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【地方創生を、本気で前に進めたい】 この度、熊本県甲佐町のプロポーザルを受託し、 「Webスキル習得 × 移住就職支援プロジェクト」をスタートすることになりました。 ▼プレスリリースはこちら▼ これまで6年間、デジタル人材育成事業を通じて3,000名以上の受講生と関わり、岐阜や香川など様々な地域に拠点を出して、地方創生に関わってきました。 その中で感じていたのは、 「地方に人が来ない」のではなく、 「地方で生きていく選択肢が見えない」 ということです。 「地方移住」という言葉はよく聞きます。 でも実際には、 ・仕事はどうするのか ・収入はどうするのか ・家族は納得するのか ・移住後に孤立しないか こうした不安が解消されない限り、地方への移住はハードルが高く、なかなか実現しません。 だから僕たちは、移住だけを支援するのではなく、 まずはスキルを身につける。 そして仕事をつくる方法を伝え、支援する。 その先に移住がある。 という順番を大切にしています。 実際に大分県では過去2年間、このモデルで【71名】の移住実績を作ることができました。 そして今回の挑戦は、【人口約1万人】の熊本県甲佐町です。 正直、甲佐町は全国的な知名度が高い町ではありません。むしろ、ほとんど知られていないレベルだと思います。 でも、だからこそ今回の取り組みには大きな価値があると確信しています。 人口1万人規模の町でも、 デジタルスキルを学び、 仕事をつくり、 移住し、 地域に定着する。 そんな循環を生み出すことができれば、日本中の地方創生に横展開できる可能性があります。 実は全国には、甲佐町と同じような人口規模の自治体が500以上あり、だからこそ、この町で成功モデルを作ることに大きな意味があると考えています。 今回の目標は、2027年3月までに【5名】の移住定着。 数字だけを見ると少ないかもしれません。 でも、人口1万人規模の町にとって、最新のデジタルスキルを習得した人材が地域に入り、仕事をつくり、地元の方々と一緒に町を盛り上げていくことには、大きな意味があります。 地方創生は、派手なイベントや補助金だけでは続きません。 人が育ち、 仕事が生まれ、 地域に根付く。 その循環を作れるかどうかだと思っています。 BREAKの理念は「Break The Border」。 夢や目標を実現する妨げとなる壁を壊し、突破するきっかけとサポートをする存在。 そしてこれからは、個人だけでなく地域のBorderも超えていきたい。 本当に作りたいのは、単なる移住実績ではありません。 人口1万人規模の町でも再現できる、新しい地方創生モデルであり、移住者と地元の方々が一緒になって地域を盛り上げられる基盤です。 もしこのモデルが成功したら、次は全国の自治体へ広げていきます。 地方で挑戦したい人。 働き方を変えたい人。 新しい人生をつくりたい人。 そんな人たちの選択肢を増やせるよう、株式会社BREAKは今後も地方創生に本気で取り組んでいきます。 近日中にオンライン説明会も実施予定です😁 少しでも興味を持っていただけたら、ぜひこのポストの拡散をお願いしますm(_ _)m!
