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📩中道パートナーズの皆さま、本日(21日)18時に中道パートナーズ メールマガジン Vol.3を配信します✨ 配信にご登録が間に合わなかった方も、登録完了メールにてvol.1からバックナンバーを公開しております💁‍♀️ 未登録の方は、ぜひご登録ください! 🔽今号のラインナップ 🗣政治の現場から 平林晃衆院議員(比例中国ブロック)×NPO法人ボーダレスファウンデーション 中村涼香さんのスペシャル対談 「核なき未来へーー政治と市民にできること」 🏘あなたのまちの総支部長 源馬謙太郎さん(静岡8区) カンボジアでの武器回収の活動から政治の道へ進んだ理由とは💭 💭中道議員に聞いてみたいこと 階猛幹事長 「政治家になったきっかけとライフワークとする政策は?」 #中道パートナーズ ##暮らしが先だ#
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【「山あり谷あり中道へ」第2弾、公開!】 第1弾・小川淳也代表に続く今回は、岡本三成政調会長。 「100点満点のハッピーな人生」と笑う岡本政調会長ですが、その半生をたどると―― 家賃7000円、四畳半・風呂なしの学生生活。 外資金融で1日17時間働いた日々。 そして、政治を志す転機となった「9.11」。 MC・伊佐進一広報委員長が、政策だけでは見えない「人間・岡本三成」の素顔に迫ります。 ぜひ、ご覧ください。 ▼本編はこちら #暮らしが先だ# #中道を前へ#
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中道・小川氏「目を落としたが読んでない」 保守・北村晴男氏の外国人 特別国会質疑5選 党首討論で小川氏は「暮らしが先。そして、競争力のある福祉国家」と党の軸となる政策を紹介したが、最初に取り上げたのは高市早苗首相の「政治姿勢」だった。
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年金制度は破綻しないという言葉には、一種のレトリックがある。年金の振り込みが続く限り、制度上は破綻していないと言える。だが円安や物価高でお金の価値が下がり、受給額が暮らしの上昇に追いつかなければ、同じ一万円で買えるものは減っていく。昨日まで十日分買えた食料が、明日は八日分になる。薬代や光熱費を払えば、肉や魚を諦める。制度は動いているのに、生活は少しずつ止まっていく。それは「橋は壊れていない」と説明しながら、橋の先が向こう岸まで届いていないようなものだ。 財政上の破綻と、生活上の破綻は違う。 国は前者だけを否定して安心を語るが、国民が恐れているのは後者である。 支給されるかだけではなく、その金額で何を買えるのかが問われている💡 もちろん、自分で備えることも大切だ。 貯蓄や資産形成を否定する必要はない。 しかし、それを社会保障の代用品にしてはいけない。 投資には元手がいる。 元手には余裕がいる。 その余裕を持てない人に「なぜ投資しなかった」と問うのは、泳げない者に浮輪を売りつけ、買えなかった責任を溺れた本人に負わせるようなものだ。 必要なのは、官僚を悪者にすることでも、高齢者だけを特別扱いすることでもない。 物価に負けない最低限の所得保障、住居や医療を含めた支援、若い世代が無理なく備えられる賃金と仕組みを同時に整えることである。 現役世代と高齢者を「奪う側」と「奪われる側」に分ければ、喜ぶのは責任を逃れたい者だけだ。 今日の若者も、いつか高齢者になる。 高齢者が安心して消費できれば、そのお金は地域の店や働く世代にも戻ってくる。 社会保障とは、弱い者を一方的に養う制度ではない。