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サンタさんに会った後、更に深い深い森の中へ…! 堀未央奈さんイチオシの「あの写真」も、ここで撮影しました❤️ 「きたのと森にきたの」シリーズ、一挙公開です✨ #北野日奈子写真集# #きたのが森にきたの# #山にもきたの#
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詐欺師 高市早苗の教育勅語での家庭教育は本当だったのか? 高市早苗氏は、「幼い頃、両親から教育勅語を繰り返し教えられた」と語っている。さらに、両親は教育勅語の全文を暗記しており、幼い高市氏の前で声を合わせて唱えていた、とかなり具体的な記憶を2012年9月3日の自身の文章で明かしている。 しかし、この話には一つの疑問が残る。なぜ、このエピソードが2012年になって初めて表に出てきたのか、という問題である。 高市氏は1993年に国会議員となっており、1992年には自伝的な著書『30歳のバースディ』も出版している。そこでは両親や家庭環境についても触れているが、今回確認できた公開資料の範囲では、「両親から教育勅語を教えられた」という話は確認できなかった。 さらに重要なのが2000年前後である。当時、森喜朗首相が教育勅語について国会で発言し、教育勅語をめぐる議論が政治問題になった。高市氏はすでに国会議員であり、しかも森氏に近い政治的位置にいた。しかし、この時期にも「自分は幼い頃から家庭で教育勅語を教えられた」という高市氏の発言は、今回確認した公開資料からは見つからない。 その後、2006年には第一次安倍政権で教育基本法が改正され、高市氏自身も安倍政権の閣僚としてこの改革に関わった。そして2011年頃には町村派を離れ、後年の本人の説明によれば、安倍晋三氏の再登板を支援する方向へ動いていた。 そして2012年9月3日、高市氏は「国家の基本は教育」という文章の中で、2006年の教育基本法改正を評価するとともに、突然、自身の幼少期について「両親が繰り返し教えてくれたのは教育勅語だった」と語った。そのわずか11日後の9月14日には自民党総裁選が告示され、高市氏は安倍氏の推薦人となり、9月26日には安倍氏が総裁に選出された。 もちろん、これだけで「高市氏の話は嘘だった」と結論づけることはできない。幼少期の記憶を後年になって初めて公表することはあり得るからだ。また、2012年以前に本人が語っていなかったこと自体も、虚偽の証明にはならない。 しかし、事実として確認できるのは、教育勅語が実際に政治問題となった2000年前後には、この「家庭で教育勅語を教えられた」という個人的なエピソードが確認できず、2012年になって初めて具体的な家族の記憶として登場したことである。そして、その時期は安倍晋三氏の再登板と自民党政権奪還に向けた政治的な動きと重なっている。 したがって問うべきなのは、「高市氏の話は嘘なのか」という二択だけではない。むしろ、「なぜ幼少期からの重要な記憶だったはずの教育勅語の話が、2000年前後の教育勅語論争の時には語られず、2012年の安倍再登板を目前にした時期に初めて政治的な自己紹介として登場したのか」という点である。 現時点で証明できるのは、高市氏が2012年にそう語ったことまでである。その記憶そのものを裏付ける独立した同時代資料は確認できていない。 だからこそ、この話については「本当だった」とも「嘘だった」とも断定せず、2012年以前の本人の著書、国会答弁、新聞・雑誌インタビュー、家族や同級生など第三者の証言をさらに検証する必要がある。 2012年9月3日という「最初に確認できる時点」と、安倍再登板という政治的タイミング。この二つが重なっていることは、少なくとも疑問を持って検証するだけの材料にはなっている。
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試写で『#温泉シャーク2# 九州大決戦』拝見したので簡潔に感想を。 サメ映画史を追う者として、まずは歴史的な背景について触れさせてください。サメ映画50年の歴史の中で、様々なサメ映画が生まれ、先人たちは道なき道を切り拓いてきました。「希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」、そう魯迅は『故郷』で語りましたが、これはサメ映画の歴史そのものと言えます。 『ジョーズ』の軛からサメを解放したのは、『シャークネード』であるのは周知の通りです。恐怖の象徴だったサメは、竜巻に乗って空を飛び、人々に笑いをもたらすエンターテイナーに姿を変えました。その頃からサメ映画におけるサメはシリアスなキラーと不条理なコメディアンという、『ダブルヘッド・ジョーズ』さながらに2つの顔を持つようになります。 