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米国政府は国際刑事裁判所(ICC)を制裁対象にした。 その理由について日本では報道されず、ICC側の立場を弁明するものであり「公平性」が存在しないため、なぜ今回の軋轢が発生しているのか述べたい。 まず、国際刑事裁判所とは、その裁判権に服することに承諾した「国家」の間で犯罪が起きたときに、善悪を判定する機関だ。 よって、裁判権に服しない(ローマ規程条約に加盟しない)国でどんな凶悪犯罪が行われても関係ない。 だから、チベットやウイグルでどんなことがされていても犯罪とはされない。 また、加盟国の国民に対して犯罪をしたとしても、その犯罪が現在進行中でも、着手した時点でICCに加盟していなければ無関係なんだな。 そう、継続して監禁して性犯罪を「現在」していたとしても、最初の性犯罪が「昔」ならOKという理屈じゃ。 よって北朝鮮による拉致問題は、犯罪であるとされていない。 さて、ICCの問題は、「何が犯罪なのか」という議論の前に、この「管轄権」で揉めているんじゃな。 株式会社が会社法を根拠に設立されるように、ICCはローマ規程条約を根拠に設立された。 そして、「国」に参加資格があるとした。 ところが、ICCは独自に「何が国か」という定義が出来ると主張して、パレスチナに裁判管轄を認めた。もちろん、ローマ規程条約にはそんなこと(国家認定権限)は書いていない。 そこで主に、問題となっていることは次の2点だ。 ①パレスチナは国連で「オバザーバーステイト」だと定義されたから、「すなわち国家である」とICCが独自に認定した。これは超法規的な措置であり、一切の法的根拠が無かった。 ②パレスチナ政府が実効支配している地域にガザ地区は含まれていないこと。 パレスチナの領土的範囲は1967年6月の第三次中東戦争以前の境界であるとされるが、 パレスチナ政府は「ファタハ党」の党首アバッス大統領が代表だが、ガザ地区はハマス党が支配し、ファタハ党員を全員殺害してしまった。 よってパレスチナ政府はガザ地区を現在、統治していない。ガザ地区で行われた如何なる民事裁判も刑事裁判も、徴税も、パレスチナ政府は関与できていないわけだな。 このような条件下で、2023年10月の「ハマスによるイスラエル攻撃」が行われた。 沢山の女性、妊婦、子どもが強姦され殺害され、そしてたくさんの人々が拉致された。中には0歳児もいた。 イスラエル政府は救出作戦を展開した。ここで問題が起きる。 ハマス党ま戦闘兵は「軍服」を持たない。民間人の服で武器を隠し持って戦うわけだな。 そして「軍事施設」は「病院や学校」とした。 挙句、パレスチナを支援する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、 つまり国連職員が、イスラエル攻撃に参加し、民間人の虐殺をしていたことが判明した。 シファ病院というガザ地区の病院にイスラエル軍が突入すると、 大量の武器弾薬、そして地下トンネルが発見された。 ハマス側は「これらの武器弾薬はイスラエルが持ち込んだものだ」と反論したが、地下トンネルは突入した僅かな時間で建設することはできない。 つまり、ガザ地区における戦闘は ①軍服をきていないが武器をもった相手から人質を救出する戦い、であり、 ②軍事基地に病病院や小学校の外観があった、そして ③ガザ地区の国連職員が民間人虐殺をした戦闘員だった、 という非情に特殊な戦闘形態だった。 これに対して、ICCは次の理由で、イスラエルの首相、ネタニヤフに逮捕状を発行した。 ①軍服をきていないならば民間人であり、お前は民間人を殺傷した。 ②学校や病院があったならばそれは学校や病院である。お前は病院や学校を破壊した。 ③国連職員がテロをしていても、国連職員であったことは事実なのだから、お前は国連の業務を妨害してガザ地区の人々を飢えさせた。 まあいうてもな?  ワシは日本人だから、はっきりいってイスラエルとパレスチナの紛争など、直接関係ないよな。 なので中立公平な視点で語れるぞ。 はっきりいって、ICCの現状の基準を看過したら「日本がやばいこと」になるぞ。 何がやばいかというと、「偽装作戦をしたら大成功」ということだな。 つまり、民間人の服装での戦闘をした結果、返り討ちにされたらそれは民間人虐殺であり、 軍事施設に病院を併設したらそれは病院であるから攻撃したら犯罪であり、 国連職員がテロをしたから支援を中止させたら、それは犯罪である、ということな。 これは「日本の防衛」を非常に危険なものにする、ということだ。 実はこの戦い方、かつてあった「日中事変」そのものなんだよな。 そう、かつての日本の敵は、女性や子どもに武器をもたせて戦い、日本軍が応戦すると「民間人を殺害した」とし、 軍事基地を民間施設だと偽装し、 第三者(赤十字)の職員に自軍の戦闘員を潜り込ませ、戦闘行為に加担した。 これらの戦い方は、当然、今後の未来にも起き得る。 実際、現在の中国政府は「国防動員法」という法律を制定し、18才から55才の男女(障害者除く)に戦闘参加義務を定めている。 現在、この「戦闘参加義務者」の総数は、日本国内では既に警察と自衛隊の合算人数よりも多い。 工藤会とか日本のヤクザでも自動小銃を日本国内に持ち込めているよな。 国家が、武器弾薬を日本国内に持ち込み、どこかのマンション・倉庫に備蓄することは絶対的に不可能であると断言できるか? こうして、「民間人の服装」をした戦闘員が出現して、警察・自衛隊が応戦して撃破したとき、 ICCはガザのように、こう判断したらどうする? 「日本の警察・自衛隊は民間人虐殺という犯罪をした」 そもそも、ICCは「A条約を締結していない国にA条約を適用してはならない」という「法の支配」(条約法適用に関するウィーン条約)を完全に無視している組織だ。 この「民間人の服装をした戦闘員を撃破したら犯罪」という謎の理屈は、 すでに米軍のアフガニスタン攻撃の際に発動された。 アフガニスタンでの戦いで、米軍の敵は「軍服」を着ていない。その辺の民間人の服装のまま武器を隠し持っている敵だ。 これと戦ったところ、ICCは「米軍人がアフガニスタンの民間人を拷問した」等の容疑で捜査を開始した。 なので今回の米国の制裁も「今後、米軍人が不当に拘束される可能性がある」ことを挙げている。 そもそもな、「軍服」という概念がどうして人類社会で発達したのか。 それは「もし、パジャマを着て戦闘に参加したらパジャマを着ている人全員が戦闘員に見えるから」なんだな。 つまり、軍服とは「敵に見せる」ためのものだ。 そうしないと民間人が攻撃目標になってしまうから。戦争とは自国の民間人を守るためにするものだった。 ところがこれは先進国の話で、汚いやり方だが、民間人を盾にして戦争をする連中がいる。 確かにICCはハマス党にも逮捕状をだした。しかし、その容疑には「民間人の服装で戦争をさせて、被害を民間人に拡大させたこと」は含まれていなかった。 つまり、ICCの問題点とは、 「管轄の決定に法的根拠がないこと」と「違法性の認定が特殊」なんだな。 こんな基準を日本や在日米軍に適用されたらたまったもんじゃないぞ。 ICCが設立された当初は、非常によく運用していたと思う。しかし、徐々にそれは変わっていったと思う。 特に「ICCは、何が国家なのか認定する権限が超法規的にある」としたあたりから、「中の人」が変化した印象を受ける。 共和政ローマ末期の政治家、キケロの『義務について』にはこんな一節がある。 「戦争においても法が存在し、敵に対してであっても、誓約に対する信義は守らなければならない」 そう、文明人の戦争にはルールがある。ナチスドイツも兵士は軍服を着ていた。 