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検索結果 私を何の人で認知してるか引用rtで教えてくれるらしい
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今日の朝の研修会でのテーマは、ピーターの法則。 ピーターの法則は、どこかの昇進のタイミングで無能な人間になってしまうというものです。 ❶学生時代は有能であった(優等生)が社会人になって無能化してしまう人。暗記中心で良い点数を取ったタイプ。暗記力が高いが地頭、応用力が弱いので社会人としての適応力がない ❷一般社員としては高い処理能力があり評価されたが管理職になる段階で無能化したタイプ。テクニカルスキルは高いがヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルが低い。知識志向のため他人への関心が低くリーダーシップとコミュニケーションスキルが育たなかったタイプ ❸アウトローのポジションをとって自分は自分と考え生きてきた人。認知バイアスが強く働き、自分の価値観を疑わない。そのため、他人から指摘されても常に自分は自分だから変化しない。 20代までの私はこのタイプだったが、運良く弁証法を使うことで切り抜けられた。 ❹知的謙虚さが低く、相手から何かを指摘されると直ぐに怒りで攻撃するタイプ。齋藤孝先生がいう卵ちゃんタイプ。外の殻を固めるが中身はドロドロ、究極的には自分に自信がないが、それを他人に知られたくないためバカなプライドが高くなるタイプ。 私はこの四分類に当たる人がいわゆる『残念な人』で『バカの壁』にぶち当たってる状態だと思う。 今日は、このテーマで社員とディスカッションしました♪ 知識ではなく心の成長をテーマにできるか、無知の知が何よりも重要と考えています。
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この画像は私の𝕏ね 2023年から これらのいずれかを毎日𝕏で リポストorリライトしてきた 毎日毎日・・・ やらないより やった方がマシ・・・ というレベルの作業を 繰り返すことできる? これには 「センス」や「経験値」は 要らないし関係ない 繰り返し できるかどうかの問題だけ 今日も反応なし・・・ 明日も・・・ 明後日も・・・ 1ヶ月後もないかも知れない それでも続けるのは センス要らないでしょ!!! そうするとね・・・ 3年継続でこの売上です。 ********************************** 売上総額 7,740,000円(最新) ********************************** 私がすっごい❓笑笑 続けただけだよ😊 こっからが大事!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 営業って・・・ すぐに結果が出ると思ってる? 最初は誰にも知られてないよ どんなに良い 商品やサービスでも 「知られていないもの」は 「存在しない」のと同じ 例えば地域の折り込み広告 最初は誰も見ません 記憶にも残りません でも何度も掲載されると… 「この広告・・前にも見たな」 さらに続けると… 「最近・・この広告よく見るよね」 そしていつの間にか 「今は必要ないけど・・ この広告取っておこう。」 という人が現れます..いやホント... もちろん 発信している本人には見えない だから多くの人は 反応がないと途中でやめてしまう 人の認知はこの順番で育つんよ ======================= 知らない ↓ 見たことがある ↓ 何度も見る ↓ 信頼できそう ↓ 必要な時に思い出す ↓ 問い合わせる ======================= 私はクライアントさんから 広告の相談を受けると 必ずこう伝えます 「広告もSNSも 1回で終わらせたら もったいないよ SNSはお金かからないけど 広告なら継続する 予算と覚悟が必要ですよ」と... 「今日の発信は反応がなくても 誰かの記憶には残っている」 「反応がないのは 認知されていないのではなく まだ相手のタイミングでは ないだけかもしれない」 営業スキル必要❓❓❓❓ 必要ないじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
