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【停電解消も…断水・テントでの避難生活続く】 | ▼スーパーに電気届かず… 九州電力は熊本県内の停電解消を発表 しかし、熊本・氷川町のスーパーではブレーカーをオンにしても電気がつかなかったという ファミリーフードありさ宮原店 吉田翔太社長 「電力会社の人が『この辺、復旧してきている。確認お願いします』と。まだつかなかった」 「すぐそこがついた『じゃあうちもか』と。そろそろかなと思ったのですけど」 九州電力は午後5時前に高圧配電線への送電が完了したと発表 →地震の揺れで建物への引き込み線などが断線した可能性 店内では水やカップ麺など日持ちのする商品を並べて販売を継続 ファミリーフードありさ宮原店 吉田翔太社長 「自分にできることはあまりないので、できることをやっていこうかなと。少し販売していこうかなと」 ▼市民の間では“支え合い”も 熊本・八代市内の民家では井戸を開放し、井戸水を24時間無償で提供 井戸を開放 吉田さん 「おじいちゃんがもしもの場合に備えてつくった。お役に立てているからありがたい」 「電気を使ってポンプで揚げているので、電気代は恐ろしいけど、命に代えられないので。大好きな地元がこんなになって。とりあえず健康でいてほしいし。健康でいないといけないから」 市の給水所は午後7時まで1回5Lの制限 八代市では県内最多の約2万5000戸で断水 →復旧のメド立たず 井戸水の利用者 「何本も大丈夫というのは、あまりないので助かります。(給水所は)何リットルとか制限が多いので。市内に行くほど人も多いので仕方ないと思う」 別の利用者 「本当にありがたいです。全然(水が)来てないので」 ▼灯りが戻っても続くテント暮らし 熊本・氷川町で家が被災した人は横になるために砂利の上にマットを敷いて過ごす 白丸弘幸さん(71) 「母で92歳、兄で75歳、姉で80歳」 (Q.横になっても背中や腰は痛い) 「痛みはあると思います。痛くなったら椅子に座っての繰り返し。熟睡はできない」 母のレイ子さん(92)は心臓にペースメーカーを入れていて、高齢者や障害者を受け入れられる設備が整った福祉避難所に身を寄せたいと考えるが… 白丸弘幸さん(71) 「何回電話してもつながらなかった。話し中。つながっても切れちゃう。電波の調子が悪い」 日中は木陰で過ごし、車のガソリンを節約しながら冷房を使用 母 レイ子さん(92) 「お風呂入れないのが今。タオルをお湯で濡らして拭くぐらい。拭かないより良い。拭いた後は気持ちが良い」 白丸弘幸さん(71) (Q.何に一番困っている) 「やっぱりガソリン。ガソリンがあればエンジンかけて100Vの電源使えるから。やっぱりガソリンがないと何ともならない」 「電気が来たからと言って、家の中でやることは何もできない」
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憲法改正について議論になっていますね。いろんな意見がありますが、私はまず根本的な死生観や倫理観についてもっと話し合う必要があると思います。 ガンダムの中で軍属であるアムロがお母さんに会うために連邦軍のホワイトベースから離れて、敵国であるジオン軍の統括エリアにある難民キャンプに潜入するエピソードがありました。お母さんには会えましたが、連邦軍の兵士が紛れ込んでいるという通報を受けてジオン軍の兵士がキャンプを検閲します。お母さんはアムロが見つからないようにベッドの中にかくまって、病人です、と言いますが、ジオン軍兵士は布団を引きはがします。その瞬間、アムロは兵士を撃って殺してしまいます。 お母さんはアムロに言います。「この人にも家族があるだろうに。」しかしアムロは言います。「お母さん、これは戦争なんだよ。僕が死んでもいいの?」 ここにはとても深い倫理的な問いが隠されています。人を殺すのは良くない。かといって、自分は一方的に殺されてもよいのか。性善説、性悪説という議論もありますが、私は人には道徳的な美しい心と、獣のような衝動的な感情が共存していると思います。私も人を殺したくないですが、もし戦争になって、敵が獣のように私に向かってきたら、やはり銃を撃ってしまうと思います。 憲法で武力行使を禁じている前提として、人の善性への期待があるでしょう。人は本来倫理的で、話し合えばわかる、と。しかし、常にそうではありません。そうではない獣性にとらわれてしまったら、こちらも武力行使をしなければならない、と考えます。 それならば、私たちにできることは、いかに相手の善性を引き出し、善なる心で話し合い、コミュニティを維持していくか、を考えることです。そのために国のリーダーは善性を持って議論すべきであり、獣性を前提とした議論をするべきではないと思います。 武力行使について考える場合でも、「本来善性によって話し合い、助け合い、解決すべきことで、まずはそこに全力を尽くす。それでも、相手が獣性にとらわれて武力行使を行ってきた場合、残念ながら、自らも武力行使をせざるを得ない。そのためのルール変更である。」と。 重要なのはルールではなく、その背景にあるポリシー、考え方です。そこが曖昧で共有できていないまま議論をしてもすれ違うだけです。 このような問題は安倍元首相を殺害した山上さんの事件についても言えます。山上さんが安倍さんを殺したのは、多くの人を助けるために一人を犠牲にしてよいか、といういわゆるトロッコ問題です。結果的に、統一教会は解散になりそうですし、韓国社会にも大きな影響を与えています。このトロッコ問題には正解というものがなく、コミュニティとして非常に難しい問題です。山上さんの行動が正しかったのかどうか、多くの学者さんが長い時間をかけて考えても結論は出ていません。本来どうあるべきか、というポリシーが社会的にも作り上げられていないのです。それなのに、「人を殺してはいけない」という法律に違反している、という点だけで彼を無期懲役にしようとするのは法律の濫用に思えてなりません。 誰もがアムロにも、アムロのお母さんにも、そしてジオン軍の兵士にもなりえます。自分がどの立場にあったとしても、納得できるルールなんてあるのでしょうか。願わくは、そのような極限状態にならないようにすることです。