誰もが弱くなる日のために、元気な時の自分たちが共同で用意する灯である。 人間は金だけを積み立てて生きているのではない。 子どもを育てた時間。 病人に付き添った夜。 誰かのために働いた年月。 それらも社会を支えた、見えない積立金である。 年金制度を守るとは、帳簿を存続させることではない。その見えない積立に、老後の安心で応えることだ。 橋が残っているだけでは足りない。疲れた人も、足の遅い人も、手を取り合って向こう岸まで渡れる橋にしなければならない。 あたしは信じている。 国の制度は冷たい数字から生まれても、人の痛みを知ることで温かく変えられる。 老後を自己責任の荒野にせず、長く生きたことを皆で祝える国へ。 それこそが、未来の自分自身に贈る、最も大きな愛なのである。
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📅6/19(金) いよいよ劇場公開 🇬🇧NTLive『みんな我が子』 作アーサー・ミラー × 演出イヴォ・ヴァン・ホーヴェ 出演はドリームキャストと絶賛された、ブライアン・クランストン/マリアンヌ・ジャン=バプティスト/パーパ・エッシードゥ/ヘイリー・スクワイアーズほか。 🖊️いよいよ今週末からの劇場公開に向け、一足先に本作をご覧いただいたアーサー・ミラー作品にゆかりがある方々から本作について、推薦コメントが届きました。コメントを寄せてくださったのは、2011年上演の『みんな我が子』でアン・ディーヴァー役を担当した朝海ひかるさん、6/26開幕のミラー作『セールスマンの死』で翻訳を担当している小田島創志さん、これまでにミラー作『セールスマンの死』(18・21年)や『アメリカの時計』(23年)を演出してきた長塚圭史さん、『みんな我が子』(22年)や『橋からの眺め』(23年)などミラー作品を多数翻訳してきた広田敦郎さん、2022年に自身が主宰する劇団ガルバでミラー作『THE PRICE』を上演し、同年には広田敦郎さん訳『みんな我が子』でドクター・ジム・ベイリス役を担当した山崎一さんらです。  世界で戦争が終わらない今の時代だからこそ、心に刺さる衝撃の本編を、ぜひ映画館でお楽しみください。 《著名人からのコメント》 私は以前、イヴォ・ヴァン・ホーヴェさん演出の『ガラスの動物園』を幸運にも拝見しておりました。観客として、その時に味わったストーリーへの没入感は今でも忘れられません。そして今、この『みんな我が子』でも同じ感覚を味わう事ができ、興奮しております。 画面越しとは思えないほど俳優の息遣いや感情が伝わってきて、目を離す事ができませんでした。ヴァン・ボーヴェさんの観客を物語へ引き込む演出、そしてドリームチームといわれるキャスト陣を、是非皆さまにも体感していただきたいです。現代を生きる私たちにも深く響くテーマに満ちており、観終えた後もさまざまな問いが心に残りました。 ✨朝海ひかる(俳優) アーサー・ミラーを翻訳していると、台詞の妙に感嘆する。台詞によって紡ぎ出される個人の生活が、社会の縮図となっている。そしてこの舞台、喜怒哀楽の色彩が狂おしく、切ない。イヴォ・ヴァン・ホーヴェの芸術的で滑らかな演出が、繊細に会話(と梯子)を立たせている。 人間とは何か、生活とは何か、豊かさとは何か。戦争がいかに人を狂わせていくか。 『みんな我が子』、いつか翻訳してみたい。いつ訳せるか、フランクに星占いで占ってもらおう。 ✨小田島創志(戯曲翻訳家) この戯曲はこんな戯曲だったのかと、イヴォ・ヴァン・ホーヴェにまた教えられた。強風で倒れた庭の木の、リアリティを無視した大きさ。物語が核心に近づくにつれて、深海のような暗い青で舞台を浸す照明。遠い森の奥から聞こえてくるような木に斧を入れる音。肌の色が違う俳優を配した家族。