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小さな村ならではの人間関係の中で、嘘や過去の秘密やらが少女誘拐事件をきっかけに露わになっていく様が面白かった。母親なら手段を選ばないのかも知れませんが、ラウラの行動は酷だなと思った。#誰もがそれを知っている# #eveybodyknows# #ペネロペクルス# #アスガーファルハディ# #ハビエルバルデム#
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猗窩座が煉獄さんを侮辱して炭治郎がブチ切れられるシーン。これが性悪が繰り返すあの厄介な《挑発/ベイティング》の本質になってるから解説したいんや。 このとき猗窩座は、自分の言葉のどこが悪いのか分かってないんよ。むしろ最大限に評価してるつもりでおる。 猗窩座の内部では《強者は讃える/弱者には唾を吐く》で完全に一貫していて、煉獄さんは前者。だから侮辱した覚えがない。 でも炭治郎は《お前が殺した人の話を、お前がするな》という別の次元の思いでキレてる。価値観の土俵が違う。噛み合わないまま、片方が滅法傷つけられてキレなあかんのや。 現実でも 《俺は思ったこと言っただけなのに相手がキレた》 《相手を馬鹿にするつもりはないが相手は俺を誤解してる》 で挑発をやめないやつとかおるやろ。 ただそんな相手の内心を推し量る作業は、こちらが消耗するだけなんよ。 《お前が勝手に傷ついたから悪くて、俺はそう思ったのを言っただけ》という返しは、俺が相手を理解するのではなく、相手が俺を理解してくれれば問題ない、という一方通行の要求や。 理解のコストを全部相手に払わせる形になっとる。これが繰り返されるなら、その発言の悪意の有無に関係なく、その関係は消耗性の腫瘍のようなもの。切離すか、距離を取る理由としてはそれで足りるんよ。 猗窩座がなんでこうなったか、ちとそれも深掘りしよう 生前の猗窩座(狛治)は、父の薬代のために窃盗と暴力を繰り返して二度罪人の入れ墨を入れられ、喧嘩っ早く、人を殴り続けてきた男や。小雪に出会って、その暴力が人を守るために向いたが、猗窩座の中では優しさと暴力は最初から同居しとる。 鬼になってもそれが変わってない。向き先が反転しただけや。守るものを失った瞬間、同じ力がそのまま外へ出た。 そのうえで彼には、理想化と脱価値化、あるいはこき下ろしの往復がある。煉獄さん、冨岡、炭治郎に惚れ込むような言葉を吐いたかと思えば、思い通りにならなければ一転して見下す。師匠にも小雪にも、置いていかれることへの怯えが常に透けてる。見捨てられ不安や。 猗窩座は、見捨てられる怯えを、強さへの執着に置き換えて生きてきた人生やったといえるんよ。ここらへんが猗窩座の強さへの執着の根源でもあり、限界でもあった。 他者に投影した弱さを見た瞬間に自分の過去、弱い自分が湯気のように立ち上がるから、弱さを憎む。 憎んでいる間は己を見んで済むから激しく憎むんや。彼が弱者を否定し続けたのは、他人を裁くためやなく、自分を直視せんで済ませるためなんよ。 だから最後、記憶を取り戻して自分の弱さに目を向けたとき、彼は戦うのをやめた。あそこで初めて他者と自己の置き換えが解消する。 猗窩座の例を詳細に分析したのは現実の人間関係でもこのてのメンヘラ気質はたくさんおるからや。 見捨てられ不安がつよいから非常につよい優しさを発露する。他人に執着して、褒め(理想化)まくる、過剰に自己犠牲する、そして一転、望んだ愛の形が得られないと暴れる、、、 猗窩座の行動パターンは境界線パーソナリティ障害や愛着不安に非常ににている。 生前の猗窩座も悲劇が起こらなかったらいい夫、いい先生だったかもしれんが、逆に言うと悲劇(思った愛が成就しないこと)一つで菩薩が悪鬼になるなら、それは単に精神の脆弱やねん。 これは無理解で自堕落な父、厳しく甘えさせてくれない母、面倒を見なければいけない弟などを抱えて最後まで誰も責めたりキレたりしなかった《煉獄さん》と比べて精神的な成熟度が雲泥の差や。だから猗窩座はいつも痣すらでなかった柱の煉獄と比肩される。精神的には対照的な二人やからや。 ただ、この手の人間の性格や、性格であるがゆえの挑発の背景を理解できることと、その扱いに耐えることは別や。事情を知って納得しても、相手してどうも削られるなら離れてええ。 猗窩座に必要やったのは、誰かに理解されることやなく、自分で自分の弱さを見ることやった。それは他人が代わりにやってやれるもんやない。 最後ボロボロになって《もう十分だ、やめろよ》と自分で自分に問わないと怒らん気づきやねん。
