんまり湧かないんですよね。
だからletterやnoteで書くというのは、活字職人としての私のなかの「書く」意味とは違う。
web化が進んでから、記事が1本1本のPVで評価されるようになって、強い記事、弱い記事と分類されて、弱い記事は居場所がなくなってしまった。
しかもほとんどのweb媒体は広告モデルだから、熊とか不倫とか、PVを稼ぎやすい記事ばかりになっていく。
しかも、記事を読む途中で何度も広告に邪魔される。「閉じる」ボタンを探すのがモグラ叩きゲームみたいでイライラする。
これじゃ、ストレスなくスムーズに読める文章を職人として書くことに力を割いても意味がない。
早かろう安かろうになっていく。
そうなることは見えていたから、ささやかな抵抗として、web媒体では、特に狙いもなくただ定期的に原稿を提出する約束をするだけの名ばかりの「連載」企画(読者は連載としては認識せずにただ消費されて終わる)はお断りしていたし、書籍からの抜粋記事を無料で提供するのもお断りしてきました。
一時期web媒体に書くモチベーションを失っていましたが、webメディアであったとしても、全体のポートフォリオをデザインされたメディアで、広告が出てこない有料会員限定の記事を書けばいいんだと、最近は思うようになってきました。
昔、新聞や雑誌を電車の網棚に置いて、有料媒体であっても社会的にシェアしていたのと同様に、気に入ったwebの有料記事を無料でシェアできる機能(朝日新聞の「プレゼント機能」みたいな)はほしいけどね。
プレゼントというとなんか恩着せがましいから「網棚置き機能」とかのほうが好きだけど。
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もうネットメディアで記事読むのって無理なんだよね。
気になる記事があってメディアに飛んでも、広告を飛ばすのが、もはや難解なゲーム。
間違ってタップしてしまうことによってメディアが儲かる仕組み。
こんな仕組みで儲けてるネットメディアはメディアとしての矜持がなさすぎる。
記事を読みたい読者の邪魔をすることで課金される仕組みを容認してる。
なにより頑張って書いた書き手に失礼。
お前らメディアは書き手と読者をいかに繋ぐかを考える存在だろ。
活字メディアの思考停止を見ると、本来のポリシーを忘れ手っ取り早く小銭を集めることに逃げ衰退すべくして衰退してる。
活字が生き残るには有料課金。
動画で、記事や本に課金してくれる読者を育てること。
クソ広告を貼り付けてるネットメディアは恥を知りなさい。
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