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言うべきことを言う、というのは大切なことだと思っている。 ただし、それは言いたいことを言うのとは違う。 この二つが、どうも混同されているように見えることがある。 言いたいことを言うだけなら、それは自分の中に生まれた感情を、そのまま外へ出しているだけの場合もある。 腹が立ったり、気に入らなかったり、相手に分からせたいという気持ちが強くなったりすると、人はつい言葉を急いでしまう。 もちろん、そういう感情が生まれること自体は否定しない。 しかし、その感情をそのまま言葉にしたからといって、それが必ずしも必要な言葉になるわけではない。 言うべきこととは、その場に必要な言葉である。 相手にとって耳が痛くても、作品や現場を壊さないために伝えなければならないことがある。 一方で、自分はどうしても言いたいのに、今それを言えば相手を傷つけるだけで、何も前へ進まないこともある。 その見極めがないまま、「私は正直に言っているだけだ」と言ってしまうところに、私は危うさを感じる。 正直であることと、無神経であることは違う。 厳しいことを言うことと、相手を傷つけることも違う。 言うべきことを言う人は、言葉の先に何が起きるかを考える。 言いたいことを言うだけの人は、自分の気持ちが外へ出たところで満足してしまう。 私は、その差はかなり大きいと思っている。
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ある町外れの小さな食品工場で、人手不足が深刻で、イスラム教徒の外国人を雇用するプロジェクトが始まった。人間はすぐに外国人問題と呼ぶ。だが、まだ会ったこともない相手を先に問題にしてしまうことのほうが、よほど問題である。取材の日、会議室には顔を布で覆った外国人女性が数名座っていた。見えているのは瞳だけである。その中の一人、サミラという女性が、驚くほど流暢な日本語で話し始めた。 「私たちは、日本に助けてもらうためだけに来たのではありません。この業界は人が足りないと聞きました。私たちも働いて、力になりたいです」 その言葉に、工場長は何度もうなずいた。 続けて彼女は、少しだけ緊張した声で言った。 「ただ、食事には宗教上、食べられないものがあります。そこだけは配慮していただきたいです」 同席していた担当者が、安心させようとして明るく答えた。 「もちろんです。 お弁当の持ち込みもできます。 アレルギー対応と同じように考えていますから」 すると、サミラの瞳が揺れた。 「……それは、違います」 会議室の空気が止まった。 「アレルギーと宗教は、まったく別のものです。 一緒にしないでほしいです。 少し、悲しいです」 誰も言葉を返せなかった。 あたしも机の下で尻尾を止めた。担当者には悪意などなかった。むしろ親切にしたつもりだったのだ。 だがサミラは、怒っているのではなかった。見えている瞳の端に、うっすら涙が浮かんでいた。 やがて彼女は、言葉を選ぶように続けた。 「アレルギーは、食べると身体が傷つくものです。 宗教は、食べないことで自分の心と信仰を守るものです。 どちらも大切です。 でも、同じではありません」 担当者はしばらく黙った後、深く頭を下げた。 「申し訳ありません。 私は配慮するつもりで、あなたの大切なものを対応すべき不都合としてまとめてしまいました」 サミラは小さく首を振った。 「謝ってほしいのではありません。 知ってほしかっただけです」 その日の取材は、少し重たい空気を残して終わった。 しかし、一週間後、工場の食堂が変わった。 料理にはすべて原材料が表示され、調理器具も用途ごとに分けられた。 弁当の持ち込みは誰でも自由になり、静かに食事をしたい人のための小さな休憩室も用意された。 壁には工場長の手書きの紙が貼られていた。 〈違いを同じにするのではなく、違ったまま一緒に働ける場所をつくる〉 サミラたちは、そこで働き始めた。 彼女は仕事が丁寧で、包装の小さな印字ミスにも誰より早く気づいた。 新人の外国人が作業に戸惑えば日本語と母国語の両方で説明し、繁忙期には日本人従業員より先に作業場へ入った。 ある日、長年勤めている田中さんが笑って言った。 「サミラさん、本当にこの工場の力になってくれたね」 サミラも笑った。 「最初の日に、そう言いました」 昼休みになると、彼女たちは持参した香辛料の香るご飯を広げた。田中さんは梅干しのおにぎりを取り出し、少し迷ってから尋ねた。 「これは、食べられる?」 サミラは原材料表示を一緒に確かめてから、うなずいた。 「はい。食べられます」 田中さんは、おにぎりを一つ差し出した。 