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先ほど、参議院の特別委員会で皇室典範改定案が可決されました。私は以下の反対討論を行いました(長文です)。 私は日本共産党を代表して、政府提出の皇室典範改定案に反対の討論を行います。 天皇の制度の議論は、憲法の条項と精神に基づいて行い、国民の合意と納得を得て進めていくべきものです。女性天皇、女系天皇を認めるべきという圧倒的な世論を無視して、3時間余りの質疑で採決することは許されません。 そもそも、日本国憲法第1条では、天皇の地位は「主権の存する国民の総意に基く」とされています。昨日の質疑で木原稔官房長官は、国民の理解はいまだ得られていないことを事実上認めました。国民の総意に反するやり方は、将来に大きな禍根を残すものです。 反対理由の第一は、男系男子の皇位継承に固執し、さらに強化することが、日本社会における女性差別を助長するからです。 官房長官は、本法案は日本社会における女性差別を助長することになるのではないかとの私の質問に、「女性差別とは関係ない」とごまかしました。しかし、女性というだけで「国民統合の象徴」の地位につけないとなれば、社会における女性差別を助長することになるのは明らかです。 政府は「男系男子での継承が、わが国の歴史と伝統」と繰り返しますが、この「歴史と伝統」は明治時代に作られたものです。1889年に制定された大日本帝国憲法は「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」として天皇主権を確立し、同時に旧皇室典範に「男系男子」継承を明文化したものです。 この間の議論で自民党が強調する「皇位の男系継承は2600年以上にわたる皇統の伝統」「今年は皇紀2686年」などというのは歴史の事実ではありません。明治時代に天皇を現人神と描き出すためにつくられた皇国神話そのものです。いまだにこうした歴史観に立って「男系男子継承」にしがみついていることは驚くべきことです。 戦後、日本国憲法は国民主権を確立し、皇国史観にもとづく天皇主権を明確に否定したのであります。天皇は主権の存する国民の総意に基づく象徴とされ、憲法第2条は、皇位を「世襲のもの」とし、戦前の「皇男子孫」による継承は削除されました。 この日本国憲法のもとで、多様な性をもつ人々によって構成されている日本国民の統合の「象徴」である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもありません。 天皇の制度は、憲法の条項と精神に基づき、主権者・国民の総意のもとにおくことが、何よりも大切だと強調するものです。 反対理由の第二は、皇族の養子縁組を禁止する現行の皇室典範の規定を覆し、「旧11宮家」の男系男子を将来にわたって皇族の養子候補とし、養子の子の男子に皇位継承権を与えることにしたからです。 「旧11宮家」と、いまの天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代まで遡ります。いまの天皇と36~38親等もの隔たりがある、ほとんど赤の他人に等しいとも言われる、遙か遠い血筋からの養子までもちだして、女性・女系天皇の道を閉ざし、「男系男子継承」に固執する政府の姿勢は、時代錯誤の男尊女卑そのものです。 私が質問で指摘したように養子は皇室の伝統になかったものです。 旧11宮家は、80年前、現典範11条1項の規定にもとづき、自らの意思で皇籍を離れた人々であり、その子孫は一般国民として生まれ育ってきた人たちです。旧宮家だからといって、特別な身分である皇族とすることは、憲法14条1項が禁止する「門地による差別」にも抵触します。さらに、将来にわたって皇族の養子候補に位置づけられた、旧宮家の男系男子の子孫とその家族を「準皇族」ともいうべき特殊な身分に置くものであり、これらの人々の人権を不当に制約することにつながりかねません。 さらに実際の養子縁組において、政治家などが縁組に関与し、天皇の制度の政治利用を引き起こすことが危惧されることを指摘しておきます。 