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【国会質問】大義ある副首都構想か?参政党 神谷宗幣代表(特別会) 本日の神谷さんの質疑はいつもと雰囲気が違って見えましたね!😀 何故なんだ!何でなんだ!📣📣 と、おかしい事はおかしいと言う参政党らしい熱のこもった質疑です。 国民が感じてる思いを正面から堂々とぶつけてくれました! 是非、動画をご覧になって頂き、よかったらハイプを!🙏 以下、簡単な要約です👇 1. なぜ南海トラフの危険エリアを除外しないのか? ・発議者側の主張 日本全国どこを見ても完全に安全な場所(リスクゼロの地域)はない。だからこそ、特定の地域を除外するのではなく、複数の副首都を用意してお互いにカバーし合えるようにする。 📣神谷さんの指摘 リスクがゼロの場所はないとしても、災害の危険性が「高い地域」と「低い地域」の差ははっきりしている。 わざわざ甚大な被害が予想されるエリアを候補地に残し続けるのは、論理的に筋が通らない。 2. なぜ複数の副首都を作り、コストをかけるのか? ・発議者側の主張 一つの副首都だけだと、そこが被災したときに機能しなくなる。 複数あったほうが国全体の「回復力(レジリエンス)」が高まる。また、すでに役所や経済機能が集まっている大都市(大阪や名古屋など)のインフラを使えば、ゼロから作るよりコストが抑えられる。 📣神谷さんの指摘 普段は「二重行政の廃止」や「身を切る改革」と言って無駄を削っているのに、首都機能に関しては二重・三重の体制を作ってお金をかけようとするのは明らかな矛盾である。 本当に地方を発展させたいのか、コストを削りたいのか、その場しのぎの二重基準になっている。 3. なぜ「手挙げ方式」なのか? ・発議者側の主張 国家のバックアップという極めて重要な役割を担うため、その地域や自治体に「引き受ける意思」があるかどうかが最も重要だから。 📣神谷さんの指摘 国の予算や方針をしっかり決めてから指定するのではなく、地方に手を挙げさせて随時決めていくやり方では、全体像が見えず予算の無駄遣いにつながる。 結局のところ、特定の地域(大阪など)や特定の政党が自分たちの利益や実績作りのために誘導しやすくしているだけではないか。 神谷さんは「これは本当に国民全体のための法律なのか、それとも大阪優遇のための法律なのか」という本質的な問いを投げかけ、事前のシミュレーションや予算の概要すら出そうとしない強引な進め方を厳しく批判していました。 おかしいと思う部分を曖昧にせず、国民の目線に立って追及する姿勢が強く印象に残る質疑でした。 #参政党# #神谷宗幣# @jinkamiya
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試写で『#温泉シャーク2# 九州大決戦』拝見したので簡潔に感想を。 サメ映画史を追う者として、まずは歴史的な背景について触れさせてください。サメ映画50年の歴史の中で、様々なサメ映画が生まれ、先人たちは道なき道を切り拓いてきました。「希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」、そう魯迅は『故郷』で語りましたが、これはサメ映画の歴史そのものと言えます。 『ジョーズ』の軛からサメを解放したのは、『シャークネード』であるのは周知の通りです。恐怖の象徴だったサメは、竜巻に乗って空を飛び、人々に笑いをもたらすエンターテイナーに姿を変えました。その頃からサメ映画におけるサメはシリアスなキラーと不条理なコメディアンという、『ダブルヘッド・ジョーズ』さながらに2つの顔を持つようになります。 『シャークネード』が切り拓いた道には、サメであることをやめた後進が次々に現れました。しかし、これは一つの陥穽でもあったのです。ハイコンセプトな方向に舵を切ったサメ映画たちの前には、常に『シャークネード』が立ちはだかりました。極限まで予算を削りゲリラ戦に身を投じたZ級サメ映画たちは隆盛しましたが、一般的な視聴に耐えうる予算をかけながら、『シャークネード』ほどに正気を失えたサメ映画は、結局その続編しかありませんでした。