サミラは自分の弁当から、小さなデーツを一粒返した。 同じものを食べたわけではない。 信じるものも、育った国も違う。 それでも二人は、同じ食卓で笑っていた。 その光景を眺めながら、吾輩は思った。 人間は「みんな同じ」と言えば、仲良くなれると思いがちである。だが本当の優しさとは、違いを消すことではない。 相手が大切にしているものを、自分の知っている箱へ無理に押し込まず、その名前のまま受け止めることなのだ。 あの日、サミラが「悲しい」と言わなければ、この食堂は生まれなかった。 そして担当者が言い訳をせずに頭を下げなければ、この食卓も生まれなかっただろう。 理解とは、最初から間違えないことではない。 間違えたあと、相手の言葉を聞いて、自分の心の置き場所を少し変えることである。 宗教は持たぬが、食べ物の違いにはうるさい。 しかし、その日の食堂に漂っていた香りだけは、どこの国のものでもなかった。 あれはきっと、人間が互いを知ろうとしたときにだけ生まれる、希望の匂いであった。 🚨上記は、組織や個人を特定されないように、名前も内容も場所も大幅に変えてます🚨
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ハラスメント問題の専門家です。 大谷翔平さんの第二子が年子であったことに対して、「多産DV」だの「モラハラ夫」だのと信じられない批判をしている方が一部おられるようですが、「自分が気に入らない」ことを「ハラスメント」と都合よく言い換えるのは、実際にハラスメント被害で苦しんでいる当事者にとって迷惑でしかないんで、本当に止めて頂きたいですね。 そもそも「無事2人目が生まれてよかった!おめでたい!!」で済むお話なのに、賛否の「否」があるってどういうことよ!? 他人の家庭の慶事にまで自分の価値観を持ち込み、勝手に被害者と加害者を作り、祝福より先に断罪を始める。正気の沙汰じゃありません。本人は正義感のつもりで言ってるのかもしれませんが、こんなの他人の幸せに水を差したいだけの過干渉でしょうよ。 だいたい「ハラスメント」とか「DV」というのは、支配や強制、人格否定、意思決定の妨害といった具体的な事情があって初めて問題になるものなんで、他人の家庭の出産間隔だけを見て、外野が気分で貼っていいラベルじゃないんですよ。 もちろん、産後の妊娠間隔について医学的な注意点があることは確かです。ただ、それらは当事者が個別事情に応じて判断する話であり、我々第三者には「夫婦間でどんな話し合いがあって」「どんな医療判断やサポート体制のもとで出産に至ったのか」なんて分かるはずないんですから、「年子だからDV」とか「夫が無理に産ませたに違いない」などと決めつけて人格攻撃にまで至ってしまうのは、リスク説明でも心配でもなく、他人の家庭に土足で踏み込む、かなり悪質な「ハラスメント的言動」といえるでしょうね。 特に気になるのは、大谷さんをモラ夫扱いしながら「真美子さんが可哀想!」「私なら絶対イヤ!」と、勝手に真美子さんを被害者扱いしてる点です。これは一見真美子さんに寄り添ってるように見えて、実際には「夫に妊娠させられる妻」みたいな受動的存在として見てるんですよね。こんなに無節操で非礼なことがありますか。このタイミングでの妊娠出産はお二人の意志であり、真美子さんご自身の希望かもしれないのに。 実際、年子の家庭など世の中にいくらでもあります。育児を短期間に集中させたい、年齢的に早めに産みたい、きょうだいの年齢差を小さくしたいなど、事情は家庭ごとに異なりますからね。それを外から一律に「モラハラ!」だの「多産DV!」だのと呼び始めたら、世の中の年子の父親まで全員加害者扱いされかねません。ホント、何様のつもりなんですかね。 「ハラスメント」とか「DV」という言葉を、気に入らない男性を叩くための棍棒かのように雑に使えば使うほど、本当に助けを必要としている被害者の声も「また何でもハラスメントか」「また何でもDVか」と軽く扱われてしまうでしょう。そうなった時、最も不利益を受けるのは本物の被害者ですからね。 産む自由も、産まない自由も、いつ産むかを決める自由も、基本的に当事者本人たちのものです。自分の価値観に合わない出産を見た瞬間に「可哀想!」「DVだ!」「ハラスメントだ!」と騒ぐ人たちは、女性に寄り添ってるフリをして、単に自分の思想に合う選択だけを認めているにすぎません。 頼まれてもない被害者認定を始める前に、ご自身の中の過剰な正義感と、他人の幸福を素直に祝えない感情のほうを点検されたほうがよいのでは。 改めてこの度は大谷翔平さん、真美子さん、第二子のお誕生おめでとうございます!!