ところが、最近は「文明と非文明」の衝突があり、非文明は戦争のルールを守らない。 守らないため、どれが敵で、どれが民間用の食糧なのか、どれが敵兵の食糧なのかわからない。それを区別する法的義務もない。 よって、「敵兵の食糧だ」と思って攻撃したら、それは「民間人の食べ物だったので餓死者がでました」と宣伝される。 敵兵が全員パジャマを着ていたので、パジャマを着ていた人を撃ったら「民間人でした」と言われる。 そう。戦争の法はあくまで「文明国同士」に限定された法であり、非文明との戦争はいまだ国際法が整備されていない。 国際法自体が文明を前提とするからだ。 「子どもを使って敵の攻撃から逃れる」という戦闘をそもそも立法者は想定していない。 なぜならば文明国の戦争自体が子どもを守るために行われるからだ。 ICCの認定した「戦争犯罪」の基準は、極めて深刻な影響を及ぼすため、今回米国はICCの組織自体を制裁対象とした。 他人事ではない。 次に、戦争犯罪者だと指定されるのは自衛官・警察官である危険性をワシは警告する。 米国は現にそれを危惧して「制裁」をしたのだ。 ---------------------------------------- 【あと389人で供託金がたまる!】 ワシの書いた大ヒット作『われ正気か!』が読み上げ配信になった! (0円登録・解約自由・速聴可能〕 【月額0円登録】(または4か月99円登録) ワシの活動資金のため、下のリンクをクリック→「今すぐ登録する」をクリックして登録→「われ正気か」の検索を頼む! いつでも解約できるので登録だけしてくれたら嬉しい! お願いな! (速聴(倍速で聞くこと)はボケ防止にいいぞ!ワシの祖父母も毎日していた。ワシは12才から18才まで毎日速聴して予備校にいかず旧帝に現役合格したから頭の筋トレなんじゃ) ワシの新刊『日本人をなめとるのか!』が出た! いま認知戦が激しくなっている。 日本人を奈落の底に突き落とすための偽情報。 許せんぞ!という思いで、7人の子を育てつつ書き下ろした。 電子版もあってすぐ読めるぞ! 地元図書館にもリクエストしてな! 写真は薪割りしようとしているワシじゃ
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【『地平』11月号】new!! [特集:アナログに生きる権利] 今こそアナログを選ぶ――監視資本主義に対抗する選択 小笠原みどり(カナダ・ビクトリア大学助教授) ーー ●生き方を選択する権利 社会のデジタル化が進むなかで、あたかもデジタル以外に選択肢はないかのような状況が世界的に広がっています。デジタル技術にはもちろん利便性があります。人とより速く、より多くコミュニケーションできますし、ソーシャルメディアによって、これまでマスメディアが報道してこなかったことでも個人が発信できるようにもなりました。より多様な情報を迅速に手にできるようになったという、肯定的な側面は確かにあります。 しかし現在、デジタル技術が社会の基盤を構成するようになるにつれて、その負の側面への認識が広がっています。子どもたちのメンタルヘルスの悪化、ゲームやSNSへの依存傾向の拡大は、象徴的な出来事といえるでしょう。 できることなら、日常を侵蝕してきたスクリーンから離れたい、家族や親しい人たちと向き合って過ごす時間を取り戻したい、スマホなんか使わずに生きたい―─そう希望する人たちは、しかし、もはやそれが困難だという「現実」に直面するでしょう。レストランでもスマホでの注文を促され、行政手続きすらスマホ経由で行なうように半ば強制され、それができない市民は不利益を強いられます。 ここで重要なことは、こうした状況は、自然にできあがってきたものでは決してなく、ビッグ・テックをはじめとする関連企業の利潤追求の結果として、あるいはそれと結びついた政治の結果としてもたらされたものであり、きわめて人為的な選択の結果として存在している「現実」である、ということです。 私は、「アナログで生きる権利」を、「旧来の生活習慣のとおりに生きる権利」としてではなく、「未来に向けた積極的で創造的な権利」として位置づけたいと思います。昔を懐かしむ世捨て人の権利ではありません。デジタル化の弊害が看過できないほどに深まっている今だからこそ、どのような技術をどのような条件で使うのかを自分たち自身で決められること、その選択を妨げられないこと、より自由で平等な社会であるためにアナログの手段を選択できること、そのような権利です。 私自身もスマートフォンは持っていません。そうすると学生から、「先生とはジェネレーションギャップがあります」と言われることがあります。技術が分からない「古い世代」だ、というわけです。このような感覚の背景には、経済成長戦略のもとで「デジタル化で遅れをとってはならない」という政治の姿勢があり、若い世代にとっては、SNSなどのバーチャルなコミュニケーションに3加しなければ人間関係が維持できない、という切迫感があります。それがテック企業の広報戦略とあいまって、「アナログを選びたい」という市民の希望が「時代遅れ」として扱われてしまうことにつながっています。 かつてのアナログしかなかった時代に戻れ、ということではありません。それは不可能です。それに、アナログの時代であれば市民の権利が保障されていたというわけではありません。生活保護の申請を水際で追い返すような、制度上は存在する権利を手段のところで制限するようなことは以前からありました。 しかし、現在の問題は、そうした実質的な制限がデジタル化によって見えにくくされていることです。オンラインの申請フォームから外れた要求はできないようになっており、問い合わせ先にたどり着くまで何段階も操作を求められ、ようやく電話番号を見つけても長時間待たされる。権利を行使しにくくする思惑が技術に埋め込まれ、システムが設計されているのです。(続く)
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#国会正門前大行動0519# に宮古島から参加した女性のスピーチです。 きょう飛行機に乗って宮古島から来ました。国会議事堂前駅から歩いてきて、この光景を見て涙が止まらなくなりました。島の中で声を上げたり、島の中でのたたかいは、少人数で孤独なものだったりするので、こうやってたくさんの人たちが同じ思いを持って集まってるんだっていうのを見て、本当に涙が止まらなくなってスピーチもちゃんと話せるかなって不安です。 今日は発言の場を与えていただきありがとうございます。高市政権が軍拡、憲法改悪を推し進めようという流れの中、皆さんの中で、いま自分が住んでいる場所で戦争が起こって、そこにはもう住めなくなるかもしれないという不安を感じている人はどれぐらいいますか? いま、宮古島、石垣島、与那国島をはじめとする先島諸島では、台湾有事を前提として島民12万人を九州、山口に避難させるという全島避難計画が進められています。信じられますか? どれくらい具体的な計画かというと、私の住む宮古島市は鹿児島県鹿児島市に避難することまで決まっています。3辺の合計100センチ以下の手荷物1つで1か月間鹿児島のホテルに滞在し、その後そこでの就学や就労の支援計画まで始まっています。このような計画を、国をはじめとして沖縄県、宮古島市も異議を唱えることなく計画を立てています。 私たち住民の気持ちは置き去りにされています。私たちは今、生活を根こそぎ奪われるということが戦争以上に怖いです。そもそもなぜ国外問題である台湾有事で先島諸島が戦場にされなければならないのでしょうか?  なぜ先島諸島の人々の生活を奪って、そこを戦場にして戦争することが国を守るということなんでしょうか? その中に私たち先島諸島の人々は入ってますか? 