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『#永遠に僕のもの』鑑賞🎥# アルゼンチン人なら誰もが知っていると言う伝説の殺人鬼の実話。 天使のような顔立ちで世界中を魅了したというその殺人鬼。それを演じた #ロレンソ・フェロ# もその美しさで世の女性達を魅了しているようですね😊 #elangel# #lorenzoferro# #pedroalmodvar# #アルゼンチン映画#
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私の生まれた村では春になると山から小さな獣が降りてきた。 大きさは野兎ほど。ずんぐりした丸い体は翡翠色の被毛に覆われ、そこから短い手足が申し訳程度に生えていて、一見すると大きな毛玉のようだった。 そいつが畑を横切った翌朝には凍土が柔らかくなり、川辺で眠れば氷に亀裂が走り、身体についた雪を払うように身震いすると梅の蕾が開いたので、村の者はただ「春」と呼んでいた。 春。春。春。 祖母の話では昔、春は捕らえるどころか追い払うことさえ禁じられていたという。 納屋へ忍び込んで干した大根の葉を食べても黙って見過ごす。 「春に粟を食わせれば秋になれば太い米になって戻ってくる。小さいけれどありがたい神様みたいなもんだ」と祖母はよく言っていた。 私が十二になった年、父が鉱山の落盤事故で死んだ。 職場から出た見舞金は葬式と借金でほとんどなくなった。 母一人の稼ぎで私と弟を養うのは難しく、夕食の粥は日を追うごとに薄くなっていった。 それでも弟は飯を食い終えるたび「うまかった」と満足そうに笑った。 もう一杯ほしいと言ってはいけないことをまだ六つの子供なりに知っていたのだろう。 二月。 ある朝、納屋で物音がするので戸を開けると、藁の上に春がいた。 干してあった大根の葉を前脚で押さえ夢中で齧っていた。 足元だけ雪が融け、黒い土から小さな草まで芽を出していた。 昔話の中にしかいないと思っていた小さな神様が家にきてくれたことが嬉しくて誇らしくて私は急いで母を呼んだ。 母は春を見るなり私を納屋から追い出し「誰にも言うな」と言って戸を閉めた。 納屋から出てきた母はそのまま「町に行く」と言って出て行き、空が茜色に染まる頃、籠いっぱいに食べ物を詰めて戻ってきた。 母は言わなかったが、春を捕らえて町で売ったのだろう。 私もそれくらい分かる程度には卑屈で大人だった。 その晩、私たちは久しぶりに白い米を食べた。 弟は嬉しそうに飯を頬張り、私も二杯食べた。 それが何より堪えた。 春を売って買った米が、腹の立つほどうまかったのである。 罪悪感で喉を通らないのならまだ救いがあったのかもしれないが、温かい飯が胃へ落ちるたびに、体がもっとよこせと喜んだ。 翌朝、納屋へ行くと春が眠っていた場所だけ雪が融け、その真ん中に黄色い花が一本咲いていた。 私はしばらく眺めたあとその花を踏み潰した。なぜそんなことをしたのかは今でもわからない。 その年は五月近くまで雪が残り、畑に種を蒔いても芽が出なかった。 弟は風邪をこじらせて寝込み、そのまま坂を転げ落ちる様な勢いでやつれていった。 死ぬ二日前、弟は布団の中から窓を見て、 「兄ちゃん、今年は春が遅いね」 と言った。 私は「もうじき来る。その証拠に川向こうのお寺の梅が咲いていた」と嘘をついた。そのころにはお前も起きられるようになると、訊かれてもいないことまでペラペラと話した。 弟はそのまま安心したように眠り。そして死んだ。 私は春が来ない理由を知っていた。 時折あの冬へ戻れたとして、私は母を止められるだろうかと考えるが、どうしてもできないのである。 あの金がなければ弟はもっと早く死んでいただろうし、私もあるいは口減しに捨てられていたかもしれない。 誰が悪かったのだろう。 春を見つけ母に報告した私なのか、春を捕らえて売った母なのか、買った商人なのか、みじめな貧困そのものか。 考えれば考えるほど悪人の顔はぼやけていき、最後には雪の中に春の死体だけが置かれているような気がした。 罪悪感と後悔からか、今でもあの冬の事を思い出し「春を売った金で買った飯など食わぬ」と籠を叩き落とす気高い自分を夢想することがある。 けれど、そんな私の後ろにはいつも腹を空かせた弟がじっと立っている。 だから私は何十年経ってもその先をどうしても考えることができない。