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もしLLMの頭の中に、人間がまだ名前すらつけていない「概念」が住んでいたら、私たちはそれをどうやって見つければいいのでしょうか。 🔍 これまでの解釈可能性研究は、「拒否」「真実性」「欺瞞」といった、人間がすでに持っている概念をモデルの内部にひたすら探すという発想で進められてきました。しかし考えてみると、LLMが計算のために使っている「区別」の総量は、人間が持つ有限の言葉の数よりずっと多いはずです。有限の記述で言い表せる性質はたかだか数えられる個数しかないのに、内部状態がとりうる性質の空間は数学的にはそれよりずっと大きい。ここに、人間の概念では捉えきれない「隙間」が存在します。 💡 そこで論文が提案するのが「Xeno-Interpretability(異種解釈可能性)」です。ポイントは、内部表現を実験的に特定し因果的に操作できることと、それを人間の言葉で説明できることを、あえて別問題として切り分ける点にあります。人間には意味づけできなくても、文脈をまたいで安定して見つかり、介入すれば挙動が変わる「Xeno表現」というものが存在しうる、という発想です。 🌐 これは単なる思考実験にとどまりません。エージェント同士が対話しながら協調するマルチエージェントシステムでは、人間には読み取れない固有の内部表現がメッセージを通じて静かに伝播・安定化していくかもしれない、という安全性への示唆も論文は指摘しています。 タイトル: Xeno-Interpretability: Investigating the Alien Minds of LLMs URL: #解釈可能性# #AI安全性#
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この著者は、心理の世界の言語化がとても上手だと思った。「他人を攻撃せずにはいられない人」の内面への指摘や、攻撃を受けやすい人の特徴、攻撃を受けているのに気づかない人の心理などを描いた言葉に、ハッとさせられる。長いけど、めちゃくちゃ読んで欲しい。Xでよく見かける人たちの心理構造への理解の解像度も上がると思う。以下、引用。👉 「攻撃欲が強い人が欲しているのは、破壊である。他の誰かがうまくいっているのが許せない。それゆえ、他人の幸福や成功に耐えられず、強い怒りや敵意に突き動かされて、とにかく壊そうとする。  そこに利害がからんでいる場合もある。自分自身の願望や利益しか頭にない彼らは、自分が望むものを手に入れるうえでの邪魔者に対して、攻撃の刃を向ける。たとえば、あるポストに自分が就くために、ライバルを陰で中傷したり、足を引っ張ったりして、蹴落とそうとするような場合が典型例だろう。自分の行動がどれだけ混乱を巻き起こしたり、迷惑をかけたりするか、などということには決して目を向けようとしないわけである。  このようなエゴイストはなるべくなら近くにいてほしくないものだが、意図がわかりやすいため、実は対処もしやすい。厄介なのは、自分の利益がからんでいるわけでもないのに、あなたを打ちのめし、あなたがやっていることを台なしにし、ときには、あなたの人格そのものまで破壊しようとするようなタイプである。  しかも彼らは、悪意を隠して攻撃する。もしくは自分自身の悪意に気づいておらず、無自覚のまま、非常に残酷なことをやってのける場合もある。しばしば、『あなたのためを思って』とか、『こういう理由があってやっているんだよ』とかいった言い方で接してくるが、その善良で優しそうな仮面の下に何らかの悪意を隠し持っている」 「自分の近くにいる人の攻撃欲を見抜くことはとても難しい。 『いやいや、化けの皮なんてすぐにはがれる』とお思いになるかもしれない。でも実際には、自分が攻撃を受けていることに気づかないままでいる人はとても多い。  他の人がターゲットになっている場合は、比較的簡単に見破ることができる。気づきにくいのは、自分自身がターゲットにされているケースである。先ほど紹介した女性の事例からもわかるように、自分が痛い目に遭うまでは、はっきり認識するのが難しく、時間がかかることが多いのだ。  しかも厄介なことに、攻撃欲のある人は、攻撃していることを周囲に気づかれないように隠蔽することが多い。先の女性も、『先輩は、私の憧れです』などという歯が浮くようなおべんちゃらを真に受け、安心して愚痴をこぼしたり、新しい企画について相談したりしていた結果、気づいたときにはもう手遅れだったわけである。  このように、相手を直接攻撃するわけではなく、遠回しに打ちのめそうというタイプから身を守ることは、なかなか難しい。そういう人は虚実とり混ぜて語るし、誠実そうにふるまっていたかと思うと突然計算高さをのぞかせる。