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本日夜7時から放送🎀 #卒アルラジオ# サンデー ❣️ 今回は… 「秋元真夏生誕祭①&卒アル夏のキャラ祭り」SP🥸 ※ 今回は録音放送です📻 真夏さんが絵を披露… こ…怖い…😱 #文化放送 ##秋田放送# #坂口愛美# #秋元真夏 ##乃木坂46# #恐怖の絵# #この絵を見た人は24時間以内にRTしないと…#
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【夜の怖さを覚えていますか?】 『夜廻』 本作は「夜の怖さ」をテーマにした、ホラーアクションアドベンチャーゲームです。 かわいらしい絵柄とは裏腹に、プレイヤーのトラウマを刺激するような本格的な恐怖と、切ないストーリーが特徴の日本一ソフトウェアの人気シリーズです。 --------------------------------- ■物語のあらすじ 幼い少女は、愛犬の「ポロ」を連れて夕暮れの道を散歩していました。 しかし、少女の不注意によってポロは事故に遭い、どこかへいなくなってしまいます。 空っぽのリードを持って帰ってきた少女を見て、事情を察した姉は、ポロを探しに夜の街へと向かいました。 深夜になっても戻らない姉を心配した少女は、懐中電灯を手に、一人で家の外へ飛び出します。 そこに広がっていたのは、昼間とは全く違う、恐ろしいお化けたちが徘徊する不気味な夜の街でした。 --------------------------------- ■ゲームの基本システム ゲームの主な目的は、消えてしまった大切なもの(姉や愛犬など)を探すため、懐中電灯を片手に不気味な夜の街を探索することです。 ・お化けから「逃げる」しかない 主人公の幼い少女は、お化けと戦う武器を持っていません。 見つかったら、走って逃げるか、看板や草むらに隠れてやり過ごすしかありません。 ・心臓の鼓動(心音システム) お化けが近くに寄ってくると、ドクドクと「心音」が大きくなり、画面が波打ちます。このときはスタミナの消費が早くなり、長く走れなくなるため、一気に緊張感が高まります。 ・懐中電灯の光が頼り 街灯のない暗闇にいるお化けは、懐中電灯の光を当てることで初めて姿が見えるようになります。 --------------------------------- ■どんなところが魅力? ・「子供の頃に感じた夜の怖さ」の再現 昼間は見慣れた通学路や公園が、夜になると全く違う不気味な場所に思える……そんな誰もが経験したことのある恐怖を、どこか懐かしい昭和レトロな街並みで体験できます。 ・不気味で多彩な「お化け」たち 都市伝説や日本の民話をモチーフにしたお化けが多数登場します。それぞれ「光を当てると止まる」「音に反応する」など、違った特徴を持っています。 ・ギャップのある残酷さと切なさ キャラクターの見た目はとても可愛いですが、ゲーム内ではお化けに捕まると一撃でゲームオーバー(画面が血に染まる)になるなど、シビアで容赦のないダークさがあります。 --------------------------------- ■注意点 ・精神的ブラクラが多い 画面がいきなり赤くなったり、大音量とともに画面いっぱいに化け物の顔が表示されたりする、いわゆる「びっくり系の演出(ジャンプスケア)」が非常に多いです。心臓の弱い方や、突然驚かされるのが苦手な人はかなり強いストレスを感じる可能性があります。 ・「一撃死」の覚えゲーで難易度が高い 主人公の少女はお化けを攻撃できません。お化けに一瞬でも触れると、画面が血まみれになって即ゲームオーバーです。敵の動きや出現パターンを死んで覚える「死にゲー」の要素が強く、アクションゲームとしてかなり難易度が高いです。何度もやり直す根気が必要です。 ・グロテスクで残酷な描写(鬱展開)がある グラフィックはドット絵ですが、ストーリーや演出はかなり重くダークです。動物の死体、血だまり、いじめ、飛び降り自殺を連想させる描写など、子供のプレイヤーには刺激が強すぎるトラウマ級のシーンが何度も登場します。 ・BGMがほぼ無く、静かすぎて怖い ゲーム中は、お化けが近くにいる時の「心臓の音(ドクドクという音)」と、環境音(虫の声や風の音など)しか聞こえません。ゲーム音楽がないため孤独感と恐怖が何倍にも膨れ上がります。