ニーチェが「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ」と述べたように、解放者はいつのまにか大きな壁になっていたのです。 『シャークネード』の本質は、 “ありえなさの追究” にあります。ネード世界ではたまたま海を泳いでいた大量のサメが巨大ハリケーンに巻き上げられ人々の上に降り注ぎます。やがてサメを伴った台風は勢力を増し、宇宙に進出したり世界を滅ぼしたり時空を超えるようになっていきます。目の前で起こる信じられない事態が、視聴者を置き去りにして全力で明後日の方向に駆け抜けていくことの快感。それこそが数多くのシャークネーダーを産んだ原動力でした。そしてその快感の高みこそが、後続にとっての壁になっていたのです。 こんな分厚い壁に極東から立ち向かったのが、米国生まれのサメ映画という概念を見事にローカライズした『温泉シャーク』です。日本に深く根付いた温泉文化をベースに、特撮でサメ映画を撮るという試みは、サメ映画界隈のみならず多くの賛同者を生み出しました。ありえない嘘を真剣につき、時たま嘘をつくことを諦める姿勢には、確かにサメ映画スピリットが宿っています。 前作の時点で『温泉シャーク』はサメ映画界の絶対王者の玉座に手を伸ばすことが出来ていたと思います。しかしこの『温泉シャーク2』は、その王位を奪い取ってしまいました。本作は九州全土を舞台にし、筋肉、特撮、サメ、キャスト、音楽、あらゆる点でスケールアップしていますが、特筆すべきは正気を疑う脚本です。ひとたび本編が始まれば、観客に思考は許されません。「なんて?」「なんで?」「そうなの!?」「そっかぁ!」という知能剥奪サイクルが数十セットも繰り返されることで、観客は温泉シャークの世界にのめり込むように調教されていきます。そしていつの間にか、訳の分からない展開を手に汗握りながら見守ることしか出来なくなっていくのです。常識という名の森には上映開始数分で火が放たれ、中盤には焼け野原となり、それでも何かが燃え続け、最後には素晴らしいテーマ曲とともに「いやなんか凄いものを観た気がするけどこれは何?」という大きな疑問と感動が残ります。 これからご覧になる方は、ぜひどのシーンでもいいので人に説明してみてください。あり得なさすぎて誰も信じないと思います。そんな信じがたいことが88分間、連続で起こり続けます。もちろん前作を観てからの鑑賞をお勧めしますが、そういう感じの作品なのでスタート地点は結局同じです。「まずは予習してから」などと宣う非温泉シャーク者をバシバシ劇場に連れ込み、思うがままに蹂躙される九州に頭を抱えさせてください。 サメ映画の魅力は、「思いついたことを映画にしてみる」というクリエイティビティの爆発にありますが、狂人でなければ思いつかないことを映画にされては、もはや我々に打つ手はありません。その意味で、『温泉シャーク2』はサメ映画の王を名乗っても決して不遜ではないでしょう。 『BAD CGI SHARKS 電脳鮫』という作品では、「サメ映画の歴史は『ジョーズ2』から始まった」と語られていますが、『温泉シャーク2』は新たなサメ映画の歴史を開闢したのです。ですが果たして、温泉シャーク製作陣はいまや自分たちが新たな怪物と化したことに気づいているのでしょうか。サメ映画の道は常に獣道です。付き合わされる観客も、たまったもんじゃないですよね。
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【アニサキスレポート 除去から5日目】 体調が!!! ほぼ!!!元に戻りました!!!! 食事量もいつも通り(いつも通りが食べ過ぎなため)までは回復してませんが、それなりに食べれるように…。 お魚生食大国のこの国でお寿司や刺身、生で魚を食べるからには、向き合わなければならないリスク。 どれだけ気をつけていても、彼らは小さく手強き怪物。 時には丸まり、静かに潜むのが得意だったりします。 目で見て気づけるものばかりではないし、完全に防ぐことも難しい。 だからこそ、知っておくこと、万が一のときに適切に対処できること(内視鏡一択)が大切なのだと学びました。身をもって。 アニサキス被害者界隈の皆さまの声、とても励みになりました。 ありがとうございました。