こうした二面性もあるので、一体どういう人なのかわかりにくく、周囲がころっとだまされることになりやすい」 「攻撃欲の強い人は、世間で一般に『善』として受け入れられているようなことをよく引き合いに出す。  正直でなければならないとか、寛大でなければならないといった、それが適切かどうか、日頃は誰も疑ってみないような考え方を持ち出すことが多い。子供の頃からしつけや教育の中で教え込まれてきた支柱であり、おとなしく従順な人ほど、こういうことがきちんと守られなければ社会は成り立ちえないと信じ込んでいる。(中略)  そこにつけ込んで、自分に都合のいいようにねじ曲げて解釈するのが、攻撃欲の強い人である。もし、あなたが何かを頼まれて断ったら、『友達が困っているのに助けないなんて、冷たい』といった言葉を吐いて、罪悪感を覚えさせるように仕向けるわけである。(中略)  相手に罪悪感を抱かせるうえで何よりも有効なのは、自分が被害者のふりをすることである。そうすれば、自分の責任は全て否認できるのだから。そのため、何か具合の悪いことがあっても、悪いのは常に他の誰かであり、自分はあくまでも被害者なのだという印象を周囲に与えようとする。  ターゲットにされやすいのが、誰かが困っているとすぐに同情して、助けてあげたい、慰めてあげたい、守ってあげたいなどと思うような人なのは、決して偶然ではない。こんなふうに優しい人は、少しでも責められると、悪いのは自分なのかと罪悪感を抱きやすいので、攻撃対象としてうってつけなのである。  そのうえ、攻撃欲の強い人は逃げるのもうまい。もし、あなたが、『私が一体何をしたというのだろう? なぜ私がこんなに責められなければならないのだろう?』と疑問を感じて質問しても、巧妙に話をそらせたり、論点をすり替えたりする。ときには、別のことであなたを攻撃して、あなたの心の中にさらなる混乱の種をまくかもしれない。  だいたい、質問にはちゃんと答えず、はぐらかす達人である。そのため、あなたが、自分には落ち度がないのに責められることが納得できず問いかけても、のれんに腕押しだ。あなたは、痕跡を残さずに殴られ続けているような気になるかもしれない。  要するに、攻撃していることを隠蔽しながら攻撃するのが常套手段である。もし、わかりやすいやり方で直接攻撃するようなことをすれば、反撃されるかもしれない。説明を求められるかもしれない。場合によっては、相手が防御したり、逃げ道を見つけたりするかもしれない。そうさせないために、自分は責めているわけでも、攻撃しているわけでもないと否認しながら、ターゲットを身動きできない状態に追い込んでいくわけである」 「ターゲットを孤立させるのも、攻撃欲の強い人の常套手段である。  従事している仕事や活動をけなしたり、せっかく築いた人間関係にけちをつけたりして、徐々に他の人とのつながりを断ち切るように仕向けていく。そのために脅すこともあれば、いさかいの種をまくこともあるが、いずれにせよ、周囲との関係に亀裂を入れようとする。  これは、ターゲットが他の人との交流によって考えを変えたり、支えてもらったりするようになるのを防ぐためである。そんなことになれば、影響力を行使しにくくなるので、シャットアウトするわけである。  というのも、攻撃欲の強い人は、自分がその場を支配できないとか、影響力を行使できないという状況に直面すると、強い不安にさいなまれるからである。そこで、そういう事態を極力避けるために、自分の思い通りに操作できるよう策を弄することになる。  ターゲットの家族、友人、同僚、さらには仕事や趣味にまでけちをつける。ターゲットが好意的な判断を下しているものでも、批判したり、けなしたりして、締め出そうとする。『あんな親だと、うまくいかないのは全て親のせいにできるよね』『なぜ、あなたがあんなことに貴重な時間を使うのか、わからない』といった言い方で、ターゲットが周囲の人々に対して疑惑や不信感を抱くように仕向けるのである。  このように孤立させようとするのは、自分のあずかり知らぬところで、ターゲットが能力を発揮したり楽しみを見出したりすることに耐えられないからでもある」 「ある人が攻撃欲の強い人だということに気づいたら、最良の解決策は、できるだけ避けるということである。  たとえば、同じ職場で働いている場合、勤務の時間帯を変更するとか、向こうがよく行く場所には足を向けないようにするとかして、なるべく顔を合わせないようにする。場合によっては、異動や転勤を申し出るという選択肢だってあるかもしれない。  そこまでするかと思われるかもしれないが、私の外来に通っていた会社員の女性は、背後を通り過ぎる際に『死ね』とつぶやいたり、すれ違いざまに『邪魔』と叫んだりする先輩に悩まされて眠れなくなり、しばらく休職した後、自ら希望して別の支店に転勤した。  転勤後、受診した際に、『支店が変わって、本当に良かった。ずっと胸につかえていたものが、やっと取れたような気がします。会社に行っても、あの人の顔を見ずにすむのかと思うと、伸び伸びと仕事ができます。ときどき、研修会や会議などで会うこともありますが、もう私とは関係ありませんから』と語った。ちなみに、例の先輩はその後、新たに配属された女性社員をターゲットにして同じような嫌がらせを繰り返したため、パワハラ委員会に告発されたということである」 『他人を攻撃せずにはいられない人』 著者:片田珠美 発行:PHP研究所 @PHP_Business