国際法であるジュネーブ諸条約では軍民分離ということが決まっていて、住民がいる場所では戦争できないのです。アメリカは批准していませんが、日本は批准しているので守らなければなりません。有事の前に避難させるということは、戦争をするために住民が邪魔だから避難させるのではないでしょうか? 戦争を前提とした避難に従うことは戦争協力であると私は考えています。 そして、一度避難して島が戦場にされたら、もう島に戻ることはできないのは容易に想像できます。地続きではない島の復興はほぼ不可能です。つまり、これは島外避難などではない強制疎開です。島に残りたいと言っても、避難は強制ではないが、ライフラインが止められるというのが市の説明です。それは強制に等しいです。このようなことが今の日本で行われようとしています。島外避難したくないというと、命が大事じゃないのかということを言われます。もちろん命が大事です。でも、憲法25条では、単に生きるだけではなく、人としての尊厳を保った健康で文化的な最低限度の生活が認められています。また、憲法22条では、自己の意思に反して移動しない自由、住み続ける自由が保障されています。しかし、すでに私たちの権利は脅かされようとしていて、それが当然のことのように語られています。いま目の前にある憲法を守らせることさえできていないのに、改憲するなんて許されることではありません。憲法はすでに沖縄の人々を守らなくなって久しいです。いま大切なのは憲法改正ではなく、権力者に憲法を守らせることです。 先島諸島の島々では、その島独自の文化の中で人々は生きています。島によって言葉も違う、唄も違う、織物も違う。その島にしかない大切なものを次世代につなごうと大切に守りながら生きています。福島の原発事故で故郷を奪われた人々がいます。故郷を失うということがどれだけ大きなものを失うということなのか、私たちはもう知っていると思います。ただ生きていればいい。そんなことを誰が言えるでしょうか? この島に生き続けたい。この当たり前の切実な願いを、戦争という愚かなことのためにどうか踏みにじらないでほしい。 (※文責=井上伸)
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リベラリズムが何からの自由だったかというと、主に〈宗教〉なのだから、事あるごとに「非科学的」「オカルト」「説明不可能」などと批判を浴びせかけ続けてきたことも頷ける。しかし本来リベラリズムこそ、特定宗教に対して超攻撃的な「非宗教という宗教」(理性の祭典Fête de la Raison)なのであって、世俗主義的世界観が宗教的世界観の否定として成り立っている部分が大きいことを忘れてはならない。ゆえに、世俗主義的世界観と宗教的世界観が手を結ぶことは原理上、あり得ない。 「非科学的」「オカルト」「説明不可能」など、特定宗教側からしたら何を今更でしかない宗教批判の常套句だろう。意味のない宗教批判ばかりで吐き気がする。わたしは断然、傲慢な世俗主義者より、偏狭な宗教主義者と手を組みたいね。
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Token2029 Singaporeの影響力変化12個マルチエージェントで深掘り、会場マップのブース位置大きさ、スポンサーランクの経年を入力して、彼等の売上、最新PR、ポストから統合分析。始まる前からこれだけの分析もっていけるのマジありがたい。これをDots Spaceにもっていって各社のインタビュー項目をつくってもらえば、Dotsの音声会話モードがインタビュー補佐官になる。 1.大きな取引所ブースは、暗号資産以外の「財布」を取りに来ている BloFin、BingX、MEXC、WEEXの今年の動きを見ると、共通するのは株式・商品などを含むマルチアセット化です。 BloFinはperpetual futuresなど活発な取引が中心。9月の方針ではAIによる取引情報・注文支援を強化し、TOKEN2049連動の販促には株式・商品連動ペアも含めています。一方、同社自身が市場心理の弱さや、大手の流動性にはまだ届かないことにも言及しています。 つまり中央の大きなブースは「すでに圧勝している結果」とは限らず、「次の顧客と大口を取りに行く攻めの投資」と読むべきです。BloFinの9月方針 BingXはコピー取引から、株式・指数・AI・カードへ拡張。Q2発表では株式関連累計取引27億ドル超、指数は直近2カ月80億ドル超としています。ただし会社申告の取引高で、売上や利益ではありません。 L5の大きな展示とL4のLabs Stageは、個人トレーダーと、提携・開発・投資側の相手を分けて取り込む配置と考えられます。BingXのQ2発表 MEXCも株式先物、トークン化株式、実株・ETFまで拡張。これらは同じ商品ではありません。L1のMEXC Stageは、銘柄数の多い暗号資産取引所から、広い市場にアクセスする口座へブランドを拡張する動きと整合します。MEXCのQ2報告 私の読み:彼らが争っているのは、暗号資産市場内のシェアだけではなく、「同じ利用者が次に株や金を取引するときも、この口座にいてもらえるか」です。 2.OKXは、取引所から「地域ごとに使える金融サービス」へ 今年のOKXは欧州向けPay/Card、決済機関免許の取得を発表しています。売買で顧客を獲得した後、保有資産を日常で使う場面までつなげる戦略です。欧州決済展開 ここでMain Stageの意味が変わります。取引機能を売るだけならブースで説明すればよい。金融サービスのブランドとして広く認知され、銀行・決済・地域パートナーに会うには、会場全体で名前が反復される価値がある。 ただしOKXも、地域・商品で契約主体や規制上の扱いが異なります。「SGの免許があるから全商品が同じように認められている」ではありません。SG向け規約 3. これはStableというチェーンではなく、Unlimitの金融プラットフォームです。 9月22日にUnlimit Accountsを 隣のFireblocksより図面上で大きいから「事業が3倍好調」ではなく、新ブランドを市場に認識させ、口座と資金移動の入口を獲得する必要がある、と読む方が筋がよい。 4.Circle、PayPal、Mesh、Fireblocks、Ripple、TRONは、何を奪い合っているか 同じstablecoin周辺でも、押さえたい場所が違います。 ・Circle:USDCの発行・償還から、Arcという金融基盤まで ・PayPal:利用者の口座と加盟店の支払い画面 ・Mesh:wallet・取引所と決済先をつなぐ接続・変換 ・Fireblocks:企業の資産管理、承認、送金の業務 ・Ripple:国際送金、保管、流動性、RLUSDをまとめた法人向け基盤 ・TRON:USDTが流れる決済ネットワーク そして境界が崩れています。 PayPalはMeshを使ってwallet接続とPYUSD変換を行う。一方、Fireblocksは6月にFlowを発表し、企業向け管理だけでなくcheckoutや決済接続へ広がる。Circleは9月にArcを本稼働させ、発行者から基盤側へ進む。 単純な陣営対立ではなく、協業しながら相手の領域にも伸びていく構造です。PayPalの規約/Fireblocks Flow/Arc稼働発表 Meshのラウンジは、こうした接続先を増やす事業と相性がよい。Circle Houseは、顧客や開発者を自社の仕組みへ招く場。RippleやFireblocksは狭い区画でも、少数の法人案件の質が重要になり得ます。 5.「好調」は何の数字で見るか。ここが重要 Circleは比較的見通しがよい会社です。