反対理由の第三は、女性皇族とその子が天皇になる道を閉ざしながら、「皇族数の確保」のために皇室行事を担う要員たれと、結婚後も皇室に残ることを原則としているからです。 婚姻後の女性皇族に、住民基本台帳を適用しながら、国民としての権利を認めないというのは矛盾も甚だしいものです。女性皇族を都合良く扱おうというものにほかなりません。 しかも、配偶者や子に皇族の身分を与えないことは、徹底して女系天皇の芽をつもうという意図をあからさまに示すものです。 なお、昨日の質疑で官房長官は、女性皇族の配偶者や子は皇族にならないという本案は、家族との一体性との間で、整合性がないのではとの問いに、日本人と外国人の夫婦を例に挙げて、「そういう夫婦において、国籍や参政権、戸籍の有無等によって違いが生じるが、家族の一体性ということでは、不整合は生じていない」と答えました。この答弁は、選択的夫婦別姓を否定する際の「家族の一体性が失われる」という論拠を政府自身が否定したものであることも指摘しておきます。 反対理由の第四は、政府は今回の法案は「立法府の総意」にもとづくといいますが、昨日の質疑でも反対意見が相次ぐなど、「立法府の総意」なるものが完全に崩壊しているからです。 政府は、皇位継承の問題とは切り離した皇族数の確保策を議論するといいながら、法案提出の段階で、養子の子の男子が皇位継承資格を持つとする規定を突然盛りこみました。国会と国民を愚弄するものであり、断じて許されません。 政府は、「立法府の将来の検討を縛らない」などといいますが、女性天皇への道を完全に塞ぎ、男系男子のみによる皇位継承を固定化しようというのですから、将来のあり方まで縛ってしまうものにほかなりません。 以上、本法案は、日本国憲法の精神と条項に反し、「主権の存する国民の総意」に基くべき天皇の制度を根本から変質させることにつながるものです。 日本共産党は、断固反対し、廃案とすることを強く求め、反対討論とします。
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「支持率下げてやる!」でおなじみのオールドメディア各社が、高市総理のX活用にまたブツブツ文句を言ってますね。 「高市首相が連日のX連投!」 「経済政策の実績をアピール!」 「記者会見ではなくSNSで発信!」 「お盆も休まず投稿、体調が心配!」 もはや何を批判したいのか、自分たちでも分からなくなってるんじゃないでしょうか。 本来、事実関係を確認し、発言を正確に伝え、権力と国民の間に情報を流通させることこそマスコミの仕事だったはずなんですけどね。なのにあなた方は「報道の自由!」「国民の知る権利!」を盾にして、好き勝手に編集し、都合の悪い事実は報じず、都合のいい文脈だけ流してきちゃいましたから。 そりゃ総理も直接「一次情報を出すよ!」となるだろうし、国民も脚色や偏向や捏造のない「一次情報を知りたい!」ってなるのは当然のことでしょうよ。自分たちよりもXを優先されてることに文句をタレる前に、あなた方が間に入ることが明らかに迷惑視されてるくらい、自分たちの報道が低次元であることを恥じたほうがいいですよ。 そもそも政府が直接発信を強化したところで、正確に報道してきたメディアなら何にも困らないじゃないですか。政府発表と記事が一致していれば、「やっぱりこの新聞は正確だ!」と信用が高まるだけです。 困るのは、見出しで煽り、発言を切り取り、文脈を削り、記者の願望や「お気持ち」を混ぜ、読者が一次情報まで確認しないことを前提に記事を作ってきた側でしょう。「支持率下げてやる」的な手法も、一次情報と即座に比較検証できる時代には明らかに通用しなくなりますからね。 だから総理も政府も、一次情報をどんどん出せばいいんですよ。 ・誤報には事実関係を提示する。 ・切り取りには全文を公開する。 ・印象操作には一次資料を示す。 ・会見では誰が何を質問し、政治家が何と答えたのか、国民が直接確認できるようにする。 総理や政府のXより翌日の新聞の方が遅い。全文は政府サイトで読める。会見は動画で見られる。統計も一次資料まで辿れる。そんな時代に「我々が政治家の発言を編集して、国民に正しい解釈を教えてあげます!」みたいな昭和型の情報流通を続けてたら、そりゃ読者は離れますよ。 総理のX発信を嘆く暇があったら、「それでも新聞を読む価値がある!」「一次情報を見たうえでも、この記者の記事を読みたい!」と思われる仕事をしてくださいな。あなた方はもはや、監視される側なんですから。
