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杉田俊介@エフェメーレ
@sssugita
批評家。小器晩成。 「対抗言論」編集委員。 新刊『無能力批評【増補完全版】』(月曜社)、『鬱病日記』(晶文社)等。 数年計画で思想書を準備中。 ◆連絡先→sssugita@hotmail.com ◆著作一覧→
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大岡は、レイテ島で散った日本軍兵士一人ひとりについて詳しく調べていくうちに、「一番ひどい目に会ったのは、フィリピン人ではないか」という洞察にたどり着く。「大岡は、まさしく、自分がその一員であってよかった「死んだ兵士たち」への哀悼からはじめることで、それがそのままフィリピンの死者への謝罪へとつながる、そういう道でもあることを、ここに、証しだてている」(『敗戦後論』)。この「それがそのまま」をどう読むか、という問題。加藤が言わんとしているのはおそらく、“まず”自国の主体性を回復して、“つぎに”他国の死者に向き合う、という二段階方式ではない。むしろ、我々が直接的にアクセスできるのはさしあたり自国の死者のみなのだが、彼らへの「弔い」を徹底する──つまり、その汚れを汚れとして引き受け、無意味さを無意味さとして確認してゆく──過程のただなかにおいて、他国の死者に対する反省・謝罪がなされざるをえない。裏を返せば、他国の死者に対する謝罪へと至らないような自国の死者への弔いは、加藤の定義にしたがえば、その名に値する(徹底された)弔いではない。
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加藤典洋の件については、「自国の死者を弔うことではじめて、他国の他者を弔う準備ができる」という単純な「先後関係」の論理と、「自国の死者を“真に”弔い終えたとき、他国の死者をも弔った“ことになっている”」という「反転」(事後性)の論理とが混同されているところに問題があるのではないかと前々から思っている。加藤は本来的には、後者のごとき特異なしかたでの「内の他者」と「外の他者」の連絡可能性を言いたかったのだと思われるが、大岡昇平の体験という特殊な事例を挙げるのみで、その理路をうまく説明することができず、彼自身がしばしば分かりやすい「先後関係」型のロジックに訴えてしまった結果、高橋らのまっとうな(しかしポイントを外した)批判を招来することになった。加藤は「順序の問題ではない」と言いつつ一見順序を問題にしているようにしかみえないわけだが、彼が「言おうとして言えなかったこと」には個人的に関心がある。
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魚津埋没林博物館は刺さる人にはめっちゃ刺さると思う施設 無人になった時の雰囲気が凄まじかった
えっ、きみの言葉になんか内容(中身)なんてあったの。まじで? 気づかなかった。ごめんね。
がっかりだよ。杉田俊介。 内容でなんか言い返してくんのかと思いきや、メンタル云々って。 1番、卑怯で簡単な手法のリターン。 オメェに言われたくねぇから喰らっちまったけどな笑 鬱病、お大事なー。
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熊本の状況を聞いていると、能登で問題になったのとほとんど同じことが起きているよう。避難所の環境の悪さも、災害ごみの問題も、支援物資の配布がうまくいってないことも。高齢化が進んでいくなかでこのまま状況が変わらないと、今後の災害ではますます関連死が増えてしまう。なんとか食い止めたい。
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ジャンポケ斎藤の事を「女に騙されたね〜」と言う人にリアルで遭遇したので…被害者は2500万の示談金拒否してる事、被害に遭った直後に母親と彼氏にSOSメールしてる事、を言ったら、「え?そうなの?」って驚いてた。裁判の記事も読まずに印象で中傷する人が多い。大体斎藤騙して何の得があんの?
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その後メンタルの調子は大丈夫ですか。ご自愛くださいね
@sssugita あんたのちいかわ評論が深いとは思わんかったけどなぁ!!! あとこの人、別に論じてるっていうより子供に見せない方が良いのではないか という提言なだけというか レーティングについての言及なだけで、「抑圧的な倫理観」っていうのも全然しっくりこねぇよ!!!