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映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』を観に行ってきました。以下、その感想です。 ~~~ この映画を観て、戦争とは人を殺すだけでなく、人間の心そのものを壊してしまうものなのだと、改めて考えさせられた。 アレン・ネルソンさんは、貧困や人種差別から抜け出そうと、米軍の海兵隊に入隊。沖縄で訓練を受け、ベトナムの戦場へと送られた。そこで彼が教え込まれたのは、敵を殺すことだった。相手も自分と同じ人間であるという感覚を奪われ、命令に従って人を殺す。その結果、戦争が終わっても心の傷から逃れることができない。戦場から帰ってきた人間を、戦争は決して元の人間には戻してくれないのだ。 特に考えさせられたのが、沖縄での米軍の訓練だ。ネルソンさんの証言によれば、沖縄では人間の形をした標的を使った射撃訓練が行われ、アジア人を人間として見ないような意識まで植え付けられていったという。戦場に行く前から、相手の命を奪うことへの抵抗感をなくす教育が行われていたのである。 そして、なぜ沖縄がそのような訓練の場になっていたのかという問題も忘れてはならない。映像のなかでは、沖縄のタクシー運転手や身を売る女性たちが料金の支払いを求めると袋だたきにされたり、ひっぱたかれたりする屈辱的なシーンも出てくる。東洋人を人間と見ず、「クークス」と表現して、殺害などを正当化していったのだ。 戦後の沖縄では、米軍基地の存在と日米地位協定をめぐって、米兵による事件・事故が繰り返し問題になってきた。米軍関係者の犯罪については、日本側が自由に捜査や身柄の確保をできない場合があり、地位協定の運用や日米間の取り決めによって、日本の司法権の行使が制約される場面もある。 もちろん、米兵が日本で何をしても許されるという意味で「治外法権」が認められているわけではない。しかし、基地の中では米軍の管理下に置かれ、事件が起きても日本側の捜査や身柄の引き渡しに制約が生じることがある。こうした仕組みが、沖縄の人々に不公平感や不信感を抱かせてきたことは、「本土」の我々も真剣に考えなければならない。 沖縄の人々にとって、基地問題は単なる安全保障の議論ではない。日々の暮らしのすぐそばに基地があり、騒音や事故の危険があり、事件が起きれば被害を受ける可能性もある。それなのに、なぜ地元の人々が十分に納得できないまま、その負担を長年背負い続けなければならないのだろうか。 1995年に起きた米兵による少女暴行事件は、沖縄の基地問題を改めて社会に突きつけた。ネルソンさんが日本で反戦の講演活動を行うようになった背景にも、この事件があったという。自ら米軍の一員として沖縄で訓練を受けた人間だからこそ、基地の存在と戦争の問題を他人事として語ることはできなかったのだろう。 この映画が重いのは、ネルソンさんを単純な被害者として描いていないところだ。彼は戦争によって心を傷つけられた人間であると同時に、自らの手で人の命を奪った人間でもある。命令されたから、兵士だったから、殺さなければ自分が殺されたから。そのような理由は頭で理解できても、殺された人の命が戻るわけではない。 戦争を始めるのは国家や政治であっても、実際に引き金を引くのは人間である。そして、その犠牲になるのも、同じ人間なのだ。 「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 この問いは、ネルソンさん一人に向けられたものではないと思う。戦争を命じる側、戦争を支える社会、そして戦争を遠い国の出来事として見過ごしている私たちにも向けられているのではないだろうか。 