鋭利な彫刻刀で掘り出すようにそれらが露わにするのは、マチズモと資本主義にどっぷりつかった(トランプのようなキャップを被っている)父親だけでなく、登場人物それぞれに潜む他者への差別意識だ。父親の何かしらを受け継ぐのが息子なら、作品のタイトルは、人の良心ではなく、永遠になくならない人間の欠点を指してもいるのではないかと怖くなった。そしてそれは、観るべき怖さだ。 ✨徳永京子(演劇ジャーナリスト) 愚かで、愛おしい、庶民の暮らしがある。どうにか折り合いをつけ、ギリギリ許容できるところで、ささやかな幸福を掴み取り、誰しも生き抜いていく。正義や誠実さは時に鋭利な凶器となる。そして愛は悲しみを深くさせる。シンプルな舞台装置の中で、けれど終始観客の目と耳を執拗に刺激しながら、ケラー家とディーヴァー家とその隣人たちの傷ついた心にジリジリと迫る。戦争が続く限り、世界中でこの物語は続く。つまり終わらないということだろうか。 ✨長塚圭史(劇作家・演出家・俳優) よく知っていたはずの劇に、もう一度打ちのめされた。イヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出は、『みんな我が子』が単なる社会派の家族劇ではなく、罪と記憶をめぐる現代の〈悲劇〉であることを鮮やかに示す。シンプルで象徴的な空間に浮かび上がる日常の言葉の二重性、そして拭いきれない傷痕──こんなにも壊れた世界で、忘れて生きることなど、果たして可能だろうか? ✨広田敦郎(戯曲翻訳者) いま観るべき作品! アーサー・ミラーの言葉が何度も心に刺さる。イヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出はまさに今の世界情勢。あの国のリーダーたちにも是非観てもらいたい、感じてもらいたい、「みんな我が子」なんだと! ✨山崎 一(俳優)
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知ってる? 今の仕事が順調な人でも、「いつかは転職したい」「いつかは違う場所で暮らしたい」と考えている人は意外と多いんだ。 そんな人が移住先や新しい挑戦の場所を探している時に、 「うちの町で店を出しても人は来ないよ」 「人口減少はどうやったって止まらない。町は廃れていく」 そんな言葉ばかり聞こえてきたら、その町に行きたいと思うだろうか。 じゃあ、どんな町に人は集まるんだろう。 「小さな町だけど、こんなに素敵なところがたくさんあるんだよ!私はこの町が大好き。」 「あなたはそんな夢を持っているんだね。ここで叶えてくれたら、町がもっと面白くなるね。」 そんな言葉をかけてくれる町には、人は自然と惹かれる。 「若者が帰ってくる町を目指します。」 「移住者を増やします。」 その取り組みももちろん大切。 でも、その前に必要なのは、自分たちが本気でこの町を好きになること。 本気の想いだけが、人の心を動かし、人を呼び込む力になる。
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会社で偉くなりたいかと言われると微妙。でも、 ・旅行先を値段だけで決めたくない ・趣味に使うお金を削りたくない ・家族の誕生日は少し奮発したい ・将来のための貯金も増やしたい こういう欲は普通にある。副業をやって良かったのは、昇給だけを待たずに暮らしを良くできたこと。役職が上がるより、日々の楽しみが増える方が嬉しいんだよな
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中国には多くの外国人が避暑に来ている! 涼しさを求めて訪れた先で出会うのは、 伝統文化や便利な暮らし、先端技術など多彩な魅力だ!!