『シャークネード』が切り拓いた道には、サメであることをやめた後進が次々に現れました。しかし、これは一つの陥穽でもあったのです。ハイコンセプトな方向に舵を切ったサメ映画たちの前には、常に『シャークネード』が立ちはだかりました。極限まで予算を削りゲリラ戦に身を投じたZ級サメ映画たちは隆盛しましたが、一般的な視聴に耐えうる予算をかけながら、『シャークネード』ほどに正気を失えたサメ映画は、結局その続編しかありませんでした。ニーチェが「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ」と述べたように、解放者はいつのまにか大きな壁になっていたのです。 『シャークネード』の本質は、 “ありえなさの追究” にあります。ネード世界ではたまたま海を泳いでいた大量のサメが巨大ハリケーンに巻き上げられ人々の上に降り注ぎます。やがてサメを伴った台風は勢力を増し、宇宙に進出したり世界を滅ぼしたり時空を超えるようになっていきます。目の前で起こる信じられない事態が、視聴者を置き去りにして全力で明後日の方向に駆け抜けていくことの快感。それこそが数多くのシャークネーダーを産んだ原動力でした。そしてその快感の高みこそが、後続にとっての壁になっていたのです。 こんな分厚い壁に極東から立ち向かったのが、米国生まれのサメ映画という概念を見事にローカライズした『温泉シャーク』です。日本に深く根付いた温泉文化をベースに、特撮でサメ映画を撮るという試みは、サメ映画界隈のみならず多くの賛同者を生み出しました。ありえない嘘を真剣につき、時たま嘘をつくことを諦める姿勢には、確かにサメ映画スピリットが宿っています。 前作の時点で『温泉シャーク』はサメ映画界の絶対王者の玉座に手を伸ばすことが出来ていたと思います。しかしこの『温泉シャーク2』は、その王位を奪い取ってしまいました。本作は九州全土を舞台にし、筋肉、特撮、サメ、キャスト、音楽、あらゆる点でスケールアップしていますが、特筆すべきは正気を疑う脚本です。ひとたび本編が始まれば、観客に思考は許されません。「なんて?」「なんで?」「そうなの!?」「そっかぁ!」という知能剥奪サイクルが数十セットも繰り返されることで、観客は温泉シャークの世界にのめり込むように調教されていきます。そしていつの間にか、訳の分からない展開を手に汗握りながら見守ることしか出来なくなっていくのです。常識という名の森には上映開始数分で火が放たれ、中盤には焼け野原となり、それでも何かが燃え続け、最後には素晴らしいテーマ曲とともに「いやなんか凄いものを観た気がするけどこれは何?」という大きな疑問と感動が残ります。 これからご覧になる方は、ぜひどのシーンでもいいので人に説明してみてください。あり得なさすぎて誰も信じないと思います。そんな信じがたいことが88分間、連続で起こり続けます。もちろん前作を観てからの鑑賞をお勧めしますが、そういう感じの作品なのでスタート地点は結局同じです。「まずは予習してから」などと宣う非温泉シャーク者をバシバシ劇場に連れ込み、思うがままに蹂躙される九州に頭を抱えさせてください。 サメ映画の魅力は、「思いついたことを映画にしてみる」というクリエイティビティの爆発にありますが、狂人でなければ思いつかないことを映画にされては、もはや我々に打つ手はありません。その意味で、『温泉シャーク2』はサメ映画の王を名乗っても決して不遜ではないでしょう。 『BAD CGI SHARKS 電脳鮫』という作品では、「サメ映画の歴史は『ジョーズ2』から始まった」と語られていますが、『温泉シャーク2』は新たなサメ映画の歴史を開闢したのです。ですが果たして、温泉シャーク製作陣はいまや自分たちが新たな怪物と化したことに気づいているのでしょうか。サメ映画の道は常に獣道です。付き合わされる観客も、たまったもんじゃないですよね。
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サンタさんが、森の奥のログハウスに招待してくれました。 ログハウスの中は…? #北野日奈子写真集# #空気の色# #クリスマス# #サンタに会いにきたの#
