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検索結果 戦争を考える・2026夏」8
戦争を考える・2026夏」8 コミュニティ
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8月6日、原爆の日。 昨晩はエアコンの風が直接当たる位置に寝ていたせいか風が気になってなかなかうまく眠れず。今朝は7時半にアラームをかけていたものの起きるのが少し辛かった。 それでも今日は8月6日。8時15分に1分間の黙祷をするため体を起こした。 最近は毎日のように「今が戦前なのではないか」と思わされるようなニュースが飛び込んでくる。 着々と進められる憲法改正の議論。 戦争を「防衛」と言い換えた武器の輸出や訓練。 その武器が向けられる先には、いつもやわらかな人間の命がある。紛れもなく殺人に向けた準備なのに、「現実的に考えると」という顔をして政治家たちが着々とコマを進めている。つよい恐怖と違和感を覚える。 私は一市民としてできる限り抗いたい。 日常の時間をやりくりして、たとえそれまでの空気をぶった切るようであっても、「最近政治やばいよねえ」と周りの人に切り出してみること。時間が許す限りデモに参加すること、署名をすること。あと、自分で自分を冷笑しないこと。 母方の曾祖父は、パプアニューギニアに派遣され、戦後帰ってきたのは小さな石ころ一つだったという。 生前、祖母は夏に限らず一年中、何度も何度もその話をしてくれた。当時は素直に聴けないこともあったけれどいま振り返るとその物語はしっかりと私の中に受け継がれている。「語り継ぐ」は成功し私に残っている。 今日は家でしばらく作業をこなしたあと、8月9日に控えた「岸本さとこ2期目スタート集会」に向けた準備。 ワークショップのグループ分け用紙を作るという地味な作業だけれど無事に150人分の紙が完成!当日の搬出荷物に詰め込んだ。 その後はモンドジェラートさんへ。 「#かぼちゃと語ろう能登のこと」という企画のかぼちゃのジェラートをいただいた。ダブルにしてもう一方はレモンマスカルポーネ。ジェラートになってもほくほく感残るかぼちゃ味を味わいながら、能登半島地震に改めて思いを馳せる。# 地震の直後、富山にあるパートナーの実家へ地震の片付け手伝いに行ったことなどを思い出す。あれから、日常を営みながら、連綿と能登に思いを寄せ、足を運び、支援を続けられている人たちに本当に頭が上がらない。 夕方、首相のスピーチを読むのが怖くて、先に広島市長の平和宣言全文を読んだ。 政治は究極、戦争をしないためにあると思っている。そうでしょう。 戦争をするために政治を利用する人たちが多すぎて、めまいがする昨今。 戦争をなんとか回避し続けるこの先100年の未来のために。後から「あのとき諦めずにやっておいてよかった」と思えること、今できるすべてをやろうと思う。 目をそらさず、為政者の言動を見届けていようと思う。
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【声明】81回目の敗戦の日を迎えて(いのちの党 2026年8月15日) すべてのいのちが守られる社会のために 2026年8月15日、私たちは81回目の敗戦の日を迎えました。 戦争によって命を奪われたすべてのみなさまに、深い哀悼の意を表します。また、ご遺族のみなさまに、心よりお見舞いを申し上げます。 戦争で失われるのは、統計に表される数だけではありません。家族と過ごす時間、学ぶ機会、働く場、住み慣れた地域、医療や介護を受ける安心、そして未来そのものが奪われます。 とりわけ、障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、子ども、妊産婦、病気を抱える人、生活に困難を抱える人、外国にルーツを持つ人など、避難や支援へのアクセスが難しい人々ほど、戦争と災害の被害を深く受けます。 私たちは、重度障害のある国会議員を擁する政党として、政治が見落としがちな人々の声を、政治の中心に置きます。 戦争の記憶を、いのちを守る政治へ 第二次世界大戦では、日本の軍人・軍属と民間人を合わせ、約310万人が犠牲になったとされてきました。近年では、約376万人にのぼるとの推計も示されています。アジア太平洋地域でも、1千万人から2千万人もの命が奪われました。 政治指導者が国策を誤り、外に敵を求める空気を広げ、植民地支配と侵略戦争を拡大した結果です。日本の国民もまた、命や暮らし、自由を奪われ、戦争に動員されました。 戦争の時代には、障害のある人や病気を抱える人、子ども、高齢者など、支援を必要とする人々の命と尊厳が後回しにされがちです。