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そのまた夜に コミュニティ
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「あの夜」には、続きがあった——CAT-A-TAC 『銀河鉄道の夜の、そのまた夜に』8月1日、2日にスペース・ゼロで上演、連動イベントも同時開催 #CATATAC# #銀河鉄道の夜の# #そのまた夜に# #藤田善宏# #白石美徳# #国枝昌人# #村田正樹# #大西彩瑛#
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また夜に配信しまーす! その前に撮影行って来まーす!
2026年6月14日夜に waqu:iraz『#Trio-PPPP# ver-』を観ました。「Paperback Pick→Play→Party」の一作品。会場はPaperbackスタジオ。 ネタバレがあります。 入場すると3個のスーツケースがまず目に入る。壁際には背もたれ椅子。舞台上手の隅にはコンパクトな音響や照明の機材が置かれている。これは始まってから出演者が自らオペレーションをできそう。舞台面と客席の間は電飾と思しきもので隔てられている。やがて場内は満席に。 waqu:irazの舞台は2015年にスタジオ空洞で観た『プラスチックプール』が初めて。その時の俳優たちの身体のキレに圧倒され、そうして描き出すものの研がれ方に見事に嵌った。それ以来、様々な場所で様々な人数のキャストでの彼女たちの舞台を何度も観ている。今回のPaperbackスタジオは彼女たちの上演した舞台のなかでも狭い部類だし3人のキャストも選りすぐり感が強い。 自らを魔女だという彼女たち、その先では自らがあろうとする姿を一人ずつ描き出していく。オフィスでの仕事、スタイリスト、和菓子屋の店長、それぞれの担う現実を描き出す語り口はコミカルでもあり現実のありようでもある。それが台本やそれを支える身体や歌での表現とともに観る側の心当たりとなり実感となって渡されていく。気が付けば創意や表現の研がれ方とともに観る側の実感として響いていくことに取り込まれている。既成のコンサバティブな女性のあるべき論が巻物に手書きで丁寧に書き込まれ、それが体に巻き付けられている表現などを見て、その丁寧さへの遊び心が観る側に対する彼女たちが語り掛けるものの浸透力となっていることに心を捉えられる。コラージュされたような表現ではあるのだけれど、また舞台の広さからしてもこれまでのwaqu:irazのようなダイナミックな表現ではありえないのだけれど、そもそもPaperbackスタジオの空間にはにはなにか表現を呼吸させるような魔法がかかっている。そのなかでの魔法使いが描き出す断片たちには、表現の洗練に捕らわれつつ、目を奪われることのないこの空間でしか紡げない女性たちの温度をもった想いが感じられる。 当日パンフレットを読むと、作品は新潟、札幌、長野県上田市でのツアーを経てこの地に降り立ったとのこと。きっとその場所ごとに全く違う空間の舞台なのだろうと思う。作品にたっぷりと目を奪われた先で、それぞれの場所でどのような魔法がかけられたのか、そんなことも考えながらの帰り道だった。 #waquiraz# #TrioPPPP#
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今夜20:00頃に篠原みなみから とっても大事なお知らせがあります!! そしてそのお話の事で 夜にみなみ酒配信します🙌📽️💗 (時間遅めかも!また告知するね)
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2026年6月11日夜に #半畳の宇宙『##ハムレット×AI』を観ました。# 日本福音ルーテル蒲田教会にて。 会場は教会の聖堂、その祭壇の前のスペースを斜めに切って白いシートが敷かれ舞台が設えられている。小道具で大きなものといえば白い脚立と背もたれのついた白い椅子が一脚ずつ。小道具としてはスマホだのリコーダーだの小物が記憶に残る。 半畳の宇宙は山の手事情社からの団体ということで、その冒頭からかつて見たメソッドや語り口もふんだんに取り入れつつ、観る側を物語に導いていく。 ハムレットは何度か見ているのだが、物語をすべてということではなく、その一部というか枝葉が省かれていることが多くて、ましてや4人の俳優で演じるとなればそれの完全版を演じるなど無理な話、フォーティンブラスもローゼングランツ&ギルデンスターンあたりも出てはこない。でも、そのことが今回の語り口に重なると、物語の骨格の剥ぎ出しとなりその姿が見事に浮かび上がる。