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私の生まれた村では春になると山から小さな獣が降りてきた。 大きさは野兎ほど。ずんぐりした丸い体は翡翠色の被毛に覆われ、そこから短い手足が申し訳程度に生えていて、一見すると大きな毛玉のようだった。 そいつが畑を横切った翌朝には凍土が柔らかくなり、川辺で眠れば氷に亀裂が走り、身体についた雪を払うように身震いすると梅の蕾が開いたので、村の者はただ「春」と呼んでいた。 春。春。春。 祖母の話では昔、春は捕らえるどころか追い払うことさえ禁じられていたという。 納屋へ忍び込んで干した大根の葉を食べても黙って見過ごす。 「春に粟を食わせれば秋になれば太い米になって戻ってくる。小さいけれどありがたい神様みたいなもんだ」と祖母はよく言っていた。 私が十二になった年、父が鉱山の落盤事故で死んだ。 職場から出た見舞金は葬式と借金でほとんどなくなった。 母一人の稼ぎで私と弟を養うのは難しく、夕食の粥は日を追うごとに薄くなっていった。 それでも弟は飯を食い終えるたび「うまかった」と満足そうに笑った。 もう一杯ほしいと言ってはいけないことをまだ六つの子供なりに知っていたのだろう。 二月。 ある朝、納屋で物音がするので戸を開けると、藁の上に春がいた。 干してあった大根の葉を前脚で押さえ夢中で齧っていた。 足元だけ雪が融け、黒い土から小さな草まで芽を出していた。 昔話の中にしかいないと思っていた小さな神様が家にきてくれたことが嬉しくて誇らしくて私は急いで母を呼んだ。 母は春を見るなり私を納屋から追い出し「誰にも言うな」と言って戸を閉めた。 納屋から出てきた母はそのまま「町に行く」と言って出て行き、空が茜色に染まる頃、籠いっぱいに食べ物を詰めて戻ってきた。 母は言わなかったが、春を捕らえて町で売ったのだろう。 私もそれくらい分かる程度には卑屈で大人だった。 その晩、私たちは久しぶりに白い米を食べた。 弟は嬉しそうに飯を頬張り、私も二杯食べた。 それが何より堪えた。 春を売って買った米が、腹の立つほどうまかったのである。 罪悪感で喉を通らないのならまだ救いがあったのかもしれないが、温かい飯が胃へ落ちるたびに、体がもっとよこせと喜んだ。 翌朝、納屋へ行くと春が眠っていた場所だけ雪が融け、その真ん中に黄色い花が一本咲いていた。 私はしばらく眺めたあとその花を踏み潰した。なぜそんなことをしたのかは今でもわからない。 その年は五月近くまで雪が残り、畑に種を蒔いても芽が出なかった。 弟は風邪をこじらせて寝込み、そのまま坂を転げ落ちる様な勢いでやつれていった。 死ぬ二日前、弟は布団の中から窓を見て、 「兄ちゃん、今年は春が遅いね」 と言った。 私は「もうじき来る。その証拠に川向こうのお寺の梅が咲いていた」と嘘をついた。そのころにはお前も起きられるようになると、訊かれてもいないことまでペラペラと話した。 弟はそのまま安心したように眠り。そして死んだ。 私は春が来ない理由を知っていた。 時折あの冬へ戻れたとして、私は母を止められるだろうかと考えるが、どうしてもできないのである。 あの金がなければ弟はもっと早く死んでいただろうし、私もあるいは口減しに捨てられていたかもしれない。 誰が悪かったのだろう。 春を見つけ母に報告した私なのか、春を捕らえて売った母なのか、買った商人なのか、みじめな貧困そのものか。 考えれば考えるほど悪人の顔はぼやけていき、最後には雪の中に春の死体だけが置かれているような気がした。 罪悪感と後悔からか、今でもあの冬の事を思い出し「春を売った金で買った飯など食わぬ」と籠を叩き落とす気高い自分を夢想することがある。 けれど、そんな私の後ろにはいつも腹を空かせた弟がじっと立っている。 だから私は何十年経ってもその先をどうしても考えることができない。