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集英社刊「男性解放批評序説」杉田俊介著を読了。男性とは何か?男性らしさとは何か?と言う問いがある。それに対して著者 は思考を重ねる。思考を重ねて答えが出る問題でもない。従来の男性らしさからの解放の旅がこの著書だと言える。 #男性解放批評序説# #杉田俊介# #集英社#
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ストレス大丈夫ですか。何だかつらそうですね。銭湯とかどうでしょう。
@sssugita あんたのちいかわ評論が深いとは思わんかったけどなぁ!!! あとこの人、別に論じてるっていうより子供に見せない方が良いのではないか という提言なだけというか レーティングについての言及なだけで、「抑圧的な倫理観」っていうのも全然しっくりこねぇよ!!!
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ポリコレ批評の最悪の部分、という感じ。きわめて底の浅い作品解釈と、それに比して過剰に抑圧的な倫理観。
ちいかわ映画版、いろいろ考察があるのでしょうが、私が真っ先に思ったのは「お子に見せられない」でした。私はエロも暴力も多少は晒したほうがいいくらい思ってるタイプの親ですが、このストーリーはいただけません。終盤、ちいかわは事情に鑑みて真実の告発を断念します。多少の卑怯さを引き受ける
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どんなカリスマ的影響力を持つ知識人でも、本人だけの力では暴走できない。結局、東氏の愚かしい暴力的差別的な言動の反復を許しているのは、彼を曖昧に許容し続ける読者であり、観客であり、業界の人々である。僕も他人事では少しもない。この構造的癒着こそが我々の真の愚かさである。
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もう一つ。 僕が東浩紀を批判してるのは、転覆事故と過去の沖縄県民の被害について、どっちが重いとか軽いとか、あるいはこれまでの沖縄県民の苦渋があるから転覆事故は免罪されるなんて頭の悪い考えから批判してるのではない。 東浩紀は、批評家あるいは哲学者を名乗り、それを背景にして「批評家として言及」と言ってる。ところが彼は、沖縄に限らないが、ものすごく薄っぺらい関わり程度で、毎度すぐに自分の言論の限界や壁にぶち当たると、そこから逃避することを繰り返し、そんなトラウマを幾つも抱えてる。 で、そんなトラウマに意趣返しができる機会を見つけると、自分の言論の限界を越える試みに挑戦するのではなく、トラウマの要因となった対象の揚げ足を取ることに執着する(その対象の多くが左派的スタンスに基づくものだったりするので、結果的あるいは必然的にネトウヨと親和性ある言説になってしまう)。 で、都合よく、批評家を名乗る。そこには、全く批評家らしさはない。 そして、今回の件で何より彼が卑怯なのは、死亡事故を自分の主張の補強(あるいはトラウマへの意趣返し)に利用してるに過ぎないこと。 こういう糞みたいな東浩紀に、本当に腹が立つって話だよ。 あと、東浩紀の糞にタカってくる糞バエどもが色々湧いてきてるが、東浩紀もここまで堕ちたのかと、ただただ呆れてる。
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以前も紹介した記事ですが、セックスワーカーの実態について、「1割、8割、1割」とでもいうべき見方が紹介されています。 ポジティブな層が1割、ネガティブな層が1割、その間にいる層が8割、というものです。つまり、1割ほどは、いわゆる「ハッピーワーカー」。セックスワークにかなりポジティブな意味を見出し、やりがいをもって働いている人たち。もう1割ほどは、搾取的な環境に置かれ、強制的に、あるいは相当に嫌々ながら働いている人たち。 残りの8割は、そのどちらでもない。可もなく不可もなく、お金を稼ぐ手段として淡々と働いている。別に仕事にやりがいを感じているわけではないけれど、だからといって誰かに強制されているわけでもない。そんな「ふつう」の層です。 これはヨーロッパについての話ですが、日本にもおおむね当てはまるように思います。少なくとも、私自身のこれまでの体感ともだいたい合います。 「セックスワーク・イズ・ワーク」という主張は、しばしば「この1割のハッピーワーカーだけを見ている」と誤解されていますが、そうではありません。 セックスワーカーには、非常にポジティブな人もいれば、非常にネガティブな状況に置かれている人もいる。その間に、大多数の「ふつうに働いている人」がいる。そうした実態の多様性を考慮してほしい、というのがセックスワーク・イズ・ワークの主張です。 なぜなら、廃絶派の議論では、この「1割」の強制・搾取されている人たちが、しばしば「全員」に拡張されるからです。 「好きでセックスワークをする人はいない。全員が被害者だ」と。