附帯決議への考え方など。
れいわ新選組は、本体の法案に反対なら、附帯決議も反対することを原則としてきた。
「法案はもう可決だから、附帯決議づくりに参加したらいい」「仲良くやることも大事だ」と、与野党から誘われることは常々ある。
そこに巧みに誘導されないためにも、法案と附帯決議はセットで反対するのが原則だ。ただし、例外はある。
一方で、附帯決議を全否定するのも違う。市民や労組が議員を通じて附帯決議を盛り込み、それを根拠に民営化に反対するなど、一定の成果につながった例もある。それも世論形成のひとつだ。
ただ、附帯決議や小さな法改正で手打ちすることを、状況を変えるための獲得目標にしてはいけない。
大事なのは、附帯決議そのものに力があるかではない。政権与党に対抗する世論の力をつくれるかどうかだ。
この観点から、今回の国民投票法改正案の附帯決議はどうだったのか。
世論形成につながる可能性がゼロだとは思わない。法案に賛成した立憲には、その実現に努力してもらうしかない。
ただ、密室交渉でつくられた附帯決議は、政党間の約束がどこまで強いのか、外部からは見えない。その履行は議員や政党に委ねられ、反故にされることもある。
実際、すでに発議者答弁では、「時間が経過した附則には法規範性がないという考え方もある」「検討する」「政党間の合意があれば」など、密室の約束を反故にして改憲手続きに進むことも可能と受け取れる言葉が並んでいた。
労組で言えば、ボス交渉に近い。
当局の許す範囲で既得権や便宜が残されたり削られたりする。多少の延命にはなっても、現場のエネルギーを奪い、遅かれ早かれ負けにつながる。
だからこそ、「そんなものではなく、交渉を決裂させろ。まっすぐ伝え、世論を広げ、打って出ろ」という大衆の声は正しい。私はその立場に立つ。
もちろん、単純化や至上主義ではいけない。社会を変える運動は、出産のようにデリケートで、チームワークでもある。総合的な判断が必要だ。
献身的に動く立憲議員に対して、私はこの局面をどう見るべきか、長く迷ってしまった。だが、昨日の立憲質疑を見て、調整済みのはずの発議者答弁があまりにひどかったことで、今回は私自身が長考の末、守りに入っていたのだと気づいた。
その議員のこれまでの貢献を考えれば、やる気を失わせるような揶揄や否定は私はしない。そうすることで失うものは大きいと思う。良くも悪くも、暗躍しながら改憲の歯止めになる力を持つ人だと思っている。
やり方は違う。時には和解不可能な対立も起きる。
それでも、改憲反対の国民世論はまだ高いし、さらに高めることもできる。そのための土台は、みんなでつくってきたものだ。
それを活用し、どこで、どう踏みとどまるのか。主権者がつかみ取っていく。その触媒となるのが政治家なのではないか。
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参議院憲法審査会開かせるな#
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憲法改正手続き法の廃止を求めます#