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TOKYO FM「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」 #ダレハナ# @darehanatfm 番組開始から5年が経ち、放送1,000回を超えました🎂🎉 TOKYO FMの昼帯でパーソナリティを務める、ということを伝えられた5年前の夏は、大学を卒業し、23歳になったばかりでした。 最初の打ち合わせは、当時在籍していた事務所の会議室。自分が座ったイスの場所も、置かれていた資料も、誰にどんな話をされたかも、全て鮮明に思い出すことができます。 叶うといいな、と思っていた夢の倍以上の仕事が突然目の前に現れ、進もうと決めたあの日から、自分の感性と知識だけでは出会えなかった人々の暮らしや感情、情報、作品、才能に触れ、ますます刺激に溢れた、濃い日々になりました。 そして番組を育てる一員として言葉を紡いできた5年間は、自分の嫌いなところとたくさん向き合ってきた5年間でもありました。 生放送中、曲に入りマイクがオフになると共に「もっとああすればよかった」「あの言葉は違ったかもな」と反省や後悔が口を衝いて出ることもあります。 それでも、自分の不安を補うための事前準備をあえて少しずつ削ぎ落とし、偶発的に生まれた流れに乗っかるようにしたり、自信のなさを言い訳にするのをやめたり。 任せていただいたからには、真摯に、誠実に、堂々とやる。そう決めて始まったのだから、どんなに回を重ねても小手先でこなすようにはなりたくなくて、自分の喋りを聴き返すことは今でも苦手ですが、続けています。 恵まれている、しかし同時に責任ものしかかる現場ですが、辞めたいと思ったことは今のところ一度もありません。 伴走してくださっている現場チームの皆さん、耳を貸し時には参加してくださるリスナーさん、ラジオを愛し共に作ってくださっているスポンサーさん、お話を聴かせてくださるゲストの方々、各コーナーに出演してくださっている方々。 2時間の生放送を週4日、5年間。 皆様のおかげで、充実した内容をお送りできています。皆様とのご縁に、心から感謝しています。 肩肘張らず、無理をしすぎず、深呼吸しながら、等身大で、楽しみながら、まっすぐに。 6年目のダレハナも、どうぞよろしくお願いいたします🌱
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「バリキャリやめて、結婚・出産した。」 「仕事より、子育てのほうが数倍ラク。」 「子育てには責任がない。謝れば済む。」 わたしに奢りにくるたびに、なぜか生まれたての『違う赤ん坊』を連れてくる、大阪の常連だ。 彼女は、彼女が大学生の頃からの古参フォロワーで、わたしのことを遠目に観察しながら、バリキャリの道へと進んだ。よく働いた。 彼女が当時、進学した高校はいわゆる""進学校""で、その友人たちは皆、わかりやすく言えば「結婚なんて」という価値観だった。 女も、男に頼らず生きていくんだ。経済的合理性。未来を見据えたキャリア・アップ。手に職を。 そして彼女もまた、まさか自分が20代のうちに結婚をし、こどもを複数人産んで育てているなんて、いちども考えなかった。 その後、SNSに現れた「不快な浮浪者」の発言(いまあなたも見ている、まさにこれ)を見ているうちに、結婚や子育ての現実的、妥協案的、あるいは合理的システムについて考えるようになる。 わたしが本当にしたかったことは、なんだろう? 高収入?キャリア? なんのため? 不自由なく生きるため? 男に抑圧されず自由に生きるため? しかし、そう考えることこそが、まさに抑圧的なのでは? わたしは、自由になろうと、させられているのでは? 彼女はひどく潔く、イノセントだったので、「若いうちにこどもを作り、たまにおいしい酒を飲んで、ぬくぬく家族と生きてたら幸せじゃね?」となった。兄弟の多い育ちが功を奏して、その想像は容易かった。あっけなく、答えは出せた。 そうして実際、驚くほどに潔く、すばやく結婚をし、子を産み、初めてわたしに奢りにやってきた。「結婚してよかった、こども産んでよかった!」と、いつも話す。 とんでもない事後報告である。知らんやつが知らんうちに知らん影響を受けて知らんことして知らん報告をしてきたわけである。 彼女に、ふたたび大阪で再会した。ふたたび、ちいさな赤子を抱えている。