【#
矢部達哉# さん】
NHKの #
クラシックTV# にて、
「The Legend」という、新しいシリーズを始めさせて頂きました。
その、第1回のゲストに矢部さんにお越し頂きました。
「レジェンド」というのは、「伝説的」という意味で、当然、音楽家として優れているという事もそうだが、ただプロとして活動していたのでは到底経験出来ない事を見聞きして経験なさってきたとか、特別な音楽家の事を表現している。
矢部さんは「レジェンド」のおひとり目としてスタジオにお越しになられた時に、開口一番、「肩叩きにあったようで…」と照れ隠しに謙遜なされた。
しかし、これはとても深いお言葉で、「そんな自分なんか」というような気品あふれる謙遜と共に、「まだまだ成長していきたい」という表明でもある。
瞬時にして、そしてとても簡潔なお言葉で、そういった色んな意味を孕んだお言葉が出てくるという人間力を、始まりから強く感じた。
番組の最後に「クープランの様式によるルイ13世の歌とパヴァーヌ(クライスラー)」を共演する事が叶ったのだが、このセッションが、まさにその最初のお言葉のように、簡潔で、清潔で、迷いがなく、誠実なものであった。
楽器を演奏するというのは、とてつもなく多くの注意点を一度に考えている。
その上で、"相手の演奏"をどこまで聴けるかがアンサンブルの質に大きく関わってくる。
自分の演奏を上質なものにしなくてはならない上に、相手の演奏と呼応しなくてはならない。
これは、本当に難しい事なのだ。
人によって、どれくらい相手の演奏を聴くかの度合いは異なる。
"聴けるか"という、スキル的なところもあるが、聴けたとしても、それをどれくらい"気にするか"はその人の主義にもよる。
矢部さんは、恐ろしく、まさに、恐ろしく、相手の演奏をお聴きになる方だった。
それは、畏れさえ覚えるほどだった。
全てをモニターされているのではないか、と思うほど、私の演奏の特徴を些細な部分まで全て聴き取って、さらに、それをご自身の演奏にも反映なさっていった。
人間は、まったく同じ演奏は出来ない。
方向性は同じでも、本当に小さな変化というのは起きてしまう。
矢部さんが出した音の次の私の音が、リハーサルと0.1秒違っただけで、そこには「新たな解釈」が必要となる。
ニュアンスが変わるからだ。
これを無視する事もできる。
ソリストに多いが、
オーケストラ相手でも、あえて無視して、強引に自分の演奏に戻そうとする事も出来る(場合によってはそれはそれでカッコ良かったりもする)。
しかし、矢部さんは、
絶対にそれをしなかった。
私の出した信号を裏切る事がただの一度もなかったのだ。
右手だろうが左手だろうが、和音の一部だろうが、どんな信号にも必ず反応した。
それは、目配せするとか、息を合わせるというような、大雑把な"合わせ"ではなかった。
お互いが、音楽の流れのもとに、辻褄を合わせていくような作業。
目の前に、音楽というパラレルワールドが広がり、その次元で会話をしているような感覚だった。
鳥肌が止まらなかった。
そして、あの、子供の頃からの憧れのおひとりだった、ヴァイオリニスト「矢部達哉」と自分が対等に会話して下さっている事への法悦のような悦びを覚えずにはいられなかった。
命令は絶対にしない。
こう演奏したいと一緒に思えるように話し合うようなセッション。
この周波数での会話こそが、音楽家として、一番の悦びであると思う。
それを改めてご教授頂いた。
まさにレジェンダリーな矢部達哉さん。
心より感謝しております。
第1回のレジェンドが矢部さんで、本当に幸いです。
番組は次の木曜日までNHK +にてご覧になられますので、ぜひ‼︎
クラシックTV
「The Legend 矢部達哉」