「役に立つか」「効率的か」という物差しによって、人の命の価値に差をつける考え方が広がれば、社会は深く傷つきます。 この歴史を振り返るのは、過去を責め続けるためではありません。同じ過ちを繰り返さず、誰も置き去りにしない政治につなげるためです。 脅威を冷静に見極める 高市政権は「戦後最も厳しい安全保障環境」と説明し、軍備の拡大を進めています。 しかし、ミサイルを増やし、米軍との一体化を深めることが、そのまま地域の安全につながるとは限りません。一方の軍備拡大が相手の警戒を招き、さらなる軍拡へと連鎖する「安全保障のジレンマ」もあります。 1950年代末の米国では、ソ連が米国を大きく上回る数の大陸間弾道ミサイルを保有しているという「ミサイル・ギャップ論」が広がりました。この議論は、軍関係者や政治勢力、防衛産業が大規模なミサイル開発や予算を求める根拠となりました。しかし、後にソ連の能力は大幅に過大評価されていたことが明らかになりました。 脅威の評価が軍事予算や産業上の利益と結びつけば、実際の危険を冷静に検証するより、軍備拡大を正当化する議論が先行するおそれがあります。客観的な情報と幅広い議論に基づき、外交と対話の可能性を最後まで大切にすることが必要です。 防衛産業の利益より、いのちを守る判断を 政府は、防衛産業を経済成長を牽引するリーディング産業と位置づけ、「安全保障と経済成長の好循環」を掲げています。 しかし、安全保障政策を企業の利益や経済成長と結びつけることには慎重でなければなりません。装備の生産や輸出を増やすことが政策の目標となれば、人々の命を守るために何が必要かという視点が後退するおそれがあります。 アイゼンハワー元米大統領が「軍産複合体」に警鐘を鳴らしたように、軍事組織と産業界の結びつきが政策判断を左右することがあります。防衛政策は、企業の利益ではなく、命と平和を守る目的から、必要性、効果、費用、外交への影響を検証すべきです。 政府と企業の関係にも、透明性、公正性、外部からの監視が必要です。 主権を守り、地域を戦場にしない 同盟国であっても、自国の基地、空港、港湾、領空を他国の軍事行動に使わせるかどうかは、本来、日本が判断すべきことです。 しかし、日米地位協定のもとで、日本側が米軍の施設・区域の運用に十分関与できない場面があります。米国で外国軍に認められない権限が日本国内の米軍には認められているとすれば、対等で互恵的な同盟関係とはいえません。 さらに、朝鮮国連軍地位協定などによって、朝鮮半島で有事が起きた場合、日本の基地が後方拠点として利用される可能性があります。日本が戦争の意思決定に参加していなくても、基地から軍事行動が行われれば、日本が報復の対象となるおそれがあります。日本の基地や地域が、他国の戦争に連動する「自動報復装置」のような役割を担わされる危険です。 日米地位協定と朝鮮国連軍地位協定を、国会と国民の前で検証し、見直す必要があります。自国の領土、空、港、道路が、いつ、誰のために使われるのかを日本が実効的に判断できることは、主権と民主主義の基本です。 沖縄をはじめとする南西諸島では、ミサイル部隊の配備や自衛隊の増員、日米共同訓練などが進められています。九州をはじめ、全国でも、演習場、港湾、空港、道路が軍事運用に組み込まれる可能性があります。 地域のインフラが部隊や物資の移動に使われれば、住民の暮らしは軍事計画と重なります。避難する人々と部隊の移動が、限られた道路、港、空港に集中することも考えられます。地域の利用目的、危険の度合い、避難方法、事故や攻撃時の責任について、住民への十分な説明が必要です。 沖縄がかつて「捨て石」とされ、多くの住民が犠牲になった歴史を忘れてはなりません。「命どぅ宝」という言葉のとおり、安全保障の出発点は、軍事施設の都合ではなく、一人ひとりの命と尊厳です。 避難計画だけでは、いのちは守れません 戦争や武力衝突の際、誰もが同じように移動できるわけではありません。人工呼吸器や透析、薬、介助を必要とする人にとって、停電、断水、道路の寸断、医療や福祉サービスの停止は、直ちに命に関わります。子どもたちも、家族や住まい、学校を失い、長く深い傷を負います。 政府は、有事を想定したシェルターの整備や避難計画を進めています。必要な備えを否定するものではありません。しかし、「誰を、どこへ、どのように避難させるか」という計画だけで、戦争から人々の命を守れると考えることには、根本的な限界があります。 障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、乳幼児、妊産婦、病気を抱える人にとって、移動そのものが大きな負担であり、ときには命の危険を伴います。限られた道路、港、空港に、避難する人々と部隊・物資の移動が集中する状況で、誰も取り残さない避難を実現することは、容易ではありません。 