山の手事情社的な演じ方だからこその一つずつのシーンを演じ上げる強さもあるし「×AI」を関して切り出す新しさもあるし、一方でその切れ味に編み込まれた遊び心もある。また、描き方のなかで脚立や背もたれ椅子の使い方も生きる。骨格標本のようなハムレットの物語がライブ感を持ち、歩み、その顛末になることに圧倒される。気が付けば時間を忘れて見入った90分強であった。 衣装や音の使い方も洒脱、ノイズの使い方などもうまい。原典からのせりふの切り出しがしっかりと物語全体の血の流れとして機能していることにも関心、演出とそれを演じる俳優たちの力量を感じる。ダイジェスト版といえばそうなのだけれど、単にハムレットの良いところをさらったというだけではなく、「×AI」も物語にライブ感を与えるための良き潤滑剤となって、半畳の宇宙版のならではの筋肉をしっかりと感じることができたハムレットであった。
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夜は本来、心(火)が静まる時間です。腎(水)が心を鎮め、体が深い回復に入る時間帯。 症状のことを考えると、心の火が再び燃え始める。画面の光も目を通じて心を刺激する。「もっと調べれば安心できる」と思いながら、実際には不安が増えていく。 「またこの症状が出た。これは何の病気?」思考がループし始め、心の火が下がらなくなる。検索をやめた後も、頭の中でその情報が繰り返される。眠れない夜に検索するほど、体の回復が遠のきます。 今夜からできること。どれか1つで十分です。 検索したくなった夜は、代わりに足を温める(上に集まった火を下に降ろす)。「今日の体を、言葉にしないでただ感じる」時間を1分作る。今夜だけ、検索しない。 できない日があって当然です。 夜中に症状を調べてしまうのは、不安の大きさの表れです。弱さではありません。 あなたの症状は、①「夜になると特に気になる」か、②「昼間から気になり続けている」か、どちらですか?
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2026年7月24日夜に #ムニ『#巨体』を観ました」。会場はアトリエ春風舎。 ネタバレがあります。 会場に入ると大きくて白くてふわふわ感のあるものが舞台面を大きく占有している。すこし目が慣れてくると齧歯目の動物のぬいぐるみが3匹おかれていることにも気付く。 3人での舞台。始まるとせりふはポップに、そして様々に変化球に組まれ時にスクラッチように音を飛ばし戻り語られる。はじめはそのリズムに翻弄されているのだけれど、やがてそのなかに犬、巨体の妹、その姉、姉妹を訪れる不動産屋の男という物語の構図が浮かび上がる。クロスして演じられる役柄、動物のぬいぐるみはしゃべる玩具でそれも後半にはにぎやかしにはいる。カオスにも思えつつ、物語がしっかりと刻まれていく。せりふの面白さに加えて照明も時に呼吸をするように巨体を彩る。あるいはその内側の影を透かして見せる。登場人物たちの言葉が重なるうちに気が付けばその家の風景にまで取り込まれている。不思議。 衣装も三人三様でそのデザインはキュートな犬だったり街の風景だったり派手なスーツだったりもするのだけれど、それを空間の色を成しその歩みに馴染む。行き場のなさや閉塞、悲劇に醸される喜劇のテイストに観る側も踊る。その先に物語の顛末が体感を伴って渡されることに釘付けになる。 そもそも、冷蔵庫に貼られていそうなチケットがわりのマグネットシールからしてそうなのだけれど、そこには研がれた箍のはずれ方をした遊び心があふれていて、終わってみればそれがデフォルメされつつ登場人物それぞれの心情の鈍にも醒め方にも昇華していることに驚嘆。 巨体の女性とその世話をする姉のもとに不動産屋が立ち退きを迫り、姉は出ていき妹は台車でその部屋から引き出されるという筋立て。気が付けばそこに立体的な想いの肉がつき、温度が生まれ、巻き込まれていた。 終わってみれば、相変わらず目の前の空間を占有しているその白い物体には一人の恰幅のよすぎる女性の風貌と時間が残る。姉や不動産屋の割り切り方も渡される。作り手、演じ手、美術、照明、音響総がかりでのその表現の底力に暫し愕然となる。 物販で表紙をその美術と同じ和紙で作ったという戯曲を購入。観るのとはまた違う言葉たちの豊かさや遊び心が印象が残る。実は一筋縄ではとらえきれない奥行きを持った作品なのだと感じた。 #ムニ巨体