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【研究論文】現代SNSにおける「読書垢」の生態系とフェードアウトのメカニズム ――抽象・具体の認知ギャップと承認欲求の限界に関する考察 あなたのフォロー欄、かつて輝いていた「読書垢」の静かな墓場になっていませんか? なぜ読書垢は雨後の筍のように現れては、数ヶ月で「いいね履歴」すら残さず絶滅するのか?そこにある『抽象と具体の断絶』について考察してみた。 仮説1:雨後の筍のように現れ、絶滅していく読書垢 TLを見ていると、定期的に「おすすめ本教えて!」というポストが万バズし、それに呼応するように新しい読書アカウントが大量発生する。しかし、その多くは驚くほど寿命が短い。たまに気になってチェックしてみると、独自の投稿はおろか、他人のポストへの「いいね」の履歴すら途絶え、完全にフェードアウトしている。 「自分の周りに読書好きはいないのに、エックスにはこんなに溢れている」という言説をよく目にするが、あの賑わいの大半はどこへ消えてしまうのだろうか。 仮説2:読書とSNSの「致命的な相性の悪さ」 結論から言えば、フェードアウトする読書垢の多くは、読書そのものではなく「読書垢という記号」に惹きつけられた、一過性のバブラーである可能性が高い。そもそも、読書は時間とエネルギーを激しく消費する「孤独で地味な作業」だ。1冊を血肉化するのに数時間から数日を要する(高コスト)。一方で、SNSが求めるのは数時間おきの刺激と即時的な反応(高頻度)だ。この構造的なギャップがあるため、「映える本棚」や「話題のビジネス書」を一通り消費して承認欲求の燃料が切れた瞬間、アカウントを維持する動機そのものが消滅してしまう。 仮説3:三宅香帆氏ブームと「抽象と具体の断絶」 近年、文芸評論家の三宅香帆氏の読書本が爆売れしている。彼女の本がこれほど読まれるのは、現代人が「知的なアイデンティティ」を模索している証左でもある。しかし、このブームもおそらく長続きはしない。なぜなら、そこには強烈な「抽象と具体の断絶」があるからだ。 三宅氏が提示するのは、情報を構造として捉え、歴史や社会の文脈と接続する「抽象思考の読書」である。しかし、ブームに乗って参入した日本の読書家(を志す層)の大半は、「次に読むべき具体的なおすすめ本」や「手っ取り早いノウハウ」という、極めて具体的なレベルでしか本を消費できない。この断絶がある限り、どれほど高尚な読書論が流行しようとも、それは一過性のファッションとして消費され、流行が過ぎればまた静かに忘れ去られてしていく。 考察:読書コミュニティを巡る「3つの階層」 この抽象と具体の断絶、そして他者との距離感を整理すると、現在のSNS上の読書空間は以下の3つの階層に分かれていることが見えてくる。 ① ガチの読書好き(生存者:抽象思考タイプ) 「ミステリ」「海外文学」といった少し広めのカテゴリーの幅で物事を捉え、個別の本を超えた構造や文脈を面白がれる層。抽象思考ができるため、自身と100%趣味が合致しなくても他者と「対話」が可能。結果として読書を一生物の趣味にでき、SNSでも生き残る。 ② 読書垢バブラー(一過性:具体思考タイプ) 知的な記号を消費するが、本質的な抽象思考には馴染めない層。「おすすめ教えて」「これ読んで感動した」という具体的すぎるレベルでしか語れないため、ネタが尽きると承認欲求の枯渇とともにフェードアウトする。 ③ 孤高のライト読者(持続:マイスペースタイプ) 思考のベースは具体(「この作家だけ読む」など)だが、そこに承認欲求が絡まない層。SNSでバズる気もなければ、ガチ勢と議論する気もない。自分の手の届く範囲だけで、ひっそりと、しかし確実に読書を楽しんでいる。 面白いのは、①のガチ勢は②のバブラーたちがどれほどTLで騒ごうとも、最初から交わることなく静かに距離を置いている、という点だ。 示唆:それぞれの読書のあり方 誤解してほしくないのは、この三層構造のどこに属しているかに「良し悪し」や「優劣」は一切ない、ということだ。カテゴリーの幅で語り合える人だけが読書を一生ものにできるのは事実かもしれないが、そうでない人も、自身の範囲内で豊かに読書を楽しめればそれで何の問題もない。 ただ、こうして言葉にしてみると、日頃からこのアカウントで仲良くしてくださるフォロワーの皆様の存在が、いかに貴重であるかがよくわかる。 私の独善的なポストに反応をくれたり、本を通じたゆるい繋がりを維持してくれたりする皆様との交流は、まさにSNSにおける私の「承認欲求」を最も健康的で、心地よい形で満たしてくれている。 絶滅していく多くの読書垢を横目に、こうして言葉を交わせる関係が存在すること自体が、この騒がしいタイムラインにおける一つの奇跡のようなものかもしれない。 さて、あなたのTLで今も生き残っているのは、どの階層の人?