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【声明】81回目の敗戦の日を迎えて(いのちの党 2026年8月15日) すべてのいのちが守られる社会のために 2026年8月15日、私たちは81回目の敗戦の日を迎えました。 戦争によって命を奪われたすべてのみなさまに、深い哀悼の意を表します。また、ご遺族のみなさまに、心よりお見舞いを申し上げます。 戦争で失われるのは、統計に表される数だけではありません。家族と過ごす時間、学ぶ機会、働く場、住み慣れた地域、医療や介護を受ける安心、そして未来そのものが奪われます。 とりわけ、障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、子ども、妊産婦、病気を抱える人、生活に困難を抱える人、外国にルーツを持つ人など、避難や支援へのアクセスが難しい人々ほど、戦争と災害の被害を深く受けます。 私たちは、重度障害のある国会議員を擁する政党として、政治が見落としがちな人々の声を、政治の中心に置きます。 戦争の記憶を、いのちを守る政治へ 第二次世界大戦では、日本の軍人・軍属と民間人を合わせ、約310万人が犠牲になったとされてきました。近年では、約376万人にのぼるとの推計も示されています。アジア太平洋地域でも、1千万人から2千万人もの命が奪われました。 政治指導者が国策を誤り、外に敵を求める空気を広げ、植民地支配と侵略戦争を拡大した結果です。日本の国民もまた、命や暮らし、自由を奪われ、戦争に動員されました。 戦争の時代には、障害のある人や病気を抱える人、子ども、高齢者など、支援を必要とする人々の命と尊厳が後回しにされがちです。「役に立つか」「効率的か」という物差しによって、人の命の価値に差をつける考え方が広がれば、社会は深く傷つきます。 この歴史を振り返るのは、過去を責め続けるためではありません。同じ過ちを繰り返さず、誰も置き去りにしない政治につなげるためです。 脅威を冷静に見極める 高市政権は「戦後最も厳しい安全保障環境」と説明し、軍備の拡大を進めています。 しかし、ミサイルを増やし、米軍との一体化を深めることが、そのまま地域の安全につながるとは限りません。一方の軍備拡大が相手の警戒を招き、さらなる軍拡へと連鎖する「安全保障のジレンマ」もあります。 1950年代末の米国では、ソ連が米国を大きく上回る数の大陸間弾道ミサイルを保有しているという「ミサイル・ギャップ論」が広がりました。この議論は、軍関係者や政治勢力、防衛産業が大規模なミサイル開発や予算を求める根拠となりました。しかし、後にソ連の能力は大幅に過大評価されていたことが明らかになりました。 脅威の評価が軍事予算や産業上の利益と結びつけば、実際の危険を冷静に検証するより、軍備拡大を正当化する議論が先行するおそれがあります。客観的な情報と幅広い議論に基づき、外交と対話の可能性を最後まで大切にすることが必要です。 防衛産業の利益より、いのちを守る判断を 政府は、防衛産業を経済成長を牽引するリーディング産業と位置づけ、「安全保障と経済成長の好循環」を掲げています。 しかし、安全保障政策を企業の利益や経済成長と結びつけることには慎重でなければなりません。装備の生産や輸出を増やすことが政策の目標となれば、人々の命を守るために何が必要かという視点が後退するおそれがあります。 アイゼンハワー元米大統領が「軍産複合体」に警鐘を鳴らしたように、軍事組織と産業界の結びつきが政策判断を左右することがあります。防衛政策は、企業の利益ではなく、命と平和を守る目的から、必要性、効果、費用、外交への影響を検証すべきです。 政府と企業の関係にも、透明性、公正性、外部からの監視が必要です。 