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クレア|日常の違和感言語化係
@kureakurea01
日常の「ん?」を文学・物語・推理・学びへ。仕事、人間関係、都市伝説、ニュース、投資、食に潜む、まだ名前のない違和感を拾い、日常と感情の翻訳をする名もなき社説執筆者です。誰かが言葉にできなかった感情を、世界中にいる誰かの心に届く物語へ。あたしは日本も世界も大好きです。
Joined September 2023
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取材帰り、あたしは、雨宿りを兼ねて町角の小さなパン屋へ入った。朝から何も食べていなかった。閉店間際の棚に残っていたのは、丸いあんパンが一個だけ。表面には白胡麻が散り、まだ少し温かそうだった。「よかった……」あたしが手を伸ばした時、隣に小さな女の子が立っていることに気づいた。髪も上着も雨に濡れ、手のひらには数枚の硬貨が握られていた。女の子は何度も硬貨を数え、値札を見て、また数え直した。 「足りないの?」 尋ねると、女の子は恥ずかしそうにうなずいた。 「今日、お母さんと喧嘩したの。でも、お母さんはこれが好きだから……夜のお仕事へ行く前に渡して、ごめんなさいって言いたかったの」 あたしはあんパンから静かに手を離した。そして不足分の硬貨をレジへ置いた。 「この子にお願いします」 「でも、お姉ちゃんも食べたかったんでしょう?」 「私は大人だから我慢できるわ。それに、仲直りは焼きたてのうちが一番よ」 女の子の顔に、店の灯りより温かな笑顔が浮かんだ。 その時、奥から店主が大きなトレーを持って現れた。雨で客が少なく、焼き上がりが遅れていた二回目のあんパンだった。 「優しいお客さんを空腹のまま帰したら、パン屋の名折れです」 店主はあたしにも、焼きたてを一つ差し出した。 店を出ると、雨はまだ降っていた。クレアは傘へ女の子を招き入れ、二人で並んで歩いた。 「優しいことをすると、必ず返ってくるの?」 女の子が聞いた。 少し考えてから答えた。 「必ずではないわ。返ってこないことのほうが多いかもしれない。それでも誰かに優しくできるから、優しさには意味があるの」 二人の手には、同じ湯気を立てるあんパンがあった。 世界を変えるほどの出来事ではない。 けれど一個のあんパンが、母と娘を仲直りさせ、一人の空腹を満たし、雨の夜に二人分の笑顔を灯した。 大きな希望とは案外、こうした小さな丸い形をしているのかもしれない。 ※特定を避けるため、実体験の内容を大幅に変えてます。
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