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「いい話だけど出版は無理。書店さんに並べる棚がない」 と何回か言われたことがあります。 「ジャンルがない小説」はそもそも出版が難しい。 『ファルティマの夜想曲』 二つの月がある、架空の港街を舞台にした24歳の娼婦が主役の物語。 企画会議を通したければ、 「主役を10代、娼婦もなし」「娼婦が書きたいなら、実在の歴史にはめるか、現代の風俗店に問題提起を入れ込む」 等しないと無理。 私自身商業作家として、普段は「棚はどこ」「ターゲット」「売りは何か?」ということを当然考えるし、編集さんに「こういうものを書いてほしい」と言われば120%応えたいと努力します。 なにより作家買いをしてくれる読者さんの期待を裏切りたくはない。 葉山透に求められているのは、ハラハラドキドキのサスペンス、ミステリ、SFを用いたギミック、娯楽映画のような爽快感だろうと思うから。 でも「ファルティマ」に限って言えばこの形を変えたくはなかった。 棚がないのはわかっていても、たくさん売れてメディアミックスなんて絶対ならない物語だとしても、変えたくなかった。 本読みの方なら理解していただけると思うのですが、読者として「この小説、メジャーにはならないけど自分はめっちゃ好き」という作品ありますよね? わかりやすくてキャッチーで王道は正義。私も普段はそういう小説を書きたくて書いてます。大好きです。 しかしファルティマは、好きな人にはぶっ刺さるけど、刺さる人はごくわずかだろう、むしろ嫌いという人もいるだろう、でも書きたかった。 いえ、正直に言いましょう。 この物語は運よく商業で出たけれど、商業用にプロットを練ったものではありません。 友人、ではない。知人というのも憚られる。そんな遠い関係の人でしたが、吉原で働いている人がいました。 貧乏のどん底で育ち、頭がいいのに中卒。会社ではゴミのように扱われ、仕事をやめ吉原で働き始めました。 貧しい母子家庭に育った彼女は、このお金で母親にまともな暮らしをさせてあげられる、自分も生まれて初めて欲しいものを好きに買えた、私は今の生活に満足している、誰にも同情なんかされたくない、と言いました。そう言う彼女に、私は何も言えませんでした。でも、やっぱり、いけなくないけどよくもないだろう、という気持ちがありました。友人として何か言えるほど近くもない。そこで私がしたことは物語を書くことでした。なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。 さらに、吉原の闇を書くわけでもなく、ファンタジー世界観の美しい月と花と潮の香りに満ちた綺麗な夜の話を書いた。頭の中にだけあった一大冒険譚の中の脇役の娼婦を主人公にして、物語を書き始めた。 我ながら謎すぎる。   しかし、公募やコンテストに出すことを考えずに書いたこの物語は、私の作家としての本質と、美点と、同時に限界を顕現しています。 酷い現実を直視して言語化したいのなら私は新聞と評論でいいだろうと思います。少なくとも読者としての私は。 フィクションには、美しいものや愛や夢や希望や信頼が書いてあってほしい。たとえ綺麗事でも「浅い」と言われようとも。私が好きなのは楽しくてワクワクする小説で、現実で死ぬほど落ち込んでいる時、読みたいのは明るい綺麗な小説だったから。 そして恋も嫉妬も友情も信頼も、誰かを想う気持ちはそんなに簡単に名前をつけられない――そんな感情のグラデーションと、読後には明るさと希望と少しの寂しさが残る物語になりました。 さて結局、その人に小説を見せたのか。答えは否です。書き上げた頃には連絡先も解らなくなり、そもそもその人を説得しようとか烏滸がましいことを考えていたわけでもない。ただ、人生の不公平、世の中の矛盾に対し、私は物語を書いた。それも「綺麗事」の物語を書いた。それがすべてで、自己満足の極みです。 でも「たくさん読まれることを狙って考え抜いた小説が売れること」が正義であるように「究極の自己満足」もまた創作の正義でありましょう。   当時の文庫本の 後書きにこう書きました。 「どうしようもなく寂しくて、誰かに電話をしようと アドレス帳を開く。でも結局ボタンをそのままそっと携帯を閉じる。そんな夜に読んでほしい」   いつもの葉山透からはかけ離れた ポエティックな文章⋯。 でも 誰にだってそんな夜は あると そんな夜にこそ横にいて欲しい物語があると、そんな気持ちで書きました。 と、文字数もギリギリになってきたので、まとめに入ると、20年前に絶版になってしまった物語を、同人誌で復刊しました。 「この世界の何処かにいる誰か」に届くことを願って。20年越しに書いた続編「ヴィオレッタ」と一緒に。 文庫本 2冊分に、一人の作家の20年が詰まっています。 通販もしています。 リプ欄にのせておきます。   一人でも多くのやるせない夜を抱えた方に届きますように。
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