沖縄に基地があることを当たり前だと思い、米軍の存在を「安全保障」という言葉だけで正当化し、そこで暮らす人々の負担や苦しみに目を向けなければ、私たちもまた問題から目をそらしていることになる。 戦争は、始める前に止めなければならない。そして、沖縄に過重な負担を押し付け続ける現状についても、私たちはもっと真剣に考えるべきだ。 観終わったあとも、簡単には答えの出ない問いが心に残る作品だった。二度と人を殺させないために、二度と人を殺さなくてはならない社会をつくらないために、何ができるのか。 この映画は、戦争の悲惨さを描くだけでなく、自分ごととして、平和とは何か、そして自分たちは何を見過ごしているのかを問いかけてくる作品だと思う。
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私は高学歴で容姿も割と良い方なんだが、それでも非モテであることにかつては絶望していた でも今思えば、そういうスペック面を言い訳にできないからこそ、自分の考え方や性格に問題があるのでは?という自責思考を身につけられたので、良かったのかもしれない 過度な自責思考も危険だが、他責である限り非モテ脱却はできない
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人生には「世代ごとに優先して投資すべき対象」があります。 もちろん個人差はありますが、それぞれの年代には、その時期だからこそ最も高いリターンを生む投資先があります。 ▼10代は「友達」への投資。 人格や価値観は、日々を共にする仲間によって大きく形づくられます。どんな友人に囲まれるかが、その後の人生の選択肢や挑戦の水準を決定づけます。 ▼20代は「量」への投資。 人生でもっとも時間と体力を投入できる時期です。圧倒的な試行回数を積み重ねることで、経験が蓄積され、「量が質を生む(量質転化)」という原則が働きます。 また、実力を身につけた人は実力のある人と仕事をする機会を得るので、勝率が上がる。 誰と組めるかは、それまでに積み重ねた成果によって決まります。 ▼30代は「質」への投資。 20代で蓄積した経験を、より高い精度や専門性へと磨き上げる季節です。量で得た知見を競争優位へと変え、仕事の質で評価される段階に入ります。 ▼40代は「人脈」への投資。 この年代の勝負は、「何を持っているか」以上に、「誰と組むか」です。磨き上げた能力や実績を、どの市場で、誰と組み合わせるか。その編集力やネットワークが、大きな成果を左右します。 ▼50代は「健康」への投資。 ここまで築いてきた資産や経験も、健康を失えば十分に活かすことができません。体力や回復力が少しずつ低下し始めるこの時期こそ、健康を最優先の投資対象として捉える必要があります。 ▼60代以降は「愛嬌」への投資。 人生経験だけでは、人は集まりません。年齢を重ねるほど、謙虚さやユーモア、親しみやすさといった「愛嬌」が大きな価値になります。愛嬌のある人の周りには世代を超えた人が集まり、新しい知識や刺激が流れ込み続けます。一方で、愛嬌を失うと交流は同世代に閉じ、世界は少しずつ狭くなっていきます。 人生は、同じものに投資し続ければいいわけではなく、 その年代にしか得られないリターンを見極め、投資先を柔軟に変えていくことが大切です。 その積み重ねが、長い人生全体の価値を最大化するのだと思います。 ビジネス書『北極星 〜僕たちはどう働くか〜』(幻冬舎)より。
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遅ればせながら生誕の感想と感謝を。 この1ヶ月はずっと生誕のことばかり考えていました。最大目標まで集まった生誕クラファンに対して最初のお返しとしてできることは、生誕ライブでみんなを楽しませることだから。 個人のコラボとしては、8年前からお友達のひなこちゃんが所属するIVYさんのギザ銃の弾丸、そして古巣の家族みたいな仲間達とするかげつ(days)曲。 (3曲やったうちの1曲、後天性シンデレラは実は私が辞めた後の曲なんだけど、どうしてもやりたくて覚えちゃった。