主権を守り、地域を戦場にしない 同盟国であっても、自国の基地、空港、港湾、領空を他国の軍事行動に使わせるかどうかは、本来、日本が判断すべきことです。 しかし、日米地位協定のもとで、日本側が米軍の施設・区域の運用に十分関与できない場面があります。米国で外国軍に認められない権限が日本国内の米軍には認められているとすれば、対等で互恵的な同盟関係とはいえません。 さらに、朝鮮国連軍地位協定などによって、朝鮮半島で有事が起きた場合、日本の基地が後方拠点として利用される可能性があります。日本が戦争の意思決定に参加していなくても、基地から軍事行動が行われれば、日本が報復の対象となるおそれがあります。日本の基地や地域が、他国の戦争に連動する「自動報復装置」のような役割を担わされる危険です。 日米地位協定と朝鮮国連軍地位協定を、国会と国民の前で検証し、見直す必要があります。自国の領土、空、港、道路が、いつ、誰のために使われるのかを日本が実効的に判断できることは、主権と民主主義の基本です。 沖縄をはじめとする南西諸島では、ミサイル部隊の配備や自衛隊の増員、日米共同訓練などが進められています。九州をはじめ、全国でも、演習場、港湾、空港、道路が軍事運用に組み込まれる可能性があります。 地域のインフラが部隊や物資の移動に使われれば、住民の暮らしは軍事計画と重なります。避難する人々と部隊の移動が、限られた道路、港、空港に集中することも考えられます。地域の利用目的、危険の度合い、避難方法、事故や攻撃時の責任について、住民への十分な説明が必要です。 沖縄がかつて「捨て石」とされ、多くの住民が犠牲になった歴史を忘れてはなりません。「命どぅ宝」という言葉のとおり、安全保障の出発点は、軍事施設の都合ではなく、一人ひとりの命と尊厳です。 避難計画だけでは、いのちは守れません 戦争や武力衝突の際、誰もが同じように移動できるわけではありません。人工呼吸器や透析、薬、介助を必要とする人にとって、停電、断水、道路の寸断、医療や福祉サービスの停止は、直ちに命に関わります。子どもたちも、家族や住まい、学校を失い、長く深い傷を負います。 政府は、有事を想定したシェルターの整備や避難計画を進めています。必要な備えを否定するものではありません。しかし、「誰を、どこへ、どのように避難させるか」という計画だけで、戦争から人々の命を守れると考えることには、根本的な限界があります。 障害のある人、医療的ケアを必要とする人、高齢者、乳幼児、妊産婦、病気を抱える人にとって、移動そのものが大きな負担であり、ときには命の危険を伴います。限られた道路、港、空港に、避難する人々と部隊・物資の移動が集中する状況で、誰も取り残さない避難を実現することは、容易ではありません。 シェルターも、場所を用意するだけでは命を守れません。電力、酸素、医薬品、食料、水、医療、介助、意思疎通の支援、衛生環境が継続して確保されなければ、そこは安心して生きられる場所にはなりません。 だからこそ、政府が「避難計画があるから大丈夫」として、軍事施設の配備や地域の軍事利用を進めることには、慎重でなければなりません。避難計画は、軍備拡大や地域の軍事化を正当化するためのものではありません。最も支援を必要とする人々の命と尊厳を守るために、当事者の参加のもとで検証されるべきものです。 政府が掲げる「継戦能力」も、武器や弾薬の量だけでは測れません。国民が飢えず、医療や介護を受け、住まいと地域のつながりを保ちながら生きていけることこそ、社会を守る力です。 戦争を前提に避難の方法を考えるだけでなく、戦争そのものを避ける外交と、誰もが安心して暮らせる社会をつくることが政治の責任です。 自由に語り、分断を広げない 戦争に向かう時代には、政府への批判が抑えられ、異なる意見を言いにくくなることがあります。 1940年、斎藤隆夫議員は日中戦争を批判する演説を行い、その多くが議事録から削除され、除名されました。この歴史を繰り返してはなりません。 安全保障を理由に、国民の自由や権利、表現活動を狭めることにも慎重であるべきです。国家情報会議設置法による国民監視の強化や、国旗損壊罪の新設が、国家への批判や少数者への差別を強めることも懸念されます。 