シェルターも、場所を用意するだけでは命を守れません。電力、酸素、医薬品、食料、水、医療、介助、意思疎通の支援、衛生環境が継続して確保されなければ、そこは安心して生きられる場所にはなりません。 だからこそ、政府が「避難計画があるから大丈夫」として、軍事施設の配備や地域の軍事利用を進めることには、慎重でなければなりません。避難計画は、軍備拡大や地域の軍事化を正当化するためのものではありません。最も支援を必要とする人々の命と尊厳を守るために、当事者の参加のもとで検証されるべきものです。 政府が掲げる「継戦能力」も、武器や弾薬の量だけでは測れません。国民が飢えず、医療や介護を受け、住まいと地域のつながりを保ちながら生きていけることこそ、社会を守る力です。 戦争を前提に避難の方法を考えるだけでなく、戦争そのものを避ける外交と、誰もが安心して暮らせる社会をつくることが政治の責任です。 自由に語り、分断を広げない 戦争に向かう時代には、政府への批判が抑えられ、異なる意見を言いにくくなることがあります。 1940年、斎藤隆夫議員は日中戦争を批判する演説を行い、その多くが議事録から削除され、除名されました。この歴史を繰り返してはなりません。 安全保障を理由に、国民の自由や権利、表現活動を狭めることにも慎重であるべきです。国家情報会議設置法による国民監視の強化や、国旗損壊罪の新設が、国家への批判や少数者への差別を強めることも懸念されます。 異なる立場の人とも対話し、事実に基づいて自由に議論できる社会を守ることは、民主主義の基盤であると同時に、戦争を遠ざける力でもあります。恐怖や同調圧力に流されず、誤りを指摘し、政策を見直し、互いの尊厳を守ることができる社会こそ、戦争への道を抑えることができます。 すべてのいのちを政治の中心に 日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」と決意しています。 戦争は自然に起こるものではなく、政治の判断によって起こります。だからこそ、戦争を避けるために外交を尽くし、国際的な信頼を積み重ねることが政治の責任です。 81回目の敗戦の日にあたり、私たちは、戦争で失われた一つひとつの命に思いを寄せます。 脅威を冷静に検証し、防衛産業と政策判断の結びつきに透明性を求めます。日米地位協定などを見直し、日本が自らの領土や基地の使われ方を判断できる主権を確立します。 軍備の拡大だけに頼らず、対話と外交、食料、医療、介護、教育、住まいへの支援によって、平和と安心を築いていきます。 すべての命と尊厳が大切にされる社会を、みなさんとともにつくっていきます。 2026年8月15日 いのちの党 #いのちの党# #いのち#
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2026年8月20日(木)オープンしました 午前中打合せですが、お越しください 昨日8/19は『絵本から戦争・平和を考える』という社員向け研修をさせていただきました。 戦争・平和そのものより、視点を変えること、考えに疑いを持つこと、そして知ることにより想像力を広げ世界を広げることをお話しました
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【声明】国際刑事裁判所を守ることは、被害者の正義と日本の責任を守ることです(いのちの党 2026年8月27日) 米国政府が、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長およびアブドゥライ・セエ上級裁判弁護士を制裁対象としたことに、強く抗議します。 ICCは、今回の措置は、ローマ規程に基づき職務を遂行する裁判官・検察官・職員への攻撃であると批判しています。こうした司法関係者への制裁は、単なる外交上の対立ではありません。それは、司法機関が国家の政治的圧力から独立して判断できるかどうかに関わる、国際法秩序の根本的な問題です。 ICCは、ジェノサイド、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪という、国際社会全体に関わる重大犯罪について、個人の刑事責任を問うために設立された常設の国際司法機関です。国が真正に捜査・訴追する意思または能力を欠く場合に、補完的に刑事責任を追及する「最後の手段」としての裁判所です。 日本はICCの締約国で、2007年からその活動に参加してきました。日本はこれまでICCに判事を送り出し、最大の分担金拠出国として財政面でも支えてきました。したがって、日本政府はICCを支持すると述べるだけでなく、国際司法が政治的報復によって機能不全に陥らないよう、具体的な責任を果たさなければなりません。 