照) jugs1期生のみんなでは、です。とラブピストン。東京支部同期のホルモンみりちゃんとは、絶ポメさんのlaugh addictionを。現体制JUGSのメンバーではサークラさんのユニゾンをやりました。どちらもJUGS前体制のときにカバーさせていただいていた曲です。 ユニゾンの後にやったaddictionは、現体制では初お披露目でした。 ひめと私は、一度はJUGS MAFIAから、アイドルから退いた身です。 それなのに暖かく迎えてくれた事務所のみんな、何よりもついてきてくれているファンのみんなには心から感謝しています。 だから、 過去があるからこそ今がある。 を体現するライブにしました。 今までの歴史を振り返りつつ、未来へも期待できるような、そんな生誕にしたかった。うまくできてたかな。 おかげさまでVIPチケットは完売、チケット総販売数も目標を大幅に超える枚数でした。全国各地から「このために東京にきました!!」と集まってくれたファンも多くて本当に幸せでした。 唯一心残りなのは、遠方から来てくれたみんなが三連休最後の日だったから早く帰らなきゃいけなくて最後まで見せてあげられなかったこと。そこまで頭回ってなかったや、申し訳ないです。 都内のいつも来てくれてるみんなもめっっっちゃ盛り上げてくれて、緊張してたのに笑顔になった!!!! たくさんのサイリウムもTシャツも、推しリフトもサーフもベイブレード(猫戯のアレ)も見れて幸せでした。後ろの方まで見えてたよ!!カメコのみんなが撮ってくれた写真や動画も、昨日見てニコニコになりました。まだ出してない人ははやく見せて⌒*(U>ω<U)*⌒ 私はねぇライブが好きなんじゃなくて、ライブを観て笑顔になってるみんなを観るのが好きなんですよ。みんなの楽しそうな顔を見ると生まれてきてよかった〜〜って気持ちになるのです。生誕の日はステージに立つたびに感じたよ。 7/20、ひめと私は世界一幸せでした。 みんな本当にありがとう、大好きよ❣️
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俺ろくに才能もなかったのにちゃんと本気で努力したのも遅い方だと思ってて、だからこそ未だに努力できてるし、成長できてるのが嬉しいのよね。 20歳くらいの時に声をめちゃくちゃバカにされてから人前で歌うのが嫌になった事あったもん。それからもずっと続くんだけどね。 でも当時の渋谷のアンダーグラウンドHIPHOPカルチャーはそんな俺にめちゃくちゃ優しくて(俺なんかよりずっとぶっとんだ先輩方がたくさんいたのもあって)、「あぁ、俺このままでいいって言うかむしろもっと行き来らなきゃなんだな」って思わせてもらって、とにかく努力しまくってラップも歌も磨いて、歌詞を研究して曲を創る事を学んで、気がつきゃ今年の顔とか言う身に余る物もらえるようになったよ。「それ本当に俺がもらう奴であってる?」とはなってるけど。 おかげさまで俺は歌やりたいとかラップやりたいとか言うどんな子に対しても嘲笑なんて絶対にしないしそんな気も起きないし、自分に自信持てない気持ちもわかるし、それが打破できる物だって事も知ってる。THE FIRSTから始まってMx2、今年のNo No GirlsやTHE LAST PIECEに繋がってる根っこもそういうとこだと思う。 お金とか地位とかそういう羨ましがられそうなものとかじゃなくて、未だに新人のバイブスで曲作ったりライブしたり成長しようとしたりできてるのはあの日のコンプレックスとか痛みのおかげだからぜーんぶに感謝してるまであるし、 一個一個成功を重ねてひっくり返していくのが多分俺の人生の楽しみ方なのよ。 なので、もちろん賞とかアワードとか褒められる事とかも嬉しいけど、そういうのじゃなくて、昔の自分とか昔の自分みたいな人を救うために、今日も俺はスタジオで自分の曲も人が歌う曲も書いて成功を積み重ねます🫶 #Successis#
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