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【本気で伸びたいVtuber・配信者・コスプレイヤーの方へ】 お問い合わせをいただいた為、コンサル受講生を募集します! 【先着5名】募集します。 私がすべての受講生を一人一人対応するため、対応できる人数には限りがあるため、限定5名募集です。 お問い合わせ状況や現在の対応状況を見ながら、追加で受付する場合もありますが最大10名程度を予定しています。 枠が埋まり次第、募集は終了となります。 ▼(一部紹介) 憐 ・2025.5月スタート ・前アカウント不正利用され、新規アカウントを余儀なくされた為フォロワー数0〜再スタート ・2025.11月7日Xフォロワー20,009人 現在 ・TikTok公式ライブクリエイターフォロワー12万人 ・最高同接320人 ・Xフォロワー約51,818人 ・X収益化達成 ・インプレッション数7日603.1K フォロワー数だけでなく、インプレッション数を伸ばしてます。 現在は企業さま5社をサポートさせて頂いております。 私のコンサルでは、各プラットフォームの配信の改善もですが、Xを使って認知拡大、収益化、インプレッション数を伸ばしながらフォロワー数を伸ばす、SNS運用について徹底的にサポートしています。 ・Xでインプレッションを伸ばす方法 ・投稿を多くの人に見てもらうためのやり方 ・アクティブアカウントにする方法 ・プロフィールやアカウント設計 ・配信へ人を流すための導線作り ・収益化達成してもインプレッション数を伸ばす 正しいXのお作法をすれば、どのアカウントでも伸びます。 ・配信やXを最短で伸ばしたい ・Xでインプレッションを増やしたい ・拡散してほしい ・配信、X、収益を得られるようになりたい ・何からすればいいのか分からない 自分自身でも正しいXの投稿ができるようにサポート致します。 まずは無料相談だけでも大丈夫です。 本気で配信やSNSを伸ばしたい方は、お気軽にDMまでご連絡ください。 【先着5名】 ※対応状況に応じて追加募集する場合があります ※最大10名程度で受付終了です。 #配信者# #VTuber#
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最初、一人で「創作作品」という日本では馴染みのない写真を撮っていたころ、お前の写真って何?コスプレ?お前のはポートレートじゃない!と言われ 逆に、コスプレの展示に一緒に展示させていただいた時には この写真はコスプレじゃない!展示するな!と今は懐かしい2chで叩かれたりしましたw でも、ooxoさんという仲間が出来て リアポや闇の王で仲間が出来て アメリカで個展やって、PLAYBOYの表紙撮って 海外で受賞して、WPCの日本代表になって いろんな事が積み重なって どんどん「創作写真」が認知されてきました 明日は、久しぶりに大きな撮影です 時間もお金もかかってます でもね、そんな お金とか、時間とか、労力とか全部吹っ飛ばす 得たものがあるのです 明日は、平日 普通ならみんな仕事 そんな日に わざわざ辺鄙な場所へ沢山の人たちが手伝いに来てくれます それが私の宝物です 30年前の私に言ってやりたい 「大丈夫。ひとりじゃない」 明日の撮影も楽しみます
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今の星の与太話。 現実的な拠り所を、「目に見えて派手で、利益を生みそうな一部の大きな存在」に頼りすぎると、いずれ立ち行かなくなる。 今まさに形成されつつあるクリスタルのアスペクトを見ていて、私はそんな印象を受けています。 ここでいう現実的な拠り所とは、利益を生み出すこと。 収益、集客、人気、認知度――。 昨年一度水瓶座へ移動した冥王星は、現在逆行中です。 冥王星は今、「コミュニティの内側だけではなく、その外側の世界にも等しく目を向けよう」と問いかけているように感じます。 お客様の視点。 顧客にとっての満足度。 何が良くて何が不要なのか。 内輪の成果の為だけに動くのではなく、 盛り上がりだけで終わらせるのではなく、 「誰にとっての喜びなのか。」 「その価値は、どのような形で届くのか。」 