異なる立場の人とも対話し、事実に基づいて自由に議論できる社会を守ることは、民主主義の基盤であると同時に、戦争を遠ざける力でもあります。恐怖や同調圧力に流されず、誤りを指摘し、政策を見直し、互いの尊厳を守ることができる社会こそ、戦争への道を抑えることができます。 すべてのいのちを政治の中心に 日本国憲法は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」と決意しています。 戦争は自然に起こるものではなく、政治の判断によって起こります。だからこそ、戦争を避けるために外交を尽くし、国際的な信頼を積み重ねることが政治の責任です。 81回目の敗戦の日にあたり、私たちは、戦争で失われた一つひとつの命に思いを寄せます。 脅威を冷静に検証し、防衛産業と政策判断の結びつきに透明性を求めます。日米地位協定などを見直し、日本が自らの領土や基地の使われ方を判断できる主権を確立します。 軍備の拡大だけに頼らず、対話と外交、食料、医療、介護、教育、住まいへの支援によって、平和と安心を築いていきます。 すべての命と尊厳が大切にされる社会を、みなさんとともにつくっていきます。 2026年8月15日 いのちの党 #いのちの党# #いのち#
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プーチン氏:「ロシアは日本に対して何の行動も取っていない」 ロシア連邦大統領は、両国関係の悪化は東京側の責任であると指摘した ビシュケク、9月1日。/タス通信/。ロシアは日本に対して何の悪事も働いておらず、両国間の関係悪化の責任はすべて東京にある。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、タス通信の質問に答えてこのように述べた。 「我々は日露関係の悪化に向けて、一歩たりとも踏み出していない。我々は両国関係を非常に慎重に扱ってきた。現在、日露関係で起きていること、すなわち両国関係の悪化は、すべて日本政府の責任である」と、プーチン大統領は、自身の最近の千島列島訪問に対する日本政府の否定的な反応に驚いたかどうかというタス通信の質問に答えて述べた。 「我々は日本に対して一体何をしたというのか。まったく何もしていない。すでに述べた通り、我々は平和条約の問題について引き続き協議する用意があり、日本国民の島々への訪問など、その他の人道的な問題についても解決を図っていた」と、国家元首は続けた。 大統領によると、モスクワは東京との関係において、非常に多くの問題について前向きな姿勢を示したという。「平和条約の締結は複雑な問題だ。複雑な問題であり、我々にとってはすでに決着がついているが、それでもなお、彼らと何らかの形で議論する用意はあった」と彼は総括した。 8月13日、プーチン大統領は初めて自らイトゥループ島を訪問した。これ以前には、2010年にドミトリー・メドベージェフ氏が国家元首として千島列島を訪問していた。同氏はまた、2012年、2015年、2019年にも首相として同地を訪れていた。2021年には、ミハイル・ミシュスティン首相がイトゥループ島を訪問した。 ロシアと日本は、前世紀半ばから、第二次世界大戦の終結に伴う平和条約の締結を目指して交渉を行ってきた。その実現に向けた主な障害となっているのは、千島列島の南部地域をめぐる権利を巡る意見の相違である。終戦後、千島列島全体がソ連に編入されたが、日本はイトゥルップ島、クナシラ島、シコタン島、および一連の小さな無人島群の帰属について異議を唱えている。ロシア外務省は、国際法上適切に確立されたこれらの領土に対するロシアの主権は疑いの余地がないことを繰り返し強調してきた。
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国や行政によるシステムの不備に対して国民が文句を言うのは、自由と権利のための不断の努力であり、自助の一環でもある。 避難所の環境も、学校給食の内容も、街路樹などの酷暑対策も、文句を言うことでよくなっていくのは間違いないよ。 何も言わなければ、放っておかれて悪くなるだけ。