夜中にヘッドホンをつけて遊ぶのは本当に怖いので覚悟してください。 --------------------------------- ■シリーズ作品の紹介 現在、以下の3つの主要な作品が発売されています。 ・夜廻(第1作) 消えた愛犬と姉を探す物語。 ・深夜廻(第2作) 花火大会の帰りに離れ離れになった、2人の少女の視点を切り替えながら進む物語。 ・夜廻三(第3作) 自分にかけられた呪いを解くため、忘れてしまった「思い出」を探す物語。 『夜廻』シリーズは、Nintendo Switch、PlayStation 4、PlayStation 5、PC(Steam)、スマートフォン(iOS / Android)など、幅広いプラットフォームで遊ぶことができます。 --------------------------------- ■今から遊ぶならどの機種がおすすめ? Nintendo Switch または PS5 が一番おすすめ! 現在、最新のゲーム機(Switch / PS5)であれば、『夜廻と深夜廻(セット版)』と『夜廻三』がどちらも発売されているため、シリーズ丸ごと快適にプレイできます。 ・Nintendo Switch ・PlayStation 5 --------------------------------- #ホラゲー# #ホラーゲーム# #鬱ゲー#
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編集長コラム・伴侶が封じた詩 私が知る祖父は、穏やかでお茶目な人だった。 絵を描くこと、山を歩くことが好き。横浜の祖父母の家に遊びに行くと、大学生の私に「ほら、これ素敵だろ」と、山で拾ってきた石ころをくれた。太極拳の道場では、師匠の指導を無視。独自の舞を繰り出して楽しむ。そんな人だ。 祖父が亡くなった後、祖母から昔語りを聞くようになった。そこには、私の知らない祖父がいた。 祖母は祖父よりも20歳近く年下。満鉄の理事をしていた父、後にイエール大学で博士号を取る兄ら「エリートの家族」で育ったが、20歳そこそこで祖父と出会う。祖母いわく「脱線した」。祖父には、戦前に別れた妻との間にもうけた息子がいて、祖母の親は「苦労する」と反対した。 それでも、「好きになっちゃったんだから仕方がない」。祖母は家を出て、結婚を強行した。 祖母にとって、驚きの連続だった。 同居する祖父の妹が、進駐軍の将校たちを相手に横浜でクラブを営み、家計を支えていた。その妹は、戦時中は上海でクラブのママをしながら、日本軍のスパイとして情報を集めていた。祖母には「お客の米軍の将校に、私がスパイだったことがバレたら大変だから、ヒヤヒヤする」と言った。 大体、祖父が戦前に何をやっていたかがよく分からない。どうやら思想を取り締まる「特高警察」に目をつけられていたらしい。祖父の叔母が、横浜の港から恋人とソ連に亡命した際、祖父が連絡役を務めたことがきっかけだった。 逮捕、勾留された経験もあり、その時のことを祖父は短歌にしている。 あやまちしとは思はねど鉄窓のある室に入れられればかなし 負けるかと歯噛みしあれど鉄の扉に鍵かける音が身に沁みにけり 吾が智慧に思ひあまりて堪えるなしつめたき壁に指触れてみる 指触ればしみじみ寒し留置場の壁隣りの室におんなの声する 吾がためにひとりの母は髪切りて二月の夜半をお百度踏み給ふ 天地のめぐみをうけしうしし世にここだ鉄窓を仰ぎつなくも 耐えてきし男の涙こらへられず母にだきつきて声をあげて泣く ▽「総てが自分の滅びる姿を賭けている」 戦後も祖父は、権力に対する反抗心を持ち続け、出版の仕事を手掛けていた。作家相手に「信念を曲げてまでカネになる作品を書いて恥ずかしくないのか」とけんかばかり。「信念を曲げるくらいなら飢え死にした方がましだ」とまで言った。 だが祖母は構わなかった。むしろ、そういうところに惚れていた。自分が洋裁の仕事で家計を支えるから、嫌な思いをしてまで働かなくてもいいと伝えた。実際、祖母が一家の食い扶持を稼ぎ続けた。私が「おじいちゃんは恵まれ過ぎだな」と羨ましがると、祖母は「金銭的な支えがあるより、心の支えがあった方がいい」と言っていた。 ただ祖母は、共に人生を歩むのに当たり、一つだけ条件を出した。 それは、詩を書くのはやめるということだった。 祖父は詩作をライフワークとしており、戦後も自分が編集・発行人となって『第一書』という詩集を、詩人仲間と共に出版していた。