「プーチン氏の択捉島訪問に関して」
プーチン大統領による択捉島訪問は、日本が北方領土として領有権を主張する地域で、ロシアの実効支配を誇示する行為です。日本政府がこれに抗議するのは当然です。しかし、抗議を国内向けの威勢のよい言葉だけで終わらせ、軍事的緊張や国民感情の対立をあおることは、問題の解決にも、地域の安全にもつながりません。
北方領土問題は、戦後処理が未解決のまま残された問題です。力による既成事実の積み重ねによってではなく、国際法と平和的交渉によって解決されなければなりません。日本は自らの領土に関する立場を明確に堅持しつつ、対話の回路を閉ざしてはならない。元島民の訪問、漁業、医療、人道・文化交流など、生活と尊厳に関わる実務的な協議を再び動かす努力が必要です。
「主権は相手を選ばない」
この問題を、ロシアにだけ主権や国際法の尊重を求める話にしてはなりません。主権とは、都合のよい相手にだけ求めるものではないからです。
日本は米国との関係において、日米地位協定の片務性を長年放置してきました。基地内への立入り、環境調査、航空管制、事件・事故時の捜査と説明責任など、日本の法と行政権が十分に及ばない領域が残されています。これは沖縄だけの問題ではなく、日本全体の主権の問題です。
ロシアに対して領土と主権の尊重を求めるなら、日本自身もまた、米国に対して自国の法と主権を実効あるものにしなければ、外交の一貫性を欠きます。
「互恵性は、相互駐留を意味しない」
ここでいう日米地位協定の「互恵性」とは、日米が同じ規模の部隊を相手国に駐留させることではありません。まして、自衛隊の海外駐留を積極的に求める議論でもありません。
現実の軍事力や駐留の規模が非対称であっても、主権国家間の法的対等性は普遍であるべきです。地位協定とは本来、受入国と派遣国という立場に即して、駐留軍に必要な便宜と、受入国の法・住民・環境を守る権限との均衡を定めるものです。ドイツやイタリアなどの米国の同盟国との関係では、実際の部隊配置が非対称であっても、協定上は互恵的な関係が組み立てられています。
日本にも必要なのは、米軍を追い出すか、無条件に受け入れるかという二者択一ではありません。駐留軍であっても日本の法律、環境基準、捜査・司法手続を尊重させ、日本が自国領域における必要な管理権限を行使できるようにすることです。私はこれを、米軍に「無法なまでの自由」を許さない「自由なき駐留」と呼んできました。
「大国に対して一貫した外交を」
対ロシア抗議と日米地位協定の改定は、法的には別の問題です。しかし政治的には、いずれも「日本は大国に対して対等な立場から主権を語れるのか」という一つの問題につながっています。
日本が取るべき道は、軍事的対立や排外的感情をあおることではありません。北方領土問題については、領有権に関する立場を堅持し、国際法に基づく平和的解決を求める。同時に、日米地位協定を互恵的で公正なものへ改定し、日本の法、環境、住民の尊厳が守られる状態をつくる。
沖縄にも北方領土にも共通するのは、そこに暮らす人々を大国間の力関係の犠牲にしてはならない、ということです。命どぅ宝――国家の都合より、人の命と尊厳を中心に置く外交へ。その原則を、ロシアに対しても、米国に対しても、等しく貫くべきです。
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