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ノーベル平和賞を受賞したビレイ氏はICC裁判官だ。 ただ、過去には「慰安婦という性奴隷問題を日本は解決すべき」と朝日新聞による虚報謝罪後に発言するなど、反日的と評価できる言動が目立つ。情報戦・認知戦の国家的対策の後進性がある日本。そのツケは誰が払うのか。 そもそもな、「慰安婦問題」は、 朝鮮人女性が日本軍の性奴隷であったか否かを争ったのではなく、日本軍相手の売春業に従事していた女性が、 その売春の報酬として受け取った約2万5千円(現在の貨幣価値にして約7000万円)の金銭を郵便貯金にしていたところ、 日韓協定で日本と韓国の国交が結ばれる過程で、日本国民と韓国民はその後に賠償請求権を放棄する、と決まったことで、 韓国民であるこの女性は、日本の郵貯への債権(郵便貯金針井戻し請求権)が消滅し、それを「返してほしい」という紛争があるんじゃな。 ただ、戦後25年くらいの猶予はあったわけだからな。色々あって韓国から日本に来ることが出来なかったのかもしれないが、 それでも国家の都合で、個人の財産までもが消滅するのはおかしいだろ、ということで日本政府を相手に訴訟を提起した。 結果は最高裁で、この朝鮮人女性の敗訴が決まったわけだが、そう「慰安婦問題」の「争点」とは、性奴隷としての身分(無賃金による強制的な性的奉仕)か否かという紛争以前に、 「売春して稼いだ貯金を日本政府は返してほしい」という紛争があったんじゃ。 ここが、世界の人々から日本が誤解されているところだな。 現時点に至るまで、日本軍が組織的に慰安婦を動員していた事実を証明するものは一切みつかっていない。もちろん、「慰安所」は日本軍が管理していた。 ただし、この管理というのも、慰安所から伝染病が兵士に蔓延しないように軍医に診察させたり、 また、治安が乱れる要素があるので憲兵隊が慰安所を警備し、慰安所の経営を日本軍が許可していた、という三点に絞られる。 現在の警察が、風営法によってソープ鮮度の営業許可をするのを「管理」といえば管理だが、 警察が女性を調達したり、また売春の収益を警察が得る、ということが絶対的にないように、日本軍もまた同様だった。 世界は「日本軍が慰安所を経営」と思い込んでおる。 この原因となったものが、朝日新聞は「済州島で女性狩りをした」という人の証言を載せた記事だ。 ただ、実際に済州島にいって検証しても、そのような光景を見た人はおらず、そもそも、そんな犯罪をしたら大暴動になるというのに、一切の暴動は起きていなかった。 以上の経緯から、令和3年4月27日に日本政府は次の閣議決定をした。  『政府としては、「従軍慰安婦」という用語を用いることは誤解を招くおそれがあることから、「従軍慰安婦」又は「いわゆる従軍慰安婦」ではなく、単に「慰安婦」という用語を用いることが適切であると考える』 そこに強制性を意味する「従軍」という概念はない、ということだな。 ところが、まだ世界には平成5年8月4日に発表された河野談話(慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話)の影響が、色濃く残っている。 河野談話は、朝日新聞の前記フェイクニュースを利用して、 韓国から斡旋された「元従軍慰安婦」を自称する16名に政府が聞き取り調査を行い、 「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけ(中略)いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験させた」 と結論付けたものだ。 