2026年Q2のUSDC残高は733億ドル、前年比19%増。一方、総収入は7.01億ドルで7%増。純利益は4,800万ドルでした。 残高や送金量が伸びても、収益は準備資産の利回りや分配条件にも左右される。チェーン上の活動の伸びと、会社が稼ぐ額は同じではありません。CircleのSEC提出資料 Bit Digitalも重要です。名前から採掘会社を想像すると今の事業を見誤ります。Q2のクラウド売上は2,380万ドル、前四半期比42%増。AI/HPCへの移行が売上に現れる一方、全社では1.072億ドルの純損失でした。大きな非現金項目を含むため損失の内訳も見る必要があります。 同社のStageは、単なる採掘需要の好調さではなく、ETH資産とAIデータセンターへの資本配分を金融関係者へ説明する場、と読めます。Bit Digital決算 一方、多くの非上場取引所では、比較可能な最新利益を確認できません。登録者、取扱高、資金調達、売上、利益を一列に並べて“好調ランキング”にするのは避けるべきです。 6.小さなPolymarketは、むしろ「展示以外の販路」が強い ICEは3月に6億ドルの追加出資完了を発表。さらに2月にはPolymarketの確率・センチメントデータを機関投資家へ届けるサービスを開始しています。 予測市場の参加者を増やすだけでなく、市場が生む情報を金融業務に売る経路を作っている。TRONより小さい展示から、資金力や事業の弱さは導けません。ICEの出資/機関向けデータ提供 BTSEも、取引所であると同時に、他社向け取引所・流動性・決済基盤を売る会社です。ChangeNOWは他社walletの交換機能に組み込まれるAPI。DWF Labsは流動性供給や投資・OTCの相手との接点が重要。 同じ来場者一人でも、個人の新規口座なのか、数十万顧客を持つ提携先なのかで価値が違います。 7.Sui・Solana・Cardanoは、チェーンの“利用理由”を売っている Suiは同会場のBasecampでagentic economyを前面に出し、今年はBridge発行のUSDsuiも稼働。Solanaは送金・カード・資産発行などの利用先を広げています。Cardanoの大区画はエコシステム共同展示で、単独企業の面積とは意味が異なります。 争点は、性能の数字だけでなく「次の決済やAIエージェントを、なぜこのチェーン上で作るのか」。開発者・流通先・金融接続先をまとめて獲得する競争です。SuiのUSDsui/Solanaの8月報告/Cardanoの展示 8.国旗で分けると、かえって見えなくなる 国・地域は四つに分けると読みやすいです。 ① 創業者・開発者の出自 ② 本社・契約法人の所在地 ③ 免許を持つ法域 ④ 顧客と売上が生まれる市場 例えば中国出身の創業者がいることと、中国本土でそのサービスを提供できることは別。香港も本土と同じ規制ではありません。SGに拠点があるから東南アジア企業、という分類も乱暴です。 その上で、地域別の強みはこう見えます。 ・米国:ドル、資本市場、大手決済・クラウドの流通網 Circle、PayPal、ICEなどが持つ接続先が、アジア開催でも価値を持つ ・中国語圏:海外の取引コミュニティ、開発者、技術供給 ただし個社の顧客構成を確認せず“中国系陣営”にはまとめない。Alibaba Cloudと0GのQwen連携は、米中二択より、モデルと国際的な実行基盤の接続という例です ・欧州:域内で販売できる条件 大きな欧州ブースが少なくても、MiCAへの適合や免許が他地域企業の事業設計を左右する。 ・中東:都市への企業・資本・人の誘致 Dubai Pavilionの規制、経済振興、金融、不動産が一緒に並ぶ意味。トークンだけでなく、どこで会社を動かすかを売っている ・SG/東南アジア:銀行、wallet、QR決済、送金をつなぐ回廊 StraitsXはKBank・Grabと、タイの利用者がSGのQR加盟店で支払う仕組みを展開。ここでは利用者がblockchainを意識しなくても価値が出る。会場出展の有無は未確認ですが、地域の実需を考える具体例です。StraitsX公式 9.Singapore開催だから、Singapore住民を取りに来たとは限らない ここは大切な反証です。MEXCの現行規約はSingaporeを提供対象外に含め、Polymarket国際版もSGからの新規取引を制限しています。 それでも、この会場では国際的な顧客、紹介パートナー、プロジェクト、銀行、投資家に会える。会場の所在地と営業対象市場は別です。MEXC規約/Polymarketの地域制限 SG自体も“海外向けなら自由”ではありません。MASは海外顧客だけを対象にする一定のデジタルトークンサービスに厳しい免許方針を示しています。MASの説明 今回の見立てを一段深くまとめると 「取引所は顧客の財布と取引時間を、決済企業は残高と最初のクリックを、チェーンは次に作られるサービスを、都市は企業と資本の移転先を取りに来ている」 そして、その組み合わせを売買する交差点がSingaporeです。 だから会場で聞くと面白いのは、『今年何が新しいですか』より、『昨年と比べて、誰から何の対価を受け取る事業に変わりましたか』です。その答えをブースの大きさ・ラウンジ・登壇と重ねると、単なるスポンサーランキングを超えた勢力図が見えてきます。
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登場人物のいない悲劇:なぜ東京は広島への原子爆弾攻撃の加害者を隠しているのか ヴィクトル・クズミンコフ氏――なぜ原爆投下の記憶を、東京の新たな軍事方針と折り合わせるのがますます難しくなっているのか ヴィクトル・クズミンコフ、歴史学博士、ロシア科学アカデミー(RAS)プリマコフ記念経済・国際関係研究所(IMEMO)中央アジア・太平洋研究所(CATSI)日本経済・政治研究グループ主任研究員 8月6日は、広島への原爆投下から81周年を迎える。午前8時15分、同市上空で米国の「リトル・ボーイ」が爆発した。広島市の当局の推計によると、1945年末までに約14万人が犠牲となった。犠牲者には日本人だけでなく、朝鮮人、中国人、東南アジア出身者、そして米軍の捕虜も含まれていた。放射線障害、がん、そして差別は、生き残った被爆者たちを何十年にもわたって苦しめ続けた。それゆえ、広島は、軍事作戦の枠組みだけでは収まりきらない影響についての警鐘なのである。 こうした背景において、公式の記念式典で用いられる無個性な言葉遣いは象徴的である。 受動形の記憶 2025年、原爆投下80周年の追悼行事が行われた際、この傾向はとりわけ顕著に表れた。広島平和宣言犠牲者の苦しみや核軍縮について詳しく語られた。米国は現代の核保有国として言及されたが、原爆を投下した国としては言及されなかった。当時の 石場茂首相また、「原爆の犠牲者」についても言及したが、それを投下した国の名前は挙げなかった。 だからといって、その事実が隠されているわけではない。広島の博物館や歴史資料には、B-29「エノラ・ゲイ」や「リトル・ボーイ」という原爆の名前も明記されている。日本の学校の教科書でも、次のように明記されている。米国が爆弾を投下した. 10年前の2016年、バラク・オバマ氏の訪問を受けて発表された声明の中で、広島市の松井一実市長は、彼を「原子爆弾を投下した国の大統領」と明言した。しかし、これらすべては、ある不変の規範を際立たせるに過ぎない。すなわち、公式の儀式において、悲劇には通常、その当事者が登場しないのである。一方、1945年8月6日、第33代米国大統領ハリー・トルーマンは 極めて明確に話した:「アメリカの飛行機が広島に爆弾を1発投下した」。 