登録して招待リンクを共有すると、動画再生報酬と紹介報酬を獲得できます。

Hiroshi Makita Ph.D. 誰が日本のコロナ禍を悪化させたのか?扶桑社8/18発売中
@BB45_Colorado
COVID-19分析・評価・予測・早期警戒情報を無償公開中hのnoteへ移行しそれぞれの記事へのリンクを投稿しています。 著述家、約4万冊の本と同時に焼かれた元大学教員 日刊SPA!連載中(体調不良の為休筆中)
34.8K フォロー中    60.4K ファン
これ、とうとう使用済みMOXの蓄積量が重要課題となっており、この使用済みMOXの再処理はできない。 フランスで一応実用化に向けた実験は進んでいるが、それに経済的価値はまったく無い。 六ケ所村核コンビナートは、1970年代末には既にまもなく実用化可能と国内向けに説明されていたHLRWのガラス固化技術の工業的実用化がまだ未達成で、すでに50年近く重要技術課題が未解決である。実験室規模では、可能なのだが、商用規模化ができていない。 一周目の核燃料サイクルですらこの有り様で、すでに30年近く再処理工場の完成が遅れておりプラントは、コールド試験、ホット試験の為に経年劣化が進みプラントそのものの更新が必須と言う状況である。 二周目は、白金族、マイナーアクチニドの蓄積により現有の再処理技術では再処理できない。この為第二再処理工場が計画されていたが、影も形もない。 更に二周目のMOXは、軽水炉の燃料としては実用性がない。これは、プルトニウム、ウランの同位体、マイナーアクチニドの蓄積によって中性子効率が低く軽水炉での臨界核反応を維持できないためである。 これを燃やす事ができるのは、工業的には、CANDUを代表としてた重水炉と高速炉、黒鉛炉に限られる。 日本は、CANDU論争によってCANDU陣営を粛清してしまった為にCANDUは存在しない。重水を供給する見込でCANDU陣営であった旭化成が粛清の後に政商呼ばわりされて原子力業界でたいへんに冷遇されていたのがこの為。 日本では、CANDUを低コスト化した大間ATRを原型炉としていたが、CANDUに遥かに劣る経済性で80年代末に電事連が大間ATR実証炉の受入れを拒否した。電源開発が、日本原電に1号商用炉をさらわれた事への執念で権益を獲得した大間ABWRは、この大間ATRの代替で、フルMOX装荷が最終目標だが、これでは二周目のMOXは燃やせない。 高速炉、日本では、FBR常陽とふげんがMOXを燃やす本来の解であったが、FBRは、完全に失敗した。辛うじて常陽は、まだ維持されているが、規模が過小の上にもう古い。 黒鉛炉は、ソ連邦のRBMKを代表に「なんでも食べる原子炉」として、大概の核燃料を燃やせるが、核拡散耐性が低過ぎて導入は不可能。 実は、CANDUもインドが核兵器開発に使ったことを契機として核拡散耐性が不十分とされており、開発国のカナダと既に導入済みの中国や韓国、インドなどを除き政治的に新規導入が難しい。 フランスへの使用済み核燃料の輸送は、非常に深刻な日本の現状を示している。1970年代から半世紀にわたり先送りしてきた課題が、もはや二進も三進も行かなくなっているのである。 なお、一周目のMOXですら輸入品で二酸化ウラン燃料の4倍を超えており、1/3装荷ですら核燃料費だけで二倍以上になる。このため、電力は、現在の認可される装荷割合である1/3MOXでなく1/4MOXにするなどコスト削減の為にMOXの装荷率を下げている有り様である。 仮に大間ABWRで国内再処理MOXをもちいたフルMOXにすると核燃料費は5〜10倍になる見込である。これにより建設期間、建設コストの上昇もあって発電コストは、既存の原子炉の2〜5倍となる。
もっと見る
フェライトとネオジムは、磁石として発明、実用化したのは日本。 サマコバは、合衆国。但し、実用・量産化は、日本。 実は、日本は、戦前から磁石先進国であった。 "戦後日本のイノベーション100選 安定成長期 ネオジム磁石"
もっと見る
