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検索結果 戦争を考える・2026夏」8
戦争を考える・2026夏」8 コミュニティ
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児童相談所問題を考える場合、社会通念となってしまった既成の考え方を乗り越えて児童相談所の中に「権力性」を洞察するという思考手続きが不可欠です。 幼稚園等で今日も子どもたちがよく歌っている「ピクニック」という童謡があります。私はその中の「歌声合わせよ!足並みそろえよ!」と命令口調で呼びかける部分が気になっていました: 最近調べたところ、この作詞がなされたのは(英国民謡の訳詞ではなく、日本人による独自の歌詞)1935年。満洲国誕生の勢いに乗って、日本が勝ち目のない対米戦争へと突き進んでゆく時期でした。その時、少国民たちに「足並みそろえよ!」と鼓舞することがどういう意味を持っていたか、考えてみれば明らかです。たかが童謡であっても、その中には「権力性」が潜んでいるのです。 児童相談所も同じです。全国でだれもが、児童相談所は「子どもの人権の最後の砦」「子どもを守る福祉機関」と、児相が仲間内であるかのように誤解していた時期に、それに抗って児相の「権力性」と、そこから必然的に生じてくる市民との敵対性を見抜く。児相被害者たちがこれを見抜けたからこそ、2019年の国連子どもの権利委員会対日勧告は勝ち取れたのです。 児相の権力性・市民に対する敵対性を見抜けなければ、児童相談所を語る意味、そしてそれと闘う意味はそもそもありません。
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『フォークランド戦争』(北川敬三著@筑摩書房) 読売新聞7/19 台湾有事が語られるいま、なぜ一九八二年のフォークランド戦争を読むべきなのか。北川敬三は、領有権問題、英国とアルゼンチンの政治状況、制海権・制空権をめぐる攻防、サン・カルロス湾上陸、スタンリーへの陸戦を、政略、戦略、作戦、戦術、技術の五層から分析する。第二次大戦後まれな陸海空の総合近代戦を立体的に描き、ロジスティクス、指揮統制、意思決定の教訓を現代の安全保障へつなぐ迫真の戦記。台湾を考える読者にも必携だ。
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「戦争体験者の声を聞け」繰り返すメディア ロシアや中国に抑圧される人々になぜ聞かない 「戦争を二度と繰り返してはならない」のは当たり前であり、「ではどうすればいいか」を現実的に考えると、わが国では「タカ派」「右翼」などと呼ばれかねない。
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【「戦争と平和」に向き合う番組をまとめました】 戦後81年です。 NHKでは、戦争の記憶と教訓に改めて向き合い、日本が歩んできた戦後の軌跡をたどるとともに、いまを生きる一人一人が未来への手がかりを考えるきっかけになる番組をお届けします。 ▼番組の情報を見る▼
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『図書館と戦争と民主主義の百年』(渡邊重夫著@青弓社) 日経新聞7/18 戦前の思想統制と侵略戦争の中で、図書館はどのように国民教化や「防諜・思想」対策に組み込まれたのか。渡邊重夫は、閲覧禁止、利用記録調査、館員の応召、建物の損壊や焼失を各地の史料からたどり、敗戦後に国立国会図書館法、図書館法、学校図書館法が生まれるまでを描く。戦争に加担した場が、知と情報を支える民主主義のインフラへ変わる過程を百年の視野で見つめる労作。図書館の自由と子どもの学びを考えるための一冊。
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ウクライナ復興会議開幕 各国や企業の支援が焦点 | NHKニュース | 復興景気のために、西側プラス日本はウクライナに代理戦争をさせていると考えると納得する どの国も ウクライナ 停戦ダメ、絶対 最後まで戦え 和平を進めない