私の見解では、受動形には政治的な機能がある。すなわち、広島の記憶とワシントンとの同盟関係を調和させる役割を果たしているのだ。2016年、ホワイトハウスはオバマ大統領の訪問について、あらかじめ次のように強調していた。謝罪は伴わない。日本はそれらを強く主張しなかった。両国にとって、過去のわだかまりを乗り越え、同盟関係の強固さを示すことの方が重要だったからだ。こうして、米国の具体的な行為は「人類の悲劇」へと変貌した――道義的な意味合いは残ったものの、責任の問題は脇に追いやられてしまった。 3つの原則から――2つへ? 今日、この妥協の代償が特に顕著になっている。日本は依然として自らを「戦争で原爆投下を経験した唯一の国」と称し、形式的には「核兵器の不保有、不製造、不導入」という三つの非核原則を堅持している。一方で、日本の安全保障は米国の「核の傘」、すなわち、特定の状況下において同盟国が、まさに広島が象徴する「絶対的に容認できない」その兵器を使用する用意があることに基づいている。 この対立は数十年にわたって続いてきたが、今や東京は 議論しているその方針は公然のものです。これは、日本版原爆を製造するという突発的な決定ではなく、戦後の自主規制を一貫して解除していくことに関するものです。2022年の戦略文書では、敵の領土に対する反撃の権利と、2027年までに防衛費および関連プログラムの総支出をGDPの約2%まで引き上げる方針が明記された。2026会計年度の予算では、防衛関連事業に 過去最高の8,809兆円が積み立てられた(560億ドル以上). 日本も致死性兵器の輸出を合法化し、長距離ミサイルを購入している。 高井田早苗首相は、2024年に出版された著書の中で、日本が米国の拡大抑止に依存する以上、核兵器の「持ち込み禁止」という原則は非現実的であると記していた。3つの原則すべてを遵守することは、極限の危機的状況において障害となり得るからだ。その後、2025年12月、首相官邸の高官が、日本は独自の核兵器を保有すべきだと発言した。もっとも、同高官は、これはあくまで個人的な見解であり、実現は困難だと付け加えた。一方、ワシントンは、 思い出させた 不拡散分野における日本のリーダーシップについて。 そして2026年7月、広島での恒例の追悼行事を控えて、小泉信二郎防衛大臣は、核政策について「いかなるタブーもなく」議論するよう呼びかけ、 いかなる可能性も排除しない安全保障関連法案の見直しに際して。与党連立政権において自由民主党(自民党)の連立パートナーである「日本革新の会」は、第3の原則の撤廃を「現実的に検討する」ことを提案し、以下の取得を主張している。原子力潜水艦. 以下の通り 日本での議論、反対派はこれを世論操作と見なす一方、支持派は偽善の放棄と見なしている。 最も可能性が高いのは、日本が独自の核兵器を保有することではなく、事実上「三原則」から「二原則」への移行である。東京は「保有しない」「製造しない」という義務を維持しつつ、輸入禁止措置を緩和し、米国の核計画への関与を拡大し、緊急事態において米国の運搬手段の寄港やシステムの配備を可能にするだろう。これは、米国で議論されている核弾頭搭載の対艦巡航ミサイル「SLCM-N」とも関連している。 現時点では、このような見直しは技術的なものというよりは、むしろ戦略的な性格を帯びている。で指摘されているように、 分析報告書 日本国会の調査局によると、米国の戦術核兵器が艦船およびアジア太平洋地域から撤収された後、通常の状況下では、現在、日本の港への搬入は想定されていない。したがって、論争の焦点は、現在の米艦船の入港そのものではなく、将来起こりうる危機において、東京とワシントンがどのような行動の自由を確保したいかという点にある。 「軍国主義の復活」だけではない 現在起きている事態を、単に日本の軍国主義の復活というだけで説明するのはあまりにも安易だ。こうした単純化は、時に実質的な分析を政治的なレッテル貼りに置き換えてしまう。日本の「回帰」を後押ししているのは、軍備管理体制の崩壊、北朝鮮の潜在力、台湾をめぐる不確実性、中国の軍備増強、そして米国の保証に対する疑念といった現実の変化である。SIPRIの2026年1月時点の推計によると、中国は約620発の核弾頭を保有し、北朝鮮は約60発を保有しており、9つの核保有国すべてが近代化を進めていた。米国とロシアの2カ国だけで、世界の核兵器保有量の約86%を占めていた。この事実を無視することはできない。 ここには、説明と弁明の境界線がある。核をめぐる状況は、東京での議論を理解する助けにはなるが、自主規制を放棄すれば国の安全が確保されることを証明するものではない。独自の核兵器保有には、核不拡散条約(NPT)からの脱退、核弾頭や運搬手段の製造、管理体制や防護されたインフラの整備が必要となる。それは近隣諸国からの激しい反発を招き、東アジアにおける核拡散の連鎖反応を引き起こす恐れがある。米国でさえ、完全に自立した日本の核戦力を歓迎することはまずないだろう。 したがって、私が最大のリスクと見なしているのは、東京が明日核爆弾を製造するということではない。より危険なのは、許容される基準が徐々に変化していくことだ。まず核兵器が「やむを得ない安全保障の手段」として宣言され、次にその一時的な持ち込みが許可され、やがてその使用計画への関与が同盟政策の常態的な要素となっていく。どの段階でも、軍縮という理想は維持されていると主張される。しかし、広島の記憶と、核兵器の使用に備えた準備との間の政治的な距離は縮まりつつある。 核兵器禁止条約に対する東京の姿勢には二面性が見られる。日本は同条約に署名しておらず、2025年には オブザーバーになることさえ拒否した参加者による会議で。外務省は、禁止措置は抑止と両立せず、軍縮はNPTを通じて推進すべきだと説明した。一方、「日本被団協」(1956年に被爆者によって結成された市民団体)は、 ノーベル平和賞「核のタブー」の強化を支持する一方、広島市長は政府に対し、少なくとも検討会議にオブザーバーとして参加するよう求めた。被爆者の記憶、広島市、そして中央政府の間には、明らかに溝が広がっている。 爆弾を投下した人物を特定する 今日の広島の原爆記念日は、どのような意味を持つべきだろうか。何よりもまず、誠実さである。歴史的記憶を尊びつつ、核時代の幕開けとなった出来事を抽象化してはならない。原爆を投下したのは、米国指導部の決定に基づき、米国であった。しかし、それによって、軍国主義的な日本が戦争やアジア諸国民の苦難に対して負う責任が免除されるわけではない。成熟した記憶とは、次の二つの真実を同時に抱き続けるものである。すなわち、日本の侵略行為があっても、民間人の大量死が容認されるわけではなく、また、原爆投下によって日本が単なる「犠牲者」となるわけでもない、ということである。 現在についても、同様に率直に語るべきである。東京は、脅威や同盟による保証の信頼性について議論する権利がある。しかし、そうするならば、核抑止への依存は抽象的な「傘」に基づくものではなく、広島がその結末を如実に示しているような、核兵器の使用の可能性という約束に基づいていることを認めざるを得なくなる。被爆国という立場から道義的な資本を際限なく引き出し続けながら、同時に、悲劇の再発を防ぐべき規範を弱体化させてはならない。 広島の教訓は、核兵器を持たない国家が破滅する運命にあるということではない。その教訓は別のところにある。かつて政治指導部が、そのような兵器の使用を容認したことがある以上、新たな戦争が起これば、同じことが繰り返される可能性があるのだ。責任を明確にしない記憶と、核に関するタブーのない安全保障は、まさにそのような未来を危険なほどに招き寄せてしまう。