しかし、この16名の証言内容は未だ非公開なんじゃな。 一切の検証や反対尋問はされていない。 普通、政府の調査とは事実の調査であるから、あらゆる角度から真実性を検証するのに対して、 「河野談話」はそれがされず、また第三者が証言を検証できないように非公開措置にされているという極めて政治色の強い性質を持つ。 一方で、アメリカ軍占領下の日本において「Recreation and Amusement Association」(特殊慰安施設協会)という組織があった。 若い日本人女性が十数万人もアメリカ軍の「従軍慰安婦」とされていた。 当時、日本には主権がなかったため、日本人女性がどのような性被害を受けても、警察には女性を守る権限が無かった。 その際に「アメリカ軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけいわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験させた」ことは多く証言されている。 このような事例がある中で、河野談話は「数多くいた日本人女性の証言」は一切採用せず「朝鮮人女性の証言」は「朝鮮人」という人種的属性を根拠に採用した「非対称性」を持つわけなんじゃな。 これらの「情報戦」は、戦争を始める上での大義名分とされるか、 自国民の敵愾心を煽る宣伝に使われるのが目に見えている。「戦争協力行為」であると評価できる。だから脅威なんじゃ。 そもそもな、「慰安婦」というのは、朝鮮人の数より圧倒的に沖縄・東北出身の女性の数が多かった。 当時の日本軍には「朝鮮人軍属」という立場の方々がいて、雑務など戦地でしていたんじゃが、 やはり入浴習慣など色々と違うところがあり、沖縄出身の慰安婦が客として相手にすることを拒否する事例が目立った。 すると、トラブルになるじゃろ。 というわけで、朝鮮人軍属には朝鮮人慰安婦が必要ということで、日本人・朝鮮人の慰安婦が混在する慰安所が各地にあったわけだな。 簡単に言うと、もし、イギリス軍にいたインド兵を相手をするためインド人女性を慰安婦に採用したところ、戦後、その責任をイギリス政府に認めた、みたいな話じゃ。 当時の証言を読むとな、まあ具体的に言わなくてもわかると思うが、 新垣結衣やSPEEDなど数々のタレントを戦後輩出した沖縄のルックスと、高須クリニックの技術指導前の戦前の朝鮮のルックスで、 どっちに日本人男性は給料一か月分の料金を払って利用するのか、という話だな。 以上から、「慰安婦問題」とは、前述の日本人慰安婦の存在を歴史からかき消すための「プロパガンダ」としての役割(アメリカ兵専用の"広義の強制"の日本人慰安婦という人権侵害) ・・があったのではないかとワシは分析している。 実際、「慰安婦」といえば、大量の沖縄・東北慰安婦に対して少数の朝鮮人慰安婦が連想されるほどになっている現実があり、 戦後の特殊慰安婦の問題は歴史からほぼ消されてしまった。 これらの原因は何か。 それは、日本が戦後、「情報戦争」を防衛の範囲に全く含めない政策をしていたからに他ならない。 古代ギリシャの貴族、ポリュビオスがその当時の戦争の経緯などを記録した『歴史』第12巻には、 戦争に関する演説や記録について、「虚偽」がどのような役割を果たしたかが書かれているため、引用したい。 「彼は、演説や事件ついて起こるあらゆる事柄を、あたかも修辞学の学校で、与えられた主題について演説する者のように語っているのだ」 ポリュビオスは、歴史家が事実を歪めて記述することを批判する文脈でな、 戦争に関する政治家の演説や外交使節の発言を、実際に話された内容ではなく、 「話されるべきだった」と、著者が考える・想像した内容に書き換えることを問題視し、 「プロパガンダ戦」つまり認知戦を人類で最初に警告したと解釈できる分析でも知られているんじゃな。 情報操作は、存在しない指導者の発言を述べたり、事件の経緯を、 特定の政治的な結論に導くために、都合よく再構成したりする。 戦争の遂行とは、軍事行動だけではない。 