そこが満たされて初めて、社会にとっての価値として認識され、結果として利益へとつながっていく。 そんな徹底した客観性が、今は求められているように思います。 着目しているのは、牡牛座に入ったばかりのキロンです。 牡牛座はまだ一般社会からの価値付けがされていない、真っさらな人間の土台、肉体、素質、系譜を表します。 クリスタルの頂点で輝くキロンは、「傷」と「癒し」を通して、集団の内側と外側の意識の隔たりをつなごうとしているように見えます。 だからこそ、こんな問いが浮かびます。 「そのスキルや資質、資産、人材への投資は、本当に外の人々の利益につながっていますか?」 「気づかないふりをしていることはありませんか?」 「目指している成長は、本当に求められている価値と一致していますか?」 これを個人に置き換えるなら、 「あなたの能力は、本当に花開く場所で発揮できていますか?」 「その才能の使い方を、間違えてはいませんか?」 ということなのかもしれません。 古い時代が築いてきた概念や肩書き、大衆意識。そこから世界は少しずつ抜け出そうとしています。 これから求められるのは、「本物」であること。 本物とは? 既存の世界で名前が大きいこと? 知名度?影響力? いいえ。この先で求められる本物とは、そのままでありつつも、他人の為に成れる人です。 自身の軸は変わらない。でも外の世界と結びつく為に活かし方を自由に変えられる。そんな柔軟さを持った人。 揺るがぬ資質を鍛え抜いた人。 苦しさ、辛さ、大変さに逃げない人。 自身の喜びも捨てない人。 そして、真実へ近づこうと誠実に努力し続ける姿勢。 そんな本物の自分として生き生きとする人に、大衆意識は惹かれてゆくのでしょう。 もしそこから目を背け続ければ、人の心は静かに離れていく。 そんな危機感を突きつけてくるのが、この週末の火星と天王星の合のエネルギーなのだと、感じています。 双子座は2頭星座。二つの頭、思考、意思、感情を柔軟に交わし合いながら、新たな知の地平を目指します。その変革は軽やかに、一所に留まらず。 現状維持で満足できる配置では無いですね。 特に、私たちエンターテインメントや芸能の世界に身を置く者にとっては、なおさら考えさせられる配置になりそうです。
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「悪口を言うときは、大きな声で!」とは某提督の名言だけども、やっぱり私は、大きな声で悪口を言うやつを信用しない。 ウガリト神話を検索していたら、思いがけないページに飛んだ。それは聖書を経典とする、ある新興宗教のHPだった。 いわく、『この神々を崇拝することは下劣な結果を招く』 『ウガリトには聖書のような倫理的・道徳的な高みがない』 カッチーン💢 「なんやと、コラぁ…」って私の中の石倉三郎が顔を出しそう。 気に入らないのは仕方がない。それはその人の自由。 でも、書き方が良くない。 人が大事にしているものを絶対的な誤りと決めつけて、いかにも学術的に自分が正しいように語っていたから。 事前知識がない人は本当だと信じてしまうんだから、卑怯なやり口だ。フェアじゃない。 …と、イライラしたとき、私は必ず心配になる。 「自分は大丈夫か?」と。 例えば私にも、大きな声で悪口を言ってもいいと思う話題がある。 児童婚や女子割礼。 野蛮で冷酷な習慣だと思っているし、今すぐなくなれと思っている。 じゃあ あの新興宗教と私、何が違うか? “他人が大事にしているもの/文化/習慣を否定している”という点では、同じに見える。 しかし一方で、全く違うとも私は言いたい。 その違いは、「自由かどうか」。 ウガリトの神々を邪悪と呼ぶのは、信仰の自由を踏みにじる➡️NG 児童婚への批判は、子どもや女性の選択の自由を守るため➡️OK よかった!やっぱり私は正しい!何も間違ってない! …と思ったけど、 では彼らがなぜ嬉々としてあんな侮辱的な解説(ウガリト神話は下劣うんぬん)を書くのか。 彼らの正義に思いを馳せてみる🧐 たぶん彼らも、彼らなりに、人々を守っているつもりなんだろう。 私が児童婚や女子割礼で苦しむ子を助けたいと思うのと同じように、唯一の正しい信仰を伝えることが、彼らにとっての人助けだから。 それはもちろん聖書の問題じゃなくて、ある仏教の宗派の人にそう断言されたこともある。 その人は社会的には「良い人」で、歓喜天を信仰する私を”邪悪な道から救おう”と必死だった。 少女漫画みたいに目をキラキラさせながら 「大丈夫!いつかあなたもその魔道から目が覚める時がきっと来る✨」 なんて言っていた。 何が魔道じゃ💢カッチーン💢 つまりは、 大きな声で悪口を言うとき、人は大体、悪口を言っているつもりはない。 良かれと思い、何かを守っているつもりでいるのかも。 なら、せめて私は、反対意見にカチンときたときは、相手が何を守っているつもりなのかを、一度考えようと思う。 自分がいつの間にか、嬉々として悪口を言う側に回っていないか、確かめるために。 …で、例の新興宗教のHPをもう一度よく読んだけど、ほんとカチンとくるわ💢💢💢
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編集長コラム・大学生からの質問「人を惹きつける文章って?」 年度の前半は毎週土曜日、青山学院大学の法学部でジャーナリズムの授業を受け持っている。少人数のゼミ方式。各自が興味のあるテーマを選び、記事を半年弱かけて書いていく。 残り3回となった授業内容をどうするか。学生たちに要望を出してもらった。今日はその中の一つ、「人を惹きつける文章を書くためにはどうしたらいいか教えてほしい」というリクエストに答えることにした。大学の授業で提出するレポートや答案は、無味乾燥なものが多く、読者の心をとらえるような文章を書く機会がないという。 難しいようで、答えははっきしている。 それは「大切な人のことを思いながら文章を綴る」ということだ。技術ではない。 私が感銘を受けた文章がある。2010年に取材した相手の文章だ。女性から男性になった人が、男性から女性になったパートナーと結婚。結婚式の挨拶で読み上げた。 「心と体を1分1秒でも早く一緒にしたいと悩み続け、母親は『男の子に産んであげられなくてごめんね』と泣き崩れました。でも、今日という至って普通な結婚式を迎えました。お互いの性を変え、結婚もできるようになった今の世の中、何より両家の両親に感謝です」 この結婚式を、彼の父親は「気持ち悪い、俺には関わるな」と言って欠席している。それでも、「両家の両親に感謝」と彼が言ったのは、式に水を差さず、和やかな雰囲気を維持したかったからだと思う。パートナーのことを大切に思っているからこそだ。その気持ちは文章全体に行き渡っている。 学生たちには、「自分が大切に思う相手」についてよーいどんで書いてもらった。人でなくて、動物でもOKにした。 それぞれ、すぐに書き始めた。思い当たる相手がいるようだ。 私は教室を出て、コーヒーを飲みながら一休み。締め切り時間に戻ってきた。 「エブリバディ、書けたかー」 だがみんな、私に見向きもしない。一心不乱に原稿を書いていて、「じゃまするな」と言わんばかりだ。私はあきらめて再度、教室を出た。 再度教室に戻り、10分ほどして原稿が出揃った。 黒い目がクリクリしている豆大福の大きさのハムスター、少年の頃に両親が仕事で家におらず話し相手になってくれた隣のおじいさん、大切なライバルであり味方である友人――。 それぞれの大切な相手なことを、読み手がシーンを想像できるくらい具体的に書いていた。情感がこもっていて、今読み返してもじーんとする。 面白いのは、原稿を出した後でも「最後のところ書き直したから、改訂版の原稿を読んで」とか、「フィードバックがほしい」とか、自分の文章をより良くするための執着心が芽生えていたことだ。 もちろん、自分が大切に思える人は限られている。 でもだからこそ、人に会いに行って取材する。五感で相手と対峙し、「この人のために頑張ろう」「この人と同じつらい思いをする人は、これ以上出さない社会にしよう」と心のエネルギーを注入する。ジャーナリズムの役割は「権力監視」であり、権力の暴走を食い止める原動力は怒りだが、大切に思っている人の存在なしに怒りは込み上げない。 私の教え子たちが将来、ジャーナリストになってくれれば嬉しいが、それぞれに目指す道があるだろう。だが何をするにせよ、「大切な人を思って文章を綴る」という行為は人生を豊かにすると思っている。
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