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映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』を観に行ってきました。以下、その感想です。 ~~~ この映画を観て、戦争とは人を殺すだけでなく、人間の心そのものを壊してしまうものなのだと、改めて考えさせられた。 アレン・ネルソンさんは、貧困や人種差別から抜け出そうと、米軍の海兵隊に入隊。沖縄で訓練を受け、ベトナムの戦場へと送られた。そこで彼が教え込まれたのは、敵を殺すことだった。相手も自分と同じ人間であるという感覚を奪われ、命令に従って人を殺す。その結果、戦争が終わっても心の傷から逃れることができない。戦場から帰ってきた人間を、戦争は決して元の人間には戻してくれないのだ。 特に考えさせられたのが、沖縄での米軍の訓練だ。ネルソンさんの証言によれば、沖縄では人間の形をした標的を使った射撃訓練が行われ、アジア人を人間として見ないような意識まで植え付けられていったという。戦場に行く前から、相手の命を奪うことへの抵抗感をなくす教育が行われていたのである。 そして、なぜ沖縄がそのような訓練の場になっていたのかという問題も忘れてはならない。映像のなかでは、沖縄のタクシー運転手や身を売る女性たちが料金の支払いを求めると袋だたきにされたり、ひっぱたかれたりする屈辱的なシーンも出てくる。東洋人を人間と見ず、「クークス」と表現して、殺害などを正当化していったのだ。 戦後の沖縄では、米軍基地の存在と日米地位協定をめぐって、米兵による事件・事故が繰り返し問題になってきた。米軍関係者の犯罪については、日本側が自由に捜査や身柄の確保をできない場合があり、地位協定の運用や日米間の取り決めによって、日本の司法権の行使が制約される場面もある。 もちろん、米兵が日本で何をしても許されるという意味で「治外法権」が認められているわけではない。しかし、基地の中では米軍の管理下に置かれ、事件が起きても日本側の捜査や身柄の引き渡しに制約が生じることがある。こうした仕組みが、沖縄の人々に不公平感や不信感を抱かせてきたことは、「本土」の我々も真剣に考えなければならない。 沖縄の人々にとって、基地問題は単なる安全保障の議論ではない。日々の暮らしのすぐそばに基地があり、騒音や事故の危険があり、事件が起きれば被害を受ける可能性もある。それなのに、なぜ地元の人々が十分に納得できないまま、その負担を長年背負い続けなければならないのだろうか。 1995年に起きた米兵による少女暴行事件は、沖縄の基地問題を改めて社会に突きつけた。ネルソンさんが日本で反戦の講演活動を行うようになった背景にも、この事件があったという。自ら米軍の一員として沖縄で訓練を受けた人間だからこそ、基地の存在と戦争の問題を他人事として語ることはできなかったのだろう。 この映画が重いのは、ネルソンさんを単純な被害者として描いていないところだ。彼は戦争によって心を傷つけられた人間であると同時に、自らの手で人の命を奪った人間でもある。命令されたから、兵士だったから、殺さなければ自分が殺されたから。そのような理由は頭で理解できても、殺された人の命が戻るわけではない。 戦争を始めるのは国家や政治であっても、実際に引き金を引くのは人間である。そして、その犠牲になるのも、同じ人間なのだ。 「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 この問いは、ネルソンさん一人に向けられたものではないと思う。戦争を命じる側、戦争を支える社会、そして戦争を遠い国の出来事として見過ごしている私たちにも向けられているのではないだろうか。 沖縄に基地があることを当たり前だと思い、米軍の存在を「安全保障」という言葉だけで正当化し、そこで暮らす人々の負担や苦しみに目を向けなければ、私たちもまた問題から目をそらしていることになる。 戦争は、始める前に止めなければならない。そして、沖縄に過重な負担を押し付け続ける現状についても、私たちはもっと真剣に考えるべきだ。 観終わったあとも、簡単には答えの出ない問いが心に残る作品だった。二度と人を殺させないために、二度と人を殺さなくてはならない社会をつくらないために、何ができるのか。 この映画は、戦争の悲惨さを描くだけでなく、自分ごととして、平和とは何か、そして自分たちは何を見過ごしているのかを問いかけてくる作品だと思う。
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【2026春ドラNO.1は田鎖ブラザーズに決定、ただし...】 久々に重厚なミステリドラマだった。犯罪被害者家族と加害者家族の癒えぬ傷口に焦点を当て、BPO審査に引っかかりそうなセンシティブ映像や岡田将生&染谷将太&山中崇らの憑依型演技力に支えられた名作。しかし一番の功労者はTBSミステリドラマ(夜行観覧車、Nのために、リバース、最愛)を牽引してきた新井順子Pの手腕。だからこそ声を大にして言いたい、意味不明の最終回ラスト5分の矛盾を!【長文失礼】 1.結末の演出における決定的矛盾と真の解釈ー「血の滴り」と「綺麗な着座」の不整合 ラストシーンで画面いっぱいに描かれた「不穏な血の滴り」とエンディングロールでの「埠頭に綺麗に座る晴子の後ろ姿」は物理的・演出的に致命的な矛盾を抱えている。本当に晴子が殺害されていた場合あの座りポーズは無理があり、かと言って「ただのかすり傷」だった場合、あの過剰な血の描写はサスペンスとしての引き算ができておらず、ただの「ハッタリ」になってしまう。 2.本来あるべきだった『赦し』と『出頭』の美学 兄弟はこれまで、ふみさん夫婦、笹岡、実行犯のもっちゃんでさえ、その背景にある地獄を見て「赦し」を与えてきた。犯罪被害者であり加害者家族でもある兄弟の人間性からして、同じ被害者である晴子だけを殺害することはあり得ない。本当に目指すべきだったラスト(引き算の美学)は「セリフも血も不要」、埠頭に佇む晴子を背に、過去のルール違反を清算するために静かに出頭する兄弟。これこそが、キャラクターの倫理観と映像のロジックを崩さない本物のグランドフィナーレでは? 3.制作陣(新井順子P)の焦りと「バグ」の背景ー考察バズへの迎合とハッタリの暴走 『最愛』以降、ヒット作やSNSでの考察合戦を常に期待され続けてきた新井Pの焦りが、悪い形で暴走した結果の結末。かつて『リバース』などで見せた「最後にひと捻り入れるクセ」が今回は裏目に出た。 「お互いの目を見ないラスト」なども、深い意味(真の自傷や稔の妄想など)があるかのように見せかけて、視聴者の考察を煽るためだけに、現場で雰囲気演出として指示した可能性が高い。キャラクターの整合性よりも「目先の話題性やショッキングな画」を優先した、視聴者を舐めた不誠実な演出と言わざるを得ない。 4.黄金カルテットの崩壊 かつての「新井(P)・奥寺(脚本)・横山(音楽)・塚原(監督)カルテット(+湊かなえ)」が機能していた頃の緻密な連携が失われ、オリジナル脚本に挑むようになってからチームが変質。『MIU404』や『海に眠るダイヤモンド』にも通じる「ヒット方程式のなぞり書き」が今回の空中分解(役者の重厚な静の演技 vs プロデュース側の過剰な味付け)を招いた。 5.日本の地上波ドラマが抱える構造的限界ー脚本家層の二極化と限界 ドラマにこだわり続ける大物・ベテラン脚本家(岡田惠和、遊川和彦、北川悦吏子など)には強烈なマンネリ化と時代との乖離が見られる。一方で、旬の天才脚本家(坂元裕二、古沢良太など)は自由度と予算のある映画や海外配信プラットフォームへと主戦場をシフトしており、地上波の制約や「バズの強要」に付き合うメリットがない。