国民の認識や兵士の士気は、言論に左右されるという分析があったわけだ。紀元前にな。 この「情報による世論操作」と「戦争」について、より具体的に述べたのが、 プロイセン軍人のクラウゼヴィッツ『戦争論』第3編第3章じゃ。続けて引用するぞ。 「戦争を進行している地域における世論が重要だ」 『戦争論』において、戦争を「物理的な力と力の衝突」だけでなく、 士気や意志などの心理的・精神的要因によっても勝敗が左右される、と分析したわけだな。 戦争とは、個々の兵士の士気や指揮官の意志や能力だけでなく、 自軍への自信や防衛を続ける意志を強める情報が、 軍事的な意味を持ち得ると、「精神と戦争」の相関関係について分析したわけじゃ。 慰安婦問題は、明らかに日本人の精神を挫き、相手国の国民の精神を鼓舞する構造になっているじゃないか。 戦争とは銃や爆弾だけが使われるのではない。 人の精神を攻撃する「認知」が、もう紀元前から兵器として使われていることを、どれほどの日本人が知っているだろうか。 こうして、「日本は性奴隷問題を放置している」という対日認知戦の従事者がノーベル平和賞の権威を獲得した。 そして、それはICCの裁判官だ。 日本は傍観することなく、国家的影響力を行使して自国の国益を荒ぶる国際社会で守り抜け! ---------------------------------------- 【あと389人で供託金がたまる!】 ワシの書いた大ヒット作『われ正気か!』が読み上げ配信になった! (0円登録・解約自由・速聴可能〕 【月額0円登録】(または4か月99円登録) ワシの活動資金のため、下のリンクをクリック→「今すぐ登録する」をクリックして登録→「われ正気か」の検索を頼む! いつでも解約できるので登録だけしてくれたら嬉しい! お願いな! (速聴(倍速で聞くこと)はボケ防止にいいぞ!ワシの祖父母も毎日していた。ワシは12才から18才まで毎日速聴して予備校にいかず旧帝に現役合格したから頭の筋トレなんじゃ) ワシの新刊『日本人をなめとるのか!』が出た! いま認知戦が激しくなっている。 日本人を奈落の底に突き落とすための偽情報。 許せんぞ!という思いで、7人の子を育てつつ書き下ろした。 電子版もあってすぐ読めるぞ! 地元図書館にもリクエストしてな! 写真は先日のピクニックで焼き鳥をやいた煙で目を若干やられたワシじゃ。鳥皮の油脂による煙は半端ないな。焼き鳥屋さんは偉大じゃ。
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『ドラゴンボール』のキャラで会社組織を作りました。 7つの役職に、最も適性の高い人財を配置しています。 長文です。読みづらい方は動画をご覧ください。 1.代表取締役社長:フリーザ 求心力と統率力が桁違いである。 全宇宙から精鋭だけを集めたギニュー特戦隊が、 命令ひとつで一糸乱れず動く。 数えきれない惑星を同時に治め、 スカウターや戦闘ジャケット、メディカルマシーンといった軍事技術を自前で揃え、巨大な軍団をきっちり回している。 宇宙中に支社を持つ巨大グループ企業を、 ワントップで仕切っているようなものである。 種族も生まれも問わず、強ささえあれば取り立てる。 成果を出せない者には一切容赦がない。 結果がすべて、という経営者である。 2.専務取締役(COO):ピッコロ フリーザのように強引に突き進む独裁型のトップには、 現場を冷静に回せる右腕が絶対に要る。 ピッコロは人造人間に圧倒された際、 自分のプライドを捨ててまで神様と融合し、 自ら最強の一手を取りに行った。 個人の意地より組織の最適解を優先できる。 トップの参謀として、一番大事な資質である。 さらに、まだ何者でもなかった孫悟飯をつきっきりの修行で一人前の戦力にまで育て上げた。 何もないところから、会社の主力をひとり作り上げた人財である。 強引な社長の隣で冷静に最適解を出しながら、次のエースまで育てられる。COOとして、これ以上ない。 3.営業本部長:ミスター・サタン 営業は「信頼」と「期待」を売る仕事である。 ほとんど戦っていないのに サタンは「セルを倒した世界の救世主」という看板を勝ち取り、世界中がその言葉を信じて疑わない。