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高市さんのボッチG 7、本人に英語力がないのもあるけど、通訳を伴ってるわけで、実際のところは政治の話題に入っていけないんじゃないのかなぁ。 たとえば石破さんみたいに政治的な知識もあって、本当に国益を考えるリーダーなら自然と会話に入っていけるはず。高市さんは国益なんてたぶん考えてないし、ただ自分が楽しければいいみたいな感覚なんじゃないかと思う。 第一、この人、「戦争のできる国づくり」とか「中国憎し」以外に何もないでしょ。そんな人が各国の首脳たちの輪に入っていけるはずないんだよね。ネトウヨの狭い狭い世界観でずっとやってきたから、会話の幅がないんだよ(悲)。だから最終的には、太陽の光を浴びてるしかない(笑)。
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憲法改正について議論になっていますね。いろんな意見がありますが、私はまず根本的な死生観や倫理観についてもっと話し合う必要があると思います。 ガンダムの中で軍属であるアムロがお母さんに会うために連邦軍のホワイトベースから離れて、敵国であるジオン軍の統括エリアにある難民キャンプに潜入するエピソードがありました。お母さんには会えましたが、連邦軍の兵士が紛れ込んでいるという通報を受けてジオン軍の兵士がキャンプを検閲します。お母さんはアムロが見つからないようにベッドの中にかくまって、病人です、と言いますが、ジオン軍兵士は布団を引きはがします。その瞬間、アムロは兵士を撃って殺してしまいます。 お母さんはアムロに言います。「この人にも家族があるだろうに。」しかしアムロは言います。「お母さん、これは戦争なんだよ。僕が死んでもいいの?」 ここにはとても深い倫理的な問いが隠されています。人を殺すのは良くない。かといって、自分は一方的に殺されてもよいのか。性善説、性悪説という議論もありますが、私は人には道徳的な美しい心と、獣のような衝動的な感情が共存していると思います。私も人を殺したくないですが、もし戦争になって、敵が獣のように私に向かってきたら、やはり銃を撃ってしまうと思います。 憲法で武力行使を禁じている前提として、人の善性への期待があるでしょう。人は本来倫理的で、話し合えばわかる、と。しかし、常にそうではありません。そうではない獣性にとらわれてしまったら、こちらも武力行使をしなければならない、と考えます。 それならば、私たちにできることは、いかに相手の善性を引き出し、善なる心で話し合い、コミュニティを維持していくか、を考えることです。そのために国のリーダーは善性を持って議論すべきであり、獣性を前提とした議論をするべきではないと思います。 武力行使について考える場合でも、「本来善性によって話し合い、助け合い、解決すべきことで、まずはそこに全力を尽くす。それでも、相手が獣性にとらわれて武力行使を行ってきた場合、残念ながら、自らも武力行使をせざるを得ない。そのためのルール変更である。」と。 重要なのはルールではなく、その背景にあるポリシー、考え方です。そこが曖昧で共有できていないまま議論をしてもすれ違うだけです。 このような問題は安倍元首相を殺害した山上さんの事件についても言えます。山上さんが安倍さんを殺したのは、多くの人を助けるために一人を犠牲にしてよいか、といういわゆるトロッコ問題です。結果的に、統一教会は解散になりそうですし、韓国社会にも大きな影響を与えています。このトロッコ問題には正解というものがなく、コミュニティとして非常に難しい問題です。山上さんの行動が正しかったのかどうか、多くの学者さんが長い時間をかけて考えても結論は出ていません。本来どうあるべきか、というポリシーが社会的にも作り上げられていないのです。それなのに、「人を殺してはいけない」という法律に違反している、という点だけで彼を無期懲役にしようとするのは法律の濫用に思えてなりません。 誰もがアムロにも、アムロのお母さんにも、そしてジオン軍の兵士にもなりえます。自分がどの立場にあったとしても、納得できるルールなんてあるのでしょうか。願わくは、そのような極限状態にならないようにすることです。
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限りある地球上の資源を戦争で消費するのはまったくの無駄使い。 人類全体として考えるなら、地球に資源がまだ残っているうちに、宇宙開発で別の惑星に進出して、いずれ地球に住めなくなった後も、別の惑星で種族として生き延びる可能性を残すほうがずっと賢い
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「戦争なんてなくなれよ。」非戦がテーマの美術展覧会を通して考える機会を を応援しました! - クラウドファンディングForGood - @forgood_jp
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