こないだ会った男の子は、もう2歳になったそうだ。 「寝てるね」 「はい、ラクなもんです。家事をして子をみるだけで生活ができる。より過ごしやすくするには、まわりに、家族やご近所に愛想良く振る舞っておけばいい。協力してもらえる。そういう意味では、仕事より、子育てのほうが数倍ラクですよ。わたしにとっては。」 「へぇ。具体的に、どんなとこが辛いの?」 「子育てには責任がない。」 「いやいや、さすがに、子育てにも責任あるやろ」 と笑いながら突っ込むと、 「いやいや、こどもなんて、基本わたしのことクソ好きなニコニコ上司ですよ。オムツ替えるのがちょっと遅れちゃっても、謝れば終わり。」 「ごめんね、きょうのご飯は唐揚げだよ、と言う。」 「そうです」 「でもね、仕事はそうはいかない。関係者各位にいくら頭をさげても、取り返しのつかない失態がたくさんある。そこらじゅうにです。わたしの子供は、そうですね。死ななければいい。」 と彼女は言った。 「子育ては、めちゃくちゃラクだし、めちゃくちゃ楽しいです。ツイッターには正反対の意見ばかりで、「結婚最高!」「子供最高!」なんて書いたら炎上しちゃいそうで、絶対に書けないですけどね。」 「ほんとうに幸福なひとは、幸福の瞬間にツイッターを開かない。」 「プロ奢が、ずっと人生なんてくだらない、くだらないことは自分勝手に楽しむしかない、ということを言っていて、良い意味で絶望できた。だからこどもを産めました。ありがとう」 「そっか。なんか感謝されてるのか、恨まれてるのか分かんないけど、それはよかったね。」 「うん!もうひとり、産んじゃおうかな!」 「じゃあ、また新しい成果物ができたら会いましょう。」 「いいですね、成果物!」 そういう勢いで、大阪の大きな商業ビルのカフェのエスカレーター前で別れた。まさに、それは「そういう勢い」と表現するのが相応しくて、ふたたび会うときにも、きっと「そういう勢い」でやってきて、「そういう勢い」で別れるのだろう、と思う。 ややこしいことを考えるとキリがない。というか、かろうじて考えることはできても、すっきりとした答えが出ない問題で、世界は覆われている。 こどもは幸せになるのだろうか?わたしはこどもを生むべきだろうか?そんなもの、だれにも分からない。分かる必要がない。 ただやったり、やらなかったりすればいい。しかし、やってみたほうが考えるヒントは増える。それだけのことなのだろう。 他者を人としてリスペクトする姿勢というものは、つまり、勝手にやれ、と言い切ることなのかもしれない。 生まれたな、じゃあ、あとは勝手にやれ。幸せになれ、不幸せになれ、自由になれ、不自由になれ。なんてひどいことだろう。 でも、なんてすてきなことでもあるんだろう。信頼の香りがする。 出産、それは、あまりに暴力的で、昨今の厳しいコンプライアンスに抵触しうる、極めて反社会的な行動にすら思える。でも、より正しいのはどっちだろう? いや、そう考えても分からない。だから、こう考える。よりくだらないのはどっちだろう?好きな方を選ぶしかない。信じた先で転んでも、タダでは起き上がらない、そう信じられるような道を、じぶんで選びとるしかない。
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【なぜ、「ふやす」なのか】 沖縄のひとりあたり県民所得は、約232万円(令和5年度)です。 全国平均の約352万円に対して約66%と、全国で最も低い水準にとどまっています。全国からの格差は年々広がっており、令和元年度の約73%から下がり続けています。 働く人が生み出す価値である労働生産性も全国平均の約60%で、産業の約87%が第三次産業に集中しています。 未来への投資も細っています。 インフラに使えるハード交付金は、ピークだった2014年度には約932億円ありましたが、いまは約390億円と、半分以下になりました。数字だけを見れば、厳しい現状です。 しかし、沖縄には、まだ活かしきれていない魅力があります。 世界にひらく可能性があります。 守るだけでは、足りない。 県民の暮らしに希望を、今ここから、ふやしていく。 