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最近のNHKのドキュメンタリーや在日中国人をめぐる話題を見ていて、以前書いた文章を思い出した。ちょうどいい機会なので、ここで公開しておく。 「如露亦如電、応作如是観」 私はよく、日本語が分からない、あるいは話せないフリをする。 十年前、東京の大学に通っていた頃から、私の格好はいわゆる「アサ系」が行き過ぎていた。基本、こちらがじっと見つめるだけで、向こうの日本人はブルブルと震えながら、静かに隅っこの方へと縮こまっていったものだ(連絡先を聞いてナンパしてくる奴らを除いては)。 東京で一番印象が良い場所は、むしろ歌舞伎町だ。 一つには、十年前あの界隈に住んでいた頃、よく街頭インタビューをされたり、妙な撮影クルーに通行人役として駆り出されたりしたからだ。終電を過ぎた午前3時、自ら指を数本詰めたようなタクシーの運転手のおっちゃんが、一癖も二癖もある変人たちを、駒場東大前の学生寮まで無料で送り届けてくれたこともあった。 もう一つの理由は、ゲーム『龍が如く』シリーズをこよなく愛しているからだ。 兄貴のために泥を被って刑務所に入る裏社会の有象無象、高潔を気取りながらも永遠に巨悪であり続ける○民党の議員、真理や幸福を説くカルトの教祖、東アジアに浸透する米帝エージェントの爪牙、ソープの店長に育てられた本物の英雄、そして誰もが「小鳳仙」のごとき義理堅いキャバ嬢たち。 現実の世界は、そこまで無残で劇的なものではないかもしれない。 だが、2016年に浪江町で原発関連の件で危うくの「カツ丼」を御馳走になりかけた時、私を救ってくれたのは、主に怪しげな掲示板の住人や、調査記者のコネ、Mt.Goxの破綻で日本に流れ着き権利主張をしていたロシア人、そしてLINEグループにいる歌舞伎町のたちだった。私が手にした最初期のビットコインだって、日本の奇妙な人がランダムに送ってくれたものだ。 ワシントンへ通うのをやめ、再び頻繁に東京へ現れるようになった頃、『龍が如く』の近作二譜は、まるで時代の予言のごとく展開していた。 東京都知事は悪党で(龍が如く7 青木遼;もう少しで総理大臣を指名せんばかりだ)、「ブリーチ ジャパン」という名の見事な政治プロパガンダの裏で、外国人を排除しようと目論む野心家が潜んでいる。結局頼りになるのは、中国人のキャバ嬢を装う美女や、風俗街で育ったアフロの元極道なのだ。 暴力団を美化するつもりはない。ただ、「暴排条例」のせいで銀行口座すら作れず、その結果、本物の「Zk-DeFiマスター」へと変貌した人間が、かつて実在したのだ。それこそが、大人になった私が初めて**「仗義毎多屠狗輩、負心多是読書人(義理に厚いのは常に底辺の者たちであり、恩を仇で返すのは常に知識人である)」**という言葉の真意を理解した瞬間だった。 そう考えれば、私の敬愛する中山樵(孫文)先生が、なぜ洪門の「紅棍」となったのかも推して知るべしだ。それこそが、孫文と興中会・同盟会が日本へ亡命した当初、なぜ玄洋社や後の黒龍会へと連なる人々から支援を受けることができたのか、その理由でもある。そして同時に、それは後に日本が南満州鉄道株式会社(満鉄)を生み出し、やがて排外主義の道へと進んでいくことをも予言していたのかもしれない。 アウグスティヌスは『神の国』において、こう記している。 「わたしは小さい舟でするので盗賊とよばれ、陛下は大艦隊でなさるので、皇帝と呼ばれるだけです」 コーンパイプを咥えたマッカーサー天皇は去ったが、かつて存在したはずの「国民国家ではない日本」は、ついに到来しなかったのかもしれない。東京もまた、ポストモダンのモデル都市などではない。モダンはすでに死んでいるからだ。 残されたのは、1995年『攻殻機動隊』の最後の一行だけだ――。 「ネットは広大だわ」 その後の1996年、「サイバースペース独立宣言」が産声を上げた。 夢幻のごときあの東京に、感謝を。 これが、私がこの道を歩むことになった背後の物語だ。