1960年代の技術に先祖返り。 *サマリウム・コバルトが1970年代前半 **ネオジムが1980年代後半 これらが使えなくなるので1950,60年代のフェライトに戻る。まぁ、すでに脱落国なので国内にゴミ技術製品が氾濫するだけになるが、当然、中国製品には鎧袖一触で、まったく売れない。 これは、工夫でどうかなるものではない。工夫でどうにかすると言う主張があるが、その工夫をレア・アース使用で行われれば、一撃で粉砕される。 回収再資源化については、回収の仕組みはまだまだ手付かずであり、どのみちこれも根こそぎ中印や第三国に還流して日本には残らない。資源リサイクルの歴史を多少知っていれば、金ですら国内でのリサイクルが掛け声倒れだと言う事は自明である。 あまり知られていないが。80年代半ば頃まで、学校や児童会などの空き缶回収で磁石につかない缶(アルミ缶)は、捨てられていた。業者が磁石で仕分けて非磁性体は受け取らなかったのである。アルミ回収の重要性は、80年代初頭には認識されていたが、極めて物量の多いアルミリサイクルですら80年代後半になってやっと本格化している。 コンピュータ、半導体、携帯機器の貴金属回収もすでに30年以上前から話題であるが、結果は思わしくない。一発芸で東京オリンピックのメダル材料にしていたが、その後の継続がみられない。 資源としての希少性が低いものの単離・精製技術の知財が日本にあまりないレア・アースやレア・メタルでは、それこそ回収、解体、仕分け、分離、抽出、精製を経済的価値の範疇で行えるかと言うと、知的資源、人的資源の乏しさからも極めて悲観的と言うほかない。
もっと見る
木造家屋は、いざとなれば燃やせば終わるのよね。 そもそも超高層高密度住宅と言うのは、低所得者向け公営住宅のあまりうまく行っていない解なのよね。
もっと見る
ところで、大阪や東京が行政扇動ですすめているタワマンだが、周辺のスラム化には、耐えられる。 簡単な事で、塀で囲み、駅までの通路だけ独立維持させれば良い。 むしろ日本における致命的な課題は、工学的未解決課題、営繕と定期修繕であり、さらに寿命終末後の解体である。 これらに失敗すれば、世界の大都市に既に多数存在する、垂直スラムと化する。 これら工学的に未解決の重大課題を先送りして実用化、行き詰まりを見せているのが日本の核燃料サイクルである。実は、タワマンの抱える課題は、既に失敗している核燃料サイクルに非常によく似ている。甘くみるとあとでたいへんな負債となる。
もっと見る
アベノミクスのツケ払いは、100年かけてできなくともなかったが、高市災害の為に一挙にツケ払いが押し寄せてきた。 完全に予測の範疇で、都市生活者の経済基盤は壊滅状態になる。 理由は、通貨の減価と金利上昇。さらに実質的な不動産価値の下落というスタグフレーションの中でも最悪のもの。 金利上昇で個人や中小企業による不動産開発は不可能となる。 さらに未償却の不動産は、金利負担上昇の為に賃貸価格も急上昇する。 実質賃金が急速に下落する中で生活基盤である住居を都市部で維持することは困難となる。加えて衛星都市の30年未満の住宅街も壊滅に追い込まれかねない。 都市は、急速にドーナッツ状のスラム化し、2000年頃ののフィラデルフィア、カムデンのような惨状が現出する事となりかねない。 2000年、テンプル大学周辺の街並みは、一面の焼け焦げたスラムであった。息を飲むような惨状であり、そこに立ち入れば命が危ないと警告されていた。 2003年頃からフィラデルフィア、カムデンともに行政のたいへんな努力で立ち直りに向かったが、日本国には、そのような価値観も意思も能力もない。 金利上昇の影響は、まもなく日本の不動産業界を破滅に追い込みかねない。 後に安倍・高市通貨危機として歴史に残るであろう。
もっと見る
1988年大統領選挙からシュローダー氏が撤退したのは、1987年9月29日と序盤中の序盤である。 日本人は、1988年12月15日から査証免除対象となったので、高市氏が合衆国に1988年12月15日より前に入国するのならば、必ず何らかの査証が必要であった。 問題は、その査証が観光査証=B査証であったという高市氏の記述で、これは観光、商用査証であって例え無給のボランティアやインターンであっても不法就労である。少なくとも渡航目的の逸脱となり、これだけでも重く罰せられる犯罪である。とくに在米3ヶ月目からはコングレッショナル・フェローとして活動していたと言う主張は、例え財源が松下政経塾であってもB査証のままでは、不法就労である。 この場合、B査証の取得自体が観光目的、商用であっても往復航空券の手配、宿泊先の手配、用務・旅程の詳細、財政的根拠の詳細などの審査が厳しく、しかもそれから逸脱すれば不法就労、不法滞在と見做される恐れがあり、ばれれば二度と入国できなくなる。 