1951年の『第一書』では、「火花の匂い」という詩を発表している。 無慈悲な倦怠と悔恨家たちのために 腐った階段を降りる救世者 酔いどれた最高の地図の前で 人間の乾いた心は火のように息苦しく 白鳥の背に乗った明徹な像は ふたたびこの湖上には還らない 貧しい者は貧しさのまま 傷は傷のまま 権力は王座に眠ったまま 白い紙の鏡はうつろな眼の中で 力学の陰惨な壁に汚される 痛ましい渇望と拙棄と灰の底で 冷酷な火薬に嘯き ああ 総てが自分の滅びる姿を賭けている 祖母は祖父の詩に「気が滅入る」と感じた。自分と暮らすならば、詩を書くのだけはやめてほしいと願った。 伴侶からの願いを受け入れ、祖父は詩作を封じた。 ▽「お前との暮らしがあるだけだ」 1枚の写真がある。祖父母が羽田空港で写した写真だ。戦後しばらくは同居していた祖父の妹は、クラブに来ていた進駐軍の米国人と結婚して渡米。祖父母の家に遊びに来ていた妹が、米国へ戻る際に羽田空港まで見送った。その際に撮影した祖父母のツーショットだ。写真には祖父の言葉が添えられている。 「愛という言葉は知らない。お前との暮らしがあるだけだ」 祖父が亡くなった直後には、祖母の元に手紙が届いた。祖母は「お化けかと思った」とおどけていたが、ふたりが筑波万博へ出かけた際、10年後に届く手紙として祖父が祖母あてに投函したものだった。手紙は「僕はもうこの世にいないだろう。淋しくないかい」で始まり、「僕は君と一緒になれて本当に幸せだった。ありがとう」と感謝の言葉が綴られていた。 詩作を封じ、愛する人との暮らしを第一に人生を送る。覚悟ある祖父の決断であり、それを最後まで貫いたのは立派だと思う。 しかし同時に、「今の時代を祖父があの世から見たらどう感じるだろう」と思う。政治権力は好き勝手に振る舞い、弱い立場の人が苦しんでいる。戦争の足音が近づいている。権力に抗する表現活動をやめたことを、祖父は後悔していないだろうか。 1949年1月に発行された『第一書』の編集後記で、祖父はこう綴っている。 「前途には希望的な何ものをも見いだし得ないが、この絶望は、人類そのものへの絶望ではない。人為的なからくりに対する憤怒であり、闘魂である。広島、長崎のむごさは、人間に共通する原罪であり、悲哀である。反省である」 「僕らは個の平和を求め得られないことを知っている。僕らの可能は、全人類への信頼と愛情である。戦争がどこで起ころうがそれは僕らを放ってはおかないであろう」 祖母は生前、私に「おじいちゃんに似ている」と言っていた。 だが私は、ペンを手放さない。書き続ける。
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Tencentのロボティクスチームが、ロボットに「言葉で考えて、絵で確かめながら動く」能力を持たせる基盤モデル「RxBrain」を発表した(https://arxiv[.]org/abs/2607.14187)。 例えば「メガネを畳んでケースにしまう」というタスクなら、RxBrainは「つるを畳む」「ケースに入れる」と言葉で手順を計画し、それぞれの手順を終えた後の映像がどう見えるはずかを画像として想像しながらタスクを進めていく。 背景には、ロボット向けAIが抱えていた分業の問題がある。視覚言語モデル(VLM、画像を見て言葉で答えを返すAI)は「次に何をすべきか」の説明は得意だが結果の見た目までは示さず、逆に世界モデル(world model、未来の映像を予測するAI)は先の状態を絵で示せてもなぜそうすべきかという理由づけは苦手だった。RxBrainは6.2Bパラメータの単一モデルの中で、この2つの機能をMixture-of-Transformers(データの種類ごとに専門の処理経路を用意しつつ注意機構だけは共有するアーキテクチャ)で統合している。 学習データは実ロボットの操作映像、ハンドヘルドグリッパーでの人の動作、一人称視点の日常動画などから自動構築した5万時間超・2150万セグメント。新設ベンチマークRxBrain-Benchの「言葉と画像を組み合わせた計画」タスクではスコア0.68を記録し、既存のエージェント型手法(BAGEL-7B-MoTが0.50、Qwen-Agentが0.43)を上回った。一方、単純な状況理解を問うタスクでは総合スコア72.7にとどまり、Qwen3.5-4B(78.1)には及ばない。先を見通した計画は得意でも、細かい状況認識はまだ既存モデルに一歩譲るというバランスが見える。 さらに、大規模な行動データでの事前学習なしに実ロボットへ応用した結果も興味深い。食卓の準備・メガネの折りたたみ収納・ゴミ捨ての3タスクで平均成功率87%を達成し、ロボット操作の代表的な基盤モデルπ0.5(82%)やπ0(68%)を上回った。 「言葉で考え、絵で確かめる」というアプローチで、ロボットの計画立案を人間の思考プロセスに近づけようとしている点が面白い。