ブランディング力が異常。 最初は倒そうとした魔人ブウとさえ心を通わせ、 「もう人を殺すな」と説得して暴走を止めてしまった、関係構築力。 そして極めつきが巻き込み力である。 最後の元気玉では、悟空が呼びかけても動かなかった世界中の人々が、サタンの一声で一斉に力を差し出した。 これだけ人を動かせる営業本部長がいれば、 どんな大型案件も取ってこられる。 4.経理・財務部長:人造人間18号 財務のトップに一番要らないのは、情で財布の紐が緩むタイプである。 その点で18号は、感情で1ゼニーも動かない。 天下一武道会の優勝賞金1000万ゼニーと聞いた途端、 目の色を変えて出場を決めた。 サタンには、わざと負ける見返りに その倍の2000万ゼニーを即決で呑ませている。 一瞬で価値を見極め、取れるものは取る。 出すべきでない支出は1ゼニーも通さない。 費用対効果の合わない戦いには、はなから動かない。 この損得勘定が絶対にブレないところが、 会社のキャッシュフローを守る責任者として何より頼りになる。役員の経費精算は1円単位で詰めてくるだろう。 5.技術・開発部長(CTO):ブルマ CTOに求めるのは、競合が真似できない技術を生み出し、 未知の技術も即座に自社のものにできる人財である。 16歳でドラゴンレーダーを独力で発明。 サイヤ人のスカウターも、地球の技術を遥かに超えた代物だが、一晩で解析し、修理から改造までやってのけた。 未来のブルマに至ってはたった一人でタイムマシンまで完成させ、息子のトランクスを過去へ送り込んでいる。 これだけの開発力が社内にあれば、 競合がどれだけ資金を投じても、技術では絶対に追いつけない。宇宙で一番頼れるCTOである。 6.人事・総務部長:クリリン 人事で一番大事なのは、立場も性格もバラバラな社員を、一人残らずつなぎ留める力である。 悟空の親友でありながらもとは敵だったピッコロやベジータとも、いつのまにか肩を並べる仲間になっていた。 18号に至っては、もともと倒すべき敵でありながら、 最後は結婚して家庭まで築いている。 敵を仲間に、仲間を家族に変えてしまう人財である。 飛び抜けた戦闘力こそないが、これだけ強烈な顔ぶれの中で、誰もが気軽に相談できる。社員の本音を拾い、離職率を確実に下げる。 7.監査役:未来トランクス 監査役の役目は、組織が大きく傾く前に、最悪の芽を摘むことである。 トランクスは人造人間に世界が滅ぼされ、仲間が一人残らず殺された未来を、自分の目で見てきた。 会社が崩壊する瞬間を、誰よりもリアルに知っている人財である。 母のブルマが託したタイムマシンで過去に乗り込み、 3年後に人造人間が現れること、悟空が病で倒れることを前もって警告し、先回りで手を打った。 リスクが表面化する前に動ける、本物の危機管理能力。 あのフリーザを前にしても、一歩も引かない実力と胆力がある。独裁が行き過ぎたとき、臆せず「それは会社の未来を潰します」と言える人財は、トランクスしかいない。 業績だけなら、間違いなく宇宙最強の組織である。 ただし、トップがフリーザだと誰も逆らえない。 社員は本音を飲み込み、イエスマンになる。 健全なガバナンスが、まるで効かない。 唯一モノを言えるのが監査役のトランクスだが、彼が本気で口を開くときは、フリーザと一戦交えるとき。 つまり、会社が空中分解するときである。 だからこそ私は株主として、余計な口は出さず、黙って配当だけいただく。最強のトップには、それが一番賢い張り方である。
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「成績の良い子」と「成績の悪い子」。 その最大の違いは、何でしょう? ↓ ↓ ↓ 答えを考えたら、以下、お読みください。 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 「頭が良い」か「悪い」か。 いえ、違います。 「勉強法を知っている」か、いないか。 そこが最も重要です。 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 「成績の悪い子」の特徴は3つあります。 「勉強が嫌い」で「集中力が続かない」。 