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『魔法少女まどか☆マギカ』暁美ほむらのビジネススキルを『令和の虎』榊󠄀原清一が評価、雇用を検討してみた。 結果は100点中67点。 結論は不採用。 ■採点詳細 ・メンタル:9点 ・即戦力:10点 ・地頭の良さ:9点 ・コミュ力:2点 ・報連相:1点 ・学習スピード:10点 ・必達力:9点 ・カリスマ性:3点 ・効率性:10点 ・採用したい度:1点 ビジネススキル:67点 / 100点 実務スペックは完璧。 しかし、組織の方針ではなく、個人的なただ一つの目的のために動く。このリスクが、不採用の理由である。 10項目の評価から、本質を捉える。 長文のため、動画でもまとめました。 1.メンタル 9点 常軌を逸した執念の持ち主である。 鹿目まどかの救済。 このただ一つのKGIのために、100に迫る時間のループを繰り返し、仲間がどれほど凄惨な最期を遂げても心を折らなかった。 常人なら一瞬で潰れる重圧に耐え抜く。 ただ、精神の安定がまどかの動向に完全に左右される依存性を考慮し、1点減点した。 2.即戦力 10点 時間を止めて自分だけが動ける固有能力は、急な締め切りやトラブル対応で反則級。 さらに、幾度ものループであらゆる修羅場を経験済みのため、どんな事態にも「対処済み」の状態で臨める。 教育コストはゼロ。どこに配置しても、初日から想定を超える成果を出す。 3.地頭の良さ 9点 極めて明晰。最強の敵ワルプルギスの夜を相手に、大量の重火器をただ撃ち込むのではなく、牽制から誘導、集中砲火まで、段階を計算し尽くした作戦を一人で組み立て、実行する。 この緻密な戦術構築力は、並の人間に真似できるものではない。 感情に流されず、常に冷静な計算で最善手を打つ。 4.コミュ力 2点 厳しい。誰も信じない、誰にも頼らないと決めてからは、 冷たく突き放す態度を崩さない。 仲間に危険を警告するときも、高圧的で言葉が足りず、かえって不信感を抱かせてしまう。 周囲との摩擦を生みやすい。 5.報連相 1点 これは致命的。話しても理解されない、むしろ状況が悪化すると判断し、魔女化の真実も、迫りくる危機も、仲間に一切共有しない。 全てを一人で抱え込み、独断専行で問題を処理しようとするため、マネジメント側からは最も状況が見えない。 6.学習スピード 10点 元は体力も学力も低い、引っ込み思案な少女だった。 それが、たった一人で生き残るために、独学で爆弾を自作し、暴力団事務所や自衛隊から手に入れた拳銃やロケットランチャー、果ては大型ミサイルまで、完璧に使いこなすようになった。 未知の技術でも、必要とあらば一瞬でモノにする学習能力の持ち主である。 7.必達力 9点 まどかを救うという目標へのコミットメントは、凄まじいの一言。 何十年分の時間を費やしてでも、必ず果たすという執念は本物。 ただ、世界最強の敵を相手に、たった一人で挑み続けても、 あと一歩届かなかった瞬間があった。 これは評価というより、ほむら自身が、誰よりも悔しがっているはず。 その想いを汲んで、あえて1点だけ減点した。 8.カリスマ性 3点 人を惹きつけ、組織を率いるタイプではない。 むしろ、その冷徹なオーラは周囲に警戒心を抱かせる。 本人も、誰かに理解されることも、ついてこられることも望んでいない。 ただ一人で戦うことを選んだ、孤高の一匹狼である。 9.効率性 10点 無駄な会話も、無駄な人間関係も、一切持たない。 目的に直結する行動だけを、最短距離で実行する。 戦闘でも、時間を止めて大量の重火器を配置し、解除と同時に一斉着弾させて瞬殺する。 最小の手数で最大の成果を出す、タイパの極致である。 10.採用したい度 1点 不採用。 能力も学習スピードも、本音では今すぐ採用したいほどである。 しかし、ほむらの行動原理は、まどかの幸せ、ただ一点。 会社の利益には、1ミリも興味がない。 もし会社の経営計画とまどかの安全が衝突したら、迷わず会社を捨てるか、時間を巻き戻して、 我が社が存在した事実ごと消し去るだろう。 残念ながら、私の器でコントロールできる人ではない。 ●総評 暁美ほむらの凄みは、自分の弱点を補うために、現代兵器を独力で調達し、それを強力なアセットとして、たった一人で管理し運用してきた、その尋常でない執念にある。 正直、経営陣に何の相談もなく、裏で大量のミサイルを抱えている社員は、怖くて雇えない。 ですが、それでいい。 ほむらは、組織の鎖に縛られるような人ではない。 ただ一人の大切な人のために、その無限の時間を捧げ続けてほしい。私はそう思っている。
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「まだ大丈夫」 そう思っているときこそ、 すでに心や身体からサインが出ていることがあります。 つらくなってから、 頼れる人を探すのは意外と大変です。 だからこそ、元気なうちに 「もしものときに相談できる人」を見つけておく。 頼ることも、自分を守るためのセルフケアです。