結果、地上波はプロデューサーの焦りとスキル不足の若手・中堅という限界に直面している。 6.日曜劇場の資金力頼みと金曜の悪癖 日曜劇場は初回だけ海外ロケ等でスケールを大きく見せ、2話以降急激に失速する「初回詐欺」が常態化。金曜サスペンスは途中まで良くても最後に話題作りのためにブレーキを壊してしまう悪癖がある。火曜ラブコメは「恋つづ」(2019年)以来、不作が続く。 7.総括:『田鎖』が持っていた「最後の期待の星」としての価値 一見、最悪の問題作となった最終回だが、昨今の地上波で徹底的にタブー視されている「悲惨なシーンや犯罪のリアルな痛み」を日和らずにストレートに描写していた点は特筆すべきである。 これはTBSに実績のある新井Pだからこそ局の自主規制の壁を突破できた力技であり、他のスタッフでは企画段階で潰されていたはず。それほどまでに「地上波の限界突破に最も近かった期待の星」だったからこそ、最後の最後にテレビ界の悪癖(SNSマーケティングへの迎合)に足をすくわれてしまった着地が、あまりにも悔やまれてならない。
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メディア報道:米政府はネタニヤフ氏との会談を拒否した イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は先週、米国への訪問を取りやめた。Axiosの情報筋によると、米国政府は7月20日に同首相との会談を設定することを望まなかったという。 「ヴァンス氏は、イスラエルがイランとの「交渉や合意を妨害することを目的とした、極めて秘密裏かつ多額の資金が投入されたキャンペーン」を展開しているという「確固たる証拠」が存在すると述べた。 」 ネタニヤフ首相は、リンジー・グラハム上院議員の葬儀に出席するためワシントンへ向かう予定だった。しかし、葬儀は延期され、開催時期は未定となった。イスラエル首相の米国訪問も不透明となり、結局中止となった。 しかし、情報筋によると、葬儀の日程変更がこの決定の主な理由ではなかったという。実は、月曜日にネタニヤフ首相とドナルド・トランプ大統領との会談を設定しようとした試みが失敗に終わったためである。 内部関係者の話によると、米国政府はイスラエルの首相に対して否定的な姿勢をとっているという。ネタニヤフ氏自身もこのことを認識しており、その理由も理解している。 「米国側はネタニヤフ氏とその閣僚たちを注視しており、彼らの公的な発言や私的な発言を追跡している」と情報筋は述べた。 一部の報道によると、6月初旬に米国防総省が指摘した、イスラエルによる米国指導部への監視活動をめぐり、テルアビブとワシントンの関係は悪化している。米国当局者は、ネタニヤフ首相が、中東での戦争を終結させようとするトランプ政権の取り組みを妨害していると見ている。 Axiosはさらに、ドナルド・トランプ氏が、とりわけ、トルコのF-35生産プログラムへの復帰の可能性をめぐるベンヤミン・ネタニヤフ氏からの批判に「激怒した」と付け加えている。 ネタニヤフ氏はまた、このようなワシントン訪問が、2025年初頭にホワイトハウスで行われたトランプ氏とその陣営によるヴォロディミル・ゼレンスキー氏とのスキャンダラスな会談と同様に、カメラの前で屈辱を味わう結果になるのではないかと懸念していた。 政治筋によると、トランプ氏は6月16日の米国とイラン間の合意以来、ネタニヤフ氏との会談を先送りしていたことが確認された。米国大統領は、軍事行動を停止させ、イランの核開発計画を制限する可能性のあるこの合意をめぐり、イスラエル側から相次いだ不満や辛辣な発言に失望していた。 米国とイスラエルの間の緊張関係については、米国のジェイ・ディー・ヴァンス副大統領による批判もそれを物語っている。先週、同氏はイスラエル政府の一部閣僚に対し、「米国とイランの戦争が際限なく続くよう、米国の世論を操作する」ことを目的とした「工作」を行ったと非難した。同氏は、イスラエルがイランとの「交渉や合意を妨害することを目的とした、極めて秘密裏かつ多額の資金が投入されたキャンペーン」を展開しているという「確固たる証拠」が存在すると述べた。 現在、米国は、ホルムズ海峡を通過する商船への攻撃能力を弱体化させることを名目として、イランへの攻撃を続けている。これに対し、イラン軍は同地域の米軍施設への報復攻撃を行っており、その結果、数日前には米兵数名が死亡した。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、米国は中東へF-16戦闘機をさらに増派しているほか、F-35戦闘機や空中給油機も派遣している。米国のマルコ・ルビオ国務長官は、他国に対し、「航行の自由の確保」において米国への支援を強化するよう呼びかけた。
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(FTプレゼント記事):スコット・ベッセントによる円買い介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げる Scott Bessent’s yen intervention signals new era of US ‘currency activism’ 「スコット・ベッセントによる円買い介入は、米国の「通貨アクティビズム」の新時代を告げる 日本円を支える試みは、米国が自国の利益に反する市場取引を阻止する意思を示した」 ロンドン:イアン・スミス 東京:デービッド・ケオハン ニューヨーク:ケイト・デュギッド ワシントン:クレア・ジョーンズ 記事全体のポイント この記事でFTが最も強調している論点は、単に「円買い介入が行われた」という事実ではありません。記事全体を通して提示されているのは、米国の通貨政策そのものが変質しつつあるという見方。 そのポイントを整理すると、次の五点になる。 ベッセント財務長官は従来の財務長官とは異なり、ヘッジファンド出身のトレーダーとして為替市場へ積極的に介入する発想を持っている。 米国は「自由市場に任せる」のではなく、自国の国益を守るためには為替市場にも積極介入する姿勢へ転換しつつある。 今回の最大の目的は円そのものではなく、日本による米国債売却を防ぎ、米国長期金利の上昇を抑えることだった可能性が高い。 介入そのものは根本解決ではなく、「日銀が政策対応を行うまでの時間稼ぎ」にすぎないという見方が専門家の間では支配的である。 それでも市場心理には大きな影響を与え、「ベッセントが再び介入するかもしれない」という新たなリスク認識を市場参加者に植え付けた点に、今回の介入の最大の意味がある。 FTはこの変化を、見出しにもある "a new era of US currency activism(米国による通貨アクティビズムの新時代)" という言葉で総括している。これは、従来の「市場重視・強いドル政策」を掲げてきた米国から、国益を優先して為替市場へ積極的に介入する米国への転換を象徴する表現として用いられている。 (以下 記事本文) ワシントンと東京が、およそ30年ぶりとなる協調介入によって日本円を押し上げた際、その米国側を指揮した人物は、大規模な為替取引を手掛けてきたことで知られる人物だった。 今回の金曜日の介入を主導したのはスコット・ベッセント財務長官である。彼はかつてトレーダーとして活動し、1992年には英ポンドへの空売り、2013年には円への投機で名を上げた。いずれもジョージ・ソロスの投資会社で働いていた時代の実績である。 