そして「勉強法を知らない」の3つです。 この3つの要素は密接に結びついています。 勉強の仕方を知らないので、 いくら勉強しても結果が出ない。 結果が出ないので、勉強の面白さがわからない。 結果として、勉強が好きになれない。 嫌いなことを「やらされ感」の中で強要されている ので、集中力も続きません。 これらの3つの要素の一番上流に位置するのが 「勉強法を知らない」ということです。 △ △ △ △ △ △ 『勉強脳』(樺沢紫苑著、サンマーク出版) P68より引用。 正しい「勉強法」は、 誰かから教えられないかぎり、 知りようがありません。 高校生くらいであれば、本を読んだり、 自分で調べたり、友達同士で教え合ったりも するでしょう。 しかし、小学生や中学生には、それは難しい。 だから、親は「宿題をやれ!」と言う前に、 「勉強法」や「勉強の習慣」を 教えるべきなのです。 しかし、 親もまた「勉強法」を知らないと 教えることもできません。 特に、小学6年生から中学に上がるとき。 勉強の量、スピードなどもガラッと変わり、 定期試験で成績の差が明確に現る。 勉強法を知らない子どもは、 そこで勉強についていけなくなってしまう。 あるいは、勉強嫌いになってしまうのです。 子どもに正しい勉強法を知ってほしい。 というニーズにピッタリな本が出ました。   『中学からの勉強は、こう変わる。 はじめての自学自習のキホン』 (野恵利香著、すばる舎)   中学生を対象に、この本では、 勉強の方法。 だけでなく、勉強の重要性。 そもそも、 なぜ、勉強をする必要があるのか?   勉強を習慣化する方法。 「やる気」を維持する方法。   など、中学生として知っておいてほしい 「自学自習」の基本を、網羅しています。   こういう「自学自習」の基本を知らないと、 せっかく勉強を頑張っても、 結果の出ない間違った勉強法をしてしまい、 非常にもったいない。 中学になった後に「勉強習慣」があるか、ないか。 そして、「勉強法」を知っているか、いないか。 それで、「今後の成績が決まる」。 一生を左右する、 と言っても、過言ではありません。   イントロダクションに漫画も入っていて、 とても読みやすいです。 本書で、親子で一緒に、 「自学自習」の基本を学んでほしいです。 『中学からの勉強は、こう変わる。 はじめての自学自習のキホン』 (野恵利香著、すばる舎) 追伸 ちなみに、小学生、中学生の頃の樺沢は、 クラスで一番成績がよい子に、 「どうやって勉強しているの?」 「1日何時間勉強しているの?」 「どんな参考書、問題集を使っているの?」 と詳細に勉強法を教えてもらい、 それをモデリングしていました。 今の時代、本一冊読めば、 「正しい勉強法」の全てわかるわけですから、 楽な時代になりましたね。
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レブロンが食べ残しを持ち帰っていた理由を、誰も知らなかった。 マシュー・デラベドバ。 2013年のNBAドラフト落選。 サマーリーグで這い上がり、キャバリアーズにたどり着いた。 だが現実は厳しかった。 試合後、こっそり残り物をかき集め、彼女と夕食を分け合う日々。 それを知ったチームメイトは、冗談交じりに笑った。 悪気はない。 それでも、心は削られていく。 転機は、レブロンが戻ってきてから。 ある試合後、またデラが残り物を集めていると、周りがいつものようにいじり始めた。 そのとき突然、レブロンが言った。 「デラ、俺の分も頼む。息子に持って帰りたい」 笑いが止まった。 1日2000万円以上を稼ぐ男が、チームの食べ残しを欲しがるはずがない。 その場にいた全員が、それを理解した。 誰もデラを笑わなくなった。 後日、デラはレブロンに礼を言った。 「本当はいらないですよね」 「お前を恥ずかしい思いをさせたくなかった。このリーグで生き残る方法なら教えられる」 それだけじゃなかった。 遠征手当の受け取りを「忘れた振り」をしてデラに回し、デラの彼女と夢見ていたフランス旅行を誕生日にプレゼントした。 2015年NBAファイナル。カイリー・アービング負傷。 急遽先発に入ったデラが向かった相手は、ステフィン・カリー。 試合後、脱水と痙攣で立てなくなるまで戦い抜きMVPコールが会場を包んだ。 2016年、キャバリアーズは球団史上初の優勝。 デラは4年3800万ドルの大型契約を得た。 彼が真っ先に向かったのは、レブロンのもとだった。 「残ってほしいなら、この契約を断ります」 レブロンは首を振り、こう言った。 「馬鹿なことを言うな。それはお前が命を削って勝ち取った金だ」 プライドを守る方法は言葉じゃない。 自分が先に動くことだ。 #デラベドバ ##レブロン・ジェームズ#