しかし高市首相はこの制裁に対して米国政府を非難せず「大変残念」とコメントするにとどめています。 元首相や大臣経験者も参加する「人権外交を超党派で考える議員連盟」は、「『残念』は感想であって意思ではない。求められているのは日本の意思」と日本政府の対応を批判しています。日米同盟を重視することと、法の支配を守ることは二者択一ではありません。「法の支配に沈黙する(日米)同盟は、いずれその基盤である価値を失う」と同議員連盟の声明で指摘する通りです。日本政府は、米国と同盟国であるからこそ、米国の制裁に抗議したうえで即時撤回を求め、ICCへの断固支持の立場を明確にすべきです。 米国の主張には、法と事実に基づく検証を求める 米国政府は、ICCが米国など非締約国の政府当局者を対象に捜査・訴追することを問題視し、ICCを「腐敗し、政治化された裁判所」などと批判しています。 ICCの管轄権や個別事件の判断について、各国が法的な異議を申し立てること自体は否定されるべきではありません。しかし、異議があるなら、公開された法的手続、証拠に基づく反論、外交的協議によって争うべきです。司法関係者個人への制裁によって裁判所の活動を妨げることは、正当な批判の範囲を超えています。 また、ICCに腐敗や政治化の問題があるというなら、米国政府は具体的な事実と証拠を示すべきです。日本政府も、米国の主張を黙って受け入れるのではなく、その根拠を確認し、事実に反する主張であれば明確に反論しなければなりません。 同時に、日本が最大の分担金拠出国としてICCを支えている以上、ICCの資金の使途、監査、職員の倫理、組織運営の公正さについて、国民に説明する責任があります。ICCを守ることは、問題点を隠すことではありません。透明性と説明責任を高めることによって、国際司法への信頼を強固にすることです。 「日本人だから」ではなく、司法の独立のために 赤根所長を守るべき理由は、赤根氏が日本人だからではありません。国籍、民族、宗教、政治的立場にかかわらず、司法関係者が法に基づいて職務を遂行したことを理由に脅迫や報復を受けてはならないからです。 赤根氏とともに制裁対象となったセエ氏も、国際司法の職務を担う一人です。二人を守ることは、特定の国の利益を守ることではなく、国際犯罪の被害者が国籍や権力関係によって正義から排除されない原則を守ることです。 強い国の関係者が捜査対象になったときだけ司法機関を攻撃することが許されれば、国際司法は権力者の同意がある場合にしか機能しない制度になってしまいます。そのような制度では、戦争犯罪や人道に対する犯罪の責任を追及することが難しくなり、被害者が救済を得る可能性は大きく損なわれます。 日本政府に求めること いのちの党は、日本政府に対し、次の対応を求めます。 1.米国政府に対し、ICC関係者への制裁を直ちに撤回するよう正式に申し入れること。 2.ICCの裁判官、検察官、職員、弁護士、協力者に対する威嚇、制裁、妨害に反対する日本の立場を、明確な政府声明として発表すること。 3.ICC締約国と連携し、ICCの独立性、公正性、継続的な活動を守るための共同声明と具体的な支援策を主導すること。 日本は2025年2月にICCに加盟する79の国・地域が発出した、米国の制裁措置に対する共同声明には参加しませんでした。今後はこうした局面で曖昧な姿勢を改めるべきです。 4.ICCの活動に対する財政的・人的支援を強化するとともに、拠出金の使途、監査、組織運営について国会と国民に説明すること。 5.米国政府が示す「腐敗」や「政治化」の主張について、具体的な根拠の提示を求め、事実認定と法的評価を公開すること。 6.ICCの管轄権や個別事件に異議がある場合には、制裁や威嚇ではなく、ローマ規程に基づく司法手続と外交的対話によって解決するよう、関係国に働きかけること。 結び いのちの党は、ICCを批判してはならないと考えているのではありません。国際司法機関であるからこそ、透明性、公正性、説明責任を不断に高めなければならないと考えています。 しかし、制度への批判と、司法関係者への報復や裁判所の機能停止を狙う圧力とは明確に区別されなければなりません。日本がICCへの資金と人的貢献を通じて国際司法を支えてきたのであれば、危機に直面した今、その独立性を守るために行動する責任があります。 「いのちを守る政治」とは、日本人の命だけを守る政治ではありません。国籍や立場を問わず、重大な犯罪の被害者が正義を求められる国際秩序を守る政治です。 私たちは、ICCの独立性、司法関係者の安全、そして被害者の尊厳を守るため、日本政府が明確で具体的な行動を取ることを求めます。 2026年8月27日 いのちの党 #いのちの党# #いのち#