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Claudeがまとめました 前回触れた「五項目の合意事項」のことですね。まず一点補足を。この合意が交わされたとされるのは1967年ではなく、その約9年後の**1976年(昭和51年)10月**です。当事者も同和信用組合そのものではなく、朝鮮総連系の**在日本朝鮮人商工連合会(朝鮮商工連)と国税庁**とされます。1967年の同和信用組合事件が引き金となり、その後の抗議活動を経てこの協定に至った、という流れです。前回「1967年に発展した」と書いたのは不正確でした。訂正します。 ## 五項目の内容 朝鮮総連が1991年2月発行の小冊子『朝鮮総聯』で公表した五項目は、次のとおりです。 1. 朝鮮商工人のすべての税金問題は、朝鮮商工会と協議して解決する 2. 定期・定額の商工団体の会費は損金として認める 3. 学校運営の負担金(朝鮮学校への拠出)には前向きに解決する 4. 経済活動のための第三国旅行の費用は損金として認める 5. 裁判中の諸案件は協議して解決する 要点をまとめると、課税・徴税を個々の納税者ごとにではなく商工連との「協議」で処理し、団体会費・朝鮮学校への負担金・第三国渡航費などを幅広く経費(損金)として認める、という内容です。 ## 背景 きっかけは1967年の同和信用組合事件でした。これを機に朝鮮総連は所属する在日朝鮮人に「朝鮮人弾圧」と称して全国規模の納税拒否と税務署への抗議活動を号令し、在日朝鮮人が多く住む各地の税務署は業務妨害に悩まされ続けました。北朝鮮当局は当初パチンコなど商工業に携わる在日朝鮮人を「小ブルジョア」と蔑視していましたが、1970年代半ば以降その経済力を利用する方針へ転換し、1976年6月には金日成が訪朝団に「在日同胞商工業者は祖国の社会主義建設に寄与すべきだ」と談話を出しています。 朝鮮商工連側は、在日朝鮮人は朝鮮民主主義人民共和国の海外公民であり、その権利として租税条約に相当する協定が必要で、機械的に課税するのは「課税に名を借りた弾圧」だと主張しました。そして社会党の高沢寅男衆院議員(後の党副委員長)が同行して国税庁との仲介にあたり、協定を取り付けたとされます。 ## 存在をめぐる争い ここが重要な論点です。**この「合意」が正式に存在したのかどうかは、いまも見解が分かれています。** 1998年11月の産経新聞報道の後、国税庁は「合意は存在しない」と各国税局に通達し、国会答弁でも一貫して否定しています。1999年2月の参院予算委員会で鴻池祥肇議員がこの件を質そうとした際には、国税庁が事前に質問の取りやめを電話で二度要請し、当日は担当課長が議員会館の部屋の入り口に立ちふさがって取りやめを求めた、という経緯も伝えられています。 一方、仲介した高沢議員自身は、国税庁との合意を勝ち取ったことを認めており、産経の取材に「国税庁幹部が陳情内容に理解を示した以上、合意したととられても仕方がない」と述べています。批判する側は、一般の日本国民に認められていない「税務の団体交渉権」を事実上認めたものだとして「税金特権」「在日特権」の一例と位置づけます。米国のエコノミスト、マーカス・ノーランドも1995年の報告書で、朝鮮総連関係企業が国税庁から特別の優遇を黙認されていることを日本政府関係者が非公式に認めている、と記しています。 整理すると、①総連側は「1976年に5項目の合意が成立し税務がスムーズに処理された」と自ら出版物に書いていた、②仲介役の政治家も合意の成立を認めている、③しかし国税庁は公式には存在を否定している――という三つの事実が並立している状態です。「在日特権」という枠組みは政治的に強い含みを持つ言葉なので、事実として確定した部分(五項目の文言と、双方の主張)と、評価が割れる部分(正式な合意だったのか、優遇にあたるのか)を分けて捉えるのが公平だと思います。