本人は自分で選択したと思っているかもしれないけれど、それはそう思い込まされているだけなのだ、と。 セックスワーク・イズ・ワークの側がセックスワーカーの主体性を強調することがあるのは、こうしたラベリングが先に存在するからでもあります。 「いや、それはいくらなんでも言い過ぎではないか。全員を一律に被害者とみなすのではなく、多様な実態に即した政策が必要でしょう」と言っているわけです。 そして、これは現在議論されている売春防止法の見直し、とりわけ買春処罰(北欧モデル)を考えるうえでも重要だと思います。 本当に救済すべきなのは、強制や搾取のもとに置かれている1割の人たちです。ならば、その人たちをどう救済するのかを考えればいい。 ところが買春処罰は、そうした1割だけを対象にする政策ではありません。性的サービスを販売している人のうち、強制や搾取とは関係のない9割の人たちまで巻き込むことになります。 つまり、「被害者を救うため」という理由で、被害者とは限らない人たちの仕事まで一律に制限する政策になりかねない。 それならば、必要なのは、セックスワーカーを一律に被害者とみなして買春を処罰することではなく、強制・搾取・暴力の被害にある人がそこから離れられる支援を用意すると同時に、そうでない人たちについても、安全に働ける環境を整えることではないでしょうか。 労働環境を改善することは、むしろ嫌々働いている人たちの状況を改善し、被害を訴えやすくすることにもつながります。セックスワークイズワークの受益者は、当然現役ワーカーを中心とする当事者なのです。 だから、繰り返し述べているように、セックスワーク・イズ・ワークと廃絶派を、「自己決定か搾取か」という対立として捉えてほしくありません。 性的サービスを販売する人々を、全員一律に「被害者」とみなす思想に抗しているのが、セックスワーク・イズ・ワークの側なのです。 「「被害者萌え」では救われない――セックスワーク論再考」(青山薫×要友紀子×荻上チキ)
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なまじ国際政治学に触れ続けているため、見方が素直ではなかったり、曲解があったりするかもしれないのですが、ちいかわ映画を徹頭徹尾、国際政治学的に観るとおうなってしまうのか書いてみました。たぶん3回シリーズになりそうです。ネタバレ注意です。
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よくない。ひどい。私的な「処罰欲求」を防ぐために普遍主義的な「正義」という理念が要求されるのに、「正義は暴走する=正義とは処罰欲求」というネットで一億回も繰り返されてきたジャーゴンにしてしまっている。「暴走する正義を処罰しろ!」というよくあるやつ。アンパンマンの誤読もひどい。
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「今が危機なのか? 本と出版と文芸をめぐる緊急ミーティング」@三鷹school。たいへん勉強になった。以下は自分なりに受け止めた内容のメモ(聞き違いだったりするかもしれないのでその辺はどうぞご留意頂きたく)。→
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気になったのはユマニチュード、バザーリア、フレイザー的な反資本主義やケア階級論の話まで出てくるのに、あのホワイトボードの場面で、フェミニズムの話がなぜか一切出てこないこと。資本主義が収奪する最大の外部は女性の社会的再生産である、という話になるかと思いきや、自然の話に飛んでしまう。
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雑な言い方だが、右派や極右はもともと、温暖化など存在しない、技術革新や資本主義を嫌悪する左派による陰謀論、と主張していた。だが気候危機が露わに現実化すると、今度は反対に、冷房設備が不足しているのは左派のエコロジー志向や技術嫌悪のせい、と主張する。現実を否認し続ける自称現実主義者。
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ニッポンのクールジャパンって、文化や歴史に興味のない「俺たち=バカ」(彼らが考える意味での)でもわかるコンテンツをそのままガイコク人から承認され褒め称えられたい、という欲望であって、意識のお高い映画やら芸術やらはムカつくから焼き尽くせ、という欲望と少しも矛盾しないんだろうとは思う
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先日ある場所のテレビで日本vsチュニジアを観ていたのだが、高齢男女4人が「日本選手は生れの性能で劣るのに頑張っている」「仕方ない体格差を団結で補っている」「相手チームは反則ばかりだが日本は紳士的」「負けて当然なのに勝って偉い」云々と感想を言っていて、そのナショナル意識が興味深かった
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