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お正月を満喫したとき写真✨ 初詣、お天気にも恵まれて気持ちよ〜く山道を歩いてステキな景色を見ることができました。♡ ステキな景色をシェアハピします✨ 31年前の今日は、阪神・淡路大震災の日でしたね。 今日はテレビからたくさんの当時の映像が流れてきます。 私も無電柱化のトークショーに出させていただき、少し学んだきっかけから景色の中の電柱を気にするようになりましたが、あの震災のときに倒れたり、壊れたりした電柱は8,000本以上もあったそうです。 電柱が倒れると、緊急車両の邪魔になって、救助や消火活動が遅れてしまうと教わりました。 当時も大変だったのだろうとニュース映像に思いを馳せるとともに、改めて“電柱のない街づくり” の重要性についても考えるきっかけになりました。 つい最近にも中国地方の地震の報道で地元の大切な人に安否の確認の連絡をしました。 地域にお住まいの皆様、大丈夫でしたか? 私の生まれ育った地域は綺麗な川や森や林といった自然豊かな地域だったこともあり自然災害とは常に隣り合わせでした。 教わってきたことは"自分は大丈夫だろう"と高を括らないということ。 自然災害はいつも突然にやってきます。 幼少期にあったたくさんの自然災害を思い出しました。 自分や自分の大切な人を守るため、改めて防災意識を持ちたいです☺️✨ 食料や水の備蓄や自分自身が住む街の防災についても改めて考えてみようと思います。 この1月17日という日だからこそ、優しい心で「もしも」の時の自分の行動や、大切な人のための『防災』について考えてみました♡ 年の始めなので、改めて皆さんの防災意識のきっかけにもなればと思います! 私にとって出会えて顔を合わせたことのある皆さんが健康で笑えることがいちばん!🙏⛩️ 今年もたくさん笑いましょうね〜☺️🍀 #無電柱化 ##国土交通省# #西脇彩華 ##ちゃあぽん#
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【愛か、狂気か、それとも食欲か――】 『ヘンゼルとグレーテルDS』 本作は、数々のヤンデレゲームや鬱ゲーを手がけてきた人気サークル「CHARON(カロン)」によって制作された、有名なグリム童話をもとにしたダークホラーアドベンチャーゲームです。 ----------------------------------- ■物語のあらすじ 親に置き去りにされた兄のヘンゼルと妹のグレーテル。 プレイヤーは兄のヘンゼルとなり、飢えと孤独に苛まれる過酷な環境下で、幼い妹を守りながら深い森からの脱出を目指します。 しかし、この森には想像を絶する恐怖が隠されていました。 行く手を阻む数々の罠や、森に潜む不気味な存在との遭遇。 あなたが下す決断の一つひとつが、兄妹の運命を大きく変え、物語は多様な結末へと導かれていきます。 ----------------------------------- ■ゲームの特徴 『ヘンゼルとグレーテルDS』は、誰もが知るグリム童話をベースにした「大人のためのダークホラーアドベンチャーゲーム」です。かわいい見た目とは裏腹に、背筋が凍るような狂気と残酷な展開が待ち受けています。 ・童話を歪めた「ダークサイド」な世界観 絵本のような可愛らしいイラストで描かれますが、中身は完全なホラーです。 親に捨てられた兄妹の悲劇から始まり、じわじわと精神的に追い詰められていく不気味な雰囲気が特徴です。 ・物語の鍵を握る「グレーテルの食欲」 一緒に森をさまよう妹のグレーテルは、なぜか常にものすごい「食欲」に支配されています。 この妹の謎めいた行動と飢餓感が、プレイヤーに常に独特な緊張感と恐怖を与え続けます。 ・運命が変わる「マルチエンディング」 プレイヤーの選択によって物語が枝分かれします。 ハッピーエンド(救い)を探すのは非常に困難で、大半は登場人物の狂気が暴かれるおぞましい結末(最“猟”のエンド)へと繋がっています。 ----------------------------------- ■シリーズの繋がり 本作は、前作にあたる人気フリーゲーム『赤ずきんDS(赤ずきんダークサイド)』の続編・シリーズ最新作として作られています。前作を遊んでいると、さらにニヤリとできるファン要素も含まれています。 ----------------------------------- ■配信プラットフォーム ・ふりーむ!(ブラウザ版) ・ノベルゲームコレクション(スマホ可) ----------------------------------- #ホラゲー# #ホラーゲーム# #鬱ゲー#
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📅6/19(金) いよいよ劇場公開 🇬🇧NTLive『みんな我が子』 作アーサー・ミラー × 演出イヴォ・ヴァン・ホーヴェ 出演はドリームキャストと絶賛された、ブライアン・クランストン/マリアンヌ・ジャン=バプティスト/パーパ・エッシードゥ/ヘイリー・スクワイアーズほか。 🖊️いよいよ今週末からの劇場公開に向け、一足先に本作をご覧いただいたアーサー・ミラー作品にゆかりがある方々から本作について、推薦コメントが届きました。