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イスラエル・ハヨム ー>トランプへの最大献金者。イラン外交のすごさがよくわかる イスラエルは、目を見開いたままイランの罠へと歩みを進めている イランの立場からすれば、軍事的圧力は敵を打ち負かすためではなく、交渉を通じて合意される条件に影響を与えることを目的としている。レバノンは、ワシントンに対する圧力手段となり、米国とイスラエルの間の摩擦を激化させる手段となっている。これこそが、イスラエル政府がなかなか理解できない、あるいは理解しようとしない点である。 数日前にイランのラジオ局が行ったインタビューで、イラン議会のモハンマド・バゲル・ガリバフ議長は、本意とは裏腹に、本来なら明かすべきではなかった情報を漏らしてしまった。 勝利宣言や常套的な自慢話とは裏腹に、彼は事実上、イランが戦場において目標を達成できなかったことを認めた。しかし彼によれば、イランは軍事力によって達成できた以上の、はるかに大きな成果を交渉の場で得ているという。彼はこれを「強者の立場からの外交」と呼んだ。 イランにとって、これは単なるスローガンではない。長年にわたる作戦概念である。 ガリバフは、イランがいかにしてさまざまな戦線を結びつけているかを明快に説明している。イランの視点からすれば、ホルムズ海峡の封鎖、レバノンでの事態の激化、そして米国との交渉は、それぞれ独立した出来事ではなく、同じ戦略における異なる手段に過ぎない。その戦略の目的は、イランに対する圧力を終わらせ、敵を撤退させることにある。軍事的圧力は、敵を打ち負かすためではなく、交渉を通じて合意に至る際の条件に影響を与えるためのものだ。 イランがイスラエルに対して戦略的な罠を仕掛けた手段であるヒズボラは、この戦略において明確な役割を果たしている。同組織の現在の目標は、イスラエルを打ち負かすことではなく、イスラエルの反撃を誘発する状況を作り出し、それによってイランが交渉を破綻させると脅す口実を与え、事態の悪化を防ぐために米国が、とりわけイスラエルに対して圧力をかけるように仕向けることにある。テヘランの視点から見れば、レバノンはワシントンに対する圧力手段となり、米国とイスラエルの間の摩擦を激化させる手段となっている。 まさにこの点が、イスラエル政府が理解しようと苦戦している、あるいは理解することを拒んでいる点であり、同政府は目を見開いたままその罠に歩み入っているのだ。 イスラエル国内の議論では、「イランは米国の問題であり、レバノンは我々の問題だ」という主張をよく耳にする。しかし、現実はほぼその逆である。イスラエルにとっての中心的な脅威はベイルートではなく、テヘランにある。ヒズボラはその「腕」に過ぎない。イランこそが「頭」である。したがって、イスラエルの戦略的目標は、レバノンにおける紛争を際限なく管理し続けることではなく、イランを弱体化させ、その代理勢力を構築し、資金提供し、武装させ続ける能力を低下させることにある。 政府閣僚の発言からは、彼らがレバノンでの戦闘を継続し、またしても達成不可能な「完全勝利」を目指したいと考えていることがうかがえる。また、エルサレムの一部では、レバノンでの戦闘を継続することが、イランとの交渉を頓挫させる助けになる、あるいは少なくともその交渉におけるイスラエルの立場を有利にするだろうと考えているようにも見える。これら二つの前提は新しいものではない。ガザでの戦闘中も、合意達成に固執する米国政権の進路を、軍事的なエスカレーションによって変えられると信じる者たちがいたのだ。 しかし、これまでの経験から我々は何かを学ぶべきだった。米国大統領がある合意を戦略的目標と定めた場合、軍事的なエスカレーションを通じてその合意を阻止しようとしても、合意そのものが無効になるわけではない。場合によっては、むしろ大統領がその達成に向けた取り組みを加速させ、最も親密な同盟国であるイスラエルに対し、安定の代償を支払うよう圧力をかけることさえあるのだ。 これは、かつてバラク・オバマ大統領の核合意をめぐって見られた状況だった。ドナルド・トランプ大統領のガザにおける「20項目の合意」でも同様の事態が生じた。そして今日、イスラエルが、トランプ大統領が主導するイランに対する取り組みに反する行動をとっていると見なされれば、そのような事態はさらに強烈な形で起こる可能性がある。 他にも選択肢があります イスラエルが、イランがワシントンに圧力をかけるための手段となるのではなく、ワシントンがイランに圧力をかけるための手段となり得る。 そのためには、考え方の転換が必要だ。いかなる代償を払ってでも合意に反対するという姿勢ではなく、米国政府との深い戦略的連携が求められる。イスラエルは、すべての合意を歓迎する必要はない。また、自国の安全保障上の利益を放棄する必要もない。しかし、米国と協力し、自国の軍事的成果を交渉の切り札として活用することで、合意の条件を改善することは可能である。 米国政権とイスラエル政府が完全に連携し、イスラエル政府が合意達成に向けた米国政権の取り組みを妨害しようとしているという疑念が一切ない状況を想像してみてください。そのような状況下では、イスラエルによる武力行使の脅威はすべて、イランに対するより説得力のある脅威となります。現在のように、交渉を救うために大統領がイスラエルを抑制する必要はなくなるでしょう。それどころか、大統領はテヘランに対し、「もしあなたがたが柔軟性を示さなければ、私がイスラエルを抑制することはより困難になるだろう」と告げることができるだろう。 同様に、交渉の進展は、ヒズボラの自制、同組織に対するイランの支援の縮小、そしてレバノンにおける安全保障・政治的な取り決めの進展と結びついていた可能性もある。そうすれば、イスラエルは軍事力を活用して外交上の成果を勝ち取ることができたはずであり、それはまさにイランが試みていることと同じだが、方向性が正反対である。 「イランがこれに同意するはずがない」とか、「米国がそのような要求を提示しようとはしないだろう」と主張する人もいるだろう。そうかもしれない。