その決意を、「ふやす、げんた。」という言葉に込めました。 【4つの約束】 <手取りを、2倍にふやす。> 中小企業のDX・AI導入支援を加速させて稼ぐ力を高めるとともに、観光・健康・環境・海洋・起業の「新5K経済」を伸ばし、高付加価値の産業に育てます。 めざすのは、ひとりあたり県民所得の倍増です。 <子育て支援を、2倍にふやす。> 沖縄の合計特殊出生率は日本一です。 だからこそ、日本一子育てにやさしい島をめざします。 保育料ゼロ、教育費ゼロ、給食費ゼロの完全無償化を加速するなど、妊娠、出産から子育てまで、状況に合わせた支援を切れ目なく強化します。 <家族時間を、2倍にふやす。> 深刻な渋滞で、通勤や送り迎えに奪われている時間を、家族に返します。 停滞している道路整備を着実に前にすすめることに加えて、GW2050 PROJECTSを推進してBRT(バスを基盤とした都市大量輸送システム)を実証するとともに、モノレールの延伸・環状化を進め、鉄軌道の検討を加速します。 自動運転専用の地下道、沖縄チューブ構想を進めます。 <観光消費を、2倍にふやす。> 本島・離島空港の機能を強化して海外航空路線を誘致し、観光消費を増やします。また、観光事業の産業間連携やAI導入を支援し、観光業の高付加価値化を進めます。 観光の恵みが多くの産業に波及し、消費が循環して、県民が豊かになる。 その流れを、太くしていきます。 さらに詳しい内容は、今後、順次お伝えしてまいります。 【実現する準備があります】 私は総務省で法律や制度をつくる側として経験を積み、那覇市の副市長として、それを使う側にも立ってきました。 そして、県内の地域、島々をくまなく歩き、それぞれの土地で暮らしの現場の声を伺ってきました。4つの約束は、その声と経験から生まれています。 3つの柱の全体像は、政策ページにまとめています。ぜひ一度、ご覧ください。 ▶ 政策の詳細はこちらです 【数字の先の、暮らしへ】 2倍という数字は、目標であって、目的ではありません。 めざしているのは、その先にある暮らしの実感です。 夕方、渋滞に悩まされずに家へ帰り、家族そろって食卓を囲む。 がんばって働いた分だけ、手取りがふえていく。 どんな環境であっても、安心して子どもをうみ、育てることができる。 そんな当たり前の幸せを、この島の当たり前にしたい。 5人のこどもたちを育てる一人の親として、私はそう願っています。 これからも、伺った一つひとつの声を、暮らしを支える政策につないでまいります。
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前からよく妊娠線のこと言われてたけど、高保湿のものを①乾燥したら塗る②毎日お風呂上がりに塗る、を徹底してました。お腹が大きくなる前から!忙しくてもお風呂上がり塗るだけならすぐおわるので👍 あとお腹だけで良いので、トイレのたびに塗る、とかルーティン化すると忘れないかも。ニベアの青缶はコスパ的にも最強説ある🤔(私の中で)チューブタイプ持ち歩いたり。重め(かため?)のクリームなので手のひらで少しあたためてから塗ると使いやすい!ベタつき気になる時はニュートロジーナ(赤)つかったり。(これは今も普段使いしてる) 赤ちゃんにも安心っていうのとプレゼントして頂いて使ってたMilpoche Organicsのクリームは伸びも良く香りも自然で、使い心地よかったです!!(娘が生まれてからは2人で使ってた) 個人的には高いものだともったいなくてちまちま使いしちゃうから、安くて高保湿のものをたっぷり使うのがよかったのかも。乾燥気になるならジョンソンのベビーオイル先に塗っても◎ あと妊娠中は匂いにも敏感になる方いらっしゃると思うので、香料含めて自分に合うクリームが良いなと思います🤔!!! 私はつわりが激おもタイプで、(産まれるまで割とずっと。。笑)風呂入れん…て日もあったし、塗り忘れた日もあったけどなんとかなったから、1日忘れたからと妊娠線できるってわけでもなかったです!!笑 無理せずできる時に😌🙏
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