コメントを寄せてくださったのは、2011年上演の『みんな我が子』でアン・ディーヴァー役を担当した朝海ひかるさん、6/26開幕のミラー作『セールスマンの死』で翻訳を担当している小田島創志さん、これまでにミラー作『セールスマンの死』(18・21年)や『アメリカの時計』(23年)を演出してきた長塚圭史さん、『みんな我が子』(22年)や『橋からの眺め』(23年)などミラー作品を多数翻訳してきた広田敦郎さん、2022年に自身が主宰する劇団ガルバでミラー作『THE PRICE』を上演し、同年には広田敦郎さん訳『みんな我が子』でドクター・ジム・ベイリス役を担当した山崎一さんらです。  世界で戦争が終わらない今の時代だからこそ、心に刺さる衝撃の本編を、ぜひ映画館でお楽しみください。 《著名人からのコメント》 私は以前、イヴォ・ヴァン・ホーヴェさん演出の『ガラスの動物園』を幸運にも拝見しておりました。観客として、その時に味わったストーリーへの没入感は今でも忘れられません。そして今、この『みんな我が子』でも同じ感覚を味わう事ができ、興奮しております。 画面越しとは思えないほど俳優の息遣いや感情が伝わってきて、目を離す事ができませんでした。ヴァン・ボーヴェさんの観客を物語へ引き込む演出、そしてドリームチームといわれるキャスト陣を、是非皆さまにも体感していただきたいです。現代を生きる私たちにも深く響くテーマに満ちており、観終えた後もさまざまな問いが心に残りました。 ✨朝海ひかる(俳優) アーサー・ミラーを翻訳していると、台詞の妙に感嘆する。台詞によって紡ぎ出される個人の生活が、社会の縮図となっている。そしてこの舞台、喜怒哀楽の色彩が狂おしく、切ない。イヴォ・ヴァン・ホーヴェの芸術的で滑らかな演出が、繊細に会話(と梯子)を立たせている。 人間とは何か、生活とは何か、豊かさとは何か。戦争がいかに人を狂わせていくか。 『みんな我が子』、いつか翻訳してみたい。いつ訳せるか、フランクに星占いで占ってもらおう。 ✨小田島創志(戯曲翻訳家) この戯曲はこんな戯曲だったのかと、イヴォ・ヴァン・ホーヴェにまた教えられた。強風で倒れた庭の木の、リアリティを無視した大きさ。物語が核心に近づくにつれて、深海のような暗い青で舞台を浸す照明。遠い森の奥から聞こえてくるような木に斧を入れる音。肌の色が違う俳優を配した家族。鋭利な彫刻刀で掘り出すようにそれらが露わにするのは、マチズモと資本主義にどっぷりつかった(トランプのようなキャップを被っている)父親だけでなく、登場人物それぞれに潜む他者への差別意識だ。父親の何かしらを受け継ぐのが息子なら、作品のタイトルは、人の良心ではなく、永遠になくならない人間の欠点を指してもいるのではないかと怖くなった。そしてそれは、観るべき怖さだ。 ✨徳永京子(演劇ジャーナリスト) 愚かで、愛おしい、庶民の暮らしがある。どうにか折り合いをつけ、ギリギリ許容できるところで、ささやかな幸福を掴み取り、誰しも生き抜いていく。正義や誠実さは時に鋭利な凶器となる。そして愛は悲しみを深くさせる。シンプルな舞台装置の中で、けれど終始観客の目と耳を執拗に刺激しながら、ケラー家とディーヴァー家とその隣人たちの傷ついた心にジリジリと迫る。戦争が続く限り、世界中でこの物語は続く。つまり終わらないということだろうか。 ✨長塚圭史(劇作家・演出家・俳優) よく知っていたはずの劇に、もう一度打ちのめされた。イヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出は、『みんな我が子』が単なる社会派の家族劇ではなく、罪と記憶をめぐる現代の〈悲劇〉であることを鮮やかに示す。シンプルで象徴的な空間に浮かび上がる日常の言葉の二重性、そして拭いきれない傷痕──こんなにも壊れた世界で、忘れて生きることなど、果たして可能だろうか? ✨広田敦郎(戯曲翻訳者) いま観るべき作品! アーサー・ミラーの言葉が何度も心に刺さる。イヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出はまさに今の世界情勢。あの国のリーダーたちにも是非観てもらいたい、感じてもらいたい、「みんな我が子」なんだと! ✨山崎 一(俳優)
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…実はですね… 今年の年始なんですが、家族旅行で加賀温泉の『#ゆのくに天祥』に泊まって、『##ゆのくにの森』を楽しんできました😁# 天祥の温泉も非常に良く、姫👸は温泉卵を毎回作ってましたw あとゆのくにの森の伝統工芸体験がめっちゃ面白くて全然時間足らなかったので、2日間通ったりw🤣 吹きガラス体験とか金箔貼り、沈金とか結構珍しい体験もいろいろやりました〜😊 ってか、俺、蕎麦打ち初めてやったんだけど、切るの上手くない⁉️😳 あとね ゆのくにの森に、以前の小松でのイベントの時に書いたサインが飾ってありました〜😁 ゆのくに天祥も、ゆのくにの森もまた行きたい👍 #小松# #石川#
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