しかし、それこそが「強気の立場からの外交」の意味である。つまり、武力を政策の代用として使うのではなく、政策に役立つ交渉の切り札として活用することだ。イランはこのことをよく理解している。 そうすることで、この地域の各国に対し、イスラエルが武力を行使するだけでなく、それを外交上の成果へと結びつける方法も熟知していることを納得させることができるだろう。これこそが、中東における現実主義派の陣営を再構築し、関係正常化プロセスに再び勢いを取り戻し、イランに対する地域的な連携を深化させる道となるだろう。 しかし、この文章を執筆しているまさに今、イスラエルの関与なしに、かつイスラエルの安全保障上の利益に反して、レバノンに関する米国とイランの調整機関が設置されるとともに、イスラエルがレバノンでの攻撃を自粛する決定を下したという報道が相次いでいる。もし事態が実際にこの方向に進むならば、イスラエルは最悪の状況に陥る可能性がある。すなわち、米国との戦略的連携の恩恵を享受することなく、イランからの圧力という代償を支払わされることになるのだ。 イランはすでに、戦場と交渉の場には境界がないことを理解している。問題は、私たちもまた、イスラエルの軍事力が、協調的かつ明確で焦点を絞った外交戦略と相まって初めて、永続的な成果につながるということを、真に理解できるかどうかである。これは力の問題ではない。優先順位の問題なのだ。 すべてのイスラエル人は、自分自身に問いかけるべきだ。自国の正しさに固執するあまり、国力や国際的な地位が低下していく、孤立し、世界から切り離されたイスラエルを望むのか、それとも、賢明に行動し、影響力を高めていく、世界とつながった強固なイスラエルを望むのか?
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(FTプレゼント記事):スコット・ベッセントによる円買い介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げる Scott Bessent’s yen intervention signals new era of US ‘currency activism’ 「スコット・ベッセントによる円買い介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げる 日本円を支える試みは、米国が自国の利益に反する市場取引を阻止する意思を示した」 ロンドン:イアン・スミス 東京:デービッド・ケオハン ニューヨーク:ケイト・デュギッド ワシントン:クレア・ジョーンズ 記事全体のポイント この記事でFTが最も強調している論点は、単に「円買い介入が行われた」という事実ではありません。記事全体を通して提示されているのは、米国の通貨政策そのものが変質しつつあるという見方。 そのポイントを整理すると、次の五点になる。 ベッセント財務長官は従来の財務長官とは異なり、ヘッジファンド出身のトレーダーとして為替市場へ積極的に介入する発想を持っている。 米国は「自由市場に任せる」のではなく、自国の国益を守るためには為替市場にも積極介入する姿勢へ転換しつつある。 今回の最大の目的は円そのものではなく、日本による米国債売却を防ぎ、米国長期金利の上昇を抑えることだった可能性が高い。 介入そのものは根本解決ではなく、「日銀が政策対応を行うまでの時間稼ぎ」にすぎないという見方が専門家の間では支配的である。 それでも市場心理には大きな影響を与え、「ベッセントが再び介入するかもしれない」という新たなリスク認識を市場参加者に植え付けた点に、今回の介入の最大の意味がある。 FTはこの変化を、見出しにもある "a new era of US currency activism(米国による通貨アクティビズムの新時代)" という言葉で総括している。これは、従来の「市場重視・強いドル政策」を掲げてきた米国から、国益を優先して為替市場へ積極的に介入する米国への転換を象徴する表現として用いられている。 (以下 記事本文) ワシントンと東京が、およそ30年ぶりとなる協調介入によって日本円を押し上げた際、その米国側を指揮した人物は、大規模な為替取引を手掛けてきたことで知られる人物だった。 今回の金曜日の介入を主導したのはスコット・ベッセント財務長官である。彼はかつてトレーダーとして活動し、1992年には英ポンドへの空売り、2013年には円への投機で名を上げた。いずれもジョージ・ソロスの投資会社で働いていた時代の実績である。 ドナルド・トランプ政権の財務長官となって以降、ベッセントは金融市場に対して従来よりも積極的に介入する姿勢を強めている。 今回、米国が他国通貨を支えるために歴史的な介入を行ったことは、市場関係者を驚かせた。その理由の一つは、円安が協調介入を必要とするような混乱的な急落ではなく、比較的緩やかに進行していたからである。 さらに市場を驚かせたのは、介入にドルではなくユーロを売却して円を購入するという方法が採られたことであった。 この取引は、昨年アルゼンチン・ペソ支援に乗り出した後、ベッセント率いる財務省が外国為替市場への関与をさらに深める意思を示したものと受け止められている。 ある米国の大手機関投資家はこう語る。 「これはソフトパワーのためでもなければ、世界全体の公益のためでもない。では、米国はいったい何をしようとしているのか。」 ベッセントの異例の行動の背景には、日本銀行の政策金利が現在1%にとどまり、インフレ圧力に十分対応できるほど速いペースで引き上げられていないとの投資家の懸念が高まっていたことがある。 