仮にB査証でデンヴァーの観光滞在とし、その間シュローダー氏のオフィスでボランティア活動していてもコングレッショナル・フェローとして採用されるさいには、J-1査証への切り替えが必須であり、この場合、一旦帰国して数ヶ月程度の手続きとなる。9.11テロール前には在米のまま切り替えや延長ができる時期もあったが、80年代にそれは極めて困難で不可能と言って良かった、そのうえB査証取得者では、なおさら難しい。 J-1などの非移民査証を取得する場合は、その前に疑われる入手国をしないことが原則であり、B査証での直前の滞在、インターンとしての「就労」は、確実に発覚して絶対にJ-1査証はでない。僕が2001年にJ-1査証を取得した最も事前1年間は、不要不急の用務でVisa Waiverを使うな、軽犯罪を含め犯罪を犯すなは鉄則であった。 査証のStatusと手続きと言う視点からは、高市氏の主張は、37年前から一貫して大きく誤っており現実性がない。不法滞在、・不法就労が強く疑われるのできちんとした説明が求められる。 それにしてもB査証とは驚いた。絶対に使ってはいけない手だ。ボランティアやインターンとしての入国ならばJ-1をとれと大使館、領事館の査証部から要求される。B査証でインターンやボランティアを連邦議員のもとで行えばそれは”不法入国者(イリーガル・エイリアン)”である。
もっと見る
高市氏は、あの時代に実態はインターンであっても合衆国下院議員の事務所で研修をしていた訳で、それをそのまま持ち帰れば良かっただけ。 シュローダー議員のオフィスで、議会研修生の肩書きを許可されたのだから、その肩書きを最初から使っていれば何の問題もないし、十分評価された。 当初インターンだったのが学卒とわかり、議会フェロー=議会研修生としての肩書きを認められた逸話だって、学歴の正当な評価をする日本以外の常識を持ち帰る実例であった。 そもそもJ-1査証は、合衆国の文化、学術、習慣を母国に持ち帰るためにある。(故にH-1Bへの切り替え以外、非移民査証、永住権の申請は、帰国後10年、原則としてできない。) 合衆国連邦議会立法調査官などと言う嘘の履歴を用いたことで全てを台無しにしている。これが松下政経塾の教育の結果だし、そもそも高市氏によれば、松下政経塾がそのように指導したとの事で、心底さもしい組織だと呆れ返る。 日本経済新聞社は、90年代に「地方から広がる新たな政治ブランド、松下政経塾」というキャンペーンを行った事を今からでも徹底検証して反省せねばならない。
もっと見る
これは既に結論が出ており、高市は、インターンとして事務所に出入りしていたが、学卒なのでフェローを名乗って良いと私的にゆるされただけ。 インターンは、高校生、大学生のすることなので学卒がインターンを名乗るのは恥であるし、事務所としても問題があるため。 要するに私的な名ばかりフェローであってそれが故にフェローの名簿に高市の名前がない。 内閣広報官が、この程度のチョロいごまかしを膨らましてはいけない。 インターンとして概ね同時代(数年後)に世界的によく知られているのは、WHインターンであったモニカ・ルインスキ氏。 ほかは完全に無名で、そもそも公式(公文書)の名簿に名前がない。 なお合衆国の新聞記者、放送記者は、高校生の頃からインターンとして政治家の事務所に出入りし、大学で報道学を専攻して記者になって行くのが基本。アンダーソン・クーパー氏のようにこのキャリアではない例外的人物はいる。
もっと見る
高市がインターンであった事はかなり前(何年も前)から話を知っていて、当然と思っていたが、D.C.でなくデンヴァーでインターンをしていたのには驚いた。 国会議員公設秘書といっていたのが、実は、札幌市の事務所で電話番していたようなもの。
もっと見る
まずまともな有名人は、統一協会の機関誌に対して、創刊40周年のお祝いメッセージなんか送らんだろ。
警察「ここに映ってるの、コレあなたですね?」 犯人「夜もあまり寝れていません。土日も忙しいんです。勘弁してください」
サッカーファンの行儀の悪さは万国共通なので、この事件自体は大騒ぎすることではない。 しかし、こうした行為が繰り返されれば、それを目撃した人々の間で日本人のイメージは確実に毀損していく。 ところが、そのような愚行を繰り返す張本人たちが、そのツケを直接払わされることはない。 日本のブランド価値が傷つくことによって生存基盤を削り取られるのは、世界を相手にビジネスや様々な交流に泥臭く従事している良識ある人々の方だ。 虫の目の愛国カルトはこの被害の非対称性を理解できない。
もっと見る