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🇮🇱 いま世界で最も嫌われている政治家の一人が、イスラエルのネタニヤフ首相です。 支持者は彼をイスラエル史上屈指の安全保障の専門家と呼びます。 テロの脅威に囲まれた国家を守り抜き、イランや武装組織に対して一歩も引かない強い指導者だと評価しています。 しかし多くの人々たちの見方は全く違います。 ネタニヤフを、恐怖と危機を利用して権力を維持してきた政治家だと非難しています。 ネタニヤフは1990年代からイスラエル政治の中心に居続け、首相在任期間は歴代最長となりました。しかし、その長い政治生命の裏では数え切れないほどの論争が起きています。 汚職疑惑による起訴、司法制度改革を巡る国民との激しい対立、大規模デモ、政敵との権力闘争、そして中東全域を巻き込む軍事衝突です。 特に批判が集中しているのがパレスチナ問題です。 ネタニヤフ政権下でガザ地区やヨルダン川西岸地区を巡る緊張はさらに高まり、多くの国際機関や人権団体がイスラエル政府の対応を厳しく批判してきました。 2023年10月7日のハマスによる大規模攻撃はイスラエル社会に大きな衝撃を与えました。 しかしその後の軍事作戦によってガザでは前例のない規模の破壊が発生し、多数の民間人が犠牲になりました。 ハマス壊滅を掲げながらも戦争が長期化するほどネタニヤフ政権には政治的利益が生まれると指摘しています。 なぜなら戦争中は国民の関心が安全保障へ集中し、政権への批判が後回しになりやすいからです。 さらに彼らは、ネタニヤフが長年にわたりイスラエル国内を分断してきたとも主張します。 支持者には絶対的な忠誠を求め、反対派には国家の敵であるかのようなレッテルを貼り、社会全体を二極化させてきたというのです。 またネタニヤフはアメリカ政治にも大きな影響を与えてきました。 歴代米政権との強いパイプを築き、イスラエルへの軍事支援や外交支援を確保し続けてきました。 イスラエルの首相でありながらアメリカ国内政治にまで深く介入してきたと見る人もいます。 イラン問題もその一つです。 ネタニヤフは長年、イランを世界最大の脅威として位置づけ、軍事行動や制裁強化を訴え続けてきました。 支持者は彼が危険を事前に警告してきたと評価しますが、批判者は逆に中東の緊張をエスカレートさせる役割を果たしてきたと考えています。 こうした中で一つ確かなのは、ネタニヤフという人物が単なる一国の首相ではなく、中東全体、さらには世界政治にまで影響を与える存在になっているということです。 殺し屋なのか、それとも権力維持を最優先する独裁者なのか。 国家を守るために戦っているのか、それとも終わりのない対立構造を利用して自らの逮捕を引き延ばしているのか。 世界中で激しい議論が続くなか、ネタニヤフとゼレンスキーとUAEで大規模なマネーロンダリングが現在進行形で行われています‼️
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今日は米騒動の日。 第一次世界大戦後、急騰する米価に抗議して富山県の女性たちが立ち上がり、その運動は全国へと広がった。超然内閣と呼ばれた寺内正毅内閣は、この民衆の怒りを受けて総辞職に追い込まれた。 女性に参政権すらなかった時代であっても、政治は民意の圧力を無視できなかった。以前、テレビ番組で、自民党の若手女性議員が「デモや抗議は無駄」と発言していた。しかし、悪政に対して行動で意思を示すことは決して無駄ではない。国民の声を無視し続ける政権は、最終的には民意によって退場させられるべきである。 そして、その民意を示す最も確実な手段が選挙である。結局は選挙。選挙で政治をやり直すしかない。
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過去最高規模ともされる大阪の移民反対デモを、主要メディアが黙殺した構図に違和感があります。 デモは民意を可視化する場であり、メディアが積極的に報じるべき素材です。しかし報道量は規模に見合わず、反対意見が存在しないかのような印象を形成するリスクがあります。国民的合意なく移民受け入れが加速するなら、報道の欠落は判断材料を歪めます。 規模に応じた基準を一貫して適用し、移民政策の賛否を対等に伝えるべきです。
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