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#これを見た人は無言で手に何か持って片足をぴょこんと上げてる絵を貼れㅤ# このタグむずかしいと思ったらピッタリな写真あった!🥹✨️
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意味を求めすぎる時代について③ 横尾忠則さんは、「この絵は何を表しているんですか?」と聞かれたとき、「説明できない」と答えるという。見た人が「気持ち悪い」と感じてもいいし、「お腹が空いた」と感じてもいい。その人が受け取ったものが、その人にとっての答えになるからだ。説明できないから価値が低いのではない。むしろ、説明できないからこそ、人それぞれの感じ方が生まれる余白があるのだと思った。
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なぜ、スクエニから『ヴァルキリープロファイル』のような名作が生まれにくくなったのか?おそらく、作りたいものを、会社の構造の中で最後まで守り切るのが難しくなったのだろう。ヴァルキリープロファイルは企画書だけを見れば、かなり危うい。主人公は戦乙女。仲間は基本的に死者。明るい冒険譚ではなく、死に際の記憶を拾っていく物語。エンディング分岐も分かりやすくない。システムも独特。戦闘も横スクロール探索も、当時としてはかなり異質だった。 今の社内会議に出したら、まず聞かれる。 「このゲームのターゲットは誰ですか」 「初見ユーザーは離脱しませんか」 「海外展開の訴求軸は何ですか」 「シリーズ化できますか」 「ライブサービス化できますか」 「動画配信で映えますか」 「既存IPと比べて投資回収の見込みはありますか」 この質問は、間違っていない。 会社である以上、売上も利益も必要。 開発者の生活もある。株主もいる。広告費も、人件費も、外注費も、ローカライズ費も、すべて昔とは比べものにならないほど重くなった。 だが、ここに落とし穴がある。 名作は、正しい質問だけでは生まれない。 ヴァルキリープロファイルの本質は、市場がまだ言語化できていなかった欲望を、先に形にしてしまったことにある。 人は、死者の物語をゲームで追体験したかったのか。 北欧神話と日本的な情念が混ざったRPGを求めていたのか。 悲劇的なエインフェリアたちの人生を見届け、神界へ送る体験を欲していたのか。 発売前のアンケートで聞いても、おそらく誰もそんな答えは書かない。 けれど、出された瞬間に分かる。 「ああ、自分はこれを待っていたのか」と。 これが名作である。 今のスクエニが苦しんでいるのは、才能不足ではない。むしろ才能はある。絵を描ける人、音を作れる人、物語を作れる人、システムを組める人、世界に通用する映像を作れる人はいる。 しかし、スクエニは、強いIPを持ちすぎている。 ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、キングダム ハーツ、ニーア、サガ、聖剣伝説、スターオーシャン、そしてヴァルキリープロファイル。 これは財産であると同時に、重荷でもある。 なぜなら、社内のリソース配分を考えるとき、完全新作や中規模RPGより、既存IPの方が説明しやすいからだ。 「FFです」 「DQです」 「過去作のリメイクです」 「有名IPの派生です」 この方が、通しやすい。海外にも説明しやすい。販売計画も立てやすい。広告も打ちやすい。 社員の立場で言えば、失敗は怖い。 新規IPで失敗すれば、「なぜ既存IPを活用しなかったのか」と言われる。作風で失敗すれば、「もっとユーザーに寄せるべきだった」と言われる。中規模タイトルで利益が薄ければ、「その人員を大型タイトルに回すべきだった」と言われる。 すると、企画は自然と安全側に寄る。 不親切な構造は親切になる。 暗い物語は少し明るくなる。 