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2026年6月12日夜に #片岡自動車工業『## 秒針』を観ました。Paperback Pick→Play→Partyのプログラムのひとつ。Paperbackスタジオにて。 片岡自動車工業は昔大阪の劇団ユニットとして何作かをみたのだけれど、その後劇団化して東京に拠点を移したとのこと。昨年10月に駅前劇場で『エターナルチルドレン』も観ている。 場内にはいるとステージのエリアには段ボール箱がいくつか積まれている。20名から30名の客席数だろうか。ほぼ満席。予約した観客がそろったとのことでちょっとフライング気味に開演したのにはびっくりしたが、その段階で作り手とその場の観客の一体感を感じたりもする。 4人の出演者によるド関西弁のお芝居である。お笑いコンビを目指して都会に出てきた女性二人の物語。会話が研がれたボケと突っ込みで構成されていて、そのことに違和感がないし、緩急が抜群に作りこまれていて理屈抜きでおもろいし、どつきの要素まで自然に織り込んだ二人の会話の迫力にぐいぐいと巻き込まれてしまう。演じる真壁愛とMARU changの見事さに捉えられつつ、それがベースとなっての物語が生まれていくことにも痺れる。美津乃あわが編む彼女たちの住まいの大家の風貌にもふっと人の温かさを感じさせる味わいがある。また、二人がかかわりあう美鈴演じるアナウンサーの彼女たちとの共振の仕方がやがて物語の顛末に繋がっていくのもうまい。誉め言葉として、時間のフォーカスの引き方とそこに編まれる物語にとてもしたたかな匙加減でのご都合主義があって、それを俳優たちがうまく喜怒哀楽に組み上げていて、自然に作・演出の片岡百萬両が仕掛けた彼女たちの世界に繋がれてしまう。 良い喜劇というのは肩が張らずに笑えて、でもそれがベタにも凡庸にも陥らず物語を追わせるメリハリとなり、終わってみれば笑いがただ揮発するのではなく、その先に味わいや余韻がちゃんと残る。 極めて近い距離での俳優たちのお芝居をたっぷりに楽しんで、心も捉えられて、その関西弁の笑いは、私のような関西出身の人間から見てもとても鍛えられたものだと感じた。 そもそも今回のような小さなスペースで玉造小劇店などでのお芝居にも感嘆した美津乃あわさんを拝見できるのはほんとありがたいことだし、それも含めて技と勢いを持った女優たちによるライブ感あふれる関西芝居を体験できるのはとても贅沢なことだと思った。 #秒針# #猫針#
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2026年7月18日夜に  #ムシラセ『##煙の汽水域』を観ました。会場は小劇場B1。# ネタバレがあります。 劇場独特のL字客席、舞台の中央にはソファ、上手側にはテーブルとイス。 物語は阿岐之将一演じるひとりの男の3つの時代の誕生日で編まれる。最初は彼の20歳の誕生日、父親の葬儀から帰った彼と母と友人の場面。次に30歳の誕生日、家を出ていく同棲していた恋人と20歳の時と同じ友人。最後は50歳の誕生日、愛人との別れ、かつての友人の記憶。観ていて自分に正直に、不器用に生きる男の歩みに切なさも漂うのだけれど、それがダークな男の哀愁だけに感じられない人生喜劇にも感じられることに次第に捉えられていく。 ひとつずつの時代のありようがけっこう強烈でコメディを観ているようにすら思う。異儀田夏葉演じる3人の異なる女性、最初の時代の母親の人物造形に感嘆。傍若無人に遺骨に頓着なくアジしおを振りかける発想や精進落としのステーキにも笑ってしまいつつ、そこに違和感に感じられない人柄として見事に編まれている。その男が30歳の時の恋人を演じる中でのその性格の解き放たれ方も良い。その時の男には届かない彼女の自由さがしっかりと伝わってくる。50歳の男の愛人役にもその女性の雰囲気がしたたかに作り込まれていて、男のスマホをすべて覗き見るということも彼女ならさもありなんと思わせてくれる。それぞれのコミカルさを男のありようの奥行にする実存感があるのだ。 池岡亮介演じる男の友人のキャラクターもとても繊細に作り込まれていた。彼が実はゲイであることが観る側の腑に落ちる。彼の20歳、30歳のときの想いと男の姿の交わりにも、男が50歳にして甦る彼の存在にも見ごたえがある。 当日パンフレットによるとタイトルの汽水域とは川から流れ込む淡水と海からの海水が交じり合う水域のことだという。気が付けば年齢の移り変わりのなかで男がどのように染まり移ろい変化していくのかに見事に引き込まれている。物語のコミカルな部分に繋がれつつ、この主人公のようではないにしても自分も歳とともに変化していったことに思い当たる。年代ごとに次第に舞台がごたごたした複雑さから経験に丸められシンプルに変化していくことにも考えさせられた。 保坂萌作劇はまた一段とたくらみのしたたかさが増したような気がする。 おもしろうて、やがていろんな出来事が悲劇にも喜劇にも甦り、考えさせられる舞台だった。
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