ドナルド・トランプ政権の財務長官となって以降、ベッセントは金融市場に対して従来よりも積極的に介入する姿勢を強めている。 今回、米国が他国通貨を支えるために歴史的な介入を行ったことは、市場関係者を驚かせた。その理由の一つは、円安が協調介入を必要とするような混乱的な急落ではなく、比較的緩やかに進行していたからである。 さらに市場を驚かせたのは、介入にドルではなくユーロを売却して円を購入するという方法が採られたことであった。 この取引は、昨年アルゼンチン・ペソ支援に乗り出した後、ベッセント率いる財務省が外国為替市場への関与をさらに深める意思を示したものと受け止められている。 ある米国の大手機関投資家はこう語る。 「これはソフトパワーのためでもなければ、世界全体の公益のためでもない。では、米国はいったい何をしようとしているのか。」 ベッセントの異例の行動の背景には、日本銀行の政策金利が現在1%にとどまり、インフレ圧力に十分対応できるほど速いペースで引き上げられていないとの投資家の懸念が高まっていたことがある。 世界の主要国では金利が日本よりはるかに高いため、この状況が今後も円安圧力となり続ける可能性がある。 ベッセント財務長官自身も介入を隠そうとはしなかった。金曜日の閣議では、カメラマンが彼の手書きメモを撮影しており、そこには 「日本円(JPY)を50億〜100億ドル購入」 と書かれていた。 今回の日米協調介入によって、円相場は今月初めの1ドル=164円近辺(1986年以来の円安水準)から158円前後まで急反発した。ただし、多くのトレーダーやアナリストは、この反発は短期間で終わる可能性があると警告している。 ピーターソン国際経済研究所所長で日本経済の専門家アダム・ポーゼンは皮肉を込めてこう述べた。 「1992年にイングランド銀行を打ち負かしたソロスやスタンレー・ドラッケンミラーのもとで働いていた人物が、為替介入だけで通貨を長期的に守れるかのように振る舞っているというのは、本当に驚くべき皮肉だ。」 投資家たちは、今回のワシントンの介入が主要通貨市場に新たな不確実性を持ち込み、各国政府がより積極的に市場へ関与する新しい時代の幕開けとなったと受け止めている。今回の措置は、米国が自国の利益に反する取引をためらわず阻止する意思を示したものだからである。 INGのグローバル市場責任者クリス・ターナーは次のように述べる。 「米財務省の登場は、市場に『新しい保安官がやって来た』ことを意味する。円売りを仕掛ける投機筋に対して警告を発したのである。」 そして彼は、今回の出来事は 「為替市場への積極介入(FX activism)の時代への回帰」 を意味すると評した。 米財務省はコメントを控えた。 なぜ日米は介入したのか 両国には、それぞれ介入する十分な理由があった。 日本政府は、円安に加えて日本国債(JGB)が大きく売られ、市場の動きが行き過ぎたものになりつつあることを懸念していた。 一方、米国側では、日本が円を支えるために米国債を売却すれば、米国債市場への売り圧力がさらに強まる兆候が現れていた。 トランプ大統領は「米国は常に日本の味方である」と述べたが、市場関係者の多くは、真の狙いは、日本が保有する米国債を売却することを思いとどまらせることにあったと見ている。 日本は外国政府の中で最大の米国債保有国だからである。 さらに米政府高官は以前から、ドル高がアメリカの輸出企業に悪影響を及ぼしていることも問題視していた。 オールスプリング・グローバル・インベストメンツのマルチアセット・ポートフォリオマネージャー、ルシャブ・アミンはこう説明する。 「政権はドル安を望んでいる。そして、各国の投資家が自国通貨を守るために米国債を大量に売却する事態も避けたいのである。」 彼によれば、ドルに対して他通貨を売ろうとする投資家は、「ベッセント買い(Bessent bid)」を警戒するようになっているという。つまり、「必要ならベッセント財務長官が市場に介入してくるかもしれない」という警戒感が市場に生まれたのである。 「強いドル政策」との矛盾 もっとも、ベッセント自身はこれまで一貫して 「米国は強いドル政策を支持する」 と発言してきた。これは長年にわたる米国政府の公式方針を踏襲したものである。 一方、日本政府は月曜日、FRB(米連邦準備制度)のレポ・ファシリティを利用する計画を明らかにした。 アナリストによれば、この制度を使えば、日本は米国債を売却することなくドル資金を借り入れることが可能になる。 これまで各国中央銀行は、自国通貨を支える際に米国債を売却することが多かった。しかし米国政府は、長期金利が2007年以来の高水準となっている現在、自国債への需要が減少する兆候に極めて神経質になっている。 実際、イラン戦争の開始時には、外国中央銀行はFRBに預けていた米国債保有額を2012年以来最低の水準まで減らしていた。 さらに別の懸念も存在する。 もし日本国債の売りが続いて利回りが一段と上昇すれば、日本国内の投資家も米国債を売却し、日本へ資金を戻す動きが強まる可能性があるのである。 ウェリントン・マネジメントのブリジ・クーラナは、ベッセントの考え方を次のように説明している。 「ベッセントは、米国債利回りが高いのは、日本国債利回りが高いからだと考えている。だから円を支えれば、日本の金利が低下し、その結果として米国債利回りも低下するという発想なのだ。」 RBCブルーベイ・アセット・マネジメントの債券部門最高投資責任者マーク・ダウディングは、円安について次のように述べている。 「円安は日本国債市場の安定を損ない、世界の長期金利を押し上げる要因となりかねない。米国はそのことに非常に敏感になっている。」 「利益を得る」という発想も 今回の介入には、米国が利益を得る可能性もあった。 トランプ大統領自身が記者団に対し、「financial benefit(経済的利益)」も今回の動機の一つであると述べている。 ハーバード大学教授で元IMFチーフエコノミストのケネス・ロゴフは次のように評価した。 「非常に巧妙だった。アルゼンチン支援でベッセントが行った救済策を思い起こさせる。あれは大成功だった。」 しかし同時に、ロゴフは限界も強調する。 「米財務省が莫大な円を長期間保有する覚悟――それは極めて急進的な政策転換になるが――を持たない限り、今回の介入は日本銀行に少し時間を与えるための応急処置(bandage)にすぎない。」 円安の根本原因は解決していない アナリストたちは、今回の介入だけでは円安を生み出している構造的な要因は解決できないと指摘している。 その要因とは、 原油価格の上昇 大規模な政府支出計画をめぐる不透明感 日本銀行の利上げペースが依然として遅いこと などである。 東京のステート・ストリート銀行シニア債券ストラテジスト、マサヒコ・ルー氏はこう述べる。 「介入は時間を買っているだけだということは、誰もが分かっている。本当に重い仕事(the real heavy lifting)は、日本銀行と日本の財政政策が担わなければならない。」 ここでいう heavy lifting は、「最も困難で本質的な仕事」「根本問題を解決する役割」という意味で使われている。 米国にとってのリスク もちろん米国側にもリスクがある。 もし今回の協調介入が失敗すれば、投機筋は再び円を標的にするだけでなく、米国債市場そのものも攻撃対象にする可能性がある。 資産運用会社PGIMのチーフ・グローバル・エコノミスト、ダリープ・シン氏は次のように警告する。 「もし介入が機能しなければ、(米国長期国債市場への)波及効果は極めて大きなものになるだろう。覚悟しておくべきだ(So strap in.)。」
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