世界の主要国では金利が日本よりはるかに高いため、この状況が今後も円安圧力となり続ける可能性がある。 ベッセント財務長官自身も介入を隠そうとはしなかった。金曜日の閣議では、カメラマンが彼の手書きメモを撮影しており、そこには 「日本円(JPY)を50億〜100億ドル購入」 と書かれていた。 今回の日米協調介入によって、円相場は今月初めの1ドル=164円近辺(1986年以来の円安水準)から158円前後まで急反発した。ただし、多くのトレーダーやアナリストは、この反発は短期間で終わる可能性があると警告している。 ピーターソン国際経済研究所所長で日本経済の専門家アダム・ポーゼンは皮肉を込めてこう述べた。 「1992年にイングランド銀行を打ち負かしたソロスやスタンレー・ドラッケンミラーのもとで働いていた人物が、為替介入だけで通貨を長期的に守れるかのように振る舞っているというのは、本当に驚くべき皮肉だ。」 投資家たちは、今回のワシントンの介入が主要通貨市場に新たな不確実性を持ち込み、各国政府がより積極的に市場へ関与する新しい時代の幕開けとなったと受け止めている。今回の措置は、米国が自国の利益に反する取引をためらわず阻止する意思を示したものだからである。 INGのグローバル市場責任者クリス・ターナーは次のように述べる。 「米財務省の登場は、市場に『新しい保安官がやって来た』ことを意味する。円売りを仕掛ける投機筋に対して警告を発したのである。」 そして彼は、今回の出来事は 「為替市場への積極介入(FX activism)の時代への回帰」 を意味すると評した。 米財務省はコメントを控えた。 なぜ日米は介入したのか 両国には、それぞれ介入する十分な理由があった。 日本政府は、円安に加えて日本国債(JGB)が大きく売られ、市場の動きが行き過ぎたものになりつつあることを懸念していた。 一方、米国側では、日本が円を支えるために米国債を売却すれば、米国債市場への売り圧力がさらに強まる兆候が現れていた。 トランプ大統領は「米国は常に日本の味方である」と述べたが、市場関係者の多くは、真の狙いは、日本が保有する米国債を売却することを思いとどまらせることにあったと見ている。 日本は外国政府の中で最大の米国債保有国だからである。 さらに米政府高官は以前から、ドル高がアメリカの輸出企業に悪影響を及ぼしていることも問題視していた。 オールスプリング・グローバル・インベストメンツのマルチアセット・ポートフォリオマネージャー、ルシャブ・アミンはこう説明する。 「政権はドル安を望んでいる。そして、各国の投資家が自国通貨を守るために米国債を大量に売却する事態も避けたいのである。」 彼によれば、ドルに対して他通貨を売ろうとする投資家は、「ベッセント買い(Bessent bid)」を警戒するようになっているという。つまり、「必要ならベッセント財務長官が市場に介入してくるかもしれない」という警戒感が市場に生まれたのである。 「強いドル政策」との矛盾 もっとも、ベッセント自身はこれまで一貫して 「米国は強いドル政策を支持する」 と発言してきた。これは長年にわたる米国政府の公式方針を踏襲したものである。 一方、日本政府は月曜日、FRB(米連邦準備制度)のレポ・ファシリティを利用する計画を明らかにした。 アナリストによれば、この制度を使えば、日本は米国債を売却することなくドル資金を借り入れることが可能になる。 これまで各国中央銀行は、自国通貨を支える際に米国債を売却することが多かった。しかし米国政府は、長期金利が2007年以来の高水準となっている現在、自国債への需要が減少する兆候に極めて神経質になっている。 実際、イラン戦争の開始時には、外国中央銀行はFRBに預けていた米国債保有額を2012年以来最低の水準まで減らしていた。 さらに別の懸念も存在する。 もし日本国債の売りが続いて利回りが一段と上昇すれば、日本国内の投資家も米国債を売却し、日本へ資金を戻す動きが強まる可能性があるのである。 ウェリントン・マネジメントのブリジ・クーラナは、ベッセントの考え方を次のように説明している。 「ベッセントは、米国債利回りが高いのは、日本国債利回りが高いからだと考えている。だから円を支えれば、日本の金利が低下し、その結果として米国債利回りも低下するという発想なのだ。」 RBCブルーベイ・アセット・マネジメントの債券部門最高投資責任者マーク・ダウディングは、円安について次のように述べている。 「円安は日本国債市場の安定を損ない、世界の長期金利を押し上げる要因となりかねない。米国はそのことに非常に敏感になっている。」 「利益を得る」という発想も 今回の介入には、米国が利益を得る可能性もあった。 トランプ大統領自身が記者団に対し、「financial benefit(経済的利益)」も今回の動機の一つであると述べている。 ハーバード大学教授で元IMFチーフエコノミストのケネス・ロゴフは次のように評価した。 「非常に巧妙だった。アルゼンチン支援でベッセントが行った救済策を思い起こさせる。あれは大成功だった。」 しかし同時に、ロゴフは限界も強調する。 「米財務省が莫大な円を長期間保有する覚悟――それは極めて急進的な政策転換になるが――を持たない限り、今回の介入は日本銀行に少し時間を与えるための応急処置(bandage)にすぎない。」 円安の根本原因は解決していない アナリストたちは、今回の介入だけでは円安を生み出している構造的な要因は解決できないと指摘している。 