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クレアは、塩の味で目が覚めた。舌の裏に、夜の残りがある。水を飲んでも落ちない。落ちない味を、この街の者は昔から知っている。知っていると言葉にはしない。還りの祭が近い朝は、誰の喉も少し重い。重いことを、風のせいだと言う。街は泥の上に建っていた。城の跡はもう地図にない。あるのは井戸と、壁に残った一文と、底が熱くなる夜の呼び名だけだ。文は読めなかった。読めないのではなく、読む役の者が、文を一つにまとめてから祀るようになった。分かたれた、の字は削られている。まま一つ、だけが残っている。 クレアは削られた跡に、指を置いた。 跡はざらついて、ざらつきの下に別の線がある。線は文句ではない。熱が壁を白くしたとき、ひとりでに浮いたものの痕だ。痕を辿ると、空の向きと、地の向きと、もう一つ、喉の奥へ折れる向きがある。三つめは、祈りの文句に入っていない。入っていないものを、クレアは子供のころから夢で見ていた。 夢では、口が二つある。 一つは空を向いて咳をする。 一つは血のほうを向いて、名前を借りたがる。借りたがる相手はクレアではない。クレアの隣にいる誰かだ。夢の中のクレアは、それを止める役でも、渡す役でもない。塩を舐めたあとに残る、記録の側にいる。  祭の前日、井戸の番人が匙を磨いていた。 「底は今年、早い」と番人は言った。 早い理由は聞かない決まりだ。聞いた者は、次の還りまで井戸へ入る。クレアは聞かないかわりに、磨かれた匙の縁を見た。縁に、白い粉が一つ残っている。粉は塩に似て、塩より古い。 「舐めるな」と番人は言った。  言ったときには、クレアの指がすでに粉を払っていた。払った粉は風に乗らない。指の腹に貼りつき、貼りついた場所から、熱の記憶が上ってくる。海が白くなる夜。 城の壁が光の色になる夜。誰かの肺が閉じる直前、半拍だけ他の血へ移るもの。 クレアは自分の記憶ではないそれを、自分の喉の奥に置かれた。置く意志はなかった。置かれたあとの重さだけが、自分のものだった。 夜、底が鳴った。 鳴りは街まで届かない。 届いたのは、塩を知る喉だけだった。クレアの舌の裏が熱を持ち、熱の向こうに殻の厚みが見えた。厚みの内側で、何かが産みたがっている。 外側で、何かが名を借りたがっている。二つの願いは喧嘩しない。同じ夜を選んでいるだけだ。 壁の文が、暗がりで一度だけ完全になった。 削られた字が戻るのではない。 戻るのは、削る前に熱が書いたほうの文だ。クレアはそれを読まなかった。 読むと、街の呼び名が壊れる。還りは一つであるほうが、匙を渡しやすい。渡しやすいものを壊す役を、クレアは望んでいない。 望んでいないまま、夢の口がこちらを向いた。 空の口は、次の闇をすでに選んでいる。地の口は、この街の芯が冷える速度を数えている。 どちらの口も、クレアの名は知らない。知るのは味だけだ。味は記録で、記録は運ばれる。運ばれる先に、まだ乾いていない字がある。 クレアは井戸の縁に座り、塩の落ちない朝を待った。  待っているあいだ、街の誰も知らないことが、喉の奥でだけ確かになった。還るものは神ではない。神に見えているのは、分かれた手順が同じ夜に重なった結果だ。結果の名を、壁はまだ持っていない。持たないまま次の空が熱を持ち、熱を持った空のどこかで、別の骨が同じ味に目を覚ます。 その骨が自分だと、クレアは思わなかった。思わなかったことが、たぶん、記録の条件だった。
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