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児童相談所問題を考える場合、社会通念となってしまった既成の考え方を乗り越えて児童相談所の中に「権力性」を洞察するという思考手続きが不可欠です。 幼稚園等で今日も子どもたちがよく歌っている「ピクニック」という童謡があります。私はその中の「歌声合わせよ!足並みそろえよ!」と命令口調で呼びかける部分が気になっていました: 最近調べたところ、この作詞がなされたのは(英国民謡の訳詞ではなく、日本人による独自の歌詞)1935年。満洲国誕生の勢いに乗って、日本が勝ち目のない対米戦争へと突き進んでゆく時期でした。その時、少国民たちに「足並みそろえよ!」と鼓舞することがどういう意味を持っていたか、考えてみれば明らかです。たかが童謡であっても、その中には「権力性」が潜んでいるのです。 児童相談所も同じです。全国でだれもが、児童相談所は「子どもの人権の最後の砦」「子どもを守る福祉機関」と、児相が仲間内であるかのように誤解していた時期に、それに抗って児相の「権力性」と、そこから必然的に生じてくる市民との敵対性を見抜く。児相被害者たちがこれを見抜けたからこそ、2019年の国連子どもの権利委員会対日勧告は勝ち取れたのです。 児相の権力性・市民に対する敵対性を見抜けなければ、児童相談所を語る意味、そしてそれと闘う意味はそもそもありません。
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【上映&トーク】 8/27(木)12:30開演 「3.11を改めて考える」 第18回:東京裁判80年、ふたたび戦争の危機を感じる夏に 🎬上映作品 『東京裁判 4Kデジタルリマスター版』 ※2K上映/途中休憩あり 🎪ゲスト:孫崎享さん(※オンライン) チケットはWEB&劇場窓口にて発売中
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🌸毎日キレイ🌸 あさイチ:9月2日は「子どもと考える戦争と平和」を特集 ゲストは山口もえら✨ #あさイチ# #博多華丸大吉# #鈴木奈穂子# #山口もえ# #ジョンカビラ#
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【ロンドン共同】 「英国防・安全保障専門メディア、UKディフェンス・ジャーナルは28日までに、米軍三沢基地のF16戦闘機が対イラン作戦で3~4月に中東に展開したと報じた」 イギリスの防衛専門メディアがコレを報じる意味は 「日本の在米軍基地が中東の戦争に使われているという事の問題提起をしている」 と考えるのが自然です 「日本を守るんだじょ!」 と、国内でのみ威勢の良い 世界の虐められっ子の高市… 実際は 日本を守るどころか 日本の在米軍基地を他国の戦争の踏み台にしてますよね? これが高市の言う 「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」 らしいです🤣 この国に「主権」ってあるんですか? それはそれは勇ましいのは日本国民に対してだけですね🥹 #高市だけは絶対許さない#
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『フォークランド戦争』(北川敬三著@筑摩書房) 読売新聞7/19 台湾有事が語られるいま、なぜ一九八二年のフォークランド戦争を読むべきなのか。北川敬三は、領有権問題、英国とアルゼンチンの政治状況、制海権・制空権をめぐる攻防、サン・カルロス湾上陸、スタンリーへの陸戦を、政略、戦略、作戦、戦術、技術の五層から分析する。第二次大戦後まれな陸海空の総合近代戦を立体的に描き、ロジスティクス、指揮統制、意思決定の教訓を現代の安全保障へつなぐ迫真の戦記。台湾を考える読者にも必携だ。
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8月14日(金)の #キャッチプラス📺# 🧑‍🦽#防災# 災害時に自力避難が難しい「要援護者」 神戸市の検討会で課題を議論 🏀#神戸ストークス# 新シーズン開幕へファンイベント! 「Bプレミア」を見据えた公開練習も🔥 🎬#プラス解説# 戦後81年 いま改めて戦争を考える 元町映画館で始まる戦争ドキュメンタリー特集を紹介 🍧#週末ソムリエ# 神戸の和菓子店から生中継! 和菓子×かき氷を藤崎マーケット田崎がリポート✨ コメンテーター #井川慶# #片岡達美# 中継 #田崎佑一# 夕方5時5分から #キャッチプラス#
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