その要因とは、 原油価格の上昇 大規模な政府支出計画をめぐる不透明感 日本銀行の利上げペースが依然として遅いこと などである。 東京のステート・ストリート銀行シニア債券ストラテジスト、マサヒコ・ルー氏はこう述べる。 「介入は時間を買っているだけだということは、誰もが分かっている。本当に重い仕事(the real heavy lifting)は、日本銀行と日本の財政政策が担わなければならない。」 ここでいう heavy lifting は、「最も困難で本質的な仕事」「根本問題を解決する役割」という意味で使われている。 米国にとってのリスク もちろん米国側にもリスクがある。 もし今回の協調介入が失敗すれば、投機筋は再び円を標的にするだけでなく、米国債市場そのものも攻撃対象にする可能性がある。 資産運用会社PGIMのチーフ・グローバル・エコノミスト、ダリープ・シン氏は次のように警告する。 「もし介入が機能しなければ、(米国長期国債市場への)波及効果は極めて大きなものになるだろう。覚悟しておくべきだ(So strap in.)。」
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小判鮫 高市早苗 小判鮫は、大きな魚に吸い付いて生きる。自ら大型魚のような力を持っているわけではなく、寄り添う相手の力を利用することで生存する。政治家に置き換えれば、どれほど大きな声で政治的主張を叫び、強い言葉を発していても、その背後に庇護してくれるパトロンが存在すれば、政治家としての地位を維持することはできる。しかし、問題はそのパトロンがいなくなったときである。 高市早苗の政治人生を振り返ると、森喜朗、清和会、小泉純一郎、そして安倍晋三という、それぞれの時代に大きな政治的力を持った人物や勢力との関係が浮かび上がる。森喜朗の時代には清和会という政治基盤に入り、小泉政権の郵政選挙では政治的復活を果たし、安倍晋三の時代には重要閣僚や党の要職を経験し、安倍氏の強力な支援を受けて「安倍政治の継承者」という政治的地位を築いた。 そして現在、その視線の先にいるのがトランプ大統領である。 もちろん、首相が米国大統領との関係を強化すること自体は外交上当然であり、それだけをもって「トランプに吸い付いている」と断定することはできない。しかし、これまでの政治人生と現在の対米姿勢を一つの流れとして見るなら、そこに「その時々の巨大な政治権力に寄り添い、その力を自らの政治的基盤に取り込む」という一貫した政治スタイルを見ることもできる。 大きな声で叫ぶことはできる。強い言葉を発することもできる。しかし、その声を政治的な力に変えるためには、背後に庇護してくれる大きな存在が必要なのではないか。森喜朗、そして安倍晋三という後ろ盾を失った現在、高市氏がトランプ大統領との関係を強く打ち出している姿を見れば、「次のパトロンを求めているのではないか」という批判が生まれるのも理解できる。 小判鮫にとって重要なのは、自分がどれだけ大きな声を出せるかではない。自分を乗せてくれる大型魚がいるかどうかである。そして大型魚がいなくなれば、次の大型魚を探さなければならない。 だからこそ、政治家として本当に問われるのは、誰に寄り添っているかではなく、その誰かがいなくなったとき、自分自身の力だけで政治を動かせるのかということだ。 庇護してくれるパトロンがいる限り、どれほど大きな声で喚いても政治家として生き残れる。しかし、自分自身の政治的基盤を持たないのであれば、パトロンを失った瞬間に、その力も失われる。 もしそれでもなお、次の巨大な存在に吸い付くことで生き残ろうとするのであれば、それは政治的自立とは呼べない。 森から安倍へ、そして今はトランプへ。 この軌跡をどう評価するかは、それを読む者に委ねられている。しかし、「小判鮫政治家」という言葉が投げかけている問いは一つである。 「あなた自身の力は、どこにあるのか。」
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北朝鮮は今この瞬間にも、 1年に10〜20個の核兵器を製造できる核物質を生産しています。 大陸間弾道ミサイル(ICBM)技術も絶えず性能が改善され、 ほぼ最終段階に達していると評価されています。 ただ、現実がこうであるからといって放置することは、 状況をさらに悪化させる無責任な行為です。 現在の状態でこの状況を中断させることだけでも、 朝鮮半島と国際社会にとって大きな助けになります。 まず、朝鮮半島の安全保障に関しては、 私たちが核武装をすることは不可能です。 もし私たちが核武装をすれば、 日本や台湾が黙っているはずがありません。 地域全体が核武装に踏み切り、 核で溢れかえることになってしまいます。 さらに、莫大な国際制裁にも耐えなければなりませんが、 大韓民国は対外依存度が高いため、 制裁を受ければ生きていくことはできません。 核武装をしようという主張は、本当に無責任な発言です。 国際社会の安全保障については、 北朝鮮の核兵器や弾道ミサイル技術が、体制維持のために必要な範囲を超えれば、外部へ輸出する恐れがあります。 これを阻止することだけでも、 国際社会にとって大きな利益になると分析されます。 したがって、私は今、核物質の追加生産の中断、 核物質の海外搬出の阻止(モラトリアム)、 ICBM技術開発の中断だけを短期目標に設定し、 交渉に臨むべきだと考えます。
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