難しいシステムは単純化される。 分かる人にだけわかる演出は、全員に伝わる説明へ変えられる。 そうやって完成するものは、悪いゲームではない。 だが、心の奥に傷を残すゲームではなくなる。 ヴァルキリープロファイルが今も語られるのは、完成度だけではない。あの作品には、今の大企業が嫌がる要素がたくさん入っていたからだ。 暗い。 難しい。 説明不足。 万人向けではない。 けれど、そのすべてが作品の本質だった。 昔のスクウェアとエニックスには、その中間地帯があった。 今、その中間地帯がない。 大作は重すぎる。小作は軽すぎる。スマホは継続運営が重い。リメイクは原作への責任が重い。結果として、純粋な変な新作が生まれる余白が少ない。 本当は、スクエニほど変なゲームを作れる会社はない。 神話、死生観、宗教、哲学、機械、魔法、召喚獣、王国、終末、輪廻、記憶、罪、赦し。 こういう重たいテーマを、エンタメとして成立させてきた会社だ。 だからファンは今でも期待している。 「スクエニなら、またやってくれるんじゃないか」と。 だが社員側から見ると、その期待はありがたくもあり、怖くもある。 ファンは昔のスクエニを覚えている。 会社は今の市場を見ている。 開発者は、その間で板挟みになる。 『ヴァルキリープロファイル』のような名作が今なかなか生まれない理由は、クリエイターが情熱を失ったからではない。 むしろ、情熱はある。 『ヴァルキリープロファイル』は、親切な作品ではなかった。だが、誠実な作品だった。死者に対して。物語に対して。プレイヤーの孤独に対して。 スクエニが取り戻すべきなのは、 「これは売れるか分からない。でも、これを作らなければ、うちがうちでなくなる」 そう言える企画を守る覚悟である。 名作は、管理から生まれない。 名作は、管理された狂気から生まれる。 スクエニには、まだその血が残っている。
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暗中模索です。私は、絵仕事をしつつ、発達障害やその他障害を持つ児童を支援する放課後デイサービスのスタッフをしていました。 「みいちゃんと山田さん」が受動型のアニメーションで広まる事は子どもたちの事、将来の事を考えると不安です。 この作品を支持するような健常者(だと自分で思いこんでいらっしゃる方達…)の立場からは想像できない事(差別・偏見など)もこの世にはあると思います。 大手出版社が面白おかしく障害状態の裸の女子をアクリルスタンドの当たりの景品にし、アニメ化発表を”やまゆり事件”の日に重ねて、この出版社の編集者達は、その作品について、「みいちゃん(障害者の登場人物)が可哀想な目に合うのを見たい」「底まで落ちている才能がある」「ポップに罪悪感なく人の不幸が読めちゃう」などと様々な炎上マーケティングをしています。(炎上上等だそうですね。) 漫画『ルックバック』の時の炎上商法と一部似ていますが二匹目のドジョウ狙いだったのでしょうか? 売れれば正解みたいな資本主義の世界とはいえ、「現実と近しく見える」この作品は、あまりにも倫理観の欠如を感じますし、現実世界に、亡くなったみいちゃんのモデルがいらっしゃる状態。 私はこれを全く楽しめません。 そして、いじめ加害者の輪の中には加わりたくありません。それがいくら売れているとしても、媚びを売ったり、擦り寄ったりする生き方はしたくないです。 それくらいの矜持は持っているつもりなのですが、今後も自分を疑いつつ生きたいです。 それから、日本の創作至上主義には、創作者の一人である私の立場から見てもちょっと胸焼け状態です……。果たして表現にすれば全てが無罪なのでしょうか? 弱者や障害者を叩きのめすのを娯楽や快楽にする表現が大きく支持されるのなら、自分の立場をどう扱っていいのか悩んでいます。 悩みつつも再度、福祉のために自分が出来る事に舵切りもしていこうと思います。これについて私が出来る事がございましたら、どうぞお声がけください。
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話は変わりますがレポに限らず絵でも文でも写真でもそれを掲載した人の「このキャラのこの部分を知って(見て)ほしくてぇ…!!!!」ってすごいわかりやすいですよね スマホ画面からオーラが伝わる
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