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著名人が中高生時代を振り返る「#わたしの中高生時代」。元内閣総理大臣の# #細川護熙# さんの1回目の記事をアップしました!40年近く続いた自民党単独政権の時代を終わらせた「立役者」の細川さんがどんな10代を過ごしたのか語ってもらいました。
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著名人が中高生時代を振り返る「#わたしの中高生時代」。元内閣総理大臣の# #細川護熙# さんの1回目の記事を公開しました!1993年に40年近く続いた自民党単独政権の時代を終わらせた「立役者」の細川さんが、どんな10代を過ごしたのか語ってくれました。
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1泊7万が安いんだと。 日本は失われた30年で本当に安い国になってしまった。 渋谷のドン・キホーテでタイ人がお菓子を爆買いして「安い安い」と言ってるニュースもあったな。 自民党に政権を任せている限り日本は衰退し続けるぞ。
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きのうは沖縄県名護市で、知事選(9月13日投票)での玉城デニーさん勝利と統一地方選挙での日本共産党の躍進を訴える演説会が開催されました。 尊敬する大先輩の赤嶺政賢・前衆議院議員は、高市自民党政権がごり押しする辺野古新基地建設は普天間基地返還にもつながらず、那覇空港の軍事利用まで想定していると厳しく批判しました。赤嶺さんのお話はいつも沖縄の心がこもっていて胸が熱くなります。 私はまず自己紹介(絵本伝道師)をかねて、沖縄から平和を呼びかける絵本『へいわってすてきだね』(長谷川義史さん)を紹介しました。「絵本はわたしも好き!」という声があがりました そのあと、高市政権の軍拡と沖縄の軍事最前線化が一体であること。またデニー県政下で沖縄経済が伸びていて、今後の経済政策についても、自民党候補の利権誘導政策より、デニーさんがかかげる所得引上げ、貧困対策、公共交通の整備などの政策こそ、沖縄県民のくらしを守り、沖縄経済の未来をひらくと訴えました。 高市政権はアメリカのいいなりに沖縄を日米軍事作戦の最前線にしようとしています。そのために辺野古新基地建設や沖縄の軍事強化に反対するデニー県政を倒そうと必死ですが、沖縄県民はそんなこと許しません。デニーさん勝利でアメリカと高市政権の野望を打ち砕こうという熱気につつまれ、演説会は大いに盛り上がりました。 また名護市議候補のよしい俊平さん、伊江村村議候補の玉城むつこさん、東村村議候補の伊佐まさつぐさんも決意表明、大宜味村村議候補の大山みさこさんがメッセージを寄せました。
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橋下徹氏が以前から私に対して批判的である事は承知していますが、何故、私が自民党を出ていかなくてはならないのでしょうか? 関西のテレビ番組に出演された橋下氏の御発言が、下記の通り報道されていました。 「自民党が割れるというのは僕は大賛成。保守なのかリベラルなのかごちゃごちゃになってる」 「ポイントは高市さんが本当に覚悟をもって出られるかなんですけれども」 「高市さん、いろんなところで、中国に対してとかマッチョなこと言うけれども、ここで本当に高市さんがそれだけの勇気と覚悟があるんだったら、自民党から同じような思想の人を全部引き連れて、それこそ参政党なのか日本保守なのか、そっちのほうとグループ組めばいいんだけど、高市さんはやんない」 ここではっきりと申し上げますが、勿論、「やんない」です! いわゆるバリバリの「親中派」以外は自民党を出ていけ…と言われているに等しい話ですから。 私は、これまでの約29年間、自民党の支部長として、地元で自民党員拡大活動や地域組織作りに励んできました。 ここ数年は、自民党の全国会議員の中で、新規党員の入党紹介数はトップクラスであり、私の政治理念に共感して下さった多くの方々に自民党員として党を支えて頂いています。 「日本を、取り戻す。」のキャッチコピーで戦い、自民党が政権復帰を果たした平成24年衆議院選挙時には、広報本部長でした。 その後、政調会長としては、衆参3回の国政選挙において自民党の公約を取り纏めてきました。 いずれも「常に進歩を目指す保守政党」という自民党の『綱領』に基づく内容の公約で、その3回の選挙では勝利しています。 橋下氏の御指摘のように、今の自民党が保守とリベラルでごちゃごちゃになっているから割れるべきだとは、私は思いません。 国民の皆様の幅広いお声に耳を傾けつつ、具体的な政策を構築できる豊かな専門知識を持つ国会議員の層の厚さは、私が誇らしく思っている自民党の特長です。 本年11月に立党70年を迎える自民党。 1955年11月15日の『立党宣言』は「政治は国民のもの」で始まります。 「即ちその使命と任務は、内に民生を安定せしめ、公共の福祉を増進し、外に自主独立の権威を回復し、平和の諸条件を調整確立するにある」と続きます。 昨秋の衆議院選挙と今夏の参院選選挙で示された国民の皆様の厳しい審判を、真摯に受け止めています。 自民党の原点を見つめ直しつつ、国民の皆様の命と暮らしを守り、力強く経済成長を続ける日本と強靭な国土を次世代に贈るべく、自民党の中でしっかりと働いてまいります。
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【追悼・河野洋平氏】父・一郎が遺した目黒の大豪邸をハンガリー大使館に貸し出した知られざる逸話《神宮寺 慎之介》 「6月13日に年に一度開催される友好協会の総会が都内で開催される予定なのですが、洋平先生からは出席するとの返事を頂いていただけに今回の訃報には落胆しました。40年ぐらいも友好協会のために尽力して下さって感謝しております」(日本・ハンガリー友好協会理事) 晩年は衆議院議長を長らく務めた河野洋平氏が6月8日死去した。89歳だった。 1937年神奈川県平塚市生まれ。父親は戦後の政界の実力者で建設大臣も務めていた河野一郎氏。次男として誕生した洋平氏は早大卒業後に商社勤務をしていたが、65年に一郎氏の急逝を受けて67年の総選挙に立候補して初当選を果たす。その後連続当選を14回果たしている。 一郎氏の実弟で長らく参院議員を務め、参院議長にもなった河野謙三氏は叔父にあたるが、華麗なる一族の後押しもあってその後は選挙で負けることもなかった。 ちなみに謙三氏は早大に進んで陸上部の長距離ランナーとして箱根駅伝でも大活躍し、2度の優勝を果たした後もスポーツ界に尽力していたのも知られたことである。 洋平氏は初当選直後から「自民党のプリンス」と目されていたが、田中角栄元首相の逮捕を受けて76年に「金権打破」を訴えて若手議員らと離党して新自由クラブを結成し、新党ブームを起こす。83年に自民党と連立政権を組み、85年の中曽根内閣の科学技術庁長官として初入閣した。そして86年の衆参同日選での敗北を受けて解党して自民党に復党している。 92年には宮沢内閣の官房長官として就任し、93年8月内閣総辞職直前に慰安婦問題の「河野談話」が出された。 ▶続きを読む(コメント欄へ)
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野党や左翼の主張を聞いていると世の中の悪い原因は全て与党自民党政権の責任となっています。すべて政治のせいと片付け自分の努力と責任の欠如をごまかします。努力も責任感もなくただ甘えてばかりで、憲法で決められている不断の努力もせずにただ権利と求めます。主張は美辞麗句の理想だけです。
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質疑でわかるように、もう自民党は正常な政治ができてない。この人たちが政権をもってること自体怖いよ。 #国会中継#
能登の地震の時にテレビでアナウンサーが 「ダンボールが足りません‼️」 と呼びかけをして いい加減にしろよと思ったの覚えてるけどあれから2年半たって 相変わらず